清廉な白エルフは、いかにして不浄な黒エルフを虐殺したのか   作:タチアナ・グリセルダ

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もう一つの物語⑥ シルヴァン川 前編

 シルヴァン川北岸一帯の黒エルフ居留地は、最終的解決の開始以降頻繁に騎兵斥候が放たれる様になった。

 当初は四騎程度だったそれも、黒エルフによる不正規戦が始まって被害が出るようになると、その規模は一個分隊約十五騎近くへと増員されていく。

 魔術探知を飛ばしながら油断なく街道を進む騎兵分隊。西街道を南下し、前進国境守備陣地を目指していた。

 彼女達の捜索目標は大きく二つ。一つは最終的解決から逃れた黒エルフの捜索と捕縛。もう一つは、ヘイズルーン収容所から脱走した三〇〇名近い黒エルフと白エルフの反逆者────国境警備隊はヴェルネラ・オルノネメア一行をそれくらいの規模と判断していた────の捕捉であった。

 特に後者の発見は急務であると、ファルマリア国境警備隊司令ミカエラ・ハルファン二等少将の名で厳命されている。

 騎兵斥候が街道沿いの焼け落ちた村落を通る時、それを見つけた。

 

「分隊長、これは……」

 

 視線の先には、白銀樹の根元に並べられた黒エルフの遺骸。

 彼女達が北進してここを通る時、黒エルフは吊るされたままだった。

 見せしめを兼ねたそれを降ろすことを、仲間の白エルフ兵達ならする筈がない。

 なら誰が降ろしたのか。考えられる可能性は一つだった。

 分隊長を務める伍長は、馬から降りると街道の地面をじっくりと観察する。黒エルフほどではないが、彼女も故郷の北部では狩りをして過ごしてきた。追跡術には少しばかり心得があった。

 

「(大勢がここを通った。それも最近)」

 

 痕跡を辿って少し歩くと、街道の土の上に足跡を見つけた。地面にはっきりと残る靴鋲の跡、軍靴の跡である。

 

「伝令をだすぞ。ヘイズルーンと前進陣地まで、二騎づつ」

「了解。内容は?」

 

 伍長はにやりと笑いながら言った。

 

「反逆者を見つけた」

 

 

 

 

 

 エルフ族が聖域と定めるシルヴァン川は、普段と変わらぬ静けさで流れていた。

 ここ数日の雨の影響で、水位が普段より増しているがまだ渡渉は可能だった。

 冬が近づくベレリアント半島の日の出は、日に日に遅くなっていく。この時期は、八時半頃にならないと日は昇らなかった。

 それはちょうど国境警備隊前進国境守備陣地から、朝の斥候班が出立して帰来する頃である。

 雨雲の合間に見えた日の出と共に、森を出たヴェルネラ以下約二五〇名の白エルフ黒エルフ混成の集団は、真っ直ぐシルヴァン川の渡渉点を目指した。

 ここに至って、黒エルフの移送に偽装する事などできない。全員が武装してシルヴァン川へと歩いた。

 森や背の高い草蔭をつかって姿を極力隠しながら目的地へ。

 小一時間ほど歩くと、シルヴァン川沿いの林まで到達した。

 ここから先は視界を遮るものがほとんどなく、草原が川辺までなだらかに続いている。。

 シルヴァン川の流れが音となって響いてくる。林からその姿も見ることができた。

 ここから渡渉点までは約三〇〇メートルほどあり、姿を隠せる草陰はなく、川辺へ降りて対岸へ渡るまで身を隠す場所も無かった。

 ヴェルネラ達は、魔術で強化した視力と魔術探知まで使って、渡渉点付近に敵影がないかを念入りに確認する。

 

「大尉、行きます」

 

 敵の姿がないことを確認すると、ベアトリクス・セレンヴェン曹長が駆け寄ってくる。

 計画では、まずセレンヴェン曹長率いる一個分隊強がシルヴァン川を渡り、対岸の安全を確認することになっていた。この人員は正規兵であった元部下達から選出した。

 ヴェルネラがセレンヴェン曹長に頷くと、彼女は踵を返す。

 

「ベアトリクス!」

 

 セレンヴェン曹長が歩き出したところでヴェルネラは、懐かしい呼び名で呼び止めた。

 セレンヴェン曹長が振り返る。少し驚いた表情を浮かべていた。

 

「向こうで会いましょう」

 

 ヴェルネラの言葉にセレンヴェン曹長は、小さく笑った。

 

「ええ、対岸で待ってます。ヴェルネラ」

 

 今度こそ去っていくセレンヴェン曹長の背中を目で追う。彼女は、部下を率いると先頭に立って林をでた。

 両手で小銃を保持し、素早く川辺を駆け抜けると冷たいシルヴァン川へと入っていく。

 

「足元に注意しろ! 転んで流されたら助けられないからな」

 

 シルヴァン川の流れは速い。渡渉点の水嵩は最大で膝上ほどだ。足を取られて転倒すれば容赦なくその流れに呑まれるだろう。

 渡渉によりセレンヴェン曹長達の前進速度が目に見えて遅くなる。水の抵抗で脚が重くなり、思うように歩幅が伸びない。川底に沈んだ石に足を取られた事も、彼女達の歩みを遅くした。

 渡渉中は非常に無防備だ。素早く動くことも隠れることもできない。

 林に残る全員が、先鋒組を食い入るように見守った。

 水を吸って重くなった軍服を身に纏ったセレンヴェン曹長が対岸へとたどり着く。水浸の軍靴で歩くたびに、がぽがぽという気の抜けた音が鳴った。

 セレンヴェン曹長に続いて部下たちも向こう岸へと上がった。

 魔術探知を使って対岸の状況を調べる。木々や地形の起伏に阻まれて遠くまでは探知できなかったが、探知範囲内に反応はない。

 セレンヴェン曹長が部下たちの顔を見る。彼女達も首を振った。

 

『対岸は異常なしです』

 

 セレンヴェン曹長からの魔術通信を合図に、林を出て渡渉点を目指した。

 黒エルフの氏族長に率いられた一〇〇人ほどの集団が向こう岸を目指して川へと入った。

 この集団には、渡渉に時間のかかる負傷者や衰弱した者が多い。彼女達を庇うように体格と気力に優れた者が上流側を歩いて、下流側を歩く負傷者達を水流が守りながら対岸へと歩んでいく。

 

 イブリン・モーフェン伍長は、シルヴァン川を前にして足がすくんでいた。

 

「(ここを越えたら、エルフィンドの外側……)」

 

 シルヴァン川超えは、自分が一番最初に言い出した事とはいえ、いざそれを目の前にすると不安と焦燥感が彼女を蝕んでいた。

 

「本当に向こうへ行くの?」

「このまで来たら渡るしかないわ。付いててあげるから行くわよ」

「う、うん」

 

 不安に思っているのはイブリンだけではなかった。大小はあれど、シルヴァン川を越えて未知の領域に入っていくことへの抵抗感を誰しもが覚えている。

 それでも黒エルフ達は互いに励まし合い、先頭に続いて次々と川へと入っていく。

 

「イブリン」

 

 名前を呼ばれ横を向くと、収容所で知り合った黒エルフ、タチアナ・グリセルダが立っていた。

 

「行きましょう」

 

 タチアナが差し出した手におずおずとイブリンは手を伸ばす。手が触れ合う瞬間、イブリンはその動きを止めた。

 対岸に渡れば、野蛮なオーク達が待ち構えていて、食べられてしまうかもしれない。

 

「や、やっぱり私────」

「ああ、もう! ほら!」

 

 残ると、言いかけた所でタチアナが強引にその手を掴んで引いた。そのまま手を引かれてシルヴァン川へと入っていく。

 先頭を行く黒エルフの氏族長が対岸へとたどり着いた。その後に連なって負傷者達も一人また一人とたどり着き、既に陸に上がっていた先鋒組の手を借りながら陸へと上がっていく。

 渡渉地の浅瀬には、黒エルフの列が出来上がっていた。

 

「コーディ、あなたもそろそろ……」

 

 ヴェルネラは、隣に立つコンコーディア・アグレスに川を渡るように口を開いたが、人差し指を唇に当てられて言葉の途中で遮られた。

 

「どうせ、あんたは最後に渡るつもりだろ? あたしも付き合うよ」

 

 屈託のない笑みを浮かべたコンコーディアが言う。

 ヴェルネラは、仕方がないといった風に小さく溜息を吐いたが、その顔には喜色の表情が滲んでいた。

 その一部始終を見ていたフェドーラ・パルティス少尉は、何とも言い難い複雑な表情で二人を見ていた。

 その間にも続々と対岸へとたどりついていく。北岸に残るのは約五〇人ほどになる。

 不意に、ヴェルネラは不可視の空気の塊が身体をすり抜けていく感覚を全身に感じた。

 冷水を浴びせられた様な悪寒が奔る。

 

「(魔術探知波ッ!?)」

 

 魔術探知波が照射された方向へ勢いよく目を向ける。川辺から五〇〇メートルほどの地点、小高くなっているなだらかな丘の上に人影が見えた。

 

「敵襲ッ!!」

 

 同じく人影を見つけたアーネチカ・ランドレス軍曹が叫ぶと同時に、丘の上で硝煙の煙が上がった。

 パパンッと小気味良い炸裂音がシルヴァン川に響き渡り、放たれた銃弾がヴェルネラ達の目の前に着弾した。

 

「応戦! とにかく撃って近づけさせるな!」

 

 殿としてシルヴァン川北岸に残っていたのは、パルティス少尉の様な元部下や、コンコーディアの様な従軍経験や軍務経験のある黒エルフばかりであり、交戦に際して素早く動いた。

 緩やかな散兵線を組むと丘に向けて発砲する。

 

『曹長、発見されたわ!』

『大尉、こちらからも援護します。渡れそうですか?』

『やってみる』

 

 魔術通信で対岸のセレンヴェン曹長と交信して状況を報せる。

 そこへ割り込む様に別の魔術通信が届いた。

 

『オルノネメア大尉! 今すぐ降伏しろ!』

 

 怒鳴り声で届いた魔術通信。その声に聞き覚えがあった。

 

『マッコールセン大佐?』

 

 レニア・ マッコールセン大佐。ファルマリア国境警備隊第一連隊の連隊長であり、ヴェルネラの上官にあたる人物だった。

 

『こんな馬鹿なことはやめろ。今なら命までは取らないように私が上に掛け合う。だから降伏するんだ、ヴェルネラ』

 

 聞き分けのない子供を諭すような穏やかな口調で呼びかけて来るマッコールセン大佐。それに合わせるかのように銃撃がやんだ。

 魔術通信というのは、これからずっと後年に出てくる電話機の様に、特定の誰かとだけ交信できる訳ではない。どちらかと言うと、同じ周波数であれば誰でも聞こえる無線機に似ている。

 魔術通信は大声で話しているのに近い。魔術出力はそのまま声量に当てはめれる。出力が大きければ大きいほど、遠くまでははっきりと届く。逆に出力を絞れば近距離でひっそりと交信することもできた。

 マッコールセン大佐の魔術通信は、周囲にいる全員に聞こえていた。

 黒エルフや白エルフまでもが、ヴェルネラの様子を伺うように見ていた。ただ一人、コンコーディアを除いて。

 コンコーディアは、こちらに目すら向けていなかった。真っ直ぐ丘に陣取る敵を睨むように見ている。

 ヴェルネラの答えは当然決まっていた。

 メイフィールド・マルティニ小銃を構え、丘へ向けて引き金を引く。

 乾いた銃声が返信代わりに鳴り響いた。

 

『……そうか。なら(デック)共々、ここで死ね』

 

 その魔術通信を皮切りに丘側から斉射の銃声が鳴り響く。褐色火薬によって生じた白煙が丘の上に立ち込めた。

 魔術探知によれば国境警備隊は丘の上に約二〇〇。丘の向こう側はわからない。こちらの右側面へ回り込む様に動く一個小隊も探知した。

 

「パルティス少尉! 右側面に回り込む敵を抑えなさい!」

「了解です!」

 

 パルティス少尉と約二〇名ほどが右方向へと小移動して、迂回を試みる小隊へと素早く射撃した。川辺と草原の境目にある僅かな段差を遮蔽として利用しつつ、各個に射撃する。

 草原を移動中の国境警備隊員達は、隠れられるところがない。哀れな白エルフ兵が銃弾を浴びて地面に飛び込むように斃れた。

 

『止まるな! 止まるなァ!』

 

 銃撃を受けた小隊の一部が立ち止まって反撃する中、小隊長が移動を優先する命令が魔術通信越しに僅かに聞こえた。

 銃弾は渡渉中の列にも届いた。

 着弾と共に水面が弾けで飛沫が舞う。

 シルヴァン川の中にあっては逃げる場所もない。少しでも早く渡り切ろうと、飛沫を上げながら走り出す者が出た。一人が走り出すと、これが伝播して皆我先にと走り出した。当然、ぶつかって転倒する者も現れる。

 

「捕まってください!」

 

 転倒して流されかけていた黒エルフの手をイブリンが掴んで引き起こす。

 

「あ、ありがとう」

「急いで、先へ進んでください! 慌てないで!」

 

 混乱しつつあった黒エルフ達へ、落ち着くように声を張りながら進むイブリンとタチアナは、必然的に最後尾を進む様になった。

 丘からの射撃は、距離が離れている事もあって散らばって着弾している。今のところ命中した者はいなかった。

 南岸のセレンヴェン曹長らも発砲して渡渉を援護している。

 右へ回り込んでいた国境警備隊の小隊が、パルティス少尉らの銃撃を浴びながらも迂回を完了すると事態は悪化した。

 

「ゔっ!?」

 

 イブリンは後ろから肩を強く押された様な衝撃を受けた。肩を熱い何かが通り抜けた感覚の後、熱と痛みが伝わってくる。

 たたらを踏むように出した右足が、川底の石を踏んで滑った。

 倒れ込むイブリンを、シルヴァン川は容赦なく呑み込もうとする。

 シルヴァン川の水流に絡め取られて上手く立ち上がれない。水面が膝下の浅瀬でも、人を溺れさせるには十分であった。

 

 

『がぼッ!? 誰か……ッ! 助け……!』

 

 

 イブリンは藻掻きながら無意識に魔術通信で助けを求める。それにタチアナが気づいた。

 

「イブリンッ!!」

 

 藻掻きながら流されていくイブリンを必死に追いかける。幸いイブリンが川底に半ば埋もれた岩を掴んだ事で、追いつくことができた。

 イブリンの身体をしっかりと掴んで立ち上がらせる。

 

「捕まって! 行くわよ!」

 

 咳き込みながら酸素を求めて荒く息をするイブリンに肩を貸しながら、タチアナは南岸を目指して進み出す。

 イブリンの肩の銃創から溢れ出る鮮血が、シルヴァン川へと滴り落ちて流れていく。

 イブリンの他にも銃弾を浴びて倒れる者が次々と現れた。流れに呑まれて姿が見えなくなった者もいる。

 

『中隊長! 早く渡河を!』

 

 セレンヴェン曹長から切羽詰まったような魔術通信が届く。

 今行かなければ渡れなくなる。

 ヴェルネラが殿に渡渉の指示を出そうとした瞬間、川辺に沿って駆けてくる騎兵の反応を魔術探知で捉えた。

 

「(間に合わない……ッ!)」

 

 騎兵の速度からしてこちらが川に入ったと同時に追いつかれる。逃げ場のない渡渉点で襲われればひとたまりもない。

 

「森へ、森へ戻るわよ!!」

 

 殿を務める約五〇名の双眸がヴェルネラを一斉に捉えた。

 多くが何故という表情を浮かべている。

 

「ここから南岸へ渡るのはもう無理よ! 別の場所を探すわ!」

 

 同じ内容を魔術通信でセレンヴェン曹長にも伝達した。

 

『ベアトリクス、そっちは頼むわね! 目的地で会いましょう!』

『中隊長! ヴェルネラ! まだ間にあ────』

 

 セレンヴェン曹長からの魔術通信を無視して、元来た林を指し示す。

 

「騎兵が来るわ! 皆、森へ!」

 

 林までの約三〇〇メートルを走り出した。

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