清廉な白エルフは、いかにして不浄な黒エルフを虐殺したのか   作:タチアナ・グリセルダ

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第五話 ヘイズルーン収容所 前編

 シルヴァン川からファルマリアへ伸びる街道を、約二三キロほど進むとヘイズルーンという村がある。

 この黒エルフの村は最終的解決開始初日に、国境警備隊ではなく秘密警察警備部を中心とした約五〇〇名程部隊によって襲撃された。

 ハスラーディア・ダリエラリルは、村の中心部に積み上げられた約一〇〇名の黒エルフの亡骸に一瞥すらくれなかった。

 キャメロット製の単眼鏡を片手に、無人となった家屋の配置や村外れの道筋、逃亡に使えそうな森への退避経路だけを冷ややかに確認する。

 ヘイズルーンの郊外にあるレーラズの森から飛来したカラスの声が、異様な静寂を破るように響く。

 

 ヘイズルーン村には襲撃した秘密警察職員達の一部がそのまま居座った。彼女達は、捕らえたヘイズルーン村の黒エルフ達約三〇〇をいくつかの集団に分けると、簡易収容所の建設を始めた。

 

 先ず、畑に平屋の物置小屋を数棟建てる組。

 これが完成するまで黒エルフ達には住居、天幕さえ与えられなかった。

 次に、平屋の物置小屋の外周を囲うように柵を建てる組。

 まるで囲われる家畜だと黒エルフ達は自分達を皮肉った。

 そして最後はレーラズの森に連れて行かれた者たち。

 彼女達は徹底的に他とは隔離された。待遇もよかった。

 まともに水も与えられなかった他の組に対して、食事も寝床も与えられた。

 彼女達の仕事は単純である。穴を掘ることである。

 

 ハスラーディアはレーラズ組────大穴を掘る組────のもとを訪れ訓示を行なっている。

 

「貴女方は選ばれました。我々と教義に対し奉仕する機会です。貴女方が働く限り、我々は食事と生命を保証しましょう」

 

 レーラズ組には体格に優れた者が多く選別された。ハスラーディアの演説を聞き彼女達は怒りを感じていたが、その怒りも直ぐに恐怖に塗りつぶされることになる。

 

 数日後には、秘密警察に連れられた黒エルフの集団がヘイズルーンに合流した。

 ヴェルネラ・オルノネメア大尉率いるファルマリア国境警備隊の中隊が到着したのもこの辺りである。

 

 国境警備隊からは、ヴェルネラ中隊の他に一個中隊、更にまとまった部隊ではなく個人的単位で召集された将兵の姿もあった。

 

「ヴェルネラ・オルノネメア大尉。出頭致しました」

 

 ヘイズルーン村の元氏族長の邸宅、今では収容所所長室とかした場所で、ヴェルネラはエルフィンド式敬礼をもってハスラーディアの前に立っていた。

 その顔は無表情。 

 一方、ハスラーディアは書類の山に視線を落としたまま、片手を小さく振るだけだった。

 

「ああ、そうですか。到着ご苦労さまです。詳しいことは警備主任のフロックセン中佐に聞いてください」

 

 収容所所長(ハスラーディア)に会いに来たというのに、その無礼な態度にヴェルネラは顔をしかめる。そのまま無言で踵を返すと部屋を出ていく。

 背を向けたヴェルネラを、ハスラーディアはほんの僅かに目で追った。そして書類束の中から、一枚の紙を引き抜く。

 

「余計な事をしないでくださいよ、オルノネメア大尉。私の仕事が増えるので」

 

 そこにはヴェルネラの上官からの密告が記されていた。

 彼女が黒エルフと親交を持っていたということ。そして「過剰な同情的態度に警戒が必要」という文言。

 

 

 

 到着した国境警備隊は、収容所の警備主任を務める秘密警察警備課長マルディネータ・フロックセン中佐の指揮下に置かれた。

 

 まずは外柵の設置の手伝い。

 これが完成しない限り黒エルフの脱走防止のための立哨は続き、夜間の冷気が兵士たちの体温を容赦なく奪った。

 

 本格的な冬を迎える前だというのにベレリアント半島は刺すような寒さだ。

 コートに身を包んだ白エルフの兵ですら身体を震わせるのだから、野ざらしの黒エルフがどれほど過酷な状態に置かれていたかは言うまでもない。

 彼女達の物置小屋────収容棟が完成するまでに、凍死した黒エルフも数多く見られた。

 毎朝、誰かしらが冷たくなって動かなくなり、すすり泣きながら護符を回収する姿があった。

 収容棟ができても、当然ながら断熱などはされておらず、隙間風が吹き抜ける。

 黒エルフたちは寄り添って眠り、小さな体温を互いに分け合った。

 

 外柵は数日で完成した。そのころからヴェルネラ達の警備態勢が変化した。

 それまでは秘密警察が担当していた黒エルフの監視を国境警備隊が引き継いだ。

 監視塔からの内部の監視。脱走を企てていなかと内部の巡邏。外周の巡視、これには主に騎兵が当てられた。 

 

 それとは別に指定された黒エルフの集団をレーラズの森へ移送する小隊が編成される。

 この任務にヴェルネラの中隊から一個小隊を当てることになった。

 

「移送して、どうするのですか?」

 

 ヴェルネラはフロックセン中佐に尋ねた。

 

「それを貴官が知る必要はない」

 

 冷たい瞳のまま、フロックセンはそれ以上何も語らない

 

 ヴェルネラは腑に落ちないまま、三人の小隊長を集め志願者を募った。

 

「自分がやります!」

 

 手を挙げたのは経験の浅い少尉、フェドーラ・パルティス。

 黒エルフが軍部を追放された後に穴埋めとして補充された人物だ。

 

(デック)共を逃さず連れて行ってみせます!」

 

 パルティス少尉は他の多くの白エルフと同じく、不浄な黒エルフを侮蔑の対象として見ることは当然だと思っていた。

 彼女からすれば黒エルフ達がこうしてヘイズルーンに集められていることはとても愉快な事だっただろう。

 

 ヴェルネラは中隊の最先任下士官ベアトリクス・セレンヴェン曹長を補佐に付け、パルティス少尉にこの任務を任せることにした。

 パルティス少尉の小隊は翌日の早朝、一〇〇名程の黒エルフを連れてレーラズの森へと向かっていった。

 

 

 

 ヘイズルーンに連れてこられた黒エルフの処遇について、ヴェルネラはまだ収容後、どこかの隔離地域へ送られるのだろうと信じていた。

 最悪でも長期拘束であって、命までは奪わない。そう思っていた。

 

 その希望は昼過ぎ頃に戻ってきたパルティス少尉の何気ない一言で打ち砕かれた。

 

(デック)共を処理してやりましたよ!」

 

 流石に口止めされたのだろう、具体的に何があったのかは語らなかったが、碌でもないことなのは想像がついた。

 この日からパルティス少尉は、収容される黒エルフを過剰に不必要に痛めつけるようになる。

 

「それで、何があったの?」

 

 ヴェルネラは中隊長として与えられた天幕にセレンヴェン曹長を呼び寄せると詳細を聞こうとした。

 セレンヴェン曹長はヴェルネラが中隊長になる前、小隊長時代から付き合いのある下士官だ。あのロザリンド会戦にこそ参戦していなかったが、その前哨戦、平野部での輜重部隊襲撃には槍騎兵として一枚噛んでいたらしい。

 

「戻った連中の顔を見れば概ね想像はつくわ……。でも、あなたの口から聞きたいの」

 

 ヴェルネラは普段の砕けた口調で語りかけた。

 移送任務から戻った兵、とりわけ古参の兵の顔色が悪いのを確認している。

 セレンヴェンは少しの間黙って、周囲を魔術探知で探り、誰もいないことを視覚的、魔術的に確認してから口開いた。

 

「レーラズには穴が掘られています。我々はそこまで黒エルフを連れていき…………。その後はわかりません。秘密警察に引き渡した後銃声が複数聞こえました。我々が離れるまで聞こえていたので恐らくは……」

「………………そう」

 

 ヴェルネラは煙草を取り出すとセレンヴェン曹長にも進めて、二人で火をつけた。

 そこまで、そこまでやるのか……。

 

「大尉、悪いことはいいません。黒エルフには余り関わらない方がいいですよ」

 

 珍しく、本当に珍しくセレンヴェン曹長が私的な意見を口にした。

 それ以降は口を開かずただゆらゆらと揺れる紫煙を眺めた。

 

「…………忠告は、感謝するわ」

 

 煙草を吸い終えたセレンヴェン曹長が敬礼して退室していく。

 ヴェルネラは、しばらく思考の海に沈んだのち、吸殻が積み上げられた灰皿で短くなった煙草を押し消し、気分転換をすべく天幕の外へ出た。

 

 極地圏に近いベレリアント半島では、十一月にもなると十七時頃には日が暮れる。

 暗く静まり返ったヘイズルーン村の周囲をふらふらと歩きながら煙草をふかした。

 ヴェルネラが行く当てもなく煙草片手に散策していると、ヘイズルーン村の外れにある納屋から出てくる人影を見つけた。

 魔術で夜目を強化してやると、背嚢を背負い両手に麻袋を抱えた兵卒の姿が見える。

 

 秘密警察のお膝元で大胆な奴だが、それにしてもくすねるにしては量が多い。

 引っかかるものを感じたヴェルネラは、煙草を捨て長靴で踏み消すとその兵卒の後をつけた。

 

 

 

 スコル襲撃の後、イブリン・モーフェン伍長は他の幾人かと共に、中隊を離れてヘイズルーン村へと派遣されていた。収容所の外柵が概ね完成する頃である。

 初動の黒エルフ襲撃と虐殺に関わっていたイブリンは、集められた黒エルフがどうなるのかも予想ができていた。

 

 あの日以来、イブリンは眠る度に悪夢をみるようになっていた。一時期は失輝死するのではないかというほどに衰弱する。

 

 柵の向こうで寒さに震える黒エルフ。食事すら与えられていない。

 

「………………」

 

 決して豊かとは言えない集落で生まれ育ったイブリンはひもじい思いがどれほど苦しいが理解できた。

 故に、彼女はその夜、ヘイズルーン村に集積されていた物資をくすねる。

 背嚢と麻袋にいっぱいの芋などの根菜類を詰め込むと夜の闇に紛れて収容所区画に侵入した。

 監視もいたが、寒い夜まで生真面目に監視しているものは珍しく、焚き火を囲って暖まっていた。

 

 イブリンはまだ一棟しか完成していなかった収容棟のそばに集まる黒エルフ達の元へと向かった。

 

「ねぇ……、ねぇってば!」

 

 寒さをしのぐために密集する黒エルフの集団に近づいたイブリンは、俯いたままの彼女らを声を抑えて呼んだ。

 そのうちの一人が顔をあげ、イブリンの姿を認めると敵意に満ちた目で睨見つけてきた。

 

「……白豚が何のよう?」

 

 真正面から敵意を向けられたイブリンは、たじろぐがここまで来て引くことも出来ない。

 

「あ、あの! これ……食べて」 

 

 黒エルフの集団から刺すような視線の雨を浴びながら、イブリンは抱えていた麻袋と背嚢を降ろして後ずさった。

 最初は警戒していた黒エルフ達が、麻袋からこぼれ出た人参に視線が揺れる。

 空腹に耐えかねた一人が恐る恐る手に取った。そして生のままそれを齧る。

 それを皮切りに、黒エルフ達が食料のそばに集まった。

 彼女らは限られたそれを分け合い久々の食べ物に涙した。

 

 感謝の言葉はなかった。

 それでもイブリンは、胸の奥に少しの温かさを感じて引き返した。

 

「ねぇ、あなた」

 

 外柵を越えて自分の天幕に戻ろうとしたところで、背後から声をかけられた。

 イブリンの肩がびくっと跳ね、振り返る。

 そこにいたのは、大尉の階級章をつけた白エルフ。

 イブリンは反射的に敬礼をする。それをみて大尉はゆっくりと答礼を返した。

 

「(もしかして、見られた!?)」

 

 このタイミングで大尉に、士官に声をかけられるなど普通じゃない。明らかに自分を監視していたのだ。

 黒エルフに食料を恵んだなどと知れればただ事では済まない。

 イブリンが相手の腰に目をやれば、士官用のサーベルと拳銃嚢が下げられているのが見えた。こちらは丸腰だ。

 

「あなた、名前は?」

「イ、イブリン・モーフェン伍長であります!」

「モーフェン伍長……。所属は第三警備隊よね?」

「はい!」

「そう、ついてきなさい」

 

 いまだ名前も知らない大尉の後をついていく。

 ああ、終わった。

 これから軍法会議にかけられ、死ぬのだとイブリンは思った。

 

「第二警備隊のヴェルネラ・オルノネメア大尉よ」

 

 士官用の天幕に連れ込まれ、大尉の対面にあたる椅子にすすめられて座ると相手は名乗った。

 

「そ、それで大尉は私になんの用が……」

 

 イブリンが恐る恐る尋ねるとヴェルネラはニヤリと笑った。その顔をみてイブリンの顔色が更に悪くなる。

 

「あなた、面白いことをするわね。黒エルフに食料を与えるなんて」

「(やっぱり見られてたんだ……!)」

 

 イブリンはちらりと天幕の出口を見る。今すぐ逃げだそうか? 

 

「次は、あの倉庫からくすねるのはやめておきなさい」

 

 その言葉にイブリンは引っかかった。

 この大尉は今、「次」と言わなかったか? 

 

「それは、どういう」

「あら、また彼女達に食料を届ける気はないの?」

 

 ヴェルネラが小首を傾げる。その姿にイブリンは、首を横に振りながら、この大尉も自分と同じなのではないか? と思い始めた。

 

「それは、よかった。次からは、わたしが用意するわ」

「あの、大尉は…………私を秘密警察に通報しないのですか?」

 

 ヴェルネラは目をぱちぱちと瞬かせ、すぐに「ああ、なるほど」という顔で笑った。

 

「怖がらせてしまったわね! そんな事はしないから安心して」

 

 ほっと胸を撫で下ろしたイブリンに、お詫びだといってヴェルネラは将校用の煙草の箱を差し出した。

 

「それより、あなたに聞きたいことがあるの」

 

 ヴェルネラの真剣な声色にイブリンは佇まいを直した。

 

「どうして、黒エルフを助けるような真似をしたの? 憐れみ? 同情?」

 

 真正面からこちらを見据える灰色の眼にイブリンは呑まれそうになった。

 

「わ、私は! 如何に黒エルフとは言えども、命令だったとしても、幼子まで殺すような真似が正しいとは思いません!」

「…………そう」

 

 ヴェルネラは頷くように答えると、懐に手を入れた。

 何度目か分からない緊張がイブリンを襲う。

 

「あなたに声をかけて正解だったわ」

 

 懐から出てきたのはスキットル。キャップに火酒を注ぐとイブリンへと差し出した。

 

「あなたを同志と見込んで、一つ提案があるの。────黒エルフを、彼女達を脱獄させない?」

 

 空気が変わった。

 天幕のランプが微かに揺れ、二人の影がゆらりと重なる。

 

 イブリンはキャップを奪うように受け取り、一息に飲み干した。

 喉が焼ける痛みと共に、胸の中の恐怖が別の熱に取って代わる。

 

「もちろん協力します! 大尉殿!」

 

 その声は震えていたが、芯があった。

 ヴェルネラの灰色の瞳に、わずかな微笑が宿る。

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