中身がバレた日
何でもない日の、どうということもない夜。
俺は最近ハマっている戦国シミュレーションゲームを配信していた。
「あーこれ、勝ち確になっちゃったな……この手のシミュレーションって、後半になるほど逆転要素ないんだよね」
・わかる
・最初の敵を倒すのが一番面白いよね
九州の弱小大名から始めて大友・島津を倒し、東進を続けて畿内まで制した頃。武田家や織田家などの敵は残ってはいるが、国力差ですりつぶせるようになってしまうと、ある時ゲームを投げ出したくなる瞬間が来る。
「配信的にはどう?最後までやってほしい?」
コメント欄に問いかける。
配信者名「
金を取るためでもない、Vtuberでも顔出しでもない、個人で細々と趣味のゲームを垂れ流しているにしては、ずいぶん過大な評価をいただいている方だと思っている。
・どちらでも
・お任せするで
・消化試合は別にいいかな
・最後までやってほしい
・むしろここからが面白い派
・終わりが見えてるから次行ってほしい派
ぽつぽつと流れてくるコメントの中身は賛否両論といった感じだったが、突然妙なコメントが現れた。
・小金丸サキ:あの!すみません、もしかして先輩ですか?
「ん?」
・は?
・え、本物?
・何事ですか
・どういうことなの
その他諸々、コメント欄がわっと加速する。俺個人はいわゆる零細配信者であって、コラボなどお呼びお呼ばれする身分ではないし興味もない。流石に有名どころの名前ぐらいは概ね押さえているが、逆に言うと名前しか把握してないともいえる。俺の配信――というよりもゲームのアーカイブを残す行為は、究極的には自分のためであり、他人はどうでもいいからだ。
「その声は我が友……?いえ、寡聞にして存じませんが、おそらく人違いでは?」
とりあえずチャンネルを確認してみたが、なりすましではなく本人のようだ。接触してきた理由も、相手が誰であるかも、よくわからない。
・小金丸サキ:"空を浴びよう"とか、"黄金をみた波"とか分かりますか
「ちょっとすまんね」
だが、あまりに見覚えのある文字列を見た瞬間、とっさに配信からゲームの音声を消していた。
準備はすれど絶対に使うことは無いと思っていた、古いアコースティックギターを手に取る。
弦も調律も常に万全の状態、道具として不足はない。
「夏の盛りを過ぎて尚 そよぐ風の熱は変わらず
この狭い谷を吹き抜け こがねの穂をあまねく揺らす」
楽譜など不要だ、指が覚えている。
歌詞など不要だ、喉が覚えている。
朗々と、堂々と、音にのせて言葉を紡ぐ。
・!?
・うっま
・なんでゲーム配信だけしかやってねえんだよw
・草
・えっオリ曲!?
・小金丸サキ:やっぱり、先輩だ……フォローしてDMします!
「えー、この続きが分かる人は、出身学校が同じか、偶然ライブだけ聞いてたご家族の方のどちらかですね」
・分かるわけねえだろw
・小金丸サキ:波は続き波は続きあの山を越えてあの街を過ぎて
・マ?
・えっ
ものすごい速さで表示された続きの歌詞に、少し笑いが漏れる。
一度限りの文化祭ライブを録画しているような変人でない限り、この文字列を打てる該当者はほぼひとり。
すなわち、この歌詞を作った女である。
「意外と世界って狭いねえ」
・草
・マジで後輩?
・サキの先輩!?
・草
・歌枠配信もしてくれ
・むしろなんで今まで気づいてなかったんだよwww
視聴人数に対して分不相応なほどの勢いでコメントが流れていく。
「いやあ、今まで何度も言ってきた通り、私の配信目的って究極的にはゲームプレイ履歴のクラウド化なのよ。もちろん、これが全部吹っ飛んでも思い出が無くなるわけではないけど、振り返りたいときもあるから」
なので収益がどうこうとか考えもしないし、他人とのコラボもどうでもいいというスタンスだった。
ただ流石に、彼女に対しては一度くらい話をする必要はあるかもしれない。
それが配信上であるかどうかは別として。
デスクに転がしていたスマホが震える。
送られてきたDMには先ほど歌っていた"黄金をみた波"の歌詞全文が添付されており、「お久しぶりです(怒)」で結ばれていた。
「どうやって私を見つけたのかはよくわからんが……」
ギターを置いて、配信の音声を戻す。
衝撃で揺さぶられた思考をまとめるため、とりあえず美濃と尾張に主力軍団を進めた。
日本海側の水軍が育っていないので、北陸方面は守勢の構えである。
西では琉球や朝鮮との交易が動き、さらなる財を積み上げる。
・それはそう
・現実逃避すなw
・そういや出身の話とか聞いたことない、変に訛りも出ないし
・特に配信の宣伝もしてないぜ!でも徐々に数値は増えてるぜ!
片手で"空を浴びよう"の歌詞を打ちつつ、PC操作によどみはない。
「大人気Vtuberならともかく、場末の居酒屋の店主なんて出身地はいらないでしょ。
有難いことになんと固定客までついてどうにか4年目、やらせてもらってますが、周年記念とかもしたことないし」
それこそ視聴者0人でも映像を残し続けるつもりではあったが、コメントとのやり取りがあったほうが楽しいことは確かだ。3年間の間にじわじわと積み上げていった「いつもの」視聴者たちは、趣味の共有という一点において結ばれている。逆に言えば、俺個人のプライベートを切り売りする必要はないし、したこともない。
「えーDMが来ました、99.99%の確率で該当者1名です。マジかよ……」
・草
・草
・インターネッツってすげえ
結び文もなく、とりあえず歌詞全文だけを乗せて送り付ける。
回答は、一瞬だった。
・小金丸サキ:お話ししたいことがございます
・こわ
・ヒエッ
・告白でなければぶん殴られるやつ
「そうは言うけども。昔に進学先を違えただけの、一緒に音楽やってた後輩ってだけですよ」
DMに通話ソフトのアカウントIDが届く。
名義は「水無瀬結花」、その後輩の本名である。
99.99%が、いま100%になった。
なったのはいいが、仕事用アカウントとかあるだろうに、プライベート用を送ってくるんじゃない。
というかプライベート用アカウントでも本名で登録するんじゃない。
Vtuberのくせにネットリテラシーとかどうなってんだ?
「ちょっ……と待ってね。いったん枠立て直すわ。ゲーム配信でする話じゃなくなってきたし」
・了解
・通話を公開するんか!?
・地味に初コラボでは
・それどころか雑談枠すら見たことないぞ
・まあ、ゲーム配信する人だし...
・進学先が違うのか
「流石にここからの話は全部秘密ね、は視聴者側としてはひでぇでしょう。
かといって今ちょっとコンプラ上問題のある……聞いてんだろ! 仕事用アカウントを送ってこんかい! 万が一別人だったらどうするつもりだったんじゃい!」
・草
・草
・草
・やばすぎw
・小金丸サキ:すみません
そこで彼女のアカウントにモデレーター権限を与えて、配信を一度切る。
もう一度届いたDMには、「小金丸サキ」のアカウント名が記されていた。
「というわけで仕切り直しまして。なんと本チャンネル史上初のお客様は、あの大人気Vtuber、小金丸サキさんです!」
・意味不明が過ぎる
・うおお……?
・喜んでいいのか?
・分からん
「どうもこんばんは、小金丸サキと申します。……大人気Vtuberなのに、4年もの間、先輩に認知されていなかった可哀そうな後輩でございます」
涼やかで透き通る女性の声が、我がチャンネルから出力される。
かつて「清楚が形を取ったかのような」と称された美声は、通信越しゆえ少し変化を感じるものの、衰えというより洗練の向きが強い。
・草
・草
・刺していくスタイルw
彼女には告知の発信を止めてもらったので、チャットの流れは今までと同じくらいだ。
相手方のチャンネルならまだしも、自分のチャンネルに彼女のファンが大挙して押し寄せてくるのは、正直困る。
「まあ
同接数0人だった期間知ってる?1年と8か月だよ」
「えっ、そんなに長く!?」
「根本のところでは自分のためにやってる、趣味だからね。まあゲーム選びの参考に他人を使わせていただくことはあったけども」
「なるほどー。先ほどチラッと見たんですけど、歌枠をやったことがないって本当ですか?」
「ああ。作詞家がいないのにメロディーだけ作っても仕方ないでしょ」
「……先輩……!」
・サキさん、メッキ剥がれるのはやない???
・自己紹介の時と声色変わりすぎw
・ほんまに親しかったんやろなというのは伝わる
・この後輩を4年間無視してたってマ?
・サキさんが作詞担当なのか
コメントを見たのか、後輩の声が急に不満の色を帯びた。
「そうですよ先輩! 百歩譲って僕の進学先を変えさせたのはいいとして、なんで配信してるって言ってくれなかったんですか!?」
「いや、だから個人でやってる趣味なんだって。しかもお前、別にゲームとか興味ある方じゃなかっただろ。すべてのエネルギーを音楽に注いでて、はたから見ると不安で仕方なかったぞ」
「それは……確かに……ゲームとかやりだしたのは配信始めてからだけど……」
・音楽少女だったのか
・サキさんはマジで歌上手いぞ
・Vtuberがメジャーデビューしたんじゃなくて、メジャーデビューした人がVtuberしてる
・すげー
・というか何で進学先を別にした、いやさせたんだ?
「あーそれね。俺が良さそうだなーと思って行った先がめちゃくちゃこう……男子校のノリでさ。
床に2人寝かせて、股間に本置いてAV見せてどっちが先に本を落とすか、とか。
喧嘩っ早い連中が喧嘩して眼鏡割って停学処分とか。
授業中に教師にバレないように紙飛行機が飛び交ってたりとか。
どう考えても、この清楚な後輩の教育には絶対よくない場所だったんですよ」
「えっ初耳ですけど……」
・草
・草
・説明してやれよw
・それは確かに教育に良くない
・言動から察するに共学だよね
「共学ですよ。共学でコレなんで、そりゃあさ、この……見るからにスレてない、音楽一筋の少女を投入するのは憚られたわけで」
「言ってくださいよ! そしたら少しは納得したのに!」
「言っただろ! なんなら履歴も残ってるぞ!」
「清楚な後輩のほうです! 僕、一度も言ってもらったことありませんよ! 今日初めて聞きました!」
そっちかよ。
チャット欄では草が飛び交い、およそ俺が自分のチャンネルで見たことのないような爆速で文字列が流れている。
「いや逆に自分のことを何だと思ってたんだよ」
「本当に清楚な人は自分のことを自分で清楚とは言ったりしないんですー。他人から言われるから価値があるんですー」
「まあ今のお前はどう見ても清楚ではないが……」
・仲が良いのは分かった
・今なら声だけで先輩判定したのも分かる気がする
「ほら、コメント欄からも来てますよ! 僕は声だけでちゃんと先輩だって当てましたけど?」
「俺はお前の声をまともに聞いてないのに分かるわけないだろ」
この後もぎゃあぎゃあと言い合いが続いたが、結局、今度の土曜日に後輩の実家でオフコラボをすることになった。どうやら彼女は実家勢らしく、何ならVtuber御殿というか、防音室を含めて大幅リフォームしたらしい。収入に問題が無さそうで何よりだが、俺の錆び付いた腕前が彼女の歌唱力についていけるかは、少し怪しい。以後の配信予定を取りやめて、再練習に時間をかけるしかないだろう。