入道少女のヒーローアカデミア   作:紅葉紫苑

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職場体験①

「着いたぞ〜」

 

 ミルコさんより何とも軽い口調でそう告げられるが当の一輪は今答えられる状況ではない。

 文字通り、縦横無尽に跳ねて飛んでを繰り返されて視界がぐるぐると回っている。

 収まらない吐き気を何とか堪えて一輪は目の前に何処までも広がる白い空間を見て疑問符が大量に羅列される脳内の思いを言葉にする。

 

「何処ですか? 此処……」

 

 ミルコは準備運動をしながらその問いかけに対してぶっきらぼうに答える。

 

「私が予約した訓練施設……雲居一輪とか言ったか? 今日は一日中私と模擬戦だ……まったく……澱んだ眼をしてやがる、復讐に取り憑かれて……いや、復讐は達成したが次の復讐に取り憑かれてる奴の眼だな、テメェのは……」

 

 眼を見れば分かるとでも言いたげなミルコさんに何も言わずにコスチュームへと着替えて構えを取る一輪。

 その表情には何も映っていなかった……虚ろな眼差しが全てを支配している。

 その表情のまま一輪はポツリと語る。

 

「……人道を踏み外して地の底まで、地の獄まで文字通り落ちてますからね……もう戻ってこれないんですよ私は……くだらない御託は此処までにして……やりましょうか、模擬戦」

 

 入念にストレッチを行いつつそう呟く。

 ミルコは……野生の直感とも言うべき感覚が、目の前の虚ろな眼差しでミルコを見ている一輪が、ミルコには豪雨の中で泣いている悲しい女の子にしか見えなかった……。

 だが……今はまだ時間がかかりそうだと思案して模擬戦を開始する。

 

「さて、個性行使は自由、あ……あと体育祭じゃ本気を出してなかったようだから……先に言っておく、プロヒーロー(わたし)相手に手抜きをするなよ?」

 


 

 一輪は考える。

 体育祭は言わば学年全体で行うお披露目会と言っても過言じゃない、プロヒーローに自身らの個性や戦闘能力、総合的な能力を披露して見初めてもらう場であると考えて本気は出さなかった……。

 雲山にしても本気を出せば30kmは軽く上回る大きさを維持できる。

 それをしなかったのは確かに手抜きかもしれない……だが、そんな事はどうでも良く……取り繕っていた、外面用に作っていた表情がいつの間にか壊れていたのを認識して急いで取り繕う。

 未だに復讐に取り憑かれているなどバレれば……相澤先生(合理主義者)なら間違いなく除籍宣告を降してくる事はこれまでの事で疑いようがない。

 落ち着かせて……自分の心に錠前と鍵を掛け直して……一輪自身のオリジンを再認識する、即ち……兄を殺した者、兄の遺体を無惨に斬り刻み人形に仕立て上げた者、それら全てを絶対に殺すという折れる事のない意志。

 その為だけに血反吐を吐く思いをして鍛え上げてきた個性と戦闘能力……それらを見直して、今は模擬戦へと意識を切り替える。

 構えを取ると一輪は短く呟く。

 

「行きます」

 

 軽い言葉と共に、分厚いコンクリートで出来た床を陥没させる勢いで踏み込むと一足で30mは離れていたミルコの懐へと潜り込み鉄山靠(てつざんこう)を構えて放つ一輪。

 しかし対するはミルコ、オールマイトを除いたプロの中で、その突出した肉弾戦の強さはプロの中でも最上位に位置する。

 鉄山靠(てつざんこう)が当たる直前に跳躍し倒立の要領で一輪の頭部を掴み姿勢を維持すると返す刀で一輪の脳天に膝蹴りを叩き込もうとしてきた。

 ウサギの脚力を利用した蹴りなど喰らえばどうなるかは明白……故に喰らうわけにはいかない。

 咄嗟に雲をアーマーの様に纏い、それを一瞬でパージさせる事で弾丸の如き勢いを付けて360°全方向、全方位に握り拳程度の大きさの雲を撒き散らす。

 当然、ミルコが繰り出す攻撃も途中で中断せざるを得ない。

 回避に専念しているミルコ、しかしその動きは読みづらく、また……常に加減速を繰り返しており動きを注視して先読みしようとも読めない、そして何よりも……雲山を呼び出して応戦している現在、数えるのも馬鹿らしくなる無数の雲の拳の豪雨を完全に見切りながら一輪へと突進してくるミルコに……一輪は焦りを隠せない。

 

「くっ⁉︎ ぶっ飛べ‼︎ アーマーパージだ‼︎」

 

 再度雲で出来たアーマーを身に纏い即座にパージして吹き飛ばすが一瞬だけ、刹那の一瞬だけパージの際に視界を上に向けてしまう悪癖。

 そこを突かれて雲山の拳よりも速く……鳩尾にミルコの蹴りが突き刺さりそのまま蹴りが振り抜かれて壁際まで弾き飛ばされる。

 壁に強く叩きつけられて肺の中の空気が全て吐き出されて呼吸が詰まるが雲山に戦線を任せ一輪自身は急いで起きあがろうとしたが既にチェックではなくチェックメイトに持ち込まれていたらしい。

 雲山を潜り抜けて、壁へと叩きつけられている一輪の首のすぐ横の壁に刻まれる蹴り。

 空気を切り裂いて放たれたその蹴りは一輪に敗北を認めさせるに充分なものであり、また模擬戦の終わりを告げる一撃であった。

 

「自分でも理解してる悪癖はとっとと直せ、出なきゃ死ぬだけだ……一旦休憩とシャワーを浴びて来い……その後で反省会、そしたら再度模擬戦だ……今度は心の内も語ってもらいたい所だな、シャワールームはそこの扉を出て右手だ、ほれ行ってこい」

 

 模擬戦を一旦終了して互いにお辞儀をする2人。

 一輪は言われた通りにシャワールームを使用する為に一旦退出していった。

 それを見送って、一輪に聴こえないのを確認してからミルコは溜息混じりに呟く。

 

「地の底まで落っこちました……か……私にはどうにも荷が重い気がすんぞぉ? なぁ聖先輩よ……たくっ、面倒だがしゃーないか……先輩の頼みを請けない訳にもいかねぇし……しかし、本当に聖パイセンとこには行かなかったな……」

 

 ミルコは自身の学校の先輩であり、また格闘術の師匠でもある聖からお願いされていたのだ。

 私にあの子は救う事が出来ないかもしれないから……どうかよろしくお願いしますと。

 大恩がある聖先輩の頼みを無碍にする事も出来ず……請け負ったはいいものの想定以上に心の闇が重い。

 全然復讐を諦めてないし復讐にどっぷり浸かってる人間特有の、壊れて澱んだ、冷たい眼差しをしていた妹弟子に対してどうすればいいか思案するミルコ。

 同じ師を持つ者として……どうにかしてやりたいという気持ちはある……だが……。

 

「難しいって……おおよそ10年の間熟成されている復讐の気持ちをどうにかするのは……こんな難しい仕事を振ってきやがって……どうすりゃいいんだよ聖パイセンよ」

 

 誰に聞こえる事もなく……ミルコのため息と共に放たれたその言葉は広い空間に霧散していった。




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