清廉な白エルフは、いかにして不浄な黒エルフを虐殺したのか   作:タチアナ・グリセルダ

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もう一つの物語⑧ 邂逅

 ヴェルネラ・オルノネメア大尉と二〇名弱の白エルフ、黒エルフ達は雪混じりの雨が降る中、へレイム山脈方面へと逃走を続けていた。

 シルヴァン川を歩いて渡れる場所はへレイム山脈以東では、あの渡渉点しか知らない。こうなった以上、ヴェルネラ達は何処かで泳いで渡る必要があった。

 しかし、それ以前にヴェルネラ達は追っ手を振り切らなければならなかった。

 

「また魔術探知だ」

 

 その言葉とほぼ同時に、皮膚の奥を撫でられるような不快な感覚が走った。目には見えないが、空気が歪むような、魔力の波が身体を透過していく感触だった。

 隣を歩くコンコーディア・アグレスが言う通り、ヴェルネラ達は定期的に魔術探知波の照射を受けていた。

 追撃してくる約一個小隊のエルフィンド国境警備隊は、定期的に魔術探知でこちらの位置を確認しながら追跡してきている。

 地理に明るい黒エルフの案内と、負傷者はエリクシエル剤で回復し歩けない者がいなかった事で、距離を詰められることは今のところ無かった。

 だが、魔術探知ができる距離に追手がいるというのは、逃げるヴェルネラ達を精神的に追い詰めていた。山歩きに慣れたヴェルネラも、いつも以上に消耗するのが速いと感じている。冷たい雨が体温を奪い、湿った軍服が鉛のように肩にのしかかる。肺に吸い込む空気も冷たく、胸の奥がひりつく。

 誰もが無口になるが、歩みを止めることだけはなく、ただただ足を前へ出した。

 魔術探知は、何もない平地かつ最も良い条件下で最大五キロほどが探知できる。しかし、実際の探知距離は三キロほどと言えた。

 更に、地形の起伏や森の木々の影響を受けやすく、そういった環境では探知距離はより短くなる。

 ヴェルネラ達は、尾根と谷を縫うように進み、低木の茂る斜面や岩場を選んで進路を取った。

やがて、あの嫌な感覚、魔術探知波が届かなくなった。

 まだ余談は許さないが、全体の雰囲気が少しだけ軽くなった気がした。

 既に日も傾き出している。分厚い雲の切れ間から、夕暮れの淡い光が山肌を薄く照らしている。野営の事も考えなければならないが、ヴェルネラは歩みを止めさせなかった。

 

「中隊長、そろそろ日が暮れます」

「まだよ、まだ進むわ。今のうちに距離を稼ぐの」

 

 残った元部下達の中で最先任者になったアーネチカ・ランドレス軍曹の発言に被せるように言った。

 

「中隊長、少し休ませましょう。限界が来てます」

 

 小走りで駆け寄ってきたランドレス軍曹が耳打ちする。

 ヴェルネラが周囲へ目をやると、荒い息を吐きながら前屈みで歩く者、仲間に肩を貸されながら足を引きずる者の姿が見えた。濡れた髪が額に張り付き、唇は紫がかっている。その多くは負傷し、エリクシエル剤で無理やり身体を動かしている者たちだった。

 

「……一休みしましょう」

「ありがとうございます」

 

 ランドレス軍曹は小さく礼を述べると休憩を周囲に伝える。

 各々がその場に腰を落とし、泥に膝をついて息を整え始めた。誰もが疲労の色を隠せない。

 ヴェルネラは少し離れた所で周囲の監視しながら、腰に下げた水筒を取り出して水を一口含む。

 歩みを止めると、不安が一気に押し寄せてきた。本当に振り切ったのか? 魔術探知をしないだけで何処かから見ているのでは? 

 悪いことしか思い浮かんでこない。

 それを振り払う様に首を振るとコンコーディアを呼び寄せた。

 

「コーディ、来てくれる?」

「何かあったか?」

「この先の地形を確認したくて」

 

 ヴェルネラが図嚢から地図を取り出す間、コンコーディアはじっとその顔を見ていた。

 

「シルヴァン川を渡れそうな所に心当たりはある?」

 

 取り出した地図が小きざみに震えている。ヴェルネラの手が震えているのだ。

 

「あ、あれ? ごめん、今────」

 

 コンコーディアはヴェルネラを静かに抱き寄せた。

 

「ヴェラ、強がらなくていい。今は誰も見てないさ」

「……ッ」

 

 ヴェルネラは、胸が締め付けられ、涙が自然と溢れてきたのを感じた。

 コンコーディアの豊かな胸に顔を埋め、声を圧し殺しながら泣く。

 

「わたしが……、わたしがもっと上手くやれば、パルティス少尉も、みんなも、……まだ生きて……」

「あんたは良くやってる。あんたじゃなきゃ、みんなここまでたどり着けてないよ」

「でも……、でも……ッ!」

 

 ヴェルネラはこれまで背負ってきた重責の分だけ涙を流す。

 コンコーディアは、彼女が落ち着くまで優しく抱きしめ続けた。

 

 

 

 結局、ヴェルネラ達は日が昇るまで休んだ。

 湿った地面の冷えが身体の芯まで染み込み、眠りは浅く断続的だったが、それでも目を閉じて横になれる時間があっただけで随分と違った。

夜明けとともに霧が薄く立ち込め、森の奥から鳥の鳴き声が聞こえてくる。国境警備隊は完全にこちらの位置を喪失しているようで、姿はおろか魔術探知波すら無かった。

 

「渡れそうなのはここだね。川幅が狭く対岸は河原になっていて上陸し安い」

 

 コンコーディアが、昨夜の内に地理に明るい黒エルフ達から聞き込みをした情報をまとめて報告する。

 

「ただ、このあたりの流れは急だ。最悪────」

「危険なのはわかってるわ」

 

 ヴェルネラは立ち上がりながら言った。

 周囲をみれば皆準備を終えている。休んだことで顔色といいのが見て取れた。

 

「行きましょう。軍曹、先導して」

「了解です」

 

 ヴェルネラ一行は、一度シルヴァン川沿いにまで南下しそこから流れに並走する形で足を進めた。

 冬の訪れを感じさせるように草木は枯れ、森の緑はゆっくりと少なくなってきている。

 シルヴァン川の流れを聞きながら、一列縦隊で木々の間を進む。山歩きに慣れていない白エルフ兵が、苔に足を取られて体勢を崩した瞬間、黒エルフがその手を掴んで支える。

 風に揺られて木々がざわめく音がする。頭上を鳥たちが鳴きながら飛んでいく。

 まるで、黒エルフの虐殺などどこにも存在しなかったかのような錯覚を覚えるほど、へレイム山脈の森はいつも通りであった。

 やがて、急に視界が開ける。森の中にぽっかりと穿たれた穴のように、木々のない広場が現れたのだ。

 そこでランドレス軍曹が足を止めた。

 先頭が止まると連鎖的に後続も足を止める。

 

『軍曹、何かあった?』

 

 ヴェルネラは、出力を絞った魔術通信でもってランドレス軍曹へと語りかける。

 ランドレス軍曹はゆっくりと首を動かして、広場の反対側の林縁沿をなめるように観察した。

 

「…………」

 

 異常は見当たらない。

 

『気のせいです。先へ進みます』

 

 ランドレス軍曹は魔術通信で返事をしながら立ちあがる。

 その瞬間、乾いた炸裂音が空気を裂き、同時にランドレス軍曹の腹部に強烈な衝撃が走った。

 

「敵襲!」

 

 反対の林縁沿で発砲炎が瞬いた。

 咄嗟に伏せたヴェルネラの頭上を弾丸が飛び抜ける。

 コンコーディアは、すぐに発砲炎に向けて反撃する。標的は見えないが銃を撃ち、再装填をしながら魔術探知と視力を強化して林縁沿を睨む。

 同じ様に、全員が一斉に反撃した。

 林縁沿の大木で動きが見える。コンコーディアは照準を合わせた。

 照星の先に、フード付きのケープが見えた。その人影は、こちらを伺うように大木から顔を出す。引き金にかけた指から力が抜けた。

 

「撃つなッ!!」

 

 コンコーディアが叫び声を上げた。同時に立ち上がり、隠れていた木の影から出る。

 

「コーディ!?」

 

 その行為にヴェルネラが驚愕の声を上げたが、コンコーディアの視線は広場の向こうに据えられていた。

 コンコーディアの突然の行動に、皆が射撃をやめた。すると、森から銃声が消えうせる。

 射撃が止み、コンコーディアが姿を現すと反対側の林縁沿でも動きがあった。

 大木の影から人影が現れる。その姿を見て、全員が息を飲んだ。

 

『同胞……か?』

『そうだ。あたしは黒エルフさ』

 

 現れたのは、武装した黒エルフの集団だった。こちらを見て戸惑い、警戒と困惑が入り混じった表情を浮かべている。

 それを見てヴェルネラ達も立ち上がる。

 

『何故……白共と一緒にいる?』

 

 魔術通信越しの声色にも、困惑が滲んでいた。

 その返事をする前に一人の黒エルフが動いた。広場へと走り込むと草の上に横渡っているランドレス軍曹へと駆け寄った。

 あの、パルティス少尉に助けられた黒エルフだ。名前はニキータ・セレムリエン。

 

「どこを撃たれたの!?」

 

 彼女はランドレス軍曹の横に膝をつくと、その容体を確認した。

 ランドレス軍曹は脂汗を額に滲ませ、浅く荒い呼吸を繰り返している。叫びを押し殺すように唇を噛み締めていた。

 ニキータの後に続くように、ヴェルネラやコンコーディア、撃った黒エルフ達もやってきた。

 

「中隊長、しくじりました……」

 

 ランドレス軍曹が、やせ我慢の笑みを浮かべて言うのを無視してヴェルネラは処置に加わる。

 銃創は右胸のすぐ下にあった。軍服を脱がせてシャツを引き裂く。

 

「エリクシエル剤を!」

 

 コンコーディアが雑嚢を漁るのが視界の端に映った。

 白い肌が露出し、小さく空いた銃創から黒い血がとめどなく溢れてくる。

 ヴェルネラは、黒い血液を見てたじろいだ。

 ニキータが銃創に手を押し当てて圧迫すると、ランドレス軍曹が痛みから叫んだ。

 

「ッアああああ゛ア゛!!」

「エリクシエル剤! 早く!」

「ないよ! 誰も持ってない! 使い切っちまった!」

 

 ニキータの叫びに、コンコーディアが歯噛みして答える。ヴェルネラ達にエリクシエル剤は既に無かった。

 視線はすぐに撃った側の黒エルフ達へと向いた。

 

「あるなら出しなさい!」

 

 ニキータの有無を言わせない剣幕に黒エルフは動揺して仲間を見る。

 やがて、指揮官らしき黒エルフが静かに頷いた。

 

「渡してやれ」

 

 黒エルフが肩から下げた雑嚢からエリクシエル剤のアンプルを取り出す。

 

「いや……いい。……血が、黒い…………肝臓をやられた。助からない」

 

 それを見てランドレス軍曹が息も絶え絶えに言った。その顔色は目に見えて悪くなっていく。白エルフの白い肌がそれを余計に際立たせた。

 

「そんな……っ!」

 

 ニキータの瞳から涙が流れる。

 黒エルフが白エルフの為に涙を流すその光景に相手側の黒エルフ達は困惑しつつも、どこが後ろめたい気持ちを抱き始めていた。

 

『後方から白エルフの小隊が近づいてきている! 距離は二キロ!』

 

 周辺を警戒していた黒エルフから魔術通信が届いた。

 先日ヴェルネラ達を追跡していた小隊だろう。この銃声を聞きつけて向かって来てきた。

 

「先に……行ってください」

 

 ランドレス軍曹は自らの護符を外すとニキータに押し付けるように渡して言った。

 

「……行きましょう」

 

 ヴェルネラの声に、ニキータは信じられないという目で彼女を見る。

 

「どう言う経緯で同胞と白が一緒に居るのかは知らないが、一先ず我々と一緒に来てもらおう」

「ええ、構わないわ」

 

 相手側の指揮官の言葉にヴェルネラが同意を示す。すぐに移動が始まった。

 コンコーディアがランドレス軍曹の傍から離れないニキータの腕を掴んで連れていく。

 

「……軍曹。いやアーネチカ、ごめんなさい」

「気にしないで下さい。……最期に煙草を貰えますか?」

「ええ、好きなだけあげるわ」

「……一本で十分ですよ」

 

 ヴェルネラは跪いてランドレス軍曹に煙草を咥えさせると、マッチで火を点けた。

 

「へへ、中隊長から煙草を貰ったってパルティス少尉に自慢してやらないと」

「……わたしもいつかそっちに行くわ」

「直ぐに来たら追い返しますからね。……行ってください」

 

 ランドレス軍曹は、紫煙をくゆらせながら小銃をたぐり寄せる。

 ヴェルネラは、後ろ髪を引かれる思いでその場を後にした。

 しばらくして、後ろから一発の銃声が鳴り響いた。その瞬間、全員が足を止めたが直ぐに歩き出した。

 

 

 

 

 

 ヴェルネラ達の前後を挟む様に黒エルフ達が歩き、油断なく周囲を見ている。その眼光の向かう先にヴェルネラ達も含まれていた。

 道中、エレンウェ・リンディールと名乗った指揮官へ、これまでの経緯をコンコーディアが説明すると、彼女達がヴェルネラ達白エルフを見る目が少しだけ和らいだのを感じた。

 一時間ほど森の中を歩くと、黒エルフ達が足を止めた。

 

「武器を預かりたい」

 

 エレンウェがヴェルネラへと手を差し出しながら言うと、すかさずコンコーディアが間に割り込んだ。

 

「こいつらは敵じゃない。そう説明したはずだ」

「落ち着いて、それはわかっています」

「なら……!」

「私達は良くても他はそうではありません。白エルフが武装しているだけで、余計なトラブルが生じかねない」

 

 諭すような口調のエレンウェにコンコーディアがなおも食い下がろうとするのをヴェルネラが制するように肩を叩いた。

 

「コーディ、いいわ。彼女の言い分も理解できる」

 

 ヴェルネラは、コンコーディアを押しのけて前に出ると、拳銃嚢やサーベルが吊るされたベルトを外すとエレンウェに差し出した。

 

「でも、何かあったら……!」

「その時はコーディが守ってくれるんでしょ?」

「それはっ! そうだけど……」

「なら問題ないじゃない」

 

 冗談めかした口調とは裏腹に、ヴェルネラの瞳は真剣だった。

コンコーディアは一瞬言葉を失い、やがて諦めたように息を吐く。

 ヴェルネラが武器を渡したことで元部下達も各々の武器を渡していく。

 白エルフ達が完全に武装解除したのを確認すると、エレンウェは軽く頷き、再び歩き出した。

 

「さて、行きましょう。私達の指揮官に合わせます」

「誰が指揮を執っているんだ?」

 

 コンコーディアの問いに、エレンウェは歩みを止めずに答える。

 

「ディネルース・アンダリエルですよ」

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