清廉な白エルフは、いかにして不浄な黒エルフを虐殺したのか   作:タチアナ・グリセルダ

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最終話です。
ベレリアント戦争の推移は原作通りなので飛ばします。


もう一つの物語 結 ヴェルネラとコンコーディア

 星暦八七六年一〇月二六日から翌年五月七日まで行われたベレリアント戦争で、ローテンベルガー機関は活躍したとはお世辞でも言えない。と言うより、予定された形で投入すらされなかった。

 当初、オルクセン王国は八七七年の夏頃を目処に、エルフィンド王国との戦争に踏み込む筈だった。

 陸軍、海軍共にこれを目処に準備を進めており、ローテンベルガー機関もそれに倣っている。

 春頃から順次エルフィンドへ潜入し活動を開始する計画で進められていた。

 それが、エルフィンド外交文書事件を発端とし、開戦の大義名分を得たことで、オルクセン王グスタフ・ファルケンハインが開戦に踏み切ったのだ。

 開戦初日のベラファラス湾海戦でエルフィンド海軍が壊滅。一二月二四日には要塞都市アルトリアを占領。オルクセン軍は破竹の勢いで進軍して行った。

 ローテンベルガー機関も何とかこの戦争に間に合わせようと努力は続けている。

 訓練を終えた工作員をようやくエルフィンド北部へ送り込んだのが四月下旬。しかし、彼女達が活動を始めるよりも先に、戦争が終わってしまった。

 ローテンベルガー機関の主目的であった諜報作戦こそ遂行出来なかったが、何もしていなかった訳ではない。

 バンドウ俘虜収容所に送られてきた白エルフ将兵との折衝や尋問の通訳。レーラズの森事件の調査。オルクセン第三軍に対する地下抵抗組織への潜入、諜報などなど。戦時中も細々と活動している。

 

 ローテンベルガー機関が活躍したのは主に戦後であった。

 ベレリアント戦争後、オルクセンはベレリアント半島占領軍総司令部を設置。

 ローテンベルガー機関は、占領軍総司令部兵要地誌局の発足に合わせてそちらへ配属される事になる。局長はアウグスト・シュティーバー大佐というオーク族が務めた。

 このシュティーバー大佐は、諜報組織を作るのが非常に上手かった。彼は、数年かけて元エルフィンド軍や秘密警察関係者を使った一〇人程の諜報機関を、ベレリアント半島各地に築き上げていく事になる。

 ローテンベルガー機関は、そんなシュティーバー大佐直属の部下として、ある者はディアネン雑貨商に、またある者は元エルフィンド軍少佐の身分に偽装し、シュティーバー大佐の手足として動き回った。

 占領軍総司令部がエルフィンド全土の鉄道を管轄下に置く原因となった、五月二三日に発生したニーニリ鉄道事件────上り復員列車と、下り物資輸送列車との正面衝突事故────は、彼女達による工作の結果だとされているが、記録は残されておらす定かではない。

 

 

 

 

 

 ヴァルダーベルクの集合住宅でヴェルネラ・オルノネメアは、キャメロット語の小説を読んでいた。

 この頃ヴェルネラは、ローテンベルガー機関の業務として、キャメロット語とグロワール語の習得を命じられている。その一環としてキャメロットでは有名な冒険小説を読んでいた。

 窓辺に腰掛け、午後の陽気な太陽光を浴びながらゆっくりとページをめくる音だけが響く。

 

『オルノネメア大尉!』

 

 そんなゆったりとした時間を終わらせる魔術通信がヴェルネラへと届いた。

 相手はイブリン・モーフェン。集合住宅前の庭を整備していた彼女だけが、未だにヴェルネラの事を昔の階級で呼ぶ癖が抜けていない。

 

『何かしら?』

『直ぐに! 直ぐに出てきてください!』

 

 イブリンの急かすような声に動かされる様にヴェルネラは栞を挟んで本を置くと、椅子に掛けてあったカーディガンを羽織って外へと出た。

 

「やあ、ヴェラ」

 

 玄関の前には軍服姿のコンコーディア・アグレスが立っていた。

 ヴェルネラはきょとんとした顔で彼女を見る。ゆっくりと腕が持ち上げられ、手のひらがコンコーディアの頬に当てられた。

 

「温かい、本物だ……」

 

 コンコーディアの後ろにはイブリンに抱きついているタチアナ・グリセルダや妹分のウルフェン・マレグディスの姿もあった。

 

「ヴェラ、偽物だとでも────」

 

 ヴェルネラは、頬に当てていた手を後頭部に回すと、頭一つ分高いコンコーディアを引き寄せる。そしてこちらも迎えに行くように唇を合わせた。

 コンコーディアが驚き、一瞬だけ目を見開いた。直ぐに目を瞑って熱い口づけに集中する。

 ヴェルネラは、歓喜の涙を流しながら二人だけの世界へと沈みこんでいった。

 どれだけ口づけをしていたか分からないが、自然と唇が離れても二人は抱き合ったままだった。

 

「おかえり。コーディ」

「ただいま。ヴェラ」

 

 

 

 照明が消え、暗転幕が降ろされる。

 眼下の観客席から舞台へ、拍手が沸き起こった。

 

「…………何か恥ずかしいわね」

 

 ボックス席に座ったヴェルネラが頬を掻きながら呟いた。

 

「そうかい? あたしはあの日のことを思い出したけどね。珍しくヴェラから情熱的に求めてきた日だった」

 

 隣に座るコンコーディアが揶揄かう様に笑った。

 舞台上では暗転幕が上がり、役者達が現れてはお辞儀をしていく。

 ヴェルネラとコンコーディアは、ヴィルトシュヴァインの劇場で、劇を観ていた。

 「勇敢な白エルフはいかにして囚われ黒エルフを救ったのか」。ヴェルネラとコンコーディアの物語である。

 

 ベレリアント戦争後、白エルフに向けられた視線は厳しいものであった。

 戦前の他種族への迫害。戦中の捕虜虐待。清廉とはほど遠いその蛮行に、人間族からも白い目を向けられる事になる。

 それは、オルクセンに亡命していた白エルフ達も同じであった。彼女達がどれだけ「自分達は違う」と訴えても偏見の目は消えない。

 そんな現状を憂いた黒エルフ、タチアナが執筆したのが「勇敢な白エルフはいかにして囚われ黒エルフを救ったのか」である。

 ヴェルネラとコンコーディアを中心に、あの虐殺の裏で起こったヘイズルーン収容所の脱走と逃避行。白エルフと黒エルフの禁断の恋などを絡めた、実話をベースとした物語だ。

 戦後、オルクセン政府が進めていた種族融和政策の追い風もあって飛ぶようにとまではいかなかったが、そこそこの部数が売れた。

 舞台化も行われ、今日がその初公演の日である。ヴェルネラとコンコーディアも招待されていた。

 

「偶には、あの日みたいに求めてきてくれたら嬉しいだけどな」

「もう! 馬鹿なこと言ってないで挨拶に行くわよ! 舞台裏でグリセルダさんが待ってるでしょ!」

「はいはい。それが終わったら列車でヴァンデンバーデンに湯治だろ?」

「わかってるならキリキリ歩く! ほら」

 

 ヴェルネラが差し出した手をコンコーディアが掴む。

 二人は手を繋ぐと並んで歩き出した。

 

 

 

 

 

 その後の話をしよう。

 

 ベレリアント戦争が終わり、アンファウグリア旅団の復員が完了した頃、コンコーディア・アグレスは軍を除隊した。

 あの戦争を彼女は危なげなく乗り切った。曰く「ロザリンドの方が無茶をした」との事だ。

 軍を辞めてからはヴェルネラに付き従って各地を転々する生活をしている。

 

 愛すべき妹分、ウルフェン・マレグディスもコンコーディアと同じ様に除隊した。彼女は、オルクセン北部メルトメア州に編入された故郷のクヴィンデア村への戻った。

 

「誰かが白銀樹のそばに居ないとだろ?」

 

 新生クヴィンデア村の副氏族長を務めながら、昔と変わらず狩りをして暮らしている。

 私生活では、シルヴァン川運河の建設に訪れていたオーク族の少佐と恋仲になり、結婚した。

 ヴェルネラとコンコーディアは、ウルフェンの結婚を自分のこと様に喜ぶと同時に揶揄かった。

 

 ベアトリクス・セレンヴェンは、ローテンベルガー機関の一員として、旧エルフィンド首都ティリオンの占領軍総司令部兵要地誌局で働いている。

 寡黙な彼女は、粛々と業務を遂行しているらしい。

 最近、同僚の白エルフに迫られて困っていると愚痴の手紙が来ていた。

 

 イブリン・モーフェンは、オルクセン亡命後は黒エルフと共にヴァルダーベルクの農場で農業に従事していた。

 戦争が終わり、タチアナが帰還すると彼女に連れられて取材や執筆作業の手伝いをさせられているそうだ。

 彼女は絵の才能があったようで、タチアナの小説の表紙絵や挿絵も担当している。

 タチアナに振り回されている様だが、何処か楽しそうである。

 

 タチアナ・グリセルダも、ヴァルダーベルクに帰還後に軍を除隊している。

 処女作の「勇敢な白エルフはいかにして囚われ黒エルフを救ったのか」がそこそこ当たったこともあり、作家として生活する事にしたそうだ。

 イブリンを連れ回しては新作を描くべく各地に取材旅行へと赴いている。

 最近はオルクセンの古き王アルブレヒト二世について調べているそうだ。

 

 軍を離れた者がいる中で、残った者もいる。ニキータ・セレムリエンはその一人だ。

 彼女は、アンファウグリア旅団の野戦病院に付属する担架中隊の一員としてベレリアント戦争に従軍した。

 フェドーラ・パルティス少尉やアーネチカ・ランドレス軍曹を助けられなかった経験から衛生部員に志願したそうだ。

 銃火の中で負傷者を助けるべく動き回った。そしてそれは敵味方分け隔てなく行われた。その功績を称えられ、二級蹄章を受章している。

 彼女は今もアンファウグリア旅団の衛生隊で活躍している。

 

 亡命白エルフ────灰エルフ達は、偏見の目に晒された。

 戦後、一部の者は故郷へ帰ったが、そこでは裏切り者として白い目を向けられる事になる。

 オルクセンに残った者も、白エルフ差別の被害を受けた。

 時間が経つにつれ、灰エルフ達の功績が知られるようになり、差別も緩和されていく。

 その決め手となったのは、王妃となったディネルース・アンダリエルが、星暦八七九年に「白エルフの中の正義の人」として彼女達を表彰した事だろう。

 これは、あの黒エルフ虐殺の最中に自らの生命の危険を顧みることなく、黒エルフを救った白エルフに対して送られた名誉称号であった。

 この称号は、今日までに三〇〇人近い白エルフが受章している。

 灰エルフを筆頭に、オルクセン進駐まで黒エルフを匿い続けた者や、キャメロットなど国外へ逃がした者などが受章した。また、パルティス少尉らの様に黒エルフを庇って命を落とした白エルフ達もこれを受章している。

 レーラズの森にある黒エルフ民族浄化の慰霊碑の側には、「白エルフの中の正義の人」を讃えた石碑が築かた。そこには命を落とした白エルフ達の名前が刻まれている。

 

 白エルフ達の事も記そう。

 あのヘイズルーン収容所所長を務めた秘密警察警備部長のハスラーディア・ダリエラリルは、占領軍総司令部の特別参謀本部によって設置された「戦争及び他種族迫害に関する責任を調査する一五名委員会」による特別裁判にかけられた。

 彼女は、第一次指定戦犯として裁かれ、死刑判決を受け、刑場の露と消えた。

 

 レニア・マッコールセン大佐は、ベレリアント戦争初期にアンファウグリア旅団によって指揮下の第一連隊が駐屯していた国境警備隊分屯地を襲撃された。

 敗走する連隊を何とかまとめ上げてファルマリアへ撤退。

 その後、エルフィンド陸軍第二二、三〇歩兵旅団のファルマリア脱出に追従。アンファウグリア旅団の執拗な追撃を受け、陸軍旅団と共に壊滅した。

 そこで行方不明になった。ヴェルネラの元部下達も殆どがこの時に命を落としている。

 

 ローテンベルガー機関が特別参謀本部による指定戦犯の調査を支援していたことで、ヴェルネラは意外な人物の生存を知ることになった。

 マルディネータ・フロックセン中佐は、あの日コンコーディアに撃たれて死亡したと思われていたが、奇跡的に生きていた。

 ベレリアント戦争終結後、彼女は姿を消した。ローテンベルガー機関は今も彼女の足取りを追っている。

 

 最後になったが、ヴェルネラ・オルノネメアは戦後しばらくはローテンベルガー機関の現場要員の一員として活動した。

 タチアナが出版した小説が一定の知名度を得てしまった事で、顔と名前が割れてしまう。イブリンによって描かれたヴェルネラとコンコーディアの挿絵が、なまじ精巧だったのが良くなかった。

 それ以降はローテンベルガー機関を離れ、軍属として国軍参謀本部兵要地誌局の製図作業に関わり、オルクセンや旧エルフィンド各地を転々としながら働いている。

 私生活では、コンコーディアが除隊したのに合わせて、ヴァルダーベルクに二人の家を購入し、仲睦まじく暮らした。

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