清廉な白エルフは、いかにして不浄な黒エルフを虐殺したのか   作:タチアナ・グリセルダ

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第六話 ヘイズルーン収容所 後編

 日が昇って、直ぐヴェルネラ・オルノネメア大尉は点呼の為に収容区画へ入った。この日は第二警備隊、彼女の中隊が警戒任務を担う日である。

 

 乾いた冬の風が、建設途中の木材の隙間を鳴らす。

 号令と共に、収容棟前の広場へ黒エルフ達が集められる。

 彼女達はいつにも増して敵意ある目をヴェルネラへと向けた。

 昨日に比べて幾分顔色がいい。僅かばかりとはいえ腹を満たせたからであろう。

 

 点呼終えると、ヴェルネラは巡視だと行って最先任下士官のベアトリクス・セレンヴェン曹長を引き連れて収容区画を歩いた。

 区画は平坦で、荒涼とした土地の真ん中にぽつんと施設が立つ。外柵まで視界を遮るものはなく、冷たい風だけが道を吹き抜けていく。

 何もなさ過ぎて、監視塔の死角となるものは見当たらなかった。

 

「(看守の目を背ける必要があるわね)」

 

 黒エルフ達は、建設中の収容棟で作業を続けている。

 木材を切るノコギリの軋む音、金槌が釘を打ちつける乾いた響き。

 工具は武器になり得るが、作業終了時に必ず員数確認をして返却されている。

 ただ、監視する白エルフ達も、黒エルフが武器になり得る工具を隠し持つ事を警戒はしていても、回収後の工具には無沈着に見えた。試しに小ぶりの金槌を一つ拝借しても発見されず、騒ぎにもならない。

 

 

 

 

 この頃になると、国境警備隊の兵士達も最終的解決の事を知り始めていた。

 初期の襲撃に関わった兵達が吹聴していた為だ。

 それを聞いて、収容所警備の将兵は自分達は貧乏くじを引いたと思っており、自らの業務に怠惰な様子を見せた。どうせなら自分も(デック)共を撃ちたかったと。

 そういった態度は黒エルフ追放後、補充の為に配属された兵士達に多く見られた。

 フェドーラ・パルティス少尉はその筆頭格と言える。

 パルティス少尉はその憂さ晴らしの様に、収容区画へ巡察にいくと、特に理由もなく目についた黒エルフへ暴行を加えた。

 

「さっさと働け! この(デック)!」

 

 パルティス少尉の怒声が乾いた空気を裂く。黒エルフの頬を打ち、腹を蹴りつける。

 

 警備主任のマルディネータ・フロックセン中佐も、収容所所長のハスラーディア・ダリエラリルも、そういった一部の将兵による不当な暴力を静観したことも相まって暴力行為は激しさを増していく。

 

 恐怖のため黒エルフ達は反抗を堪え、ただ耐える。

 だが暴力は加速し、やがて限界を迎えた。

 ある日、一人の黒エルフが殴り返したのだ。

 

「てめぇ……!」

 

 パルティス少尉の鼻から真っ赤な血が滴り落ち、少尉は怒りに任せて黒エルフに掴みかかった。

 双方が地面に倒れ込み、泥と埃が舞う。

 騒然となる中、警備主任マルディネータ・フロックセン中佐が兵を連れて現れた。

 

「引き離せ」

 

 中佐は冷えた眼差しで事態を一瞥すると、一声で二人を引き剥がし、その場で黒エルフを射殺した。

 乾いた銃声が収容所中こだまし、額を撃ち抜かれた黒エルフがもんどり打って倒れる。

 血の匂いが一気に広がり、どこかで誰かが息を呑む音がした。

 フロックセン中佐はそのまま立て続けに目についた黒エルフを数名射殺した。

 

「抵抗すれば、こうなる」

 

 沈黙が訪れた現場でそれだけ言い放つとフロックセン中佐はその場を後にした。

 

 

 

 ヴェルネラが巡察を終えると、黒エルフの集団がファルマリア秘密警察局の職員に連れられてヘイズルーンの収容所へ到着した。

 外柵の完成と共に、収容所へは、何処からともなく毎日一〇〇名程の黒エルフが連れて来られた。

 

 ヴェルネラは警備の担当としてこの引き渡しに立ち会った。

 連行された黒エルフが列を作り、寒風に晒されながら検査を受けている。

 最低限の衣類と護符以外は全て剥ぎ取られ、屈辱と不安が混ざった空気が漂っていた。

 

 無表情で、そうした黒エルフ達を見ていたヴェルネラの視線が、ふと一点で止まる。

 視線の先には仲間を励ます親友といえる黒エルフ、コンコーディア・アグレスの姿があったのだ。

 彼女ならこの嵐を何とか乗り越えるだろうと信じようとしていたが、それは見事に裏切られた。このあと黒エルフ達を迎える結末は、一つである。

 

 コンコーディアが目の前に連れ出される。

 兵がケープを剥ぎ取ろうとした瞬間。

 

「離しな、自分で脱げるっての」

 

 気丈に振る舞い、コンコーディアは自らケープを外した。

 その動きで、二人の視線が重なる。

 

「……ヴェラ……ッ!」

 

 コンコーディアの瞳が大きく揺れた。信じられないと訴えるように。

 ヴェルネラは耐えられず、逃げるように目を逸らした。

 その姿を、セレンヴェン曹長が横目でじっと見ている。

 

「何とかいいなよ!」

「おい、貴様!」

 

 その姿を見て怒りが湧いてきたコンコーディアが掴みかかろうとし、兵に取り押さえられる。

 彼女を痛めつけようと兵が銃を振りかぶった所で、ヴェルネラが鋭く制した。

 

「待て!」

 

 ヴェルネラがコンコーディアへ歩み寄ろうとしたところでセレンヴェン曹長がその行動を静止しようとした。

 

「中隊長!」

「分かっている」

 

 つかつかとコンコーディアに歩み寄ると、頭一つ分高い彼女の顔を見上げ、その頬を殴りつけた。

 不意を突かれたコンコーディアは膝を折り、姿勢を崩した。その胸ぐらを掴んで引き寄せる。

 

「その態度はなんだ、…………(デック)

 

 黒エルフの蔑称を口にした瞬間、ヴェルネラの胃の奥がきしむように痛んだ。

 コンコーディアはその言葉を聞き、わなわなと口が開いたが声にならなかった。酷くショックを受けた表情をする。

 

 ヴェルネラはそんな彼女を突き放す寸前に耳打ちする。

 

「……今は耐えて、コーディ。必ず何とかするわ」

 

 その言葉にコンコーディアははっと目を見開いたが、何か言う前にヴェルネラに突き飛ばされた。

 

「連れて行け」

 

 ヴェルネラの命令を受けて、コンコーディアは収容区画へと連れて行かれた。

 

 引き渡された黒エルフを全て収容すると、移送してきた秘密警察側の指揮官が一台の荷馬車を持ってくる。

 

「これも受け取りをお願いします」

「……これは?」

「ああ、(デック)共の私物らしいですよ」

 

 そう言いながら彼女は荷馬車の幌を捲って中を見せる。

 中には黒エルフ族の集落から略奪したであろう貴金属や宝石、そして黒エルフ族が成人の証として授かるモリム鋼でできた山刀が積み上げられていた。

 

「ダリエラリル部長の指示で持ってきました。集めているみたいですよ」

 

 ヴェルネラは受け取ると荷馬車をヘイズルーン村内の秘密警察職員へ引き渡した。

 

 

 

 その日の夜、コンコーディアは氏族の仲間達と固まって夜を過ごしていた。

 

「大丈夫。何とかなるさ」

 

 氏族長は道中で隔離されそれ、以降は姿も見ていない。

 他の氏族も似たようなもので、氏族長や副氏族長といった中心的な人物は、別の場所に連れて行かれていた。

 

 そんなクヴィンデア村の面々が集まるところへ、闇に紛れて近づく人影があった。

 黒エルフに案内されたイブリン・モーフェン伍長であった。

 ここ毎晩、イブリンは黒エルフ達に少ないながら、食料を届けていた。そのほとんどはヴェルネラが用意した携行口糧(レンバス)である。

 イブリンは、ヴェルネラがどうやってまとまった数の携行口糧(レンバス)を手に入れたかは知らないが毎晩、背嚢一杯のそれを届けている。

 最初は警戒していた黒エルフ達も毎晩、何も言わずに食料を届けるイブリンに心は開かずもその態度は日に日に軟化していった。

 

 この夜もいつもの様に食料を届けると、珍しくイブリンが要望を述べた。

 

「クヴィンデア村のコンコーディアって人に会いたいんだけど……」

 

 黒エルフ達は顔を見合わせた。

 親切とはいえ相手は白エルフだ、何か裏があるかもしれない。そんな思いが彼女達にはあった。

 

「ダメなら、この手紙だけでも……」

「いいわ。案内してあげる」

 

 困った様に眉を下げるイブリンに、一人の黒エルフが名乗りをあげた。彼女は最初の夜にイブリンを白豚と呼んだ黒エルフだった。

 

 そうして彼女に案内されたイブリンは、コンコーディアと面会が叶った。

 

「あんた、あたしに用だって?」

 

 見ず知らずの白エルフ、イブリンをコンコーディアは睨むように見る。長身のコンコーディアからの目線にイブリンは威圧されたかの様に肩を竦めた。

 

「こ、これを。オルノネメア大尉からで────」

 

 おずおずと手紙を差し出したイブリンが言い終えるよりも先に、コンコーディアは手紙を引ったくった。

 

『親愛なるコーディ。

 さっきは顔を殴ったりしてごめんなさい。

 わたしが直接収容区で接触するのは危険なの。だから、モーフェン伍長を介して手紙を送るわ。

 秘密警察はわたしたちも監視していると思う。

 とにかく、要点だけ伝えるわ。

 わたしとモーフェン伍長は、あなた達を脱獄させる手筈を整えているわ。

 三日後の夜に東側の外柵から物資を投げ入れるから受け取ってちょうだい。

 決行はわたしの中隊が夜警の日に、時期は追って知らせるわ。それまで何とか堪えて。

 この手紙は必ず処分するように! 

 あなたの親友、ヴェルネラより』

 

 コンコーディアは眦が熱くなるのを感じた。

 ヴェラは、あたしの親友は、危険を犯してあたし達を助けようとしている。

 だが、手紙には続きがあった。

 

『追伸。

 全員を逃がすことは出来ないと思う。

 残酷な事を言っているのは理解しているわ。脱走はあなたとあなたの氏族だけでして欲しい。

 わたしはあなたに生きて欲しい。他の人もできる限り助けるからあなたは必ず逃げて』

 

 最後の筆跡は歪んでいた。

 コンコーディアは唇を噛んだ。

 ヴェルネラが断腸の思いでこの追伸を書いたのが読み取れた。

 他の黒エルフだって見捨てられない、けれど親友の願いは痛いほどわかった。

 

 イブリンはその様子を黙って見ていた。

 月明かりがコンコーディアの横顔を照らし、その影の奥に揺れる感情の大きさを感じて、言葉を失った。

 夜風が二人の間を通り抜け、張り詰めた空気を震わせた。

 

 

 

 同じ頃、ヴェルネラはヘイズルーン村の略奪品が保管されている納屋をおとずれていた。

 納屋には不寝番がいるはずだが、その姿は見えない。

 扉の隙間から中を伺うと、不寝番の二人が略奪品の山を漁っていた。

 

「(秘密警察にも俗物的な奴はいるものね)」

 

 不寝番は山程ある略奪品から貴重な宝石類を探し出すと防寒コートのポケットに忍ばせる。

 ヴェルネラは迷いなく戸を押し開け、革靴の踵で床板を鋭く鳴らした

 

「何をやっているのかしら」

 

 低い声が納屋に響く。

 振り返った二人は、血の気が引いた顔で固まった。

 

「こ、これは物品がきちんと保管されているか確認を…………」

「へぇ、宝石をポケットに忍ばせるのが、保管というのね」

「ッ!」

 

 ヴェルネラの冷笑に、不寝番たちは互いに一瞬だけ視線を交わした。

 殺ってしまうか? いや、音を出すのは不味い。

 

「安心なさい。お願いを聞いてくれたら見逃してあげる」

「お願い、ですか?」 

「ええ、そこの奴らの山刀をいくつか譲って欲しいの。折角だから手土産が欲しくて」

 

 不寝番の顔に、途端に下卑た笑みが広がる。

 何だ、この大尉も同じ穴の狢か。

 

「へへ! どうぞどうぞ! ダリエラリル部長にバレない程度であれば幾らでも!」

「そう? じゃあ遠慮なく」

 

 ヴェルネラは不寝番二人を無視すると山刀を物色し始めた。

 独特の形状をした黒エルフの山刀は、ざっくりとした姿こそ同じものの一振りごとに細部は異なっている。同じ氏族であれば、形を見れば誰のものか分かると言われている。

 ヴェルネラは、その中から見覚えのある一振りを見つけ出した。コンコーディアの山刀である。

 

「これにするわ」

「へへ、今夜のことはどうか内密に」

「もちろんよ」

 

 他にいくつか見繕うと納屋を後にする。これで準備が一つ整った。

 

 

 

 翌日から、ヴェルネラとイブリンは脱獄計画の準備に本格的に取りかかった。

 ヴェルネラは遠乗りと称して収容所近郊の森へいくと、そこへ昨夜の山刀を隠した。

 周囲に耳を澄ませ、騎兵の哨戒が通る周期を記録した。

 

 一方、イブリンも用具の調達を開始した。

 資材置き場の隅に放置され、誰にも気にされていないノコギリや金属ヤスリなどを見繕うと、こっそりと運び出した。

 胸は恐怖でいっぱいだったが、手は驚くほどよく動いた。

 

 コンコーディアは、自分の氏族の仲間にだけ、慎重に計画を伝えた。

 ヴェルネラの関与を聞くや、仲間たちは驚きと安堵をないまぜにした表情になった。

 彼女らの間では、コンコーディアとヴェルネラの友情はよく知られていたからだ。

 

 その間も、選別された黒エルフの小集団がレーラズへと移送されていく。選別されるのは決まって、病気がちな者、体格が細い者だった。

 レーラズに行った者は誰も帰らない。黒エルフ達も事態の深刻さを感じ始めていた。

 

 夜、ヴェルネラはイブリンを天幕に招待した。

 訝しんだセレンヴェン曹長には、最近意気投合した奴で可愛がっていると説明して誤魔化した。

 

 二人は物資の準備状況の確認と、計画の確認をする。

 

「地図に、マッチ、携行口糧(レンバス)に、缶詰まで! ……大尉はどうやって、こんなに揃えたんです?」

 

 集められた物資にイブリンは目を白黒させた。その勢いでずっと気になっていたことを尋ねる。

 ヴェルネラは煙草をくゆらせ、紫煙の向こうで片眉を上げた。

 

「知りたい?」

 

 そしてゆっくり語りだした。

 

 士官にはある種の特権がある。これはエルフィンドに限った話ではなく当時の星欧では、ごくごく一般的なことであった。

 食事はその最たる例で、兵が堅い携行口糧(レンバス)と塩漬け肉の缶詰で飢えをしのぐ一方、士官は日替わりの温料理と酒を楽しむことができた。

 

 また、長期間の宿営になるとの予測から、ハスラーディアが特定の白エルフ商人を呼び寄せており、これらから物品を自由に購入することも士官にはできた。

 ヴェルネラは、溜め込んだ自費をはたいて、これらの商人から買い込んだ新鮮な食料や士官割り当ての食事を、中隊の部下へと振る舞っていた。

 食事は兵の士気に直結する。時折、振る舞われる中隊長からの温情として兵達は喜んでいた。

 

 そんな日でも当然兵食は支給される。するとどうなるか。

 兵達は美味しい食事を優先して摂り、兵食が余るのである。それらをヴェルネラはイブリンへと流していた。

 こうしてまとまった数の食料を定期的に仕入れていたのだ。

 

「な、なるほど」

 

 イブリンは同僚達が第二警備隊を羨んでいるのを何度か耳にしていたが、その意味をここで知ることになった。

 

「さ、謎が解けたなら早くこれを詰めてちょうだい」 

 

 ヴェルネラが麻袋を指すと、イブリンは「はいっ」と返事をし、缶詰を丁寧に詰め込んでいった。

 袋の口を固く縛ると、夜の冷気が天幕に流れ込む。

 

 こうして準備は整う、実行はヴェルネラの中隊が夜警の日、つまりは明後日である。

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