清廉な白エルフは、いかにして不浄な黒エルフを虐殺したのか   作:タチアナ・グリセルダ

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第八話 レーラズの森

 ヘイズルーンに設けられた収容所は大きく分けて三つ存在する。

 一つは、ヘイズルーン村に隣接する形で黒エルフ達に建設された第一収容所。これは秘密警察側では絶滅収容所と呼ばれた。

 

 ついで、ヘイズルーンから北東へ六キロほど進んだところに、あらかじめ設営されていた第二収容所がある。

 ここには氏族長や副氏族長など黒エルフ側の中心人物や指導者が集められた。ある時期からは最終的解決に反抗したり、黒エルフを匿った白エルフ達も収容された。

 秘密警察側の呼称は通過収容所。ここの収容者達は後にティリオン郊外の政治犯収容所へ移送されている。

 

 そして最後がレーラズの森に建設された第三収容所、強制労働収容所であった。最終的解決終了後、彼女達の生き残りは、農奴としてエルフィンド各地へ移送される事になる。

 レーラズ組と言われた彼女達は、計七カ所の大穴を掘った。

 穴掘りそのものも過酷だったが、それ以上に彼女達を恐怖に陥れた作業がある。

 死体の処理作業である。

 

 レーラズの森に最初の大穴ができた日、一〇〇名近い黒エルフ達が移送されてきた。

 彼女達は穴の前に並べられると、秘密警察警備部によって一人残らず射殺された。

 作業者である黒エルフ達は、崩れ落ちる同胞を前に息を呑むしかなかった。

 処刑が終わると作業者達は穴の下で息絶えたか、まだ苦しむ同胞に土を被せる。

 

「どぉ、じて……!」

 

 血を流しながらも辛うじて息の合った同胞を生き埋めにした。

 その衝撃は計り知れない。

 耐えきれずに作業を放棄した者はその場で射殺された。余りの出来事に失輝死した者まで出る。

 

 白エルフも、黒エルフも、埋葬時には護符を回収して、生まれ故郷の白銀樹の元に還すのが習いである。

 秘密警察は護符の回収すら禁止した。

 これを行わずに埋めてしまうことは、もう二度とこの世には生まれ変われないことを意味する。

 

 初日に演説を行った収容所所長、ハスラーディア・ダリエラリルへの怒りや反感は、今や跡形もなく消え失せていた。

 残ったのは、自分の番が今日でないことを願うだけの、ひたすらな恐怖だった。

 

 この日、黒パンと薄いスープの朝食を摂っていたレーラズ組の黒エルフ達は、ヘイズルーンからやってくる同胞の気配を察知した。その数は三〇〇近い。

 匙でスープを掬う手が止まる。恐怖に染まった目で互いを見合わせた。

 

 

 

 ヴェルネラ・オルノネメア大尉率いる第二警備隊は、薄明の空の下、約三〇〇名の黒エルフを引き連れてヘイズルーンの第一収容所を出発した。

 黒エルフ達は逃走防止の為に十人単位で荒縄に繋がれている。

 

 到着したレーラズの森の外縁には簡素な柵と天幕が並んでおり、秘密警察職員達が滞在している。

 ヴェルネラは、秘密警察側から指示された場所に黒エルフ達を座らせると部下達で周囲を囲った。

 

 どんよりとした空気のレーラズの森は、不気味な気配を漂わせている。それがヴェルネラに不安の心を流し込んだ。

 

 黒エルフ達は皆、不安そうな表情で互いに身を寄せ合う。

 森の冷気は刺すように鋭い。

 初冬のベレリアント半島、外気温は摂氏三度。

 薄着の黒エルフ達は肩を寄せ合いながらも、体の震えを止められない。

 

「この名簿の人員を集めてもらえますか?」

 

 ヴェルネラが移送完了を秘密警察側の責任者に伝えると、彼女から一枚の紙を手渡される。

 紙には人の名前が綴られていた。

 ベアトリクス・セレンヴェン曹長や複数の部下達の名前だ。その中にヴェルネラの名前も合った。

 

 背筋に悪寒が走る。

 

「(バレたのかしら? でも、それならこんな回りくどいことはせず、既に拘束しているはずよね……)」

 

 考えても答えはでない。

 兎にも角にも、ヴェルネラは名簿の人員を集める。

 爾後の指揮をフェドーラ・パルティス少尉に預けると、自身も秘密警察の案内に従って森の奥へと入っていった。

 

 

 

 数分ほど歩いた先に開墾された小さな広場が合った。

 冬の空気に濡れた土がむき出しになり、切り倒されたトウヒの幹が、白い樹皮ごと乱雑に積み上げられ、小さな灰色の山を作っている。樹木の匂いが、冷たい風に乗って鼻を刺した。

 

 ヴェルネラ達が到着するよりも前に、別の一群がそこにはいた。

 国境警備隊の隊員達だが、ヴェルネラに見覚えはない。

 いや正確にはある。収容所ですれ違った事があるものもいた。彼女達は第一、第三警備隊に属する将兵だった。

 ヴェルネラはその中にイブリン・モーフェン伍長の姿を見つけた。

 集められたのは二〇名程。階級も点でばらばらで共通点も見当たらない。

 

「(いや、わたし達が知らないだけかしら……)」

 

 集め秘密警察からすれば何かしらの共通点があるのだろう。

 ヴェルネラはこっそりと拳銃嚢の留め具を外した。

 

「中隊長、これは……」

「わからないわ。……何が起こっても動けるようにしておいて」

 

 セレンヴェン曹長はこくりと頷いた。彼女も既に拳銃嚢の留め具を外している。

 

 困惑する集団の前に、収容所警備主任を務めるマルディネータ・フロックセン中佐が姿を現した。

 

「担当直入に言う。諸君らは内通を疑われている」

 

 ぼかすことも無く、何の前振りも無く、フロックセン中佐は集団に言い放った。

 まるで死刑宣告ですら、大げさに聞こえるほど、彼女の声は冷めきっていた。

 彼女の背後や周辺には武装した秘密警察職員の姿が見られる。

 動揺する国境警備隊員の反応を無視して彼女は淡々と口を開いた。

 

「だが、同胞を処理するのは我々としても心苦しい」

 

 その言葉に、ヴェルネラは内側でだけ嗤った。

 心苦しさとは最も遠い場所にいる女だ。

 

「そこで、ダリエラリル部長は諸君に教義と政府への忠誠を示す場を設けてくれた」

 

 フロックセン中佐が小さく合図を出すと、森の奥から黒エルフが連行されてきた。倒木の山の前に彼女が立たされる。

 縄が幹に固く結びつけられ、再び逃げられないよう固定された。

 

 何をやらせるのかは直ぐに察しがついた。

 

「ベアトリクス・セレンヴェン曹長」

 

 名前を呼ばれたセレンヴェン曹長が歩みでる。

 セレンヴェン曹長は平然としていたが、僅かばかりに強張っているのが見て取れた。彼女はくだんの黒エルフの前に立たされる。

 何を言われるでもなくセレンヴェン曹長は、ただ静かに銃口を頭へ向けた。

 

「お願い……助けて……!」

 

 黒エルフの腕を掴んで拘束していた秘密警察職員が離れると彼女は泣きながらその場にへたり込んだ。

 

「お願いよ……!」

「…………」

 

 泣きじゃくりながら懇願する黒エルフをセレンヴェン曹長は、無言で見つめる。

 乾いた銃声が森に響いた。

 黒エルフの頭が僅かに仰け反り、次の瞬間、糸が切れたように地面へ倒れる。

 血の色は赤よりも黒に近く、冷えた地面の上にゆっくりと広がっていった。

 

 皆が沈黙するなか、フロックセン中佐だけが小さく頷いた。

 セレンヴェン曹長は、フロックセン中佐の言う忠誠を示した。

 

 セレンヴェン曹長が立ち去ると続いて別の者が呼ばれる。

 彼女は少し逡巡したものの、最終的には撃った。震える手で撃発されたメイフィールド・マルティニ小銃は、黒エルフの腹部に命中した。

 黒エルフが悲鳴をあげて倒れる。苦しみに藻掻く彼女を見て撃ったものは顔面が蒼白になる。

 苦しむ黒エルフは、そばに控えていた秘密警察職員がとどめを刺して静かになった。

 

 その次の者は、黒エルフの足を撃った。

 意図的な射撃だ。忠誠を示しつつも、殺すことへの拒否感からの行動だった。

 

「まだ、生きてる」

 

 その行動をフロックセン中佐は許さなかった。兵士にとどめを刺すように強要する。

 彼女は青白くなった顔で引き金を引き、黒エルフの悲鳴、森に吸い込まれるようにすっと消えた。

 

「イブリン・モーフェン伍長」

 

 ヴェルネラは、ここ数日、何度も顔を合わせた赤毛の白エルフが、震えながら進み出るのを見送った。

 イブリンの前に連れ出された黒エルフは、敵意に満ちた顔色でこちらを見渡した。

 最後まで牙を剥くその姿は、逆に痛々しく見えた。

 

「地獄に落ちろ、白豚共!」

 

 小銃を手に正面へ立ったイブリンをぎろりと睨みつけた。

 小銃を握る手が汗で湿り、彼女の意思とは関係なく手が震える。

 

 弾盒から弾を取り出そうとするが、震えが収まらない手では上手く掴めず、何度か失敗しながらようやく弾を取り出した。

 槓桿を操作して薬室を開き、弾を入れようとするとこれも上手く行かない。何とか弾薬を押し込み薬室を閉める。

 

 イブリンは目の前の黒エルフと目が合った。

 その瞳にあるのは憎悪だけではない。

 恐怖、そして死への諦念。しかし、どこかで「こんな終わりは嫌だ」としがみつく感情も宿っていた。

 

 小銃が地面へ落ち、乾いた音が静寂を破る。その音はやけに大きく聞こえた。

 

「私には…………できません……ッ!!」

 

 震えながらも叫んだその声は、かすれ、涙と嗚咽が混ざり、空気に割れたまま広がった。

 その瞬間、最も驚いていたのは、撃たれるはずだった黒エルフの方だった。

 きょとんと、信じられないものを見るような目。

 

「………………」

 

 フロックセン中佐は何の反応も見せなかった。無言で拳銃を抜き引き金を引いた。

 

 イブリンの頭が弾けたように赤い霧を散らし、彼女の身体は操り糸を切られた人形のように崩れ落ちた。

 仰向けに倒れ、わずかに痙攣すると動かなくなる。温かい血がじわじわと広がり、冷たい空気によってすぐに暗い色へ変わっていく。

 イブリンの勇気の代償は死だった。

 

「そんな!」

 

 何のためらいも無く起こった出来事に、誰もが、ヴェルネラでさえ言葉を失う中で、一番に反応したのがイブリンに撃たれる筈だった黒エルフだった。

 だが、彼女も直ぐにイブリンの後を追った。フロックセン中佐が撃ったのだ。

 

 イブリンの亡骸は、他の黒エルフたちの死体と同じ扱いだった。

 森の際へ、無造作に放り投げられる。他の黒エルフたちと同じく、彼女も護符すら回収されない。

 

 この行動を見た者達は、同じ白エルフであっても容赦しない秘密警察に恐怖した。

 そして、黒エルフを射殺することで、自分がイブリンのようになるのを避けた。

 

 

 

「ヴェルネラ・オルノネメア大尉」

 

 最後に呼ばれた名が広場に沈む空気を震わせた。

 ヴェルネラは、足が石のように重くなったのを感じながら、ほぼ広場の中央へと進み出る。指先が冷たく痺れる中、拳銃を抜く。

 連行されてきた黒エルフを見て、世界がぐらりと揺れた。

 彼女の前に連れ出されたのはコンコーディア・アグレスであった。

 

「なん、で……」

 

 ヴェルネラは息が止まったようになり、声が勝手に漏れた。

 コンコーディアもその声を聞いて顔をあげた。

 コンコーディアは、同胞が死にゆく声を、悲鳴を聞かされ続け、流石に憔悴した表情をしていた。頬には涙の跡もある。

 ヴェルネラとコンコーディアの視線が絡んだ。

 

「……ヴェラ、悪いね……」

 

 コンコーディアは申し訳なさそうに呟いた。

 ヴェルネラからすれば自分は逃げおおせている筈だっただろう。

 なのに自分が計画を無視したせいで、こうして最期まで彼女に迷惑をかけることになった。

 

 ヴェルネラの手が震える。

 自分の手で親友を殺す。

 

「(そんなこと……できるわけないじゃない!!)」

 

 ヴェルネラはフロックセン中佐を睨んだ。

 流石にこれは出来すぎている。明らかに意図的にコンコーディアを自分の番に当てていた。

 

「大尉、どうかされましたか?」

 

 中々、撃とうとしないヴェルネラにフロックセン中佐が問いかけた。

 その反応で疑念は確信に変わる。

 

「(何か、何かないの? コーディを助けてこの場を逃げ切るには……)」

『ヴェラ』

 

 必死に打開策を考えるヴェルネラに、聞き慣れた声の魔術通信が入った。

 コンコーディアからだ。

 

『撃て、ヴェラ。それしかない』

 

 全身が凍りつく。

 コンコーディアの言っていることが信じられず、ヴェルネラは目を見開いて、彼女を見る。彼女は、決意の固まった後の柔らかい表情でこちらを見ていた。

 

『そんな事できるわけないじゃない!』

『ヴェラ。こうなったら、二人とも助かるのは無理だ』

『無理じゃない! きっと何か……』

『いいから、聞け』

 

 聞き分けの悪い子供をあやすようにコンコーディアは静かな声色で語りかける。

 

『あんたは十分努力したさ。こうなったのはあたしのせい。あんたまで付き合わせるなんてできないよ。……あんたは、生きな』

 

 周囲が二人の魔術通信に気づき始める。

 コンコーディアは、焦るように、しかし優しい声のまま続けた。

 

『他の奴に殺さるくらいなら、あんたにやって欲しい。最低なお願いだけど、きいてくれる? ヴェラ』

 

 ヴェルネラの視界は涙で滲んだ。

 震える手で拳銃を構え、狙いを胸に定める。

 彼女の顔は撃ちたくなかった。たとえ死んでも、その顔だけは綺麗なままでいてほしかった。

 

『ゆっくり、慌てないで。ゆっくり、ゆっくり』

 

 穏やかな声色で語りかけるコンコーディア。

 引き金が引き絞られ、撃鉄が落ちた。

 最期にコンコーディアはふっと微笑んだ。それがヴェルネラが見た彼女の最期だった。

 

 コンコーディアが崩れ落ちる。

 ヴェルネラはいまだ硝煙の登る拳銃を乱暴に拳銃嚢へとしまうと、潤んだ瞳でフロックセン中佐を射殺すように見た。

 握りしめられた拳から血が滴る。

 

「これで、満足かしら……ッ!」

「及第点です」

 

 フロックセン中佐は興味を失ったように視線を外し、全員に向けて声を張った。

 

「諸君の忠誠は示された」

 

 その言葉を残し、背を向けて立ち去る。

 彼女が去ったことで、残された将兵達も広場を足早に離れた。一刻も早くこの場から離れたいように。

 

 ヴェルネラはただ立ち尽くしていた。体の芯が空洞になり、風が吹けば倒れそうだった。

 秘密警察職員がコンコーディアの亡骸を雑に扱おうとした瞬間、ヴェルネラはふらつく足取りで近づいた。

 

「わたしが、運ぶ」

 

 秘密警察職員が何か言うよりも前にコンコーディアの亡骸を抱き上げると、森の端へと横たえた。

 コンコーディアの表情は柔らかく何処か満足気だった。それがヴェルネラの罪悪感を煽る。

 こっそりと護符を回収するとポケットへとねじ込むように隠した。

 続いて、イブリンの亡骸へと歩み寄り護符を回収しようとする。

 

「何をやっているのですか?」

 

 制止する秘密警察職員の声を無視してイブリンの護符を回収した。

 

「彼女は黒エルフじゃないだろう。問題あるのか?」

「…………」

 

 ヴェルネラの有無を言わせない表情と雰囲気に、秘密警察職員は黙り込んでその場を後にした。

 

 涙が、止めどなく溢れる。ヴェルネラは嗚咽すら漏らさず、ただ静かに涙を落とす。

 そんな彼女の姿を隠すようにセレンヴェン曹長が寄り添った。

 

 その頭上を、カラスの群れが旋回していた。

 彼らの濁った鳴き声が、死の匂いに満ちた広場にいつまでも響いていた。

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