清廉な白エルフは、いかにして不浄な黒エルフを虐殺したのか   作:タチアナ・グリセルダ

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もう一つの物語⑪ オルクセン王国 後編

 ヴェルネラ・オルノネメア以下一〇名の白エルフ達は、アーンバンドを発つ軍用列車の最後尾車両にまとめて乗車した。

 車窓には遮光幕が降ろされ、外の様子を窺う事は出来ない。

 客車には白エルフと同乗するゴルゲットをさげたオーク族憲兵の姿しかなかった。彼らは客車前後の出入り口付近に座り、監視するような視線をヴェルネラ達へと時折向けた。

 ヴェルネラも彼らを窺うように数回目を向けたが、オークの顔色等解るはずも無く、何を考えているのかを測ることは出来なかった。

 ヴェルネラは、仲間達と共に居心地悪そうに木製の座席に腰掛ける。

 軍用列車が出発して直ぐに、仲間の一人が陰鬱とした雰囲気を変えようと遮光幕をあげようとした。

 

「それは駄目です」

 

 遮光幕に手をかけようとするとオーク憲兵に止められる。

 座席から立ちあがった何を考えているか解らない大柄なオークの姿に、仲間は顔を青くして後退った。

 

「あら、何故?」

 

 彼女を助けるように、ヴェルネラは立ち上がって憲兵へと問いかける。ちらりと相手の腰に目をやれば拳銃嚢が吊るされているのが見て取れた。

 

「安全の為です。白エルフに対して悪感情を抱いている者は未だに多いのです。ご理解下さい」

 

 目的地へ着くまで人目につかぬようにせよという命令を受けていると、憲兵は淡々と続けた。

 

「(まるで囚人ね……)」

 

 再度座席に腰を下ろしたヴェルネラは、溜息を吐いて足を組んだ。

 仲間達も同じ事を思っているようで、憲兵の姿を窺いながら魔術通信で会話している。

 オークは魔術通信が出来ない。それを確認すると、白エルフ達は各々が不安を吐露しながら、励まし合った。

 

 息の詰まる軍用列車に揺られながらどれだけ時間が経っただろうか。

 ヴェルネラは、これまでの肉体的、精神的な疲れから眠りにつく白エルフ達の姿をぼんやりと眺めていると、列車が速度を落としたのを感じた。

 座席から伝わる振動のリズムが変わったのを感じ取ったのか、眠っていた者達も目を覚ます。

 やがて列車が完全に停車する。鉄道駅だろうか、窓越しに喧騒が聴こえてきた。

 

「到着しました」

 

 オーク憲兵が客車の扉を開いて外へ出るように促す。

 最後尾の出入口側に居た憲兵が立ち上がり、まるでヴェルネラ達を押し出すように動いた。

 押し出される様に外へと出たヴェルネラ達。プラットフォームには蒸気が漂い、軍服を着たオークやコボルト、ドワーフの姿があるが黒エルフの姿は一人も見えない。

 

「こちらの馬車へ」

 

 憲兵がプラットフォーム脇に用意されていた箱馬車へと案内する。

 白エルフ達は箱馬車の前で尻込みした。オルクセンは我々と黒エルフを引き離そうとしている。つまりそのまま消されるのではないか? 胸の奥にあった疑念が大きくなっていくには十分だった。

 

「どうかされましたか?」

 

 尻込みした白エルフ達に憲兵が声をかける。相変わらず彼の顔色は解らない。

 周囲に目をやれば、駅で作業を続ける兵士らの視線がヴェルネラ達に向けられている。その色は好意的と言うには尖っていた。

 

『……中隊長』

『……今更どうしようもないわ』

 

 不安がる仲間達の視線を一身に浴びながら、ヴェルネラは最初に箱馬車へと足を踏み入れた。

 

 

 

 箱馬車も列車と同じ様に窓に目隠しがされていた為、外の様子を窺うことは出来なかった。

 小一時間ほど揺られた後、箱馬車の扉が開かれ外へと出る。

 そこは兵舎らしき建物が数棟並んいるだけの場所だった。周囲には、見渡す限りの平原と森しか見当たらない。

 

「しばらくここで生活して頂きます」

 

 そう言い残して馬車と共に去っていく憲兵の事など誰も気にしていなかった。

 規則正しく並べられた兵舎らしき縦長の建物が五つ。それは何処か、ヘイズルーンに建設されていた黒エルフの収容所を彷彿とさせた。

 白エルフ達の中に元々あったオークへの不信感は、より大きくなる。しかし、土地勘もない彼女達は何処へ逃げることも出来なかった。

 ヴェルネラ達が立ち竦んでいると、兵舎から数人の人影が出てくる。

 

「ベアトリクス!?」

「ヴェルネラ!」

 

 そこに居たのは白エルフだった。

 ベアトリクス・セレンヴェン曹長。黒エルフと共にシルヴァン川を越えた筈の彼女の姿があったのだ。

 ヴェルネラとセレンヴェン曹長の声を聴いて兵舎から続々と白エルフ達が出てくる。皆、セレンヴェン曹長同様先にシルヴァン川を越えていた者達だった。

 ヴェルネラと共にいた白エルフ達の顔色が幾らか明るくなった。

 ヴェルネラは、セレンヴェン曹長に歩み寄ると、正面からぎゅっと抱きしめた。

 

「無事で……よかった……!」

「ええ、あなたこそ」

 

 兵舎────セレンヴェン曹長曰くここはオルクセン陸軍の演習場の一角に設けられた廠舎だという────に入ったヴェルネラ達は直ぐ様情報の交換と共有を食堂で行った。

 

「……そうですか、パルティス少尉にランドレスも」

 

 対面に座るセレンヴェン曹長が目を伏せた。

 ここにいる白エルフは三六名。ヘイズルーンを出た時、白エルフ達は約七〇名いた。途中で脱走した者などもいたが、多くはシルヴァン川渡渉時の戦闘で命を落としていた。回収できた護符はごく僅かだ。

 ヴェルネラもセレンヴェン曹長から渡渉後の事を聞いた。

 オルクセン側に保護され、白エルフだけがここへ移送されて来たという。

 

「廠舎内や付近の移動や散策は自由です。憲兵の付き添いがあれば近くの森に行くことはできますが、黒エルフに会うことはできません」

「……警備は?」

「約一個小隊」

 

 ヴェルネラは、魔術探知波を飛ばしてみる。セレンヴェン曹長の言う通り、約一個小隊規模のオークやコボルトの反応があった。彼らは、廠舎の周辺で立哨したり、動哨をしたりしている。その監視の目は外にも内にも向けられていた。

 セレンヴェン曹長は、ここでの生活も語った。

 食事は一日三食。点呼は無い。

 

「食事は美味しいですよ。白パンにバター、ベリーまでしっかり出ます。オークらしく、それはもうたっぷりと」

 

 セレンヴェン曹長が苦笑いしながら言うと、他の白エルフ達も小さく頷いていた。

 オルクセンの文化らしく、昼食が最も豪華で、逆にエルフ族が最も重視する夕食はそうでもないという。

 白パンが出ると聞いて、ヴェルネラ達は顔を見合わせた。

 エルフィンドで一般的なパンは黒パンで、白パンは祝い事の日に食べるご馳走の象徴と言える。

 シルヴァン川を越えた集結地で白パンが出された時は、これが最後の晩餐かと、コンコーディア・アグレスの共に覚悟したものだった。そんな事はなく、次の日も白パンがだされたのだが。

 ここでも白パンが出ると知り、一部の者はその味を思い出して恍惚とした表情を浮かべた。

 

「数日に一度、軍からの尋問があります」

「…………どんな感じかしら?」

 

 セレンヴェン曹長から尋問という言葉が出て、ヴェルネラは僅かに見を強張らせた。

 

「どこの生まれか? 何故黒エルフを助けたのか? エルフィンド政府をどう思っているのか? そういった内容です。今のところ紳士的です。暴力などはありませんでした」

 

 ヴェルネラは、椅子の背もたれに背中を預けると残り少なくなった煙草を吹かした。

 

「(オーク達がわたし達をどうする気なのか……。尋問でそれが探れるかも知れないわね)」

 

 

 

 ヴェルネラがオルクセン側からの尋問を受けたのは、次の日であった。

 憲兵達が使用している廠舎。士官用の個室の一つで行なわれた。

 椅子に座るヴェルネラの対面には士官が座り、部屋の隅には書紀の下士官とゴルゲットを下げた憲兵も同席している。全員がオーク族であった。

 

「ハラー大尉です」

 

 対面で尋問を主導するオーク士官はそう名乗った。

 ハラー大尉の尋問は、事務的、義務的であった。

 名前の確認、出身地、エルフィンドでの職業とその地位、何故オルクセンへ来たのか、黒エルフとの交友関係など。

 個々の質問を掘り下げるようなこともせず、解答用紙の空欄を埋めていく様な感じである。

 ヴェルネラへの尋問────これを尋問と言うのか甚だ疑問だが────は一〇分少々で終わった。

 

「今日はこれで終わりです。最後に質問はありますか?」

「…………わたし達は、いつまでここに居ればいいのですか?」

 

 ヴェルネラの質問に、ハラー大尉は少しだけ考える素振りを見せた。

 

「長くて一ヶ月ほどでしょう」

 

 オークの顔色や表情は、未だ読み取れなかったが嘘をついているようには見えなかった。

 

 尋問は翌日も行なわれた。

 ヴェルネラが昨日と同じ部屋に入ると、ハラー大尉の姿は無かった。かわりに別の人物の姿があった。

 

「ヒーマー少佐だ。よろしく」

 

 オルクセン陸軍の軍服を身に纏ったコボルト族ダックスフント種の牡。

 コボルト族の中でも小柄なダックスフント種である。オーク用の大柄な椅子にクッションを重ねてちょこんと座っている姿に、ヴェルネラは何処か愛らしさを感じた。

 ヒーマー少佐の尋問、いや質問は地理に関するものが多かった。

 エルフィンド国境警備隊の分屯地や駐屯地の位置、街道の数や大きさに路面の状態、シルヴァン川からファルマリアまでにある主要な橋の場所や構造など。

 先日のハラー大尉の尋問とは異なり、個々の質問の細部まで掘り下げて聞き取りをしてくる。記録をとる書記官とは別にヒーマー少佐も、手帳に何かをしきりに書き込んでいた。

 ヒーマー少佐の尋問は約二時間にも及んだ。

 流石のヴェルネラも、オルクセンがエルフィンドの情報を細かく得ようとしている事は直ぐに察しがついた。そして、これは武器になるとも感じていた。

 

 ハラー大尉とヒーマー少佐の尋問は数日置きに交互に行なわれた。

 所要時間こそ変わらなかったが、質問の内容は日に日に踏み込んだものへと変わってきている。

 オルクセンが白エルフ達をどうしたいのかは未だに掴めていない。だが、情報を得ようとしている間は安全である。

 ヴェルネラや白エルフ達は情報をぼかしたりはぐらかしたりして小出しにして時間を稼いでいた。

 同時に、食事の量が多すぎて困っているや、酒類が欲しいなどの要望を伝えていく。これらの要望の大半は数日のうちに叶えられた。

 

「(彼らはわたし達をどうしたいのかしら……)」

 

 グラスに注がれたウイスキーを傾けながら、ヴェルネラは自分達の立ち位置が掴めずに困惑していた。

 囚人と言うには自由が利きすぎ、亡命者としては拘束されすぎている。コンコーディアら黒エルフとは未だに会えていない。

 

 その日、ヴェルネラはハラー大尉からの尋問を受けていた。

 

「最後に質問はありますか?」

 

 定型文となっていた言葉を聞くとヴェルネラは意を決して聞いてみた。

 

「ここに来てからずっと疑問だったことがあります」

「何でしょう?」

「わたし達は、あなた方にとって何なのです? 保護対象? 監視対象? それとも、ただの厄介者?」

 

 ヴェルネラの噴出した疑問を一通り聞き終えると、ハラー大尉は静かに口を開く。

 

「小官から言えることは、少なくともあなた方白エルフを犯罪者や囚人と同様に見ていないということです」

 

 ハラー大尉は特別顔色を変えることなく続ける。

 

「もうすぐ、一ヶ月です。そろそろこの生活も変わると思いますよ」

 

 いつもより少し柔らかい口調でそう言った。

 

 

 

 ハラー大尉の言葉が現実になったのはそれから数日後だった。

 ヴェルネラ達が生活する廠舎にコンコーディアやウルフェン・マレグディスといった黒エルフ達が訪ねて来たのだ。

 その日から白エルフ達の行動制限も緩和される。

 廠舎付近から一人で出ることは叶わなかったが、日帰りかつ黒エルフ又は憲兵同伴であれば外出が許可された。

 同時に、白エルフ達にある通達が出される。

 希望する者には、キャメロットやアルビニーへの移住を斡旋すると言うのだ。

 オルクセンに来たものの、黒エルフと大した交友関係の無い者の中には、これを気にキャメロットへ行くことを決意し、移住を希望した。

 

「本当に大丈夫なの?」

「安心しな、あたしがついてる」

 

 ヴェルネラは、コンコーディアに連れられてヴァルダーベルクへと来ていた。

 ヴェルネラは、丈の長い落ち着いた色合いのワンピースを着ている。これは、軍服しか服が無かったヴェルネラに、コンコーディアとウルフェンが送った物だ。

 隣には山岳猟兵用のケピ帽まで被った軍服姿のコンコーディアが並んでいる。

 通行人のオークやコボルト、ドワーフ達は並んで歩く黒エルフと白エルフの姿を見ると驚いた表情で二度見した。

 そんな周囲反応など気にせずコンコーディアはヴェルネラをエスコートして目的地へと歩く。

 ヴェルネラは、初めて見るオルクセンの街並みに目を奪われていた。エルフィンドより発展しているのが見て取れる。

 これをオークが作ったのだ。既に崩れつつあったヴェルネラの中のオーク像が音を立てて崩壊していく。

 

「ヴィルトシュヴァインの中心街はもっと凄いぞ。ティリオンが田舎町に見えるくらいさ」

「それは、凄いわね」

「また今度連れて行くよ」

 

 二人は目的地であった居酒屋(クナイペ)へとやってきた。

 店名は、「バーゼラークック」。ヴァルダーベルクの少し外れに位置している。

 居酒屋(クナイペ)なら、アンファウグリア旅団の衛戍地から最も近い「クライスト」が有名で親しまれているが、下士官兵が愛用する店であった。将校達は下士官兵を気遣って別の店を利用するが通例で、「バーゼラークック」はそんな将校達にもよく利用される店である。

 店に入ると、給仕係である牝のオークは一瞬だけ驚いた顔をしたのを、ヴェルネラは見逃さなかった。

 給仕係の案内に従った席へと向かう間も、店内のあちこちから不躾な視線が向けられる。この頃には、黒エルフがオルクセンに亡命してきた事やその経緯は、一般に広く知られていた。

 ヴェルネラは少し居心地が悪かったが、恥じる事など無いと堂々とする事にする。

 案内されたのは店の奥の方にある大きめのテーブル席であった。

 

「あれ? オルノネメア大尉?」

「モーフェン伍長?」

 

 席には先客がいた。

 椅子に座ってい縮こまっている私服姿のイブリン・モーフェン伍長。その隣には彼女と仲のいい黒エルフ、タチアナ・グリセルダの姿もある。

 ヴェルネラ達の到着を皮切りに「バーゼラークック」へ次々と黒エルフ達がやって来る。騎兵用の肋骨服や陸軍の軍隊姿の者もいれば、私服姿の者もいた。

 あれよあれよと言う間に、ヴェルネラはテーブルの中央席にイブリンと並んで座らされる。

 見計らった様に給仕がジョッキをテーブルに置く。ジョッキには、黄金色の泡立つ液体がなみなみと注がれていた。

 酒精の香りがすることからそれが酒類だということは、わかった。

 

「コーディ、これは?」

白ビール(ヴァイスビア)さ。小麦を使った酒だよ」

「小麦……」

 

 ヴェルネラとイブリンは顔を見合わせた。

 エルフ族において小麦は豊かさの象徴といえる。興味が湧いてくるの同時に、小麦で酒を造れるオルクセンの豊かさに舌を巻いた。

 全員にジョッキが渡ると、コンコーディアが声を張る。

 

「あたしらの命の恩人に!」

 

 その声と同時に黒エルフ達がジョッキを掲げた。

 ヴェルネラは薄々と勘づいていたが、あえてコンコーディアに尋ねる。

 

「コーディ、彼女達はもしかして……」

 

 コンコーディアは、にやりと笑った。

 

「みんな、あんた達があの収容所から逃がした連中さ」

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