水無瀬と力を合わせれば、すぐにでもあの曲は完成するだろう。
そうした仮定をぶち壊したのは、マネージャーさんからかかってきた一通の電話だった。
「え? 私がですか?」
「はい。権藤さんが毎回、運営側から招待されているのはご存じだと思いますが……重稲さんも、参加してみませんか」
米国発の、リボーンというゲームがある。
元々は、殺人で捕まっていた男が刑期を終えて刑務所から出てきた後、アメリカのある町を舞台に、車で暴走したり警官とやりあったり戦闘機に乗ってミサイルを撃ったりするゲームだ。
このゲームの熱心な信者が、オンラインゲームを名乗れるほどの巨大なMODを作り、それが廻り廻って日本にも到達。有志が設立するサーバーがいくつも乱立する時代が続いたが、やがて人々の関心はひとつの巨大なサーバーに集約されていった。
ストリーマーリボーン。通称ストリボと呼ばれる世界である。参加できるのが配信可能な人間かつ一定規模以上のチャンネル管理者のみという点で、人口の爆発を抑制し、最低限のマナー違反行為の抑止力ともしている。全員が配信を行っているということは、自分自身の行いは自分の配信だけでなく多数の他者の視点からも全世界に公開されているので、サーバー内の社会秩序をむやみに乱す行為はすぐさま大炎上する。
このサーバーは、様々なバランス調整を施しながら、1か月、1週間、10日間など、一定期間の限定開放を行っている場所だ。おおよそ1年に1回程度開催され、その度に数々のドラマを生み出してきた。権藤さんはこのストリボの常連で、場慣れしており実績も凄まじく、毎回のように招待されているらしい。
元々そこそこ程度の配信者であった権藤さんの人気を跳ね上げ、人物像までもを確たるものとしたのが、このストリボシリーズだった。行動力や運営への発信力、他者の配信への配慮、銃撃戦やカーチェイスの上手さ、恋愛ロールプレイなど、「今回の権藤は何をするんだろう」という期待から、普段の権藤さんは見ないがストリボ配信だけは見る、という視聴者も多い。
「…………ちょっと考えさせてください、1分だけで良いので」
「そんなに急がなくても、回答は明日までで大丈夫です」
「いえ、こちら側が大丈夫じゃないんですよ」
権藤さんのようにここで開花した配信者は――――実はいうほど多くはない。埋もれていた原石が掘り当てられた場合、とんでもなく爆発的な伸びを見せるものの、過半数の中小配信者は玉石混交のうちの石であるため、大して伸びずそのまま、というケースのほうが多い。
それでも夢を見てストリボに参加したい、あるいは有名なあの人と話してみたい、と思う配信者は後を絶たない。問題は……参加した場合、"怪鳥"の修正が後回しになることだ。
このサーバーは期間有かつサーバー開放時間も限られているため、期間中はその配信にかかりきりになる。休息や裏での打ち合わせの時間も考えれば、ほとんど余暇は無い。
「……今回は何日間なんですか?」
「2週間と聞いていますね」
感覚としては、短くはないが長すぎもしない、くらいの期間だろうか。サーバーを盛り上げるためには、大物配信者数十人のスケジュールを週単位で押さえなければならないため、どれほど視聴者が望んでも物理的に1年に1度しか開催しようが無い。
(水無瀬のことも考えれば、逆にいま直さない方がいいか?)
水無瀬は最近露骨にスキンシップが増えてだいぶお浮かれモードであり、ハッキリ言って能力の100%を引き出せる状態ではない。この状態でレコーディング作業やリミックス作業をしても、変なものが出来上がる可能性は結構ある。
逡巡は、わずかだった。
「分かりました。参加します」
「えーそういうわけで、今回のストリボに参加させていただくことになりました」
・まじで!?
・やるじゃん!
・期待
・箱の威光は存分に使わなきゃね
・何する予定?
・権藤もここで弾けたしな
「役職希望は既に提出していて、通りました。まあそれ以前の問題がいくつかあるんですけどまず……私はバニラ状態のリボーンすらやったことないんですよね」
・シゲさんからは遠いゲームだよな
・まあ何とかなる
・だいたいRPGとかSLGだもんな
・今まで未プレイ者もいっぱいいるからへーきへーき
・何ならリスナーのが詳しいまであるか?
「私も視聴者の一人だったので、視聴者としては最低限の知識はあるんですが。参加者となると当然勝手は違いますし、実は裏で相当量の連絡が飛び交っているようですね、座学なんかも含めて。仕様が毎回変わるうえにアップデートでさらに手を入れるので、情報共有は命です」
・ほーー
・話には聞いたことはある
・ほな餓死はせえへんか
・いや餓死は新規さんの通過儀礼だからいずれやらかすぞ
・シゲさんは手元にアラームあるから・・・
・ノートといい電卓といい、アナログアイテム好きよね
「アナログアイテムが好きなのは、机上がいわばもう一つの画面として使えるからですね。しかも視聴者さんには絶対見えない。……それはともかく、今回の私の目標はなんと! 炎上回避です」
・草
・草
・草
・大物多いもんなwww
・草
・それは職業じゃねーんだわ
「いえいえ、職業柄大事ですよ。今回私はガソリンスタンド組合に入るつもりなので」
ガソリンスタンド組合は、舞台となる町のガソリンスタンドに燃料を供給する重要な役割。港につけたタンカーからタンクローリーでGSまでひたすら燃料を運ぶ、ラストワンマイルのお仕事だ。
なお、恐ろしいことにバーチャルアメリカでは給料は固定給+歩合制である。
そもそも架空企業ですらなく組合を名乗っているあたりも突っ込みどころなのだが。
・そっちかよw
・炎上(物理)
・爆発炎上の方の炎上か
・タンクローリー耐久度無くなると爆発するからな・・・
・初参加なのに難しそうな車運転すんの大丈夫?
「車の運転難易度も含めて検討した結果ですね。鈍重な車ならどうしても慎重運転にならざるを得ないので。これが警察や救急隊だと最初からかっ飛ばせるんですが、とんでもなく事故りそうです。別に撮れ高になるのは良いんですが……救急隊はともかく警察は荒れがちなので、初回参加になる今回は見送りました」
・なるほど
・警察とギャングはなんかあるとすーぐ荒れるからな
・鳩が飛びまくるのも警察の特徴
・ギャングもめっちゃ飛ぶぞ
・なんならどの職でも飛ぶぞ
全員が配信者で、総合計するととんでもない数の視聴者が集まる以上、暴言コメントや鳩行為は避けようがない。避けようがないが、そういうものが集中しがちな役職を避け、ひたすらひとりでファームに徹することのできる仕事を選んだ。これでもなお鳩が飛んでくるのだから、すごい世界である。
「まあ、ガソリンスタンド組合はなんやかんや手が空きがちなので、何か副業をするとは思いますが……そこは何も考えてないです。出会い次第、展開次第ですかね。町に慣れてから考えます」
・手すきの救急隊員とかがよくやってるイメージ
・半グレがやってたりもする
・半グレの資金源になる燃料輸送事業か……
・字面にすると草生えるな
・日本語の"半グレ"という単語が良くないw
・薬売る人もたまにいますね
輸送作業だけでそこそこ稼げるうえ、後半の通貨インフレに合わせて報酬も上昇していくため、なんやかんや副業として選ぶ人もいなくはない。額だけで言うと普通の犯罪のほうが稼げるので、かなり少数派だが。
「流石にですねぇ、警察とかギャングとかの大舞台の主役をいきなりやるのは……いや、普段の私ならやったかもしれないんですけどもね、今はちょっと」
・うん?
・別にやればいいと思うけどね
・何かあるのか
・お?
「最近のサキの配信を見ている視聴者さんは居ますかね?」
・あー
・見てない
・なんか全体的にテンション高いよな
・躁状態って感じ
・わかる
・見ててちょっと不安になる
「あれはですねえ……今度私のCDデビューが決まったからなんですね」
マネージャーさんから許可は得ている。
新情報を、ここでぶち込む。
・マジか
・CD!?!?!?!?!?
・は???
・おめでとう
・CD?????
・マ?
・おめでとう
・そりゃ無理もない
・先輩が大好きなのを隠そうともしてないよなw
・それでよくユニコーン共に燃やされてないな?
・サキのファンは概ね、サキの執念にドン引いてるから・・・
・嫉妬とかよりも怖いが先に立つ
「いやまあコーラスに参加しただけで、正直に言うとCDデビューと呼ぶのはおこがましいんですが。バーチャルアーティスト小金丸サキの新曲、"やまびこの夢"、来月20日にリリース予定です」
・それでもすげえよ
・2人で歌う曲も今後出すってこと??
・ずっと修正作業してたのがやっと終わったのか
・これで配信頻度は元に戻る?
・新曲作るなら結局頻度落ちたままじゃないの?
・しばらくは遺産があるでしょ
・遺産(自分の)
「今後がどうなるかは私にも何とも言えません。全然売れなかった場合や期待値に満たなかった場合、重稲銀輔の曲はもう無しね、と言われる可能性だってあるわけですから。まあ、その場合でも作った全曲をインターネット上で公開はするつもりです。販売はしないかもしれません」
・把握
・おk
・了解です
・黄金をみた波はどうなったんだ
「黄金をみた波は後回しにされています。というのも言えない事情が色々あって、まあ……そうですね。確たることを何も言えない状態です」
その後もコメントに出せる限りの情報を渡しながら、配信を終えた。
ゲームはダウンロード済み、MODも適用済み、通話ソフトの共用チャンネルにも参加済み。
単なる大型コラボレーションと呼ぶよりも、あの世界に相応しい呼び名がひとつだけある。