そのライネルはガノンドロフを否定する   作:ムラムリ

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ガノンドロフに抗ったライネルの話

 黄金に至ったライネルでしか扱えないような桁違いの大剣である山崩し。それとまともにかちあっても壊れる気配のない、人の身に扱える程度の大きさの金棒。

 それを振るうのもまた、黄金のライネルからしても桁違いな強度を誇り、それでいて軽快に動く肉体。加えて光の力がなければ無限の耐久力を誇るような邪への愛され方。

 そこから恐れが消えてしまったのならば、どれを取ってもライネルには敵う場所がなかった。

 渾身の一撃を無造作な一振りで弾かれて、避けられない一撃を喰らう。一振り一振りが自らより重い癖して、それをぶんぶんと振ってくる。山崩しで受けようにも四つ足で踏ん張ってギリギリ受けめられる重さ。またこちらから弾くには、ライネルの筋力も技量も足りていなかった。

 秘石がなければ山崩しを軽快に振るう事も出来なかったし、我流で技量を鍛えてきていても大剣を使って相手の武器を弾くなんて想定した事もなかった。

 両腕での本当に力の込めた一撃を喰らってしまえば、体がそのまま砕けてしまいそうだった。

 そして、ゼルダとの共闘となろうとも、周りの魔物は大半がラウルとミネルが抑えてくれていても、ライネルがガノンドロフに傷を与えられる事はなかった。ゼルダの光の力は当たる事もあったが、それも無尽蔵に供給される邪の力の前では雀の涙にも程があった。

 

 ……ライネルは魔物であった。

 邪から遠ざかり、肉を食して体を保ち、普遍的な方法で血を繋いでいく事をしても。自らを生み出した親とも言える存在に歯向かおうとも。その魔物たる根本的な性質——邪から生まれ出た生命であるという事は変わらない。光の力には弱いという事も。

 ガノンドロフから受けた傷が、ガノンドロフから流し込まれる邪の力で修復されていく。その度に邪の本質——力のみを至上とする価値観と、その邪に愛されたガノンドロフに敬意のようなものを覚えていく。そして、それを光の力を浴びる事で薄れさせる。

 何度も何度も、ライネルはそれを繰り返した。純粋な暴力でさえ敵わなくなったその魔王に対して、角を折られようと、腕や足を砕かれようとも、どうにか助けが間に合い、傷の修復の後に光の力で正気に戻され、立ち上がり、再び山崩しを振るう。

 見た目は、変わらない。けれど内側には確実にその繰り返しの影響が溜まっていた。体が嫌に軽くなっている。山崩しが更に重く感じるようになっている。どこまでも密に詰まっていた肉体が空っぽになっていくような、このままいけば白銀、白髪へと戻っていってしまいそうな。いや、それより先に体そのものが形を成せなくなるか。

 しかし、今となれば。

 ライネルは魔物である以上に、父親であった。

 今、ガノンドロフに歯向かう理由は、踏み潰した時のようにガノンドロフが気に食わないからではなかった。

 脳裏には常に妻と、その妻が腹を痛めて産んだ子供が常に浮かんでいた。今この場で己達が何も出来ずに地に伏したら、そのどちらもが自我をも失い、死すらも自由にならず、永遠にこの屑の傀儡として扱われる事になる。

 それを防ぐ為ならば、体がどれだけ空虚になろうとも、山崩しがどれだけ重くなろうが、持ち上げられるのならば、立ち上がれるのならば、どれだけでもライネルは動いて見せた。

 

 そして、その延々と立ち上がってくるライネルに対して、ガノンドロフは不快を隠せなくなっていた。

 邪に染め上げて自らの手でミネルやゼルダ、ラウルを叩き潰させたかったのに、どれだけ甚振って邪の力に染め上げようとも、光の力を浴びて立ち上がって変わらず敵意を向けてくるライネルに苛立ちが高まってくる。

 そしてガノンドロフの注目がライネルに集まり続けている間に、とうとうラウルもガノンドロフに相対する。周りの魔物は大半が蹴散らされ、邪の濃度もラウル達がここに来た時よりも薄まっていた。

「この程度で有利になったとでも思っているのか!?」

 ガノンドロフが叫び、邪を呼び寄せるものの、ゼルダとラウルの光の力がそれを阻み、ミネルのゴーレムによる軍隊が生み出された魔物達の大半を阻害する。

「貴様が何をしてこようとも、我等が諦める理由にはならない!」

 光の力が、ガノンドロフにより浴びせられるようになる。

 ライネルも叫ぶ。

「貴様の望む未来を、誰もが拒んでいるだけだ!」

 そうして山崩しをガノンドロフへと打ち据える。

 しかし、変わらず片腕で受け止めたガノンドロフは、苛立ちが頂点に達したような顔を向けて。

「もう良い。去ね」

 もう片方の腕で、ライネルにより濃い邪を浴びせた。

 

「う、グ、ゴアッ」

 とうに守りなど捨てていたライネルは、それをまともに受けた。

 体が邪で染まっていく。

 腕からのみならず、全身から邪を溢れ出させたガノンドロフには、ゼルダとラウルが力を合わせて光を放とうとも、とても相殺しきれない。

「アッ、ガッ、ゔゔっ!?」

 ライネルは魔物であるが故に、意志がどれだけ拒絶しようとも、肉体そのものはそれを受け入れるものだと認識してしまう。空虚になっていた部分を埋めるように、空虚でなかった部分すらも染め上げるように、邪はライネルの肉体を侵略していく。

 快楽だった。途方も無い快楽だった。それに身を委ねてしまえば全てが満たされるようだった。

「うゔっ、ううゔゔああ゛あ゛あ」

 せめてと、ライネルはガノンドロフから離れようと四つ足を動かした。

 ふらふらと、頭を振り、山崩しを引きずりながら。

 邪が途切れた時、派手ながらもけばけばしくない貫禄のある黄金色をしていた肉体は、隅々までもが赤黒く染め上げられていた。

「——? ——……」

 項垂れたまま口から出る言葉はうわ言ばかりで意味を為さない。

「貴様ァッ!!」

 ラウルの一撃をガノンドロフはやはり余裕で受け止める。あれだけの邪を吐き出したのに、外側からの邪の供給も阻んでいるのに、それでも未だ無尽蔵のようにガノンドロフの体からは邪が溢れてきている。

 ゼルダは、そんな赤黒く染まったライネルとガノンドロフを注視して、動けなかった……いや、動かなかった。

 ライネルが、ぴくりと動いた。

「敵が増えたぞ? ラウル。

 倒さないのか? ゼルダ。

 正気に戻そうとも最早アレの体には邪しか無いがな。はははははは!!」

 ガノンドロフの高笑いが空間に響き渡る。

 ……しかしライネルは、理解していた。邪を浴びて満たされるのは、どこまで行こうとも己だけであると。

 山崩しを両手でゆっくりと握り直す。

「私の声がっ、聞こえますかっ!?」

 今となれば、どうしようとも耳障りな声が聞こえるが、それは己を信じている声でもあった。他者の為に戦うと決めた己を信じている声だった。

 そして、それでも抗いようのない洗脳に対して、ライネルは心に一つだけ決めた事を守っていた。

「ぅぉぁ」

 山崩しを、頭上に掲げた。ガノンドロフはそれを相変わらず下卑た笑みを浮かべながら見ている。

 またライネルはガノンドロフに山崩しを当てる事は一回たりとも出来なかったが……それでも、一つだけ気付いた事があった。

 ——ガノンドロフは、本質的には己に対する恐怖を克服出来ていない。

 今や邪そのものとして、肉体すらも自在に変形出来るようなガノンドロフならば、山崩しを受けたところで大したダメージにはならないだろうに、ガノンドロフはライネルの攻撃を全て律儀に金棒で受け止めている。

 刀や槍も使えるのに、今回は金棒だけを扱い、また時に、光の力を受けるよりも優先して防御してきた。

 ガノンドロフは、ライネルの攻撃で体が潰される事を、恐れている。それに相応のダメージが付随しなくとも。

 そしてまた……ガノンドロフは、他者の為に自らを捧げるという自己犠牲の精神——賢者達が等しく持っていた、自分の為だけに戦うよりも、比較にならない程に強固となるその意志を、最後まで理解する事はなかった。

「ぁぁぁぁあがああああアアアアア゛ア゛ア゛ア゛!!!!」

 咆哮と共に、ガノンドロフに向けて山崩しが投擲される。

 ガノンドロフの顔が驚愕に染まる。そしてそれには僅かながらも恐怖も含まれていた。

 ガァンッ!!

 ガノンドロフはそれを弾く。

「まだ足りぬのか!? まだこの我に抗うのか!?!?」

 理解を拒むかのようにガノンドロフが叫ぶ。

 そして、ゼルダは。

 弾かれ、彼方へと飛んで行こうとする山崩しに手を伸ばし、時の力を発動した。

「五月蝿いぞ小娘ェ!!」

 戻ってきた山崩しにガノンドロフが再び防御した時。

「その慢心が命取りぞ! ガノンドロフ!!」

 ラウルが秘石を輝かせ、第三の目を開きながら、ガノンドロフの心の臓を貫いた。

 ガノンドロフの顔が一瞬驚愕に歪むも、された事の正体を掴むと、再び笑みを浮かべて言う。

「心の臓を縛り、魔力を奪う……我を封印するつもりか? 小賢しい貴様には似合いの技よ。

 退くも進むも叶わぬぞ?」

「侮るな。

 元より退く道など持たぬ覚悟……!」

「ラウル様!!」

 ガノンドロフの封印が進むに連れて僅かに正気を取り戻したライネルは、叫ぶゼルダの顔に違和感を覚えた。

 まるで……元からこうなる事が分かっていたかのような、己の前で見せた強い意志の持ち主とは思えない、その顔。

 そしてラウルは言う。

「悠久の先……貴様を討つものが必ず現れる。

 退魔の剣を持つ剣士……リンク。この名を忘れるな」

「……面白い、楽しみに……」

「そして貴様を否定する魔物も、必ず、な」

「…………」

 

*

 

 完全に固まったガノンドロフとラウル。

 ガノンドロフの顔は、固まる直前で苦々しいような顔に変わっていた。

 ゼルダは、魔物の足止めに無理をしていたミネルを介抱してから、動く気配を見せないライネルの方を向いた。

「近寄るな……。己も……もう、限界だ。いつ貴様等に襲いかかっても……おかしくない」

「…………」

 ゼルダは警戒しつつも、悲しげな目でライネルと目を合わせた。

「だが、最期に……一つ、聞かせてくれ。

 貴様は……未来から来たのだな?」

 ラウルの最期の言葉で、確信が持てた。

 近くて、けれどとても遠い場所……それは未来の事だった。

「…………はい」

「そこでは……ガノンドロフは、封印から解けるのだな?」

「……はい」

「……その未来には、ガノンドロフを倒せる者が、居るのだな?」

「はい。……同じく、ガノンドロフを否定するライネルも」

 ……だから、か。己に態々話しかけてきたのは。

 そしてラウルもきっと……それに託したのだ。

 ライネルは脳裏に、騎士ゴーレムと周りから呼ばれていた存在を思い出した。胴に乗られ、背骨を断ち切られた、苦い思い出。

 アレはきっと、そのリンクとやらの意志のようなものが乗っていたのだろう。ガノンドロフの味方であったゴーレムも、その意志を色濃く受け継いだものだとは、ガノンドロフを通じて知っていたから。

「…………。

 もう一つ、頼まれて、くれ。

 山崩しを……持ってきてくれ。己の、手の届かない位置で良い」

 ミネルのゴーレムが、それに応えた。

「己も、託したい。出来るか、分からないが。

 だから……己の胸をその光で貫いてくれ。

 己は、魔物だ。死ねば、邪の力に戻る。ガノンドロフの封印が解けても……復活はもう、出来ないだろうが。

 けれど、その時、これを持てる……その時代の同胞に、己を、託したい」

 邪の力に戻って、自らの意志を山崩しの中に封印する。

 出来るのならば。

「……分かりました」

 ゼルダは頷いた。

「己が、これに手をつけて、貴様等に襲いかかる前に、早く、頼む」

 ゼルダが、光の力を溜め始める。一度で、出来るだけ苦痛なく終えられるように。

 ライネルは最期に……妻と子供の事を思い浮かべた。

 ……そう言えば。結局、名前は思いつかなかったな。己も名無しのままだった。

「…………では」

 未練は、ある。けれど、まだ終わりではない。

「頼む」

「…………ありがとうございました」

 ライネルの胸を、一筋の光が貫いた。

「うごぁっ……!!」

 体が崩れ落ちる。腕が山崩しへと必死に伸びる。

 己は、己は、ガノンドロフの傀儡では……ない。

 ず、と音がした。山崩しが、ミネルのゴーレムによって近寄せられていた。

 ライネルの手が、山崩しに届いた。

「己はっ…………!!」

 それを最期に、掻き消えるように邪の力へと戻っていった肉体は、まるで吸い込まれるかのように山崩しへと入っていった。

 

 まるで彫像のように固まっているガノンドロフとラウル。

 少し離れた場所で落ちている山崩し。

「…………」

 静寂の中、ゼルダは聞いた。

「彼は……強かったですよね」

「ええ。父親として、彼に勝る者はまず居ないでしょう。

 ……私も、負けていられませんね」

 ミネルも、何か決意を改める顔をしていた。




ラウルとソニアにも子供居るはずだけど、封印戦記でもそこは全く描かれませんでしたよね。

今までライネルに関しては本当に色々垂れ流してきたけど、個人的にシンプルに一番格好良いライネルを書けた感がある。

まだ続きますよ。
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