清廉な白エルフは、いかにして不浄な黒エルフを虐殺したのか 作:タチアナ・グリセルダ
星暦八七五年、秋。
冬の気配は既にベレリアント半島の大地を覆い始めていた。
へレイム山脈の上部では、幾つかの峰が早くも白く縁取られ、冷たい風が谷を吹き抜けるたび、遠くから雪の匂いが運ばれてきた。
その日、ディネルース・アンダリエルは氏族の仲間達と狩りに出ていた。
魔術探知を使い、シルヴァン川へ続く細流に沿って、湿った苔の上を踏みしめて進む。
この時、狩りに出ていなければ彼女の、黒エルフ族の運命は大きく変わっていただろう。
シルヴァン川から約二八キロほど離れた場所に、ティネルースが氏族長を務める村落、スコルはあった。一〇〇〇を少し越える程の黒エルフが住まう集落である。
彼女達はいつもと同じように暮らしていた。ある者は農作業、ある者は料理、またある者は狩りに出かけていた。
街道の向こうからエルフィンド軍が行進してくるのを、村人たちは視認していた。
事前に通告されていた演習の一環だろう、と誰もが思い、特に警戒心も抱かなかった。
エルフィンド国境警備隊は、ファルマリア国境警備隊。そこから分派された二個歩兵中隊約五〇〇と一個軽騎兵中隊約三〇〇はスコル近郊に到着するとすぐさま行動を開始した。
軽騎兵は分隊単位で野に散り、畑で働く黒エルフたちを襲撃。怒号より早く、刃の閃きと馬蹄の衝撃が走った。
馬上から容赦なく斬り伏せられ、驚きと恐怖の表情を浮かべたまま土に崩れ落ちる者たち。
馬の蹄が倒れた身体を踏みつけ、肉と骨が潰される音が乾いた空気に散った。
それと同時に横隊に展開した歩兵中隊が村落へと突入した。
突然の事態に様子を見に出てきた黒エルフ達へと斉射をやった。
無抵抗の黒エルフ達が銃弾に貫かれて倒れ伏す。
木造家屋の軒先に火が放たれると、乾いた板壁はあっという間に炎を噛み、村の上空に黒煙が渦巻く。逃げ惑う影が煙を割って現れると、そこに再び弾丸が降り注いだ。
中隊は外周から村落中央の白銀樹へと追い込むように動いた。
逃げ場の無くなった黒エルフたちがすすり泣きながら身を寄せ合っている。
「やめろ! 私たちがいったい何をしたって────」
「嫌、お願い、助け────」
命乞いに耳元も貸さず無慈悲に射殺する。
「この娘だけは! まだ生まれたばかりなのよ!」
イブリン・モーフェン伍長の前には、まだ少女の姿の黒エルフとそれを庇う黒エルフが跪いていた。
イブリンは銃口を向けたまま固まってしまう。
出生率の低い魔種族にとって子供とは神聖なものであった。
「(こんな、こんな子供まで……ッ!)」
イブリンが固まっているのを小隊長が見つけて怒鳴る。
「モーフェン! 何やってるさっさと済ませろ!」
イブリンの肩がビクッと跳ね、照準を目の前の涙を流す黒エルフに向けた。
「…………お願い……、この娘だけは────」
銃声。
黒エルフの額にどんぐり大の穴が開き、後頭部から脳漿が飛び散った。
「ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい」
イブリンは涙を流しながら小さく呪詛のように謝り続ける。
「姉ぇね?」
射殺された黒エルフの骸を黒エルフの少女が小さく揺する。
イブリンは銃を操作して排莢すると、今度は少女に銃口を向けた。
照星越しに目が合った。少女の瞳は涙に濡れながらも、不思議な静けさを帯びていた。
イブリンの目が見開かれ、呼吸が荒くなる。引き金にかけた指が震える。
その瞬間。少女の身体が横から跳ね飛ぶように揺れた。銀のサーベルが胸を貫いていた。
「薄汚い
少女を刺した小隊長は、唾を吐き捨てると小隊に黒エルフを追い込むよう命令を出して進んでいく。
銃を降ろしたイブリンは、その場で膝から崩れ落ちた。
同僚達は、そんなイブリンを変わったものを見るような目で一瞥すると先へ進んでいった。
スコルのような光景が、この日各地の黒エルフ居住地で同時多発的に見られた。
ミカエラ・ハルファン二等少将は、最終的解決に当たってまずシルヴァン川沿いの平野部に住まう黒エルフ族を強襲した。ここには黒エルフの中でも有力な氏族が多くみられ、数も多かった。
同時にシルヴァン川流域に多数の騎兵を放った。
これは運良く逃走した黒エルフらや、村落から離れていた行商人などを襲った。また、黒エルフ間の連携を阻害する目的もあった。
第一撃はその奇襲性もあって大いに成功した。
犠牲となった黒エルフの内、約三万弱がこの第一撃で命を落としている。
都市部でも作戦は始まった。
秘密警察地方局が中心となったこの作戦では、都市部の工場などに出稼ぎに来ていた黒エルフらが一斉に捕縛された。
一部の抵抗した者はその場で射殺され、何とか逃走した者も市民からの通報が相次ぎ都市から出る前に捕縛された。
一方で黒エルフが何の抵抗もしなかった訳ではない。
村落の惨劇を目にしたディネルースは、愛銃を手に取りエルフィンド軍将校の頭を撃ち抜いた。
彼女らは生き残った数少ない氏族の仲間を引き連れて戦い。最終的に大河シルヴァンを越えることになる。
ディネルースの様に、黒エルフの一部は抵抗してみせた。
ある集落では住居に立て籠もって攻め込んだ国境警備隊と、壮絶な銃撃戦を展開してみせた。
国境警備隊は一度引くと村落を完全に包囲、砲撃までやってみせた。この村落からの生存者は誰一人としていなかった。
ハルファン少将率いるファルマリア国境警備隊はシルヴァン川沿いからへレイム山脈方面へと移動しながら、黒エルフを襲撃して回った。また一部の部隊をへレイム山脈麓にも展開させ追い込んだ黒エルフたちがへレイム山脈に逃げ込むのを阻止しようとした。
モーリア、ノグロストでは、ローフェン・アグラミア二等少将とヒルマウェル・ヨランディア三等少将が共同して作戦を展開した。
旧ドワルシュタイン王国領にあたるモーリア=ノグロスト間には、白銀樹が無く、代々住まう有力な氏族というのは存在しなかった。ここには入植してきた白エルフと黒エルフの集落が混在している。が、その数は圧倒的に白エルフが多かった。
ノグロスト国境警備隊が、西から東に向かってそういった黒エルフ集落を一つ一つ襲撃して行く。モーリア国境警備隊はへレイム山脈沿いに部隊を展開、元の氏族に逃げ込もうとした入植黒エルフらを捕縛していった。
へレイム山脈麓、クヴィンデア村に住む、コンコーディア・アグレスはその日、石造りの自宅の裏で干し肉を作っていた。
冬のへレイム山脈は厳しい。それは麓であっても変わらない。
保存食の準備は、冬支度の中でも最も重要な仕事であり、村の暮らしのリズムでもあった。
コンコーディアが鹿肉を縄に吊す頃、すでにシルヴァン川沿いのスコルや他の村落では襲撃が始まっていた。しかし、山間にあるクヴィンデアには煙一つ届かない。
世界が崩れ落ちる前には、世界はいつもどおりの顔をしている。その典型のような静けさだった。
異変を感じ取ったのはある狩人だった。獲物であるキツネを探して魔術探知をしていると、村へと続く山道に一個中隊弱の白エルフの集団を探知した。
この様な山奥の集落に用がある事など普通はない。
何事かとより集中して魔術探知を行うと、白エルフの集団の前に同胞がいるではないか。同じ村に住む、同じ狩人の黒エルフ二人の反応。
それが急速に弱まっていくのを感じた。
「…………は?」
その反応は、狩りの獲物が最期に息を引き取る時の魔術探知反応に似ていた。ゆっくりと火が消える様な感覚。
同族の死に動揺しながらもこれを伝えなければと思った狩人は、クヴィンデア村へと戻り、魔術通信を使って集落に危険を知らせた。
エルフィンド軍の接近と同胞の死にクヴィンデア村は、それは蜂の巣をつついた様な騒ぎになった。
何が起こったのかを知るためにも、まずは話を聞くべきだ。そう主張した氏族長が、接近するエルフィンド軍を出迎えるべく村の入り口に立った。
コンコーディアは長年の狩人としての感からか、不吉な何かを感じ取っていた。彼女は自宅から猟銃を持ち出すと、弾帯を巻いて山道を監視できる岩棚に陣取る。
「コーディ姉」
コンコーディアの妹分、ウルフェン・マレグディスも同じく武装して付いてくる。
彼我の距離が一キロまで迫ったところで、コンコーディアは慎重に魔術探知と視力の強化を行った。
エルフィンド軍の一個中隊は山道いっぱいに広がった横隊で向かってきている。その最後尾には野砲まで帯同しているではないか。
「ウル、非常食とかを纏めて山に逃げる準備をしな。手早くね」
「わかった」
コンコーディアは魔術通信で氏族長にも警告をだす。
『族長、奴ら砲まで持ち込んでるよ』
『ありがとう、コンコーディア。でも、まずは対話よ。…………何かあったら頼むわね』
エルフィンド軍の中隊が村の前に姿を現した。
兵達は銃を両手で保持し、いつでも射撃できる体勢である。
氏族長の額に冷や汗が伝う。
「クヴィンデア村に何の御用でしょうか?」
「…………貴様ら
中隊長と思しき白エルフの少佐は、まるで事務仕事のように冷淡だった。
「全員といいましても狩りに出ているものいます。簡単には……」
「そうか」
中隊長が合図をすると戦列から躍り出た二名の兵が、氏族長を床尾で殴打すると有無を言わせず拘束した。
遠巻きにそれを見ていた黒エルフ達へ、戦列が射撃を加える。乾いた発砲音が山に反響し、悲鳴とともに黒エルフが倒れた。
突然の銃撃で混乱したところへ二個小隊が突入した。
負傷した黒エルフには銃剣でトドメを刺し、逃げる黒エルフは銃で殴打した上に引きずり倒して連れて行く。
「なんてことをッ!?」
氏族長の叫びを無視して中隊は、作戦を継続する。
「全員山へ逃げろ!」
コンコーディアは、魔術通信で叫びながらエルフィンド軍へ発砲する。狙いすました射撃が家に火をつけようとしていた兵士の胸を貫いた。
レバーを下方向へ操作して排莢、そして装弾。
コンコーディアが使っている銃は、キャメロット製のメイフィールド・マルティニ小銃。奇しくもエルフィンド陸軍で制式採用されているものと同じであった。
続けて発砲し、分隊を指揮する下士官の頭を撃ち抜く。
エルフィンド軍もやられっぱなしではない。
先ほど分隊長を殺られた分隊が、コンコーディアの位置を特定するとすぐさま反撃してきた。
身を隠す岩肌を銃弾が削る。
コンコーディアは排莢しながら木々に隠れて移動し、石造りの住宅の陰に身を隠す。
このあたりの黒エルフ集落は、石造りの住宅が多く銃弾程度なら通さない、遮蔽物には困らなかった。
クヴィンデア村は狩猟で生計を立てる狩人の村だ。ほとんどの村民が猟銃を持っている。
単身でエルフィンド軍と交戦を始めたコンコーディアに加勢するように仲間達が各々武器を手に駆けつけた。
「絶えず移動しな! 相手のほうが多い、囲まれるよ!」
ロザリンド会戦にも参戦し、狩人としても優れていたコンコーディアは、自然と仲間達を取りまとめる位置に収まった。
戦えない者や、負傷した者が最低限の荷物を掴んで山へと逃れる。
当然それを予測していたエルフィンド軍の小隊が、退路を遮断すべく動いたが、山に潜むウルフェンらの射撃を受けて足を止めた。
「みんな、山へ! 山へ引きな! ウル、誘導しておやり!」
コンコーディアが必死に叫ぶが、突然の事態に混乱する者も多くそういった者たちは逃げることもままならずに捕らえられた。
抵抗したコンコーディアたちであったがやはり多勢に無勢。ゆっくりと一人また一人と凶弾に倒れ、追い詰められていく。
遂に、エルフィンド軍は持ち込んだ砲まで使った。
コンコーディアと数名が立て籠もっていた住居に砲弾が撃ち込まれる。榴弾の炸裂と衝撃で堪らずコンコーディアは地面に倒された。
「ぐッ!」
痛む身体を起こして周囲を見渡す。共に戦っていた同胞達が砲弾で死んでいるのが見えた。砲弾にずたずたに引き裂かれて絶命した者や顎から上を吹き飛ばされた者もいる。
そんな中でコンコーディアは奇跡的に擦り傷程度で済んだ。
コンコーディアは奥歯を噛み締めて死んだ仲間から護符を回収する。
「ほら、立ちな!」
コンコーディアは銃を掴むと、砲弾の破片が足に突き刺さった若い同胞に肩を貸して家から出た。
そこでエルフィンド軍の分隊に囲まれた。
血走った目でこちらをみる白エルフの兵。近くで見てようやくわかったが彼女達は国境警備隊のようだ。
コンコーディアは諦めて武器を捨てた。
『コーディ姉ッ!』
『来るな! ウル!』
ウルフェンはコンコーディアが包囲されたのを見て助けに行こうと山を出ようとした。
それを魔術通信越しにコンコーディアが鋭い声で静止する。
『ウル、みんなを連れて逃げな! まだ他にも生き残りがいるはずだ。みんなを頼ん────』
「このクソ
魔術通信をしているのを察した白エルフの兵が銃床でコンコーディアの顔を殴った。
視界が揺れ、地面が傾く。
彼女はそのまま鈍く光る銃剣を、振りかぶる。
「何やってる! さっさと拘束して後送しろ!」
分隊長の軍曹が怒号を飛ばし、銃剣は下ろされる。
兵たちはコンコーディアの腕をねじ上げ、荒々しく縄で縛りあげた。
「そっちのは、歩けそうにないな」
分隊長が、コンコーディアに肩を預けていた負傷者を見た。
次の瞬間、兵士はためらいなく銃剣を突き刺した。
「ゔッ、ぁっ……」
胸を貫かれ、開かれた瞳から光が消えていく。
コンコーディアはその光景をただ見ていることしかできなかった。
ファルマリア郊外の国境警備隊の分屯地。
ヴェルネラ・オルノネメア大尉は荒々しい足取りで隊舎の廊下を歩いていた。
その様子は怒髪天をつく勢いであり、すれ違う者はみな彼女に道を譲った。
「連隊長! これはどういうことですか!」
「まぁ、落ち着けオルノネメア大尉」
怒鳴るように乗り込んだのは分屯地の最上位指揮官であり、ヴェルネラの上官、連隊長レニア・マッコールセン大佐の執務室であった。
ヴェルネラは隷下全部隊に伝達された命令書をマッコールセン大佐の執務机に叩きつけるように置いた。
ヴェルネラの来訪を予測していたマッコールセン大佐は、副官に部屋を出るよう指示すると軍服の胸ポケットから煙草を取り出した。
一本咥えてマッチで火をつけた。
「それで、何の用だ? オルノネメア大尉」
紫煙を吐き出しながら落ち着いた声色でマッコールセン大佐は椅子に座るように促す。
「何の用? このふざけた命令に決まってます!」
ヴェルネラは座ることなく立ったままマッコールセン大佐に相対した。
「彼女たちが、黒エルフ達が本気で国家反逆を考えたというのですか!?」
「…………だから君にはこの命令が届くのを遅らせた」
「…………どういうことです?」
ヴェルネラがこの命令を受け取ったのは今日の昼頃だ。
たしか、自分の中隊を除く連隊隷下の中隊は早朝に出かけていった。
「(通達されていた軍事演習の一環だと思ったあれは……ッ!?)」
「もう遅いんだよ、ヴェルネラ。作戦は既に始まっている」
ヴェルネラは衝撃を受けた本当にこのふざけた作戦が始まったというのだ。
コーディは、ウルフェンはどうなったのか? 今すぐこの場を離れてクヴィンデア村へ行きたい衝動に駆られる。
「連隊長は、連隊長は止めなかったのですか? 黒エルフには昔の部下だって……」
ぼすっと革張りの椅子に崩れるように座ったヴェルネラを見ながらマッコールセン大佐は遠い目をして紫煙を吐いた。
「ガレリエン中将の訃報は知ってるな?」
唐突な話題にヴェルネラは顔を上げて答えた。
「はい、それがどうしたのです?」
「死因は窓から落ちたことだそうだ」
「窓から?」
流石に死因までは知らなかったヴェルネラは眉を潜めた。
「秘密警察のよくやる手法だよ。奴らが暗殺をやるときによくやる手法だ」
マッコールセン大佐は、残り短くなった煙草を灰皿に押し当てて火を消すとヴェルネラをじっと見つめた。
「これには秘密警察が絡んでる。つまりは政権中央もだ。奴らは容赦なんてしない、妙な庇い立てをすれば間違いなく消される。ヴェルネラ。馬鹿なことは考えるなよ。私も優秀な中隊長を失いたくはない」
マッコールセン大佐は机の引き出しから別の命令書を取り出した。
「お前の中隊には収容所の支援に行ってもらう。秘密警察共が人手を寄越せと言ってきている。直接黒エルフを殺すよりはマシだろう?」
「支援とは、何です?」
「“必要な支援”だよ」
渋々、命令書を受け取ったヴェルネラは意気消沈しながら執務室を後にした。
「(コーディにウルフェンなら大丈夫よ。簡単に捕まるようなヘマはしない……。きっと、きっと大丈夫)」
ヴェルネラとその指揮下の中隊は分屯地を出発、目的地はヘイズルーン収容所である。