清廉な白エルフは、いかにして不浄な黒エルフを虐殺したのか 作:タチアナ・グリセルダ
星暦八七五年、初夏を迎えようとしている。
エルフィンド南東部に位置する港湾都市ファルマリア市。
ここには、この地域一帯の行政機構が集中する建物がある。この頃のエルフィンドに州という概念はなかったが、言うなればファルマリア州庁舎とでも言える代物であった。
その隣、州庁舎の陰に隠れるようにあるのがファルマリア治安維持局である。
窓が少なく、角ばった建築。通りを行く市民が無意識に視線を避けるような空気を持っていた。
エルフィンド内務省警察局の外局、治安維持本部、通称「秘密警察」は各地の主要都市に地方機関を設置していた。その一つがファルマリア治安維持局だ。
普段は使われないファルマリア治安維持局庁舎の大会議室。そこに白エルフの一団が顔を突き合わせていた。
治安維持本部警備部部長 ハスラーディア・ダエリラリル
同警備課長 マルディネータ・フロックセン中佐
内務省国境警備隊総司令 エレノア・ガレリエン中将
ファルマリア国境警備隊司令 ミカエラ・ハルファン二等少将
モーリア国境警備隊司令 ローフェン・アグラミア二等少将
ノグロスト国境警備隊司令 ヒルマウェル・ヨランディア三等少将
ファルマリア治安維持局局長 ニルファ・ロシェン
モーリア=ノグロスト治安維持局局長 ヘルファリン・ノヴァレイリア
その他、副官や随行員、書記などを含めた二十名近いエルフが大会議にいた。
彼女達が集まった理由。それは先日閣議決定された、
後にファルマリア会議と呼ばれたこの会議を主導したのは、首都ティリオンの治安維持本部から派遣されたハスラーディア・ダエリラリルである。
ハスラーディアは、各自の手元に配られた資料を元に、鈴の音のような声で内容を説明していく。
要約すれば、内容は簡単であった。黒エルフ族の抹殺である。
会議は、黒エルフに対する民族浄化────彼女達の言葉を借りるなら最終的解決────の具体的な手法を決定する為に開催されていた。
エルフィンド内務省が策定した最終的解決は、国境警備隊述べ一万四〇〇〇を主力とし、秘密警察がそれを支援することになっている。
対象となる
同時多発的に奇襲を仕掛けることで数を一気に減じさせる。また
だいぶざっくりとしていた。
ガレリエンは手元の資料をみて、内心ため息をついた。国境警備を任務とする彼女としては、このような作戦を任されること自体が腹立たしかった。
ただでさえ、黒エルフの軍部追放によって戦力を減らされ、その補充もままなっていない。更にはこの作戦により、戦時動員の頭数から黒エルフ約七万が永久に抜けることになるのだ。
ガレリエン自体は、黒エルフを嫌ってもいなければ好いてもいない。教義的にみれば彼女達は不浄な存在だ。だが、だからといって皆殺しにするのが正しいことなのか?
馬鹿馬鹿しい、馬鹿馬鹿しいが会議に先立って受領した命令書に、内務大臣と連名で陸軍大臣の署名があってはどうする事もできなかった。
偽造を疑って隅々まで調べたが、残念ながら本物であった。
ガレリエンは軍人である。軍人たらんとしてきた。故にどんな命令でも命令であれば従うのが軍人である。
ならば、この計画にケチをつけさせて貰おう。
「奇襲が肝要。それは分かった、だが我らは少数だ。黒エルフ全体への奇襲か、有力氏族の排除か、どちらに重点を置くのだ? 両方はできんぞ。どちらも中途半端に終わる」
「こちらとしては、どちらでも。肝心なのは最終的解決を成功させることです。わたくし達は軍事は素人ですのでそこはそちらの決定に従います」
「では、有力氏族の排除だ。有力か否かはこちらで判断するがいいか?」
「もちろんです。確認はさせていただきますが」
ガレリエンとハスラーディアの発言を書記官が、文書にまとめていく。
軍事作戦の内容はこちらで決定できそうだと、ガレリエンや他の将官もそう認識した。
あのー、と恐る恐る声をあげたのがファルマリア治安維持局局長ニルファ・ロシェンだ。
彼女は垂れ目で自信なさげな表情が似合う白エルフで、とても秘密警察の地方局長をやっているような風貌ではなかった。
「我々、地方局は都市部の出稼ぎ
「そうですね。概ねその認識です」
「あー、そうなりますと、衛生的な観点といいますか後始末といいますか、死体の処理に手間が、ですね……」
確かに、と会議に出席したほぼ全員が思った。
いかに排泄を殆どしないエルフとはいえ、死体は当然腐乱する。
死体を媒介して疫病など流行っては目も当てられない。
「それなら、一カ所に集めて処理すればよいのでは?」
「そうですね、それがいいでしょう」
「ならば、現場もできる限りそこへ送りたい。抵抗する者はその場で処理するが、現場で一々処理していては時間がかかり過ぎる」
「処理した後はどうする?」
「埋めればいい。穴も
「あー、処理の方法は銃殺で?」
「弾がもったいないぞ。吊るせばいい」
「吊るすには器材もいるし時間も場所も取る。銃殺で楽に片付けるべきだ」
「弾薬に関してはこちらで手配を進めましょう。追加の予算も下りるはずです」
次々と問題を洗い出してはその解決を決めていく。
当初はざっくりとしていた計画にも肉が付き始めた。
「処理場はそうですね。……レーラズ辺りはどうでしょう? 程よく人目につかず、街道からさほど離れてもいない」
「そのあたりは、秘密警察に一任するよ。収容所の運営もな」
「わかりました。一部、兵をお借りしますよ」
ガレリエンは体よく面倒な収容所管理を押し付けることに成功しほくそ笑んだ。
レーラズと同様の収容所はノグロスト、モーリア間にも設置されることになる。
また、最終的解決開始後の状況に応じてはシルヴァン川流域に駐屯する陸軍部隊や警察から適宜応援を受けることで、輸送中の脱走防止や逃走する
「有意義な会議でした」
会議を主導したハスラーディアが満足げに微笑んだとき、ガレリエンが鋭く声を割り込ませた。
「なんでしょうか? ガレリエン中将」
「最後に聞きたい、黒エルフの護符と白銀樹はどうする?」
ハスラーディアは笑みを崩さず、まるで薄い仮面のように固定された笑顔で答えた。
「無論、回収などしませんよ。これは
「………………ッ」
ガレリエンは自分の血が沸騰するのを感じた。いかに、教義が不浄と定めようと、そこまでやるのか!
「何か問題がありましたか?」
「……いや、ない」
「それはよかった。申し訳ありませんが、わたくしはそろそろお暇させていただきます。早急にティリオンに戻って報告をしないと行けませんので。ブレンウェル長官が首を長くして待っているのです。フロックセンを残しますので、何か火急の用があれば彼女に。それでは皆様」
ハスラーディアはフロックセンに目配せをしてから優雅に一礼して退室する。
庁舎前に待たせていた四頭立ての馬車に乗り込み、ファルマリア鉄道駅へと向かった。
ハスラーディアが去ったことで会議は散会となり、各々は細々した調整をする為に動き出した。
ガレリエンら国境警備隊の面々はファルマリア要塞の一角に設けられた国境警備隊司令部に場所を移し、軍事面の突き詰めを行った。
黒エルフの居留地の正確な位置の確認、その規模、有力な元将校等を有する氏族のリストアップ。
机いっぱいに広げられた、シルヴァン川流域を拡大した地図に次々と書き込みが加えられていく。
日が暮れる頃には草案が纏まり、ガレリエンは退庁する。
帰りの馬車に揺られながらガレリエンは自問自答していた。本当にこれでいいのか、と。
「(反対するとしても、私一人ではこの流れは止められん。どうするにしても味方は必要だ。…………癪だが、あいつを頼るしかないか……)」
邸宅へ戻ったガレリエンは、家令の出迎えに軽く頷いただけで、食事も摂らず書斎へと足を向けた。
重厚な扉を閉めると、外の喧騒は完全に遮断された。
薄暗い書斎にはランプがひとつ灯され、その橙の光が机上の書類をゆらゆらと照らす。
ガレリエンは深く息を吐き、椅子に腰を下ろすと羽ペンを取り上げた。
小一時間ほど格闘し、ようやく文章がまとまった。
封をした手紙を家令へ差し出す。
「……至急、届けてくれ。誰にも悟られぬようにな」
家令は無言で深く一礼し、影のように部屋を後にした。
残されたガレリエンの耳には、窓の外で揺れる木々のざわめきだけが聞こえていた。
シルヴァン川の北岸に連なるへレイム山脈は、朝の光を受けて青銀色に輝いていた。その一角、二フレイム山の斜面を縫うように、細い小川が森の奥深くを流れている。
上流は細く、苔むした岩を弾く水音が澄みきって響き、やがて下流へと向かうにつれ流れは力を増して、最後には大河シルヴァンへ抱かれる。
針葉樹の葉が微かに揺れ、樹皮の匂いと湿った土の香りが風に溶けて漂う。陽光はまだ弱く、森の奥では薄い朝靄が漂っていた。
そんな静寂を破るように、木々の影から一頭のヘラジカが現れた。
灰褐色の巨体に、見事に枝分かれした角を戴く牡。水面に映る影すら堂々としている。その後に雌や若い雄が連なり、小さな群れが小川へと慎重に歩み寄った。
鹿たちは耳を立てながらも、やがて警戒を解き、冷たい水へ口をつけた。
それを狙う者がいた。
小高い岩の陰で、キャメロット製レバーアクションライフルを構える白エルフ、ヴェルネラ・オルノネメア。
その照準は立派な角をもつ牡鹿に合わせられている。
「ゆっくり、慌てないで。ゆっくり、ゆっくり」
囁く声は柔らかいが、的確な狩人の調子を帯びていた。
黒エルフのコンコーディア・アグレスが、隣で同じ獲物を見据えている。彼女の灰色の瞳は、獲物と風の流れを測るように細められていた。
ヴェルネラが息を深く吸い、ゆっくり吐く。その間にも、ヘラジカの群れは穏やかに水を飲み続け、時折水面に陽光の反射が揺らめいた。
息を止め、狙いを定め、引き金を絞る。
森の静寂を裂く鋭い銃声。
鳥たちが一斉に羽ばたき、木々の梢がざわめいた。
ヘラジカを狙った弾丸は目標の足元に着弾した。
当然、群れは驚いて逃げ出す。
だが逃げ出すより早く、もう一発の銃声が落ちる。
乾いた小気味良い音が響き、心臓を貫かれた牡鹿はその場で崩れた。
「やっぱり当たんない。コーディ、どうやったら当てられるわけ?」
ヴェルネラは悔しげに顔をしかめ、ライフルを肩から外した。
「ヴェラ、あんたは肩に力が入りすぎなのさ」
コンコーディアは笑いながら、軽く彼女の肩を叩いた。
二人の声に、森の緊張がすっと解け、再び夏の風が木々を揺らし始める。
ロザリンド会戦から約一一九年。あの日以来、二人は良き友人として関係を築いてきた。
最初はヴェルネラが救けられた恩を返すためと、贈り物やらを持っていく程度であったが、気さくな性格のコンコーディアに誘われて酒を酌み交わしたり、狩猟に出かけたりと共に過ごす時間が増えていった。
国境警備隊に中隊長として勤めているヴェルネラは、コンコーディアが住むクヴィンデア村を休暇の度に訪れる。
一方でコンコーディアかヴェルネラの元に赴くことはない。黒エルフが白エルフの領域に入れば白い目で見られるからだ。
「今回はどっちが当てたんだい?」
がさりと茂みをかき分けて出てきたのは赤毛の黒エルフ。
コンコーディアの妹のような存在で、ヴェルネラも彼女が白銀樹から産まれ落ちた時から知っている。名をウルフェン・マレグディスという。
ウルフェンは尋ねたものの、その表情は、答えがわかっている者の余裕に満ちていた。
ヴェルネラはムスッとした顔で「コーディ」とだけ言った。
「やはりコーディ姉だったか」
「うるさいわね。銃の腕はないわよ」
「そう拗ねなさんな」
コンコーディアがわしわしとヴェルネラの髪を撫でてから、倒した獲物のもとへと歩いて行く。
「今度は私が教えてあげようか?」
ウルフェンが悪戯っぽい笑みを浮かべながらヴェルネラを見ている。
確かに、この三人で一番射撃の腕がいいのが彼女であった。
「…………ウルフェン、帰ったら剣術で勝負しましょう」
「ヴェラ姉、それは大人げない。剣術でヴェラ姉に勝てる人はいないだろう?」
「だからじゃない」
「…………」
この姉のように慕う白エルフが、国境警備隊の上官だったころから、剣術の達人である事は周知の事実だった。
白銀樹は彼女に銃の才能は与えなかったが、代わりに剣術の才能を与えたようだ。
「おーい。手伝ってくれ、中々の大物だ」
獲物の血抜きを始めていたコンコーディアの元へと二人は呼ばれるままに歩み寄った。
爽やかな夏の風が木々の間を駆け抜け、三人の笑い声をそっとさらっていく。
星暦八七五年、夏が訪れようとしている。
彼女達が最後に過ごした平和な一時であった。
以降は、毎日20時頃投稿いたします。