清廉な白エルフは、いかにして不浄な黒エルフを虐殺したのか   作:タチアナ・グリセルダ

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もう一つの物語⑨ 南へ

 スコルの氏族長だったディネルース・アンダリエルは、オルクセン王グスタフ・ファルケンハインの誘いに応じて、虐殺から逃げる同胞達をオルクセン王国へと亡命させていた。

 シルヴァン川を越えて、南岸のオルクセンへと行くルートは限られている。

 最初は泳いで渡っていたが、シルヴァン川の水位が増し、冬の刺すような冷たさからそれも次第に厳しくなってきていた。

 シルヴァン川を渡れず、約一二〇〇人近くまで膨れ上がった集団をディネルースは率いていた。

 

 その日、ディネルースはシルヴァン川沿いの崖の上で目を瞑って集中していた。

 眼下には猛々しいシルヴァン川の流れが音と共に見えていた。

 

「…………姉さま」

「……聞こえたか、ヴァスリー」

 

 ディネルースは隣に控えていたイアヴァスリル・アイナリンドに尋ねる。イアヴァスリルはそれに頷いて応えた。

 彼女達は南岸からぎりぎりまで出力を絞った魔術通信を受け取っていた。

 

「目指すは浅瀬ですね」

 

 シルヴァン川の北岸で足止めを食らっているディネルースら黒エルフを支援するべく、オルクセンは軍を使ってエルフィンドを牽制する事にしたのだ。

 国境付近に複数の偵察部隊を送り、北岸を探る動きを見せる。オルクセンが国境で何か起こっていると探る動きを見せることで、エルフィンド軍を牽制しようというのだ。

 国境紛争を望んでいないのは双方同じである。オルクセン軍参謀部はこれによって、エルフィンド軍が一時的にシルヴァン川沿いでの活動を弱めるだろうと見積もっていた。

 ディネルース達は、その隙にシルヴァン川を越えようというのだ。

 ここ数日、へレイム山脈では雪と雨が続いている。増水したことで浅瀬以外の渡河地点は殆どが使えなくなっていた。もはや、これに賭けるしか無かった。

 

『ディネルース姉さま。今どちらに?』

 

 そこへ魔術通信が入った。声色からしてエレンウェ・リンディールだ。

 

『何かあったのか?』

『至急報告したいことが……』

 

 エレンウェが言葉を濁したことから、不特定多数に聞かれる恐れのある魔術通信では都合が悪いことだろうと察しがついた。

 

『すぐ行く』

 

 ディネルースはイアヴァスリルを伴って同胞の待つ森の中へと戻っていった。

 

 

 

 エレンウェの先導に従ってヴェルネラ・オルノネメアは黒エルフの野営地へと入り込んだ。

 木々の間に数多くの黒エルフの姿が見える。憔悴していたり、負傷している者もいたが、総じて力強い目をしていた。

 そんな彼女達が、白エルフであるヴェルネラやその部下達の姿を見つけると、互いに囁き合ってざわめきとなる。皆が敵意に満ちあふれた視線を容赦なくぶつけてきた。

 

「…………白豚め」

 

 最終的解決が始まって以来、黒エルフの間で急速に広がった白エルフの蔑称が、ところかしこで投げかけられる。

 それを無視してヴェルネラ達は歩き続けた。

 そっと、その視線を遮るようにコンコーディア・アグレスがヴェルネラの横に並んだ。同じ様に、ここまで苦楽を共にしてきた黒エルフ達が白エルフを守る様に囲む。

 

「ディネルース姉さま。連れてきました」

 

 エレンウェに案内された先には、艷やかな栗色の髪をした黒エルフが待っていた。

 ディネルース・アンダリエルである。

 

「(思ったよりも有名人が出てきたわね)」

 

 一方的にではあるが、ヴェルネラはディネルースの事を知っていた。

 ティリオンのエルフィンド陸軍士官学校に通っていた頃、彼女が教鞭を執っていたのだ。

 直接講義を受けた事こそなかったが、士官学校でも珍しい黒エルフの教官ということで顔を覚えている。戦史や戦術の講義で必ず触れられるロザリンド会戦においても、黒エルフ散兵を率いて効果的な散兵運用をした野戦指揮官として名前が登場した事もある。

 ディネルースは、エレンウェが連れてきた白エルフの大尉を見定めるように正面から見つめた。

 面会に先立ってエレンウェが出した伝令から、簡単に事の経緯を聞き及んでいたこともあり、いきなり敵意を向けるような真似はしなかった。

 

「ヴェルネラ・オルノネメアです。あのアンダリエル大佐にお会いできて光栄です」

 

 機先を制するようにヴェルネラが名乗る。それを聞いてディネルースが片眉を僅かに上げた。

 

「私のことを知っているのか?」

「ええ、士官学校で。直接、指導を受けたことはありませんが」

「そう。……あなたの様なまとも(……)な教え子がいて嬉しいよ。同胞を救ってくれて、ありがとう」

 

 そう言ってディネルースは、小さく頭を下げた。

 さて、と頭を上げながら切り替えるようにディネルースは口を開く。

 

「知っているかも知れないが、我々はオルクセンへと向かっている。彼らが我々を受け入れてくれることになった」

 

 オルクセンと聞いてヴェルネラとコンコーディアは互いに顔を見合わせた。他の仲間達も同じ様な反応を示している。

 

「その反応もわかるが、私はオーク王を信じることにした。不安だろうけど、ここは私を信じて欲しい」

 

 ともかく、オルクセンを目指すにはシルヴァン川を越えなければならない。ディネルースは、先日ヴェルネラ達が渡った浅瀬を目指しているという。

 

「あの辺りはエルフィンド軍が目を張っています。この規模での渡河は危険です」

 

 ヴェルネラは、先日自分達が渡渉点で遭遇したエルフィンド軍部隊の事を説明した。

 

「他の渡河点はもう使えない。それに勝算はある」

「勝算?」

「その時になればわかるさ」

 

 どうやらディネルースは策を教えるつもりは無いようだった。

 今は、同胞を救うべく各地に散らばっている分隊規模の部隊の再集結を待っているらしく、しばらくはここに留まる様にとも伝えられる。

 

「しばらくはエレンウェの指示に従ってほしい」

 

 ディネルースは、それだけ言うと隣に控えていた黒エルフと何やら話し始めた。

 指揮官というのが、多忙だということはヴェルネラも良く知っている。特に何も言わずにエレンウェに続いてその場を離れた。

 

「オルクセンがあたしらを受け入れるなんてね……」

 

 自然と隣に並んだコンコーディアがポツリと呟く。湿った地面を踏みしめる音が、二人の足並みに重なる。

 いまだ疑念はある。あのオーク達が本当に善意だけで黒エルフを受け入れるのだろうか? だが、ディネルース・アンダリエルともあろう人物が騙されているとも考えづらい。

 

「とにかく、ここは信じましょう」

 

 後ろを歩くヴェルネラとコンコーディアの会話を聞きながら、エレンウェは、二人の距離感がやけに近いことが気になっていた。

 

「お二人はどう言う関係なんです?」

 

 意を決して尋ねたエレンウェの問いに、二人は互いの顔を見合わせた。

 ヴェルネラが悪戯っぽい笑みを浮かべる。

 

「どう言う関係なの? わたしたち」

「ッ。おまえ……」

 

 コンコーディアが頬を赤らめながらそっぽを向いた。

 

「(あ、聞かないほうがよかったやつだ……)」

 

 その光景だけでエレンウェは何となく察しがついた。

 

「…………恋人だよ」

「…………うん」

 

 コンコーディアが遂にはっきりと口にした。かつてなら彼女は、ヴェルネラを親友だと言っただろう。

 しかし、今は違う。ヴェルネラは嬉しさと気恥ずかしさがこみ上げてきて、突耳を真っ赤に染め上げながら相槌を打つ。

 周囲にいた全員がそれを耳にした。

 エレンウェの仲間達からは驚きの、ここまで付いてきたヴェルネラ一行からは「ああ、やっぱりと」いった声が上がり、生暖かい視線が二人に向けられた。

 

「そ、そうですか。お似合いですよ」

 

 エレンウェは反応に困った声色で祝福した。

 

 

 

 同胞を助けた白エルフの噂は黒エルフ達の間で、すぐに広まった。野営地の黒エルフ達からの、殺意にも似た視線は日に日に薄れていった。

 しかし、頭では理解していても感情がそれを拒否することもある。

 

「この薄汚い白豚共!」

 

 悲鳴のような金切り声と同時に、ヴェルネラへ石が投げつけられた。投げたのは年の若い黒エルフである。

 小ぶりな石がヴェルネラの頭に当たり、額が切れて血が流れた。

 

「ヴェラ! ……おまえッ!」

「やめて!」

 

 立ち上がって掴みかかろうとするコンコーディアを鋭い声で制止する。

 石投げた黒エルフが向かってくることはなく、そのまま泣き崩れる様にへたり込んだ。

 

「お姉ちゃんを返してよッ!! 返して……っ!」

 

 黒エルフの慟哭に、白エルフ達は目を背けた。

 彼女がそれ以上危害を加えてくることは無く、仲間に連れられて泣きながら去っていった。

 

「傷をみせな」

「……大した傷じゃないわ」

 

 コンコーディアは、額の傷口を水で洗うと素早く包帯を巻いた。

 野営地を経つまでの数日間で、似た様な事は数回発生した。

 そのほとんどが言い掛かりや罵倒であったが時折、殴り掛かってくる者もいた。

 野営地への再集結が完了すると、集団はすぐに移動を始める。

 約一二〇〇人の集団だ。負傷者や衰弱した者もいる。移動速度はお世辞にも速いとは言えなかった。

 この頃には、黒エルフがシルヴァン川沿いに集結していることは、エルフィンド国境警備隊も認識していた。最終的解決の軍事作戦を統括するミカエラ・ハルファン二等少将は、シルヴァン川へと黒エルフを追い落とすべく隷下部隊に総攻撃を命令する。

 ディネルースは、集団の後ろに立ち、陣頭指揮を取りながら迫りくる国境警備隊相手に遅滞戦闘を繰り広げていた。

 ヴェルネラ達も、エレンウェを通じて戦闘にくわわると申し出たが丁重に断られている。

 

 

 

 オルクセンへと渡る最後の集団が、シルヴァン川の渡渉点へと近づくと、不意に振り続いた雨が上がった。それに合わせる様に渡渉点付近にいたエルフィンド軍が姿を消したのだ。

 後に、オルクセン軍の斥候や偵察が国境付近に姿を見せたことによる反応だと知るが、この時のヴェルネラ達には知る由もなかった。

 この好機を逃さない様に、黒エルフ達はシルヴァン川を南へと渡る。

 

 夜の闇の中、シルヴァン川にできた黒エルフの列をヴェルネラは北岸から見ていた。

 順番に川へと足を踏み入れていく黒エルフ。間もなくヴェルネラ達の番が回ってくる。

 ヴェルネラは、背後を振り返った。視界に広がる光景を目に焼き付ける。

 今から故郷を捨てるのだ。後悔は無かったが、無意識にそれをしていた。

 

「ヴェラ、これを着な」

「えっ? わふっ!?」

 

 ヴェルネラが反応するよりも先に、コンコーディアが頭から黒エルフ族のケープを被せてきた。

 

「寒くないわよ?」

「いいから着ときな」

 

 ヴェルネラは、言われるがままケープを羽織った。周囲を見れば他の白エルフ達も同じ様にケープを被せられている。

 その光景にヴェルネラは疑問を抱いたが、口に出すより先にコンコーディアが囁いた。

 

「それで顔を隠しな。気休めだとは思うが、オーク達に白エルフだとバレないようにね」

 

 おろしていたフードをコンコーディアが被せる。確かに多少は顔と肌の色が隠せていた。

 そうこうしているうちにヴェルネラ達の番がくる。

 

「……行こう、オルクセンに」

「ええ」

 

 ヴェルネラとコンコーディアは、繋いだ手をぎゅっと握り合う。二人は並んでシルヴァン川へと足を踏み入れた。

 

 雨が止んだとはいえ、川の水位がすぐに低くなる訳ではない。膝上近くまである水流は、黒エルフも白エルフも区別なく平等に呑み込もうとしてくる。

 ヴェルネラ達は、ゆっくりと着実に足を進めた。バランスを崩しかけると、隣の者が手を掴んで助ける。そんな事を繰り返しながら南岸へと向かう。

 南岸から発信される微弱な魔術通信の反応を頼りに、真っ直ぐ進み続ける。

 

「あと、少し……!」

 

 渡渉地の最も深い場所を抜け、進むたびにゆっくりと水位が下がっていく。

 水をたっぷりと吸った軍服が、足を縫い留めるように重くなる。

 それでもヴェルネラは止まることなく進み続け、遂に南岸へと上がった。

 遅れて、仲間達も上陸してくる。

 疲労と共に達成感がこみ上げてきた。同時に、初冬の冷気が濡れた身体を容赦なく冷やし、身体が勝手に震え奥歯が小刻みに音を鳴らす。

 南岸へとたどり着いた同胞達を、リナリア・レニヴェルのように先に来ていた黒エルフ達が浅瀬から少しばかり南にある森へと誘導する。それに従って上陸した者達は、森へと向かった。

 

Bringt eine Decke mit(毛布を持ってこい)!」

 

 森に入ったヴェルネラが最初に目にしたのは、聞き馴染みのない言語で何かを話す。コボルト族の姿だった。

 てっきりオークがいると思っていたヴェルネラは、きょとんとした顔でコンコーディアと顔を見合わせる。周囲を見れば、コボルト族とオーク族が同じ軍服を着て動き回っているではないか。

 

「こちらを」

 

 オークの兵が、たどたどしいアールヴ語で毛布を手渡してくる。彼は、その逞しい腕に何枚もの毛布を抱え持ち、シルヴァン川を越えてきた黒エルフへと手渡していく。

 二人の記憶にあるオークは、もっと粗野でもっと野蛮だった。想像と違うオルクセンの姿にただただ困惑した。

 受け取った毛布と焚き火で、冷えた身体を暖める。じんわりと体温が戻ってきた。

 

 ディネルースが直率する最後の集団も渡渉に成功し、黒エルフ達はオルクセンへの亡命を成し遂げた。

 最終的解決を生き延びた黒エルフは、約一万二〇〇〇にのぼる。一方で、犠牲になった黒エルフは約五万八〇〇〇であった。




原作キャラの口調が合ってるのか不安です。
多少の違いや解釈違いは多めに見てくれると助かります。
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