そのライネルはガノンドロフを否定する   作:ムラムリ

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pixivに性癖満載R18Gを投稿してライネルに対する性癖はひと段落したかなーって思ってたけど、まだ書き足りなかったっぽいので番外編を一つポンとね。
13000文字まで膨れ上がったけど……。
あ、これに関しては平穏な話です。ボコブリンは死ぬけど。



ガノンドロフが滅ぼされた後の怠惰なライネルの話

 白い月が輝く夜。

 ハイラルのとある村の一つ。

 そこへと身を潜めて歩く幾つかの陰があった。

 人よりやや低い身の丈でありながら、その三分の一以上を占める頭の大きさはハイリア人よりも大きい。また、頭からは大きな耳と、猪に似た鼻、また色に応じた角を生やすそれら。

 ボコブリンの群れ。

 それらは手製の粗雑な棍棒や盾などを持ち、明らかに友好的ではない。

 そしてまた、その村には見張り番も立っておらず、村の人々は等しく寝静まっている。

 ボコブリン達はとうとう村の柵に手を掛けて、それを乗り越えようとし。

 その脳天に矢が突き刺さっていた。

 柵からぼろりと崩れ落ち、そのままびくとも動かなくなった、そのボコブリン。

「ギャッ!?」

 思わず声を上げたボコブリンも、今度は後ろからどさどさと体が倒れる音を聞いて思わず振り向く。

 すれば、そちらも等しく脳天に矢が突き刺さって、既に事切れていた。

 気付いた時にはもう僅かな数になっていたボコブリン達は、敵の姿すら見られない事に発狂しかけるも、その中の一匹が小山の方を見て叫んだ。

「ギャギャギャッ!!」

 小山の頂上にはまた、魔物が居た。月を背にして陰だけが見えるそれは、半人半馬の姿をしている。そもそも、矢を空高くに飛ばして的確に脳天目掛けて当てるなどという芸当が出来るのは、ハイラルでもたった一種。

 ライネル。

 そして……それはもう、為すべき事は為したというように、弓を背に戻すばかり。

 残りのボコブリンも、その時には地に斃れてもう二度と動く事はなかった。

 

*

 

 ガノンドロフは滅ぼされた。

 赤い月の度に生き返るという祝福を失い、また精神を蝕むように侵食してくるガノンドロフの意志からも解放された魔物達は、多少は穏健になったとはいえ、大半は以前と変わらない生き方をしていた。

 ボコブリンやモリブリン、ホラブリンといった魔物は言わずもがな。そもそも彼等は力に訴える生き方以外を知らないが故に、復活出来なくなったとしてもそれすらも分からないように、ハイリアの人々にとっては変わらず脅威である。

 魔物の中でも金属を精製するまでの能があるリザルフォスは、以前より相当落ち着いた過ごし方をしているものの、彼等もまた積極的にハイラルの人々と争ってきていた。時にガノンドロフの意志とは関係なく、居心地の良い水場を巡ってゾーラ族と血を血で洗うような戦いを繰り広げた事もある彼等は、高度な意思疎通が出来ようとも今すぐに親しくなる事は不可能であるし、もしそれが実現するとしても、そのように争った事実が歴史にまで身を潜める事が前提となるだろう。

 そして、他のチュチュやキース、ギブドといったような意志があるかも怪しい魔物を除いて、最後にライネル。

 ……数はそれらと比較してもかなり少数だが、彼等が最初からガノンドロフの意志に盲信して等しくハイラルの人々に殺意を向けていたら、勇者が目覚めるまでもなくハイラルは魔の手に堕ちていたに違いない程の武力を持っている。

 ライネルは文明と共にその強さに相応な誇りを持ち併せている魔物であった。格下の相手に悪戯に武器を向ける事もなく、ガノンの意志に従って暴虐を働く事を生き甲斐としていた訳でもない。勿論、全てがそうであった訳ではないが、ライネルが奪ったハイラルの犠牲者の数は、その生息数と比較しても意外に思える程に少ない。

 そしてまた、ガノンドロフが復活した時には、自らの意思が汚染される事を拒絶したり、また手ずから鍛えた武器を使い物にならなくされた怒りを抱く個体も居たのもあり。

 最強の魔物であるライネルは魔物の中では真っ先に、ハイラルの人々と少しずつ友好を結び始めていた。

 

*

 

 朝になると、既にボコブリンから肝などを剥ぎ取って残りは肥やしにしていたそのライネル。

 白髪……ただのライネルよりも二段階も成長を遂げたそのライネルは、その気になればこの村の人々を単身で滅ぼせる暴の力を持ちながらも、起きてきた村人に気軽に声を掛けられた。

「夜中に少し断末魔が聞こえたのですが、やっぱり来たのですか」

「俺が少し離れていれば油断してこれだ。ほら、解体までしておいたから、後は好きにしてくれ」

 そう言って血まみれの手でボコブリンの肝や角を渡した。

 声を掛けたハイリア人も慣れているようで、それを嫌な顔せずに、潰さないように丁寧に受け取る。

「ありがとうございます。

 それと一緒に朝ご飯でもどうです? ゾナウギアがこちらにも届いてきましてね、海の魚とかが新鮮な状態であるんですわ」

 村から海までは、ライネルの脚を以てしてもそう近くはない距離。

 髭を弄ろうとして、手が血塗れである事を思い出してやめて。

「一応今回も聞くが、俺が満足出来る量を食っても大丈夫なのか?」

「そりゃあ、勿論」

「……なら、言葉に甘えて」

 そう言うと、ライネルは体を清めるべく、井戸の方に足を運んだ。

 

 ライネルがハイリア人と交流を始めたのは、ガノンドロフが滅ぼされて、汚染される事のない完全な自由意思を獲得出来たから、というのは前提だ。

 それ以前に如何にガノンドロフを嫌悪していても、ガノンドロフの意志に呑まれないと証明する方法など基本無いに等しかったから。

 そして、ガノンドロフが滅ぼされたからと言って、何故軟弱なハイリア人と付き合う必要性が生まれたかと言われれば、そのガノンドロフを滅ぼしたのもハイリア人だから、というのが主な理由だった。

 ライネルに純粋な武力で勝てる存在など、ほぼほぼ居ない。だが、居ない訳ではない。

 例えば。

 平野以外の、ライネルとしての強みを十全に発揮出来ないような場所ならば。

 魔物でも武というよりかは戦闘そのものに秀でたようなリザルフォスには、背中に纏わりつかれて、振り解けない内に首を掻っ切る事も可能だろう。

 他にも森の中などで数多くのハイリア人に奇襲されたり、落とし穴にでも嵌ってしまえばどうしようもない。

 そしてまた、各地の部族の突出した技量を持つ長達や、例のガノンドロフを滅ぼしたハイリア人には、自分が全力を出せる平野であろうとも、単身であろうとも、手も足も出ず殺されるに違いない。

 そのくらいの、地に足ついた感覚は持ち合わせていた。

 だから言ってしまえば、ハイリア人に身を寄せたのは、保身の意味合いが強かった。縦しんば、たかがハイリア人の一人によってガノンドロフを滅され、その後もガノンドロフを強く信奉するようなライネル達の最後の足掻きすらも事前に察知されて悉くが潰された後では。

 とは言え、勿論それだけではなく。ハイリアの民が培ってきた文化には、ゴロン族を凌ぐ程の金属の精錬の技術を持つライネルからしても馬鹿に出来ないものも多く、またハイリアの民に一気に普及し始めたゾナウギアの恩恵には驚く事ばかりだった。

 そしてまた、ライネルを一方的に打ち倒せるようなハイリア人が居るにしても、ライネルに対して下手を働くような人が皆無であるのは火を見るより明らかな事であり、こちらから歩み寄ってまず一歩を踏み出せれば、そこから信頼を深めていく事はそこまで難しい事ではなかった。

 

 血の臭いも丁寧に洗い落とした後には、海の魚と共に炊いている穀物のふんわりとした香りが鼻にまで届いてきていた。

 そしてまた。

「白髪さーん、今日も弓を教えてー」

 子供の一人が手製の弓と矢を携えてやってきた。

 ライネルからしたら、膝くらいまでの高さしかないそのハイリア人の子供。

「畑仕事とかは良いのか?」

「一番手間の掛かる開墾を白髪さんが全部やっちゃったからみんな暇なんだよ」

「……そんな大した事したつもりないんだがな。

 まあ、だったら計算も教えてくれ。文字はどうにか読めるようになっても、そういう事は不得手だ」

 鍛治のような、やっている事の中には高度なものもあれど、数多くで群れる事もなければ、伝えるべき事も口や実際にやって見せるくらいにしかないライネルには、そのようにして数や文字の概念に頼る事は基本なかった。

 これからは、きっとライネルにも必要だ。

「良いけど、指は使わない事ね」

「……分かってる」

「僕なんかよりすぐに色々覚えられると思ってたんだけどなー」

「……最近分かってきたんだけどな、大きくなってから色々覚えるのって、きっと大変なんだ。

 この前、俺と少しは血の繋がってるライネルの子供と会ってきたんだがな、もう俺なんかより文字の読み書きも計算も出来てるんだよ。

 それで弓矢の扱いも普通に小さい頃の俺並みに出来てるし。

 ……俺がもう少し遅くに生まれていれば、もうちょっと柔軟に生きられたと思うんだけどな」

 ライネルは気付けば、ぼんやりと空を眺めるのが趣味のようになっていた。

「そんな風にしてたら、おじいさんみたいに見えちゃうよ」

「みたいなもんだよ」

 そんな自虐に、子供ですら何も返せなかった。顔の周りをぐるりと覆う、ごうごうとした髪の毛も、ごつく生える角も今や威厳はない。

 

 高度な技術までを持ち合わせていても、ライネルとしての生き方は今までは質素にも程があった。教えられた通りに、魔の時代が来る事に備えて生きるばかりの日々。

 しかしそれは、厄災ガノンがたった一人のハイリア人に滅ぼされた事で大きく揺らいだ。

 完全に一人でそれが為された訳では無いにしても、背丈がライネルの半分にも満たないようなハイリア人がそれを為した事は、信奉を揺るがすには十分過ぎる事柄だった。

 赤い月も訪れなくなり、それから死んだライネルは生き返る事もなくなった。

 訪れたのは、困惑だった。自分達が信奉していたものがその程度だった事への落胆。それなしで生きようとしたら、闇夜のように何も思い浮かばない事。

 けれど、高度な知性を持つライネル達は、それでも少しずつ前へと向き始めた。ある者は武具を鍛える事に生き甲斐を見出し、ある者はハイリア人の文化に興味を持ち、ある者はただ各地をぶらぶら歩くようになり。

 しかしそんな新しい生き方も、数年後にガノンドロフが復活を遂げてまた一変した。

 以前とは様子の異なる、そしてより濃くなった魔の気配に対して再びガノンドロフを信奉するようになった者も居たが、結局それは何もしたい事を見つけられなかったライネル達の拠り所の代わりでしかなかったようにも見えた。

 そしてこのライネルは、新しい拠り所を見つける事も出来ず、だからといって再度ガノンドロフを信奉する事も憚られて、中途半端なまま各地を当てもなく歩いて居たところ。

 あの厄災ガノンを討伐したハイリア人が、ガノンドロフを信奉するライネルを相変わらず化け物みたいな強さで殺した後に遭遇してしまい、思わず諸手を上げて降参すれば、今度はガノンドロフに抗う気はあるかと問われてそれにもはっきりとは答えられず。

 そんな結局、確固とした意志を持てない内に、ガノンドロフも等しく討伐されていた。

 ライネルという、このハイラルでも特に優れた肉体に生を受けつつも、結局何も成した事はない。

 それならばいっそのこと、ガノンドロフの尖兵となって邪へと還った方が良かったのではと、あの時ほんの一瞬だけ、呆れたような、つまらないものを見る目をしたハイリア人を思い出して今でも考えてしまう。

 

 それはそれとして、そんな化け物とはほぼほぼ無縁なハイリア人達が用意する豪勢な朝ご飯。魚と共に炊かれた穀物とは別に、他にも各地でしか採れないような果物も色々と。

 ゾナウギアが普及し始めてから、このような飯もそこまで珍しくなくなっていた。

 肉を生で食い、他には精々木の実や果物を捥いで食べるくらいしかしてこなかったライネルからすれば、肉を焼いて塩や香辛料で味付けをされるだけでも舌鼓を打つに相応するのに、今やそれでも中々満足出来なくなってしまった始末。

 ぼうっとしていたのはいつの事やら、このような飯を食えるだけでも、こうして村の便利屋兼用心棒みたいな事をしている価値はあると思えている。

 四つ足を丁寧に畳んで座ったライネルに手渡された、相応の大きさの椀と匙を使って鼻腔がくすぐられるがままにかっ込めば、すぐに椀は空になってしまい、ライネルとしての腹が満たされるまでお代わりをしても許される。

 たかがボコブリンだろうとその棍棒を振るわれれば、時に命に関わる怪我にも繋がってしまう程の脆さであるハイリア人にとっては、十匹以上のボコブリンを簡単に始末してくれる……時にはモリブリンやボスボコブリンまでをも倒してくれるのだから、果たすべき誠意としてはこれでも全く物足りない程。

 平穏な時間。ライネルもまだまだ固いところがあるし、基本は離れて暮らしているとは言え、共に食事をするくらいには馴染んでいる。

「いや、もう十分満腹だ」

「あら、そうなの?」

 椀を空にする度に盛られる事を五回は繰り返した後、それでも盛られようとする飯を流石に固辞してライネルは一息吐く。それから果物の一つを手に取り、それをゆっくりと食べながら、和気藹々としているハイリア人達を眺めれば、そこにはライネルが生きてきたような時間とは全く異なる、ただ日々を平穏に、等身大に生きている姿が映る。

 ……未だ、憧れは体から抜け落ちてはいない。

 あの化け物のようなハイリア人に肩を並べる強さのライネルが、一匹だけ居る。

 厄災ガノンが台頭した頃からガノンに抗っていた唯一のそれは今回、共にガノンドロフの座す地底へと赴いてそのハイリア人と共にガノンドロフを滅したのだと。

 他にも黄金に至ったライネルは少なからず見てきたが、あれは別物だった。多分、ハイリア人が自分に抱くような種族の差……もしかしたらそれ以上のものを、あれには感じた。

 それを見た時、憧れや羨望を覚えもしたが、しかしすぐに、俺はこの時の記憶を持って過去に戻れたとしても、ああはなれないだろうという確信も覚えた。

 過去に戻れたとしても、結局俺はのらりくらりと、流されて生きてしまうのだろう。ガノンドロフの忠実なる尖兵にもならず、かと言ってガノンドロフに仇なす事も決意出来ず。

 だから。

 ——俺には、元からこういう生活が一番似合っていたのだろう。

 争いの匂いなど何一つなく、日々はそこまで変化に溢れておらずとも、毎日を生きる事そのものに満たされた感覚を抱けるような生活。

 けれど、その思いには強く自虐が入っている。

 

「美味かった」

 端的にそう礼を言って立ち上がり、今度こそ自分の場所へと戻ろうとすれば、同じく飯を食べ終えた子供が弓矢を持って付いてくる。

 子供一人が付いて行く事にももう大人達は何も言わない。それにライネルから弓の手解きを受ける事などは、もしかしたらかなり貴重な機会かもしれない。

 とは言え、ライネルからすれば自分が受けてきた教育をそのままハイリア人の子供に施せる訳でもない。

『もっと簡単に上手くなる方法ってないの?』

 ある時、子供に聞かれて。

『一応、あるにはあるぞ。ハイリア人にも出来る』

『え、あるの!?』

『ボコブリンとか相手に、きちんと実戦経験を積めば、一気に上手くなるだろうな。

 ただ、俺の庇護なしに、失敗したら死ぬって状況でないといけないが』

『……ええっと』

『俺もやらされたもんだよ。厄災ガノンが出てきた頃は、俺もまだ背丈も今の半分くらいしかなかったんだがな。

 赤い月で蘇る事が出来るからって言って、同じ子供同士で殺し合いをさせられたんだ。

 ガノンを信奉する大人とかの手によってな』

『……死んだの?』

『そりゃあ、何度もやらされたからな。一応、実力としては並よりは上だったから、十回も死んではないと思うが』

『ええっと、辛くなかった?』

『そりゃあ、もちろん。100年以上経った今でも思い出せるくらいには。

 ハイリア人が妖精で似たような事が出来るって言っても、本当にまた何か切羽詰まった事が起きない限りは、やらせようとは全く思わないな』

『……』

『ええっと、なんだ。とにかく、死ぬ気でやれれば確実に上手くなれるが、そうなるとお前の頭に死ぬまでこびりつく記憶が出来る事になる。

 ま、そんなのは御免だろう?』

『うん』

『だったら、まあのんびりとでもやっておけば良いのさ。今はそんな急ぐ事もないんだしな』

『……うん』

 

 ライネルは、結局のところ魔物である事は変わりない。邪の力なしに長く生きていけば神話の時代以前よりこの地に根ざしているハイリア人達と変わらなくなるのかもしれないが、今の所はまだ魔物である。

 それは血を繋いでいくという繁殖の方法とは別に、瘴気を元に最初から成体の形として生まれる事もあるという事。そして、戦う為の能力が最初からある程度備わっているという事。

 弓や武器の扱いなどは、血を繋いで肚から生まれたとしても、最初からある程度は出来てしまうのだ。

 赤髪だろうとハイリア人からは強く恐れられる事に変わりはない程に。

 しかし、それは自覚さえしていれば、教える事に対する障壁とは成り得ない。それどころか、本能にすら染み付いている、弓を引く時の姿勢や体の扱いを事細かに伝えるのには、やはり誰よりも長けていると言って良いだろう。

 ライネルがいつもを過ごす場所。屋根も何もないが、居心地の良い平地に、砂を盛り上げて的を一つ、立て掛けてある。

 それを僅かに逸れて、砂へと刺さった矢の一本。

 ライネルは、射手である子供に聞いた。

「体を使う時に必要な意識は?」

「腕だけじゃなくて、体全体でしっかり留める事」

「狙う時は?」

「ただ的だけを見る事。当てようとも思わない事」

「当たると思ったら、当たる。そこを意識して、もう一回」

 そう言って再び子供は弓に矢を番えて息を吐き、目の前の的に向かって弓を引いていく。

 引き切って、狙いを定めて、その間に吸った息を再び吐いて。

 ぱんっ、という音と共に矢を放てば、今度は当たった。

「よし。もう一回」

 体の使い方に関してはもう、直に子供に触る事は殆どしていない。

 少しでも力を込めたら壊れてしまいそうで恐れているところもあったが、ライネルであろうとなかろうと、子供の知識や技術といったものへの吸収力は大人となってしまった存在とは比較にならないらしい。

「はいっ」

 体に弓が馴染むまで、きっと時間は掛からない事だろう。

 そうしたら、次はどうしたら良いか。

 如何に俺が半人半馬な肉体をしていようが、馬上での弓の扱い方などは教えられそうにもないのだが……まあ、矢の作り方とかを教えておけば良いだろうか?

 

 何十本も矢を射る事をしていれば、疲労も嵩み、どうしても姿勢も崩れてくる。

 そこで子供の訓練は一旦終わりとなり、それからライネルの勉強が始まる。

「それじゃあ、1日に20本の矢が作れるとして、それを7日続けて、その1本の矢を3本にして放つ魔法の弓で放ったら、最終的に何本の矢が刺さるでしょうか?」

 ライネルは額に皺を作りながら指で地面にたどたどしく数式を書く。

「えーっと……少し考えさせてくれ。

 これが、こうなって……いや、合ってるよな?

 4x3が、えーっと」

「指は使わないように」

「ああ、すまん。

 …………きっと、これで合ってるはずだ。

 420、合ってるか?」

「せいかいー!」

 無邪気に喜ぶ子供に、ライネルは聞いてみた。

「……少しこっちからも出してみていいか?」

「え? いいけど」

「7を3回掛けたらどのくらいになる?」

「えっと、343だね」

「……は? な……なんでそんな時間で? 数式も書かずに? 丸暗記してたりしないよな?」

「7x7が49でしょ? でも49x7って面倒だから、1足して1引けばいいなって思って」

「1足して1引く??」

「だから50x7をしてから7を引けばいいじゃん」

 地面にも数式を書いて。

「?? いや、あ、そうなのか? えーっと、ちょっと待ってくれ。理解する時間が欲しい」

「うん」

 暫く待ってから。

「多分、理解した」

「じゃあ、41x7は?」

「いやいやちょっと待ってくれ、試さないでくれ。理解したとは言っても、それとそれは話が別だ。

 そういう事じゃなくて、頭の中で時間を掛けて咀嚼していくから、また明日にしてくれ……」

 明らかに脂汗すら出しそうな苦悶の表情を浮かべているのを見て、子供は思わず苦笑してしまう。

「仕方ないなあ」

「それと、もう一つ聞いて良いか?

 ……これから生まれてきて、ハイリア人と共に暮らすようになるライネルはこういう事も出来なきゃいけないのか?」

「……うーん、多分そうだと思うよ。落ちてぐちゃぐちゃになっちゃったハイラル城も将来的には建て直すみたいだし、その時にはもっともっと複雑な計算が必要なんだって」

「俺には想像もつかない世界だな……」

 そもそも、ライネルには家など必要ない。暑さは難しいかもしれないが、ヘブラの山頂だろうとこの身一つで平然として居られるのだから。

 ただ、家という堅牢な守りに覆われて、外敵など何も気にせずに好きなだけ熟睡するという事に唆られないかと言われると、嘘になる。それがライネルからしたら軟弱者の思想にも程があるとしても。

「じゃあ、次は文字の勉強する?」

「もう頭が熱を持っているんだが……」

「数問解いただけじゃん。僕はこの何倍も解かされてるよ」

「……分かったよ。それで次は?」

 折れたように、ライネルは地面に書かれていた数式を一度消した。

 

 子供を連れて帰って、昼飯も共に食べて、そこからやっと一人になった。

 夜中の監視を終えたら、昼過ぎまでの鍛錬と勉強を終えて。

 長い時間の熟睡を必要とする体でもないし、肉体も大して使っていない。ただ、いつもは使わない頭もたっぷりと使ってどっと疲れた感覚が全身を酷く重くさせていた。

 体を動かすのとは全く異なる疲労。それを癒すには一人の時間が必要だった。

 ……寝てしまっても良いだろうか。

 四肢すら放り出して、周りへの警戒もせず。

 ライネルらしくないと訴えかけてくるも、勉強した後にきちんと寝る事は重要なのだとも聞いている、これは必要な事だ、と言い聞かせながらゆったりとした足取りで元の場所まで戻ってくると、来客が居た。

 ハイリア人が……ガノンドロフを滅した勇者が、地面に書かれた文字を見ていた。

「……お久しぶりですね」

 その気になれば、自分を簡単に殺せる実力を持つ。

 定期的な確認の為に来て、その気になれば自己の判断で自分を殺す事も全く厭わないその勇者は聞いてきた。

「勉強、楽しいか?」

「いや、辛いですね。でも、嫌いではないです」

 ただ、そこまでの緊張感はない。

 この訪問も多分10回はもう超えていた。

「俺もそんな変わらないな。体を動かしている方が性に合うし、事務仕事なんてどれももっと出来る人に任せておきたい」

「まあ、そうでしょうね。貴方、戦っている時が一番楽しそうですから」

「そういうあんたは、今の生活が一番性に合ってそうだな」

「……もしかして、見ていました?」

「マスターソードで切られたような苦悶の表情をしていたところくらいから」

「……7を3回掛けた数って分かりますか?」

 勇者はきょとんとした顔をするも。

「えっ? 何だ、いきなり。……343だろ。

 ……何だその驚いた顔は。今はもうただの便利屋みたいな感じだけど、俺は元々きちんとした近衛兵だったんだぞ? 剣を振り回すだけじゃなくて、学もきちんとないと出来ねえ仕事だからな?」

「……俺達が野蛮な魔物でしかないとこれでもかと思い知らされた気分ですよ」

「野蛮な魔物が大きくなってから算学なんて学ぼうとするかよ」

 褒められているのだろうか?

「まあ、あんたは相変わらず別にストレス発散も必要なさそうか。一応こんなもんも持ってきたんだが」

 そんな耐久力もなさそうな片手剣。白髪のライネルの前では、体力が尽きる前に折れるくらいの。

「……偶にはやりましょう。頭ばっかり使って体を動かしたい気分でもあるので」

 そう言って、背中に担いでいた槍を手に取った。

 ガノンドロフが滅されてから、再び一から作った、獣神の槍。振るうのは久々だが、鈍っている気はしない。

 

 ……だが、結果は言わずもがな。

 剣が使い物にならなくなるまで、どれだけ工夫を凝らしても一方的に切られるばっかりだった。

 ストレス発散になったのは確かだった。勇者の方だけではあるが。

 

*

 

「あんた、変に頭を使って疲れてたか? 動きに精細がなかった」

「それは……始まりの黄金と今でも遊んでる貴方がより強くなったからではなくて?」

「俺はあいつとだけじゃなくて、俺は各地のライネルのストレス発散に付き合ってもいるんだから。

 別にあんたは問題ないと思うが、義務でこれから皆に話も聞きに行くからさ、ぐっすり寝てもいいぞ」

 そこまで情けを掛けられるのは流石に思うところがあったが、眠りたかったのはその通りだったし、四つ足を放ってしまえば抗う事など出来そうにない眠気が襲ってきた。

 

 そして、目が覚めるとすっかり夜だった。

 頭はすっかり軽くなっていて、勇者の言う通りだったのだろうと自覚した。

 また、ガノンドロフが地底に座していた頃ならばとっくに治っているはずの生傷は未だ癒えきっておらず、体を起こすと少し沁みる。

 それからぼうっと空を眺めた。

 赤くなる事のなくなった月。輝く星々。

 ガノンドロフが復活し、ハイラルを席巻したならば、そこに在った世界はガノンドロフのみが全てを自由に出来る世界で、その下々は意志を持つ事すら許されなかった、持てるとしてもガノンドロフに逆らう事など禁じられていたらしい。

 勿論、それは御免だ。

 ただ、ガノンドロフが居なくとも、自分達魔物が自由に闊歩する世界……暴力の強さだけが全てを決める世界も、このライネルにとっては御免だった。

 こんな優れた肉体に生を受けつつも、別に戦う事は好きではなかった。殺されても生き返るとは言え、だからと言って好んで死合うなどまっぴら御免だった。

 そんな自分の性格に気付いたのは、厄災ガノンが討伐されてから……ガノンドロフを信奉する事が当たり前ではなくなってからであったが、多分、生まれつき。

 赤い月によって生き返った事も何度もあるのに、それは変わっていなかった気がする。

 振り返れば、当たり前の生き方を強制される事に対して、ずっと違和感があった。

 ……俺がもう少し賢ければ。それかもしくは、もう少し俺自身に正直だったら。

 あの始まりの黄金と共に始まりの台地に送られていてもおかしくなかった。でも、始まりの黄金のようにまで強くなる事もなかっただろう。

 送られたとて、始まりの黄金のようにあのハイリア人とあそこまで意気投合する事もなかっただろう。

「なるようになった、か」

 運命だとかそんな言葉で片付けるには余りにも安直過ぎる気もするが、それ以外に似合う言葉もなさそうだった。

 傷が癒えるのも遅くなった。もう死んでも生き返る事もない。これから黄金に至る為には、白銀を飛び越える必要があるだろう。

 それでも、今の生活の方が性に合っているのをこのライネルは自覚している。

 別に実力の伯仲した相手と戦う事もないし、だからそもそも死ぬ事もきっとない。黄金に至りたいという欲望も別にない。ハイリア人の用心棒をして飯を貰い、気紛れに弓を教えて、その代わりに新しい学びを少しだけ。何の緊張感もない、ゆったりとした日々。

 結局、俺はそんなものを求める、元からライネルらしさとは無縁な、怠惰な性格なのだ。

 群れる事もなく、孤高に生きる、誇り高い種族であろうとも思わない。

 どこまでも強さを追い求め、そう在りながらも力に溺れる事なく、弱みなど死ぬ寸前になろうとも見せない気高さなど、窮屈なだけだ。

 ライネルとして生を受けた事自体が間違いだったのかもしれない。でも、手放すつもりもない。

 きっとこれから、俺の精神からはそんな元来のライネルらしさというものが更に抜け落ちていくのだろう。

 正しいとか間違っているとかではなく、単純に俺には似合わなかった。

「グアーーーーアァァ……」

 下半身と上半身、それぞれの背を伸ばし、加えて大きく欠伸をする。

 すると、調査を終えた勇者が丁度戻ってきて。

「随分と深い眠りだったようで」

 と、皮肉を言ってきた。

「許されなかった事をするのは楽しいものですよ。それで、別に今回も俺は殺されるような事はしていない、という事で良いですかね?」

「勿論。変わらず頼りにしてると嘘偽りなく聞けたから、これからも上手くやっていってくれ。何をするにも人手不足なのは相も変わらずなんでね」

 そう言ってまた次の場所へと行こうとする勇者を、ライネルは呼び止めた。

「最後に、少し聞きたい事が」

「……何だ?」

 こんな事を勇者に聞いてどうする、という思いもありつつも、ライネルは聞いた。

「俺には……今でも、あるべきライネルらしさの価値観が強く根付いています。

 それが時々、こんな生き方をしているくらいなら、ガノンドロフの忠実な尖兵になって貴方に殺されていた方が良かったと訴えかけてくる。

 それは、付き合っていくしかないのでしょうか?」

 勇者はそんな事を聞かれるとは思わなかったように、何度か瞬きをした。

 それから一度腕を組んで、悩むようにして。

「知っているか分かんないけど、俺は100年の眠りから覚めた時、記憶がすっぱり消え落ちてしまっていたんだよ。

 何でこんなところで寝てたのか、何で起きた瞬間にライネルと戦わされるのか、何で厄災ガノンを討伐しなきゃいけないのか、何にも分からなかった。

 あの野郎……始まりの黄金にリハビリっていうか拷問されて、剣術だけは思い出しても、全部を思い出したのは、厄災ガノンを倒しにいく直前くらいだった。

 でも、言ってしまうと……思い出さなくても良かった事も沢山あるんだよ。

 剣を振るうだけは誰よりも出来てマスターソードにも選ばれたから、ゼルダ姫の近衛になったけれど、まあ……周りからの妬みとか酷かったから。

 だから、記憶喪失になる前の俺は元々こんなお喋りじゃなかったんだよ。一日に何も口を開かない方が普通だった」

 その独白は、ライネルからすれば物凄く意外だった。

 そして勇者は、周りに人が居ない事を入念に確認してからちょっと距離を詰めて、小声で。

「……あんまり、他の人には聞かれたくない事を言うぞ。

 俺はな……全ての記憶を思い出した後、厄災ガノンを討伐して、ゼルダ姫を助け出して。

 全てが終わった後。

 ……英傑になれる程の実力など毛の程もなく、努力もしてこなかった癖に俺にくっだらない妬みをぶつけてきた奴等が、こいつらだけはあの厄災の時に死んでいて欲しいってまで願った奴等が、全員死んでいるか入念に調べて、全員死んだ事を確認出来て、安堵した。

 そして安堵してしまった俺自身が、今でも少し嫌いだ」

「…………付き合っていくしか、ないのですか」

「ただ、生きていなきゃそんな事に悩めないのも確かだな」

 それを聞いた瞬間、ライネルは目を大きく開いて、腹を抱えて笑った。

「何で俺はそんな事にも気付かなかったんだろうな!? 何度も生き返ったからだろうな!!

 ……あー、凄くすっきりした気分だ。

 …………そうだな、あの時、俺は貴方に降参したけれど、それは正しかった。今ならそう言えます」

「随分と情けない台詞だな? まあでも、良いと思う。

 生き返る事が出来るとしても、好き好んで命まで賭けられる奴なんてどうかしてるからな」

「ありがとう。話を聞いてくれて。

 それと……俺を生かしてくれて、ガノンドロフを滅してくれて。

 今更にも程があるけれど、礼を言います」

「まあ、受け取っておこう。他にはないか?」

「はい。では、またいつか」

「うん、また来る。…………あ、一つ言い忘れてたの思い出した」

「……何ですか?」

「あんた、多分太り始めてるよ。別にきちんとしたライネルらしさが性に合わないとしてもそれは気をつけた方が良いと思う」

「……」

 勇者は唖然とするライネルを見て苦笑しながら、月夜の下に去っていった。

 

*

 

 そうして一人残ったライネル。

 その言葉は、思いの外ショックだった。

 自分の体を見返す事など早々して来なかったから気付かなかったが。

「…………」

 意を決して腹をつねる。

 まだ腹筋の形はきちんとあるものの、触ると前より柔らかくなっていた。

 もし、このままの生活を続けていると……。

「…………流石にだらしない腹を見せるのだけは嫌だな」

 ライネルとしての誇りや生き方が性に合わないとしても、それだけは放置してはいけない。

 住処の端にある大剣に目をやった。開墾の時に岩を砕くのに使ってからずっと放置されているそれ。

「素振りでもするか」

 久々に手にする大剣は、いつもより重く感じて。

 その晩は焦ったように夜が明けるまで素振りを繰り返していた。




この番外編に関してはリンク君以外オリキャラですね。
まあ、番外編なので。

白髪ライネル:
始まりの黄金と大体同じくらいの歳。
ガノンドロフを信奉していた事もあるが、心の底から信奉していたというよりかは、周りに流されて何となくという形。
基本的に怠惰だが、小さい頃に叩き込まれたライネルとしてあるべき精神性で支えられている感じ。
その精神性が窮屈で性に合わないと捨てたら、最早ニートまっしぐらなのだけれど、流石に太った姿を見せたくはないくらいの感覚はあるので、そこまではならない。
ついでに、本気で鍛錬を続ければ黄金になれるくらいの才能はあるが、怠惰なのでなる事はない……美味い飯を食って太るのが嫌で頑張ってたら、気付いたらなってる可能性も無きにしも非ず。
勉強は苦手だけど嫌いじゃない。

リンクくん:
各地のライネルの監視はハイラル復興の息抜きも兼ねてる。
ゲーム中の選択肢とか鑑みるに、元々はお茶目な人だったっぽいし、無口になるまでに相当な負の感情を溜めててもおかしくないよね。

始まりの黄金

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