清廉な白エルフは、いかにして不浄な黒エルフを虐殺したのか   作:タチアナ・グリセルダ

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もう一つの物語⑦ シルヴァン川 後編

 ヴェルネラ・オルノネメア大尉をはじめとする約五〇名ほどの殿が林へと逃げるのを見て、レニア・マッコールセン大佐も動いた。こちらを逃がすまいと、丘を駆け下りて近づいてくる。

 銃弾の風切音が、ヴェルネラ達の周囲で鳴った。空気を切り裂く鋭い音が耳元をかすめ、地面に弾が突き刺さる乾いた衝撃が連続して響く。

 激しい運動と恐怖で拍動が高まる。

 逃げるヴェルネラ達を追って、騎兵が姿を現す。

 緑上衣に黒ズボン、胸甲はなく、騎兵銃とサーベルで武装した竜騎兵。

 陸軍第十五竜騎兵連隊から前進国境守備陣地へと派遣されていた二個騎兵分隊約三〇騎はサーベルを抜き、速歩から駈歩へと速度をあげた。

 馬の鼻息が荒くなり、地面を叩く蹄音が重なり合う。

 

「(間に合わない……ッ)」

 

 林まではあと一〇〇メートル以上ある。

 林に入るよりも早く、騎兵に追いつかれるとヴェルネラは悟った。

 

「固まれ! 方陣!」

 

 ヴェルネラは足を止めて鋭く指示を飛ばす。

 元部下達がすぐにそれに応え、続いて黒エルフ達も反応した。

 互いに肩を寄せ合い、銃口を外へ向ける。幾人は素早く着剣していた。

 時間のない中で歪な方陣を組んだヴェルネラ達へと、騎兵達は駈歩から襲歩へ切り替えて正面から襲撃してきた。

 

「耐えなさい! 逃げても助からないわ!」

 

 全速力で向かってくる騎馬の姿は、非常に恐ろしい。本能的な恐怖から失禁する者も出た。

 地面を蹴る蹄音の中から、騎兵があげる喊声が聞こえてくる。

 

「撃てぇ!!」

 

 ヴェルネラの号令で一斉に射撃する。銃口から火花が散り、硝煙が一気に立ち込めた。

 銃弾の雨が騎兵を襲い、方陣の正面にいた騎兵達を撃ち倒す。

 銃弾を浴びた騎兵が落馬し地面に叩きつけられる。高速で動く馬から落ちた衝撃で手足が歪に曲がって転がった。

 騎兵の一部が乗馬しながら射撃する。激しく揺れる馬上からの射撃であったが、至近距離な事もあって命中弾がでた。

 誰かが短く悲鳴を上げて崩れ落ちる。

 ヴェルネラ達は何とか踏みとどまり、方陣は崩れなかった。

 馬というのは本能的に障害物を恐れる。方陣が崩れ無かった事で、馬達は障害物である方陣を避けたり速度を落としたりした。

 騎兵の数が少なく、襲撃の威圧感が足りなかった事も方陣が崩れ無かった一因ではあった。

 騎兵達は、方陣の脇を通り抜け抜けるが、そこで拳銃や騎兵銃を撃つ。弾丸が背後や側面から飛び込み、隊列のあちこちで地面が跳ねる。応戦するように方陣の側面や背面も射撃する。

 一騎だけ、馬が速度を落としながらも、避けることなく方陣へと突っ込んできた。

 銃弾で馬が絶命し、崩れ込むように方陣を食い破った。運のない白エルフ兵が馬体に押しつぶされて命を落とす。

 馬上から転がり落ちた騎兵は、立ち上がると近くにいた黒エルフへサーベルを振り下ろす。

 

「このっ……!」

 

 ヴェルネラが間に割り込みサーベルで受け止める。サーベルをはらい落とすように打ちつけ、返す刀で騎兵を袈裟斬りにした。

 

「ヴェラ!」

「中隊長! 無事ですか!?」

「大丈夫よ」

 

 コンコーディア・アグレスとフェドーラ・パルティス少尉の声に応えながらも、ヴェルネラは地面に倒れて浅く息をする騎兵から目を離さなかった。数度ぴくりと動いて、やがて動かなくなる。

 方陣を通り抜けた騎兵達は、離れていく。再襲撃をする様子は見えない。

 今のうちに林へと、方陣を解いて走り出す。騎兵の襲撃で負傷した者を担いで走った。

 ヴェルネラの前を走っていた黒エルフが背中から撃たれて斃れる。

 騎兵に対応している間に、マッコールセン大佐率いる国境警備隊が十分に距離を詰めていたのだ。猛烈な射撃がヴェルネラ達を襲う。

 ヴェルネラは、がむしゃらに走った。

 

「ヴェラ! 急げ!」

 

 先に林へと到着していたコンコーディアが、射撃しながらヴェルネラを呼ぶ。

 ヴェルネラは、飛び込むように林へ入ると大木の裏に隠れた。

 背中を樹皮に押し付け、ようやく息を整える暇もなく、次の銃声がすぐそばをかすめる。

 無事だった者達が、次々に林へと入ってくる。彼女達は木を使って遮蔽しながら後続を援護すべく射撃した。

 

「うあっ!?」

 

 黒エルフの足に銃弾が掠め、バランスを崩して転倒する。

 それを見ていたパルティス少尉が足を止めた。

 あと数メートルでたどり着く林と倒れた黒エルフを交互に見る。

 銃弾が頭上を通り抜ける。

 ここで止まったら危険だと、黒エルフを見捨てて林へ向かおうとしたパルティス少尉の脳裏に、昨夜の吊るされた黒エルフ達の姿が浮かんだ。

 

「……クソっ!」

 

 パルティス少尉は、踵を返えして倒れた黒エルフへと駆け寄る。

 

「お、お前!?」

 

 パルティス少尉は、驚く黒エルフを無視して彼女を担ぎあげた。

 エルフ族にしては小柄なパルティス少尉は、黒エルフの重さに歯を食いしばって耐えながら走り出す。

 

「なんで、お前が、わたしたちを助ける!?」

 

 担ぎあげられた黒エルフは、かつてヘイズルーンの収容所でパルティス少尉に殴られたことがあった。

 この脱出行でも、パルティス少尉がいつか裏切ると思い、密かに監視している。確かな証拠を掴んだら、自ら始末しようとも考えていた。

 その相手が今、自分を助けようとしているのが信じられなかった。

 

「……うるさい、黙ってろ……っ!」

 

 足を止めず、声を絞り出すパルティス少尉。

 林まであと一〇メートル。パルティス少尉ら以外は、林へとたどり着いており、援護してくれている。

 

「(あと……少し!)」

 

 そこでパルティス少尉は、背中から衝撃を受けた。灼熱が背中から胸へと通り抜ける。それを立て続けに感じた。

 足から力が抜け、膝をつく。

 肩に担いだ黒エルフが息を呑む音が聞こえた。

 

「パルティス少尉!!」

 

 ヴェルネラが自分を呼ぶ声が聞こえた。

 パルティス少尉の目が、林から出ようとして止められるヴェルネラの姿を捉えた。

 

「ゔゔゔぁあ゛あ゛ア゛ッ!!」

 

 パルティス少尉は力を振り絞り、立ち上がった。

 口から血が溢れてくる。

 一歩一歩足を踏み出し、倒れ込むように林への飛び込んだ。

 担がれていた黒エルフは、パルティス少尉から投げ出されるように地面に転がった。

 パルティス少尉にヴェルネラが駆け寄る。

 彼女の身体には、複数の銃創が見られた。一目で重傷とわかるそれに、ヴェルネラは瞬時に助からないと悟った。それでもエリクシエル剤を使うべく雑嚢を漁る。

 

「中……隊長、黒エルフは……彼女は無事ですか?」

 

 痛みで涙を流しながら、助けた黒エルフを気にするパルティス少尉に、くだんの黒エルフが這い寄ってその手を掴んだ。

 

「無事だ。あんたのお陰さ……ッ」

 

 彼女もパルティス少尉の怪我を見て、悲しみに顔を歪める。

 

「…………よかった」

 

 パルティス少尉は小さく笑う。

 黒エルフ達が彼女を見る目から敵意は完全に消えていた。

 ヴェルネラは、パルティス少尉を抱き起こして取り出したエリクシエル剤を飲ませようと口へと運ぶが、嚥下できずに咳き込んで鮮血と共に吐き出してしまった。

 

「中隊長……、寒いです。寒い……、寒……い……」

「パルティス少尉! しっかりしなさい!」

 

 パルティス少尉の視界で、こちらを覗き込むヴェルネラの顔が霞んでいく。

 

「………………死にたくない……」

 

 小さな呟きが溢れる。

 同時に理解した。レーラズの森に移送したあの一〇〇人の黒エルフ達も、きっとこう思ったのだと。

 

「ごめ……な……い」

 

 パルティス少尉は、涙を流しながらヴェルネラの腕の中で息を引き取った。

 身体から力が抜け落ち、抱きかかえるヴェルネラの腕に重さが加わった気がした。

 林に逃げ込めたのは約五〇名中約二〇名にも満たない。

 平原には、命を落とした者の骸が横たわっている。その多くが白エルフだった。

 ヴェルネラが巻き込まなければ、パルティス少尉や彼女達はまだ生きていただろう。ある意味で自分が殺した様なものだ。

 

「中隊長、敵が来ます!」

 

 銃を撃ちながらアーネチカ・ランドレス軍曹が声を張る。

 戦闘は未だ続いていた。

 

「ヴェラ、辛いだろうが行こう」

 

 ヴェルネラは、パルティス少尉の遺体を寝かせると首元の護符を回収して立ち上がる。

 

「移動するわ! 付いてきなさい!」

 

 ヴェルネラ達は負傷者に手を貸しながら移動を再開する。

 

 林へと逃げ込んだヴェルネラ達を追い詰めるべく、マッコールセン大佐は中隊に前進を命令しようとした。

 そこへ魔術通信が飛び込んでくる。

 

『伝令!』

 

 騎乗した伝令がマッコールセン大佐の前に現れた。

 

「馬上のまま失礼します! 戦闘を中断し前進陣地まで後退してください!」

「なっ!?」

 

 突然の命令にマッコールセン大佐は驚愕した。あと少しで反逆者を捕らえられる何故? 理由を尋ねられずにはいなかった。

 

「これ以上の戦闘はオルクセンに察知される危険があるとの事です!」

 

 シルヴァン川沿いの国境地域で活動する各部隊には、南岸のオルクセン王国に最終的解決を察知されないよう細心の注意を払う様に命令されていた。

 黒エルフを処分している事が知られれば、これ幸いにと攻め込む隙を与える事になりかねないからだった。

 

「……退却だ! 第二小隊のみ追撃させる! オルノネメアは生きたまま私の前に連れてこい! 私が直接殺す!」

 

 歯を食いしばりながらマッコールセン大佐は、魔術通信で部隊に命令を出すと、中隊をまとめて前進陣地へと後退して行った。

 

 

 

 

 

 黒エルフ、リナリア・レニヴェルはオルクセン軍から割り当てられた天幕の一つで横になっていた。

 目を瞑れば思い出すのは焼かれた故郷スコルのことばかり。

 あの日、運よく国境警備隊の魔の手を逃れたリナリアは、氏族長のディネルース・アンダリエルに従ってシルヴァン川を越えた。

 生きてシルヴァン越えは成し遂げた。だが、その前に負った傷と低体温症がたたり、エルフィンドへと戻っていくディネルースら氏族の者には付いてはいけなかった。

 

「姉様! 私も行きます! 足手まといにはなりません!」

「リナリア、あなたはここに残りなさい」

 

 泣きながら自分も連れていってくれて頼むリナリアに、ディネルースは優しく語りかけた。

 

「いずれオルクセン(ここ)には多くの同胞がやって来る。ここで仲間を導いてくれ」

 

 リナリアは、ディネルースの言葉に従い、シルヴァン川南岸でオルクセン軍の第一七山岳猟兵師団と共にシルヴァン川を越えてくる同胞の迎え入れを助けた。

 天幕に一人の黒エルフが慌てた様子で入ってくる。彼女もリナリアと同じく同胞の迎え入れの為に残った黒エルフだ。

 

「リナリア! すぐに来て!」

「何かあったの?」

「浅瀬に予定にない渡河組が現れたのよ!」

 

 ディネルースの説得に応じて、シルヴァン川を越える黒エルフ達は、出力を絞った魔術通信で南岸のオルクセン軍と交信して、渡河地点と集合地点を互いに伝えてから実施する事になっている。

 これまでもそうやって黒エルフ達を受け入れて来た。

 今回はそれがなかったのだ。

 

「(姉様達に何かあったの!?)」

 

 リナリアは不安に駆られて天幕をでた。

 

 浅瀬近くの集結点へ行くと、オーク族の中尉が困惑した表情でリナリア達を迎えた。

 この牡は、オルクセンでは珍しくエルフ族の言語であるアールヴ語ができた。

 

「彼女達は、浅瀬を渡渉してきたようだ。数は約二〇〇弱。渡渉の前後で銃声を斥候が確認している」

 

 情報を共有してくれた中尉は、困惑した声色で続けた。

 

「斥候からの報告では、渡河した集団には白エルフもいるそうだ」

 

 リナリアは隣の黒エルフと顔を見合わせた。

 何故、白エルフが? 声には出さなかったが二人は、オークの中尉と同じことを思った。

 事前連絡もなく、白エルフが混ざった集団。恐らくこちらの認知していない集団だと思われる。

 

「彼女達が何者かわからないが、我々が接触してはあらぬ誤解を受けかねない。そこで部隊に同行して欲しいのだ」

 

 黒エルフが同行すれば相手の印象も良くなるかもしれないと中尉は考えていた。

 リナリアからすれば、白エルフなどどうでもいい、同胞は一人でも多く助けたい。もしかすると白エルフに利用されているかもしれないと思った。

 リナリア達が同意すると、中尉はすぐに二人を連れて現場近くへと向かう。

 

 浅瀬から内陸へ少し進んだ地点。リナリア達の突耳がシルヴァン川の流れを拾えるほどの距離である。

 

「あの林にいます」

 

 監視をしていたコボルト族の兵が指差す方向に目を凝らす。

 木々の合間に人影が揺れるのが見えた。

 こちらの存在に気づいているようで、監視しているこちらが監視されている錯覚に陥る。

 

「魔術通信は?」

「やってみましたが、返事はありません」

 

 そうなると誰かが行って接触する必要がある。

 

「私がいく」

 

 中尉が拳銃嚢などが吊るされた将校帯革を外す。

 

「私も行きます」

 

 それを見ていたリナリアも同行を申し出た。

 

「……いいんですか?」

「オークのあなただけで行くよりは安全だと思いますよ」

 

 リナリアの言葉に中尉は苦笑いした。

 中尉は、軍服のポケットから白いハンカチを取り出すと、木の棒に結び付けて即席の白旗を作る。そして、それを掲げながら林へ向かって歩き出した。リナリアもその後に続く。

 中尉はリナリアの半歩前を歩き、いつでも庇える位置を維持した。

 魔術探知波を捉える。緊張で身体が強張った。

 

「止まれ!」

 

 林の中から鋭い声が聞こえ、中尉が足を止める。

 

「こちらはオルクセン陸軍、第三四山岳猟兵旅団のリッペ中尉だ! 諸君の代表と話がしたい!」

 

 中尉がアールヴ語で声を張る。

 林からざわめきが聞こえてきた。

 

「オークだ。本物のオークだ」

「……終わりだ。みんな食べられちゃうんだ……」

「バカ! まだ諦めないでよ!」

「オークの言うことなんて信用できない」

 

 リナリアは、庇うように立つ中尉の影から出ると魔術通信で語りかけた。

 

『みんな、オークは皆が思っているような種族じゃないわ。話だけでも聞いて欲しい!』

 

 しばらくすると林から人影が出てきた。

 白エルフと黒エルフ。

 本当に白エルフが現れた事に小さな衝撃を受ける。

 白エルフは国境警備隊の制服を着ていた。リナリアは、掴みかかりたい気持ちをぐっと堪える。

 

「ベアトリクス・セレンヴェンです。今、この集団の指揮を執っています」

 

 エルフィンド式の敬礼をしたセレンヴェンの姿を見て、中尉は困惑した表情を浮かべた。その顔には、何故エルフィンド兵が? と書かれていた。

 

「彼女達は、エルフィンドを裏切って私たちを助けてくれたんだ。彼女達がいなければ我々は今頃死んでいる」

 

 隣にいた黒エルフが怪訝そうな目でセレンヴェンを見ているのに気が付き、経緯を教えてくれた。

 

「我々はあなた方を保護するように命令を受けています。ご同行願えますか?」

 

 中尉の言葉を聞きながら二人はリナリアをちらりと見た。

 信用できるのか? と目で語りかけてくる。それに対して小さく頷く。

 

「…………わかりました。従います」

 

 セレンヴェンが同意したことでこの集団は、集結点へと移動することになった。

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