後輩は大人気VTuber   作:高宮 八郎

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先駆者様は偉大。


怪鳥の折れた翼

ある週の、日曜日。

俺は防音室に籠って、ひとりキーボードと闘っていた。

 

「天に舞い踊る、猛き――くっ……」

 

運指が乱れ、外れた音がヘッドホンから出力される。

キーボードから手を放して、天を仰いだ。

 

「なんつー曲を作ったんだよ……昔の俺」

 

寝る間も惜しんで、という言葉がある。

早死にした漫画家たちの睡眠時間の逸話を聞いてから、どんなコンディションでも睡眠時間だけは確保するようにしていた。実際に眠れていたかは、別として。

 

昼間の仕事で疲弊した後の状態で、配信を行うには、体力が必要だ。

労働、配信、休養、そしてまた労働。合間に体力づくりの時間を割くとなれば、通勤部分で歩く距離を増やしたり、配信しない日を設けてそこで運動をする必要があった。

 

1日は、24時間しかない。

ここから労働など必要な時間を差し引いた、まさしく余暇が、己の価値を決める。

何かのために1時間の時間を確保すれば、他の何かが1時間分犠牲になる。

 

そうして少しずつ、削られていったのが音楽の時間だった。

俺は今、その代償を支払わされている。

 

"深緑の怪鳥"は、昔の俺が作った曲の中で、一番演奏が難しい曲だ。

歌の部分はさほど珍しくもない、二つの音によるハーモニーなので問題ない。

 

ただ演奏部分が今の俺に言わせれば「複雑怪奇」で、いかにも子供が作りましたみたいな、人類の限界に挑戦したようなグチャグチャの楽譜になっている。俺はそれを、なんとか普通のミュージシャンでも弾けるような、常識的な楽譜に直そうとしていた。

 

「ここの部分はもうちょっと簡略化できそうだな?」

 

今ある楽譜を見渡して、修正すべき個所を新たな五線譜に記していく。……というか、直さなくても良い個所がほとんど無いので、実質新曲を作っているのとあまり変わらない気持ちだ。

エッセンスは残しながら、少しずつ難解な個所を削っていき、試しに弾く。弾いては書き直し、書き直しては弾き。途中で思い立って最初から弾き直すと、もっとこっちのほうがいいのでは、と別案を思いつき。

 

俺は曲の修正に取り掛かってから、配信活動すらも一時的に削っている。錆落としの集大成、"深緑の怪鳥"さえリミックスが終われば、俺はあの頃の自分に戻れる気がしていた。

もちろん技術の話である。

 

「……今日はこの辺にしとくか」

 

鳴り響くタイマーが、俺を現実に引き戻す。

スマホを見ると、水無瀬からの連絡が数件入っていた。

 

■GS_小金丸サキ

 今いいですか?

 

 ・・・ダメそうですね、あとで連絡ください


◆GS_重稲銀輔

 どうした?


■GS_小金丸サキ

 返事が遅すぎですよ!また曲触ってたんでしょう!


◆GS_重稲銀輔

 まあそうだが


■GS_小金丸サキ

 お昼を一緒にどうかなと思ったんですが、さすがに4時間は待てないので、先に食べちゃいました。


◆GS_重稲銀輔

 え、こっちまで来るつもりだったの


■GS_小金丸サキ

 他の用事のついでです!もう帰ってますよ!


◆GS_重稲銀輔

 反応できなくて悪かったな、ちょっと猛禽類と格闘してて


■GS_小金丸サキ

 怪鳥ですか


◆GS_重稲銀輔

 そう。あとはアレだけリミックスすれば、全部終わり


■GS_小金丸サキ

 かなり前から取り掛かってた気がしますけど!?


◆GS_重稲銀輔

 当時の俺を何発か殴ってやりたいぐらいだ。全然進まん


■GS_小金丸サキ

 そこまで言わなくても。あれ弾いてる先輩、とってもかっこよかったですよ


◆GS_重稲銀輔

 そりゃどうも。でもこういう独りよがりな超絶技巧は、今の俺には合わない


■GS_小金丸サキ

 僕はちゃんと練習すれば、先輩ならちゃんと弾ける気がしますけどね!


◆GS_重稲銀輔

 まあ十分時間をかければギリ可能かもだが、単純にやりたくない。疲れる


■GS_小金丸サキ

 疲れるのはそうですね、最初か最後にしたい曲です


◆GS_重稲銀輔

 他人事みたいに言ってるが、キーボードだけ直してドラムがそのままな訳ないぞ


■GS_小金丸サキ

 えっ覚え直しですか?あれを!?


◆GS_重稲銀輔

 だから今簡単にしてるって


■GS_小金丸サキ

 お、お願いしますね…?

 

深呼吸を何度かして、軽くストレッチ。

今日は気力が切れてしまったので、切り上げることにする。

ABC-ABC-DCCのD前まで来ているのだが、ここからが難産でなかなか進まない。

 

当時の俺が書きなぐった滅茶苦茶な音の乱舞から、外してはいけない音だけを残して研磨する。

言葉にすればとても単純なことだが、実際の作業は2週間ほど停滞している。

 

まあ、世の音楽家がどの位のスパンで作曲しているのか知らないので、このくらいは日常的にあり得る話なのかもしれないが、仕事もあり配信を削っている身としては、一刻も早く完成させたい。この焦りが更に泥沼にはまり込む原因であることが分かっていても。

 

 

 

 

翌週の日曜日、ちゃんと今度はアポイントメントを取ってきた水無瀬が、俺の家を襲撃してきた。

 

「現状を見せてください!」

 

俺が楽譜を鞄に詰め込むや否や、よそ行きの服を着る間もなく拉致され、彼女の実家に連れてこられた。

 

「あら、久しぶり!」

 

「ご無沙汰してます」

 

家にいた水無瀬の母親と、軽く現況を交換する。俺が配信者もしていると聞くと、ひとしきり驚いた後に、娘に何やら耳打ちしていた。娘はとってもニコニコしていたので、ろくでもないことなのは間違いなさそうである。

 

礼儀も社交辞令もなんのその、水無瀬は俺の腕をひっつかんで、強引に配信室に連行する。

 

「配信は勘弁してくれよ」

 

「流石の僕も作曲中の曲を全世界に公開したりしません! ……で、どこが詰まってるんです?」

 

「天に舞い踊る~のところ」

 

「え、もうほとんど完成じゃないですか!」

 

サビは転調や多少のアレンジがあっても基本は使いまわしなので、実際ほぼ完成しているといえば、完成している。昔の俺の残り火がまだ燻っていて、邪魔をしているだけなのかもしれない。

 

「まあちょっと最初から弾いてみる。歌はわざと変えてない」

 

「変える時間が無かっただけでは? あったら多分変えてますよね」

 

「そうとも言う」

 

己の技巧を聴衆に誇るかのような、若さと傲慢さに満ち溢れていた"深緑の怪鳥"。

あえて言葉に起こすならば、強者たる怪鳥の傲慢さはそのままに、若さ――勢いで突っ走っていた部分を取り払い、落ち着き払った老練さに変換することを目指していた。

 

該当の箇所まで、軽く歌いながらスムーズに演奏していく。

水無瀬も当然のようにノールックで歌詞を口ずさみながら、俺の歌についてくる。

 

あえてD前から原曲のままの音を奏でて――当然のように、音を間違えてガタガタになった。

 

「忙しすぎるんだよここ。本来急ぐ場所じゃないのに」

 

「まあ確かに、普通の曲なら溜めの箇所ですよね。でも、だからこそ"怪鳥"は"怪鳥"たりえたんじゃないんですか?」

 

「そういう気持ちもある。だからなかなか……どうしたものか……」

 

ああでもない、こうでもないと言い合いながら、音程を変え音数を変えて幾つものパターンを試す。ドラム用の楽譜も彼女に渡してアンサンブルを繰り返し、そちら側もさらにブラッシュアップしていく。

 

「こうです! 翼の……こんな感じで……」

 

「なるほど?」

 

難易度を落としつつ、威厳を損なわず。

作曲担当でない彼女だからこそ見えるものから、新たなメロディーやリズムが生まれる。

それを俺が調節して、全体との調和を崩さないよう整える。

 

案の定、そんな作業が数時間どころか一日あっても終わるわけがない。

 

日が落ちる頃には、自営業の水無瀬父も帰ってきて、また母親の時と同じようなやり取り。

どこまでが冗談でどこまでが本気なのか分からないが、今日は泊まっていけば、などという言葉さえ出てきた。翌日は仕事なのでと丁重に辞退して、水無瀬に家まで送ってもらう。

 

(下手なことを口走ったかもしれない)

 

翌日が仕事でなければいいんだね! と解釈が飛躍して、金土あたりにまた狙われるかもしれない。十分ありえる恐ろしい未来像を、俺は考えないようにした。

 

「先輩、配信は楽しいですか?」

 

帰りの車の中で、水無瀬がそんなことを聞いてくる。

 

「そりゃあ、楽しくなければ4年も続かないよ。俺はもう配信のことを副業というか、もうひとつの本業くらいに思ってるけど、やっぱり仕事は楽しくやらなきゃ」

 

「よかったぁ……」

 

絞りだすような、安堵の響き。しばらくの沈黙が続き、彼女は普段の元気がどこに行ったのかというような、小さな声で続けた。

 

「僕、ずっと不安だったんです。先輩に迷惑なことしたかなって」

 

「まあ、割と迷惑だったよ」

 

「ええ!?」

 

「そりゃあ当然だろ……細々と場末の居酒屋やってた店長を、いきなり全国チェーンの居酒屋の、しかも有名店に放り出して、今日からお前店長な、って言われて迷惑じゃないわけあるか」

 

「……すみません」

 

「謝るんじゃないよ。嬉しくもあったさ」

 

目を閉じて、視界から入る情報をシャットアウトする。

 

「音楽は俺の中で、もう美しい思い出になりかけてた。楽器を弾くこともほとんどやめて、ちょっとカラオケが上手いだけの、ちょっとゲームができるだけの、平凡な会社員で生きていくもんだと、思ってた」

 

「…………」

 

「それをお前が、無理矢理引きずり出した。だから……だから。とても感謝してるんだ。だからこそ妥協はしたくない。何年かかってもいい。"怪鳥"以外はもう世の中に出せるかもしれないけど、"怪鳥"だけは……満足が行くまで、直し続けたい」

 

二人で最後に作った、音楽生活卒業のための曲。今あるありったけの技巧をそそぎ込んだ、幼さと、無謀さと、青春と、様々なものが詰まっている曲。どれほどの時間をかけてでも、この曲だけは。最高の己と、最高の彼女が出せる最大限のクオリティで出すべきだ。

 

「……わかりました。でも、無理はしないでください。それと……」

 

「ん?」

 

「"怪鳥"以外はもう大丈夫なんですね?」

 

「? ああ、ちゃんと再練習したが」

 

不思議に思って目を開けると、目の前は赤信号で。

水無瀬に視線をやれば、嬉しさが爆発する三秒前、ぐらいの顔をしていた。

三秒後。

 

「やったーーーー!!」

 

隣の車線の助手席にいた人が、何事かとこちらを見やる。

俺は片手を挙げて謝意を示すと、そのまま水無瀬の左腕にチョップをかました。

 

「ほら青、青になったぞ」

 

「あっ、はい!」

 

表面上は取り繕って運転を再開しているが、口の端がニヤついているのを隠せていない。

 

「で、何なの」

 

「ふっふっふ。練習が終わったということは……先輩もついに、CDデビューするということです!」

 

「は?」

 

「僕のパワーで、まずは1曲出すんです! 別に売れなくても大丈夫。そうなったら一般化路線は諦めて、普通のVTuberみたいに、オンラインで公開するのと同時にダウンロード販売すればいいだけですから」

 

「ええ……」

 

言っていることは分かる。世の中は意外とコネで回っているし、何ならグレートスターズへの所属も含め、俺はいくつも要所でそうした縁故を頼りに生きてきた節もある。

ただ。

 

「普通にソロで活動してた女がいきなり男と組んで曲出しても大丈夫なのか?」

 

「事と次第によっては大丈夫じゃないんですが……まあ、僕の師匠だって言えば、納得してくれますよ」

 

「どんだけあるんだよお前のネームバリューは」

 

インターネット上で生きている人間はともかく、一般のお茶の間にそうした事情が届くのか、届いたとて理解されるのか。

 

「ネームバリューはあんまりないです! でも、だからこそ、別に味変したんだな、ぐらいであまり気にされません。前例をいくつか見てるので、大丈夫です!」

 

「あー……」

 

いっそ国民的アイドルだとか、超有名歌手まで来てしまえば、そうした問題も起きるのだろうが。いくらCDを出しているといっても、国内市場全体で見れば、小金丸サキの知名度はさして高くない。

 

「意外とお前も考えてるんだな」

 

「意外とは余計です! ちゃんと考えてますよ!」

 

「本当か……?」

 

「今日の先輩は結構失礼ですね! ここで放り出してもいいんですよ!?」

 

普段通りの、騒がしいやり取り。

できるならば、叶うならば、いつまでもこのような関係でありたいと思った。

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