ピストン輸送地獄を脱出した俺を待っていたのは、また輸送任務だった。
燃料を運び、農作物を運び、金属や布を運ぶ。ヘリと車両を使い分け、ガソリンスタンドに、スーパーマーケットに、必要な物資を送り続ける。
指揮を取っていた権藤さんが(撃ち合いに比べれば)不慣れなこともあり、旗振りを炎心さんに任せるようになってからようやく安定し始めた。
ただ、その頃には、もう終盤に突入していた。各組織は既に人員を固め終え経験も重ねている。今から割り込む余地は正直無いだろう。
俺は結局まともな車もヘリも何一つ自分で買うタイミングは無く、しかもまとまった稼ぎで無く小銭ばかりが積みあがる有様だった。
『途中から炎心さんに任せて正解だったぜ。まじでありがとう』
『なんのこれしき。拙僧の言葉には場数と人気の持つ重みがありませぬ。時には虎の威が必要なこともありまするぞ』
『まあ、そうかもな。重稲もありがとな』
『有難いと本当に思っているなら、そろそろスーパー店員を辞めたいんですけどもね、権藤さん』
『おいおい無茶言うな。むしろここからが本番だぞ。残り4日、ギャングどもがラストスパートとばかりに大型ミッションを繰り返しまくるからな』
『金属供給はもう陸路で十分賄えるでしょうに』
『ああ。アーマーの素材も見直してもらったおかげで大丈夫だとは思うが……どうもな』
『何か不安でもありますか?』
『こうやって万全だと思っている時ほど変なところで足元をすくわれるんだよ。動かせる予備の人員は捕まえておきたい』
その気持ちは、理解できなくもない。
『まあ……言いたいことは分かります。それに、実際もう別の組織には行けないでしょうね、人員固まってるでしょうから』
『じゃあ辞めなくていいだろ』
『権藤さんからの無茶振りがないなら喜んでそうするんですけどね』
『はっはっは、権藤殿、あまり後輩をいじめるものではございませぬぞ』
『いじめてはねえ……ねえよな、多分。大体重稲が形態切り替えを使いこなすのが悪い』
サーバー参加者の中には、交流をメインにしに来た、あまりゲームが得意でない人もいる。毎度のことだが、スーパー店員や飲食店のような激しいアクションを伴わない仕事は、彼ら彼女らがよく集いがちになる。
俺がティルトローター機の本懐、ヘリ形態と飛行機形態の切り替えをすぐに覚えてしまったのがまずかったのだろうか。輸送効率が爆上がりになってしまい、7日目ぐらいまでは弱小球団もかくやというほど怒涛の勢いで酷使させられた。これはどちらかというと、鉱山がスーパーよりはるか遠く、かつ山道を抜けた奥にある事のほうが悪い気がするが。
"【酷使無双】重稲銀輔、1日100往復"みたいな切り抜きは作られたものの、それらはバーチャルアメリカ全体で見れば、些細なこと。
俺だけに限って言えば、さしたる盛り上がりもバズりもなく、あっけなく最終日を迎えた。
『重稲、いるかー?』
最終日が始まって、1時間ぐらい経った頃。
唐突に権藤さんから呼びかけがあった。
『居ますよ、どうしました?』
『もう少ししたらスーパーと飲食の有志で武装して、スーパーを閉鎖して立てこもるんだが、参加するか?』
昔、どこかの配信で見たような話だ。あれは大型ミッションだったかもしれないが。
『やめておきますよ。俺は念願のマイカーで峠を攻めに行くので』
『お、マジか。頑張れよ』
いずれにしても、参加するつもりは無い。
相対的にゲーム上手が集まっているギャングですら、ともすれば大人数での対人戦はグダグダになりがち。ゲーム慣れしてない人間を集めてそれをやろうとすれば、結果――はともかく、過程は火を見るより明らかである。
配信者が最も恐れるのは、配信がグダること。無意味な長い沈黙、揃わない足並みの共同作業、いつまで経っても始まらない本題、それらを配信映えに変換できない拙さの露呈。
俺はこの13日間、ほぼ輸送マシンに徹することで、輸送マシンが見たい人のみを集めてきた。別に弾丸輸送が見たくない人は、視聴を止めてもらって構わない、ぐらいの割り切りでいた。ただし、ひたすらに同じ絵面が続く配信は、作業用BGMを求めている人ぐらいにしか需要がない。
(需要は小さいが、アピールはできた。全く無関係だった人に切り抜いてもらえた)
なので最終日は、俺だけでもできて、かつ俺のやりたいことをやらせてもらう。
なけなしの小銭をぶち込んで、SUVを買う。
残ったお金で可能な限りのカスタムを施してもらい、トランクには供給者特権を活かして一斗缶を山ほど積み込んだ。
俺がこれから攻めるのは、この街で一番高い山。
ヘリで行けば簡単に山頂へ到着できるのだが、別にそんなことをしても面白くないので、陸路で道なき道をえっちらおっちらと登る予定だ。
「それでは、発進します」
・登山かあ
・速い車の経験値ゼロでは???
・遅い車とヘリしか運転してねえよな
・滑落しそう
・まあ滑落も味よ
「絶対どこかで落ちると思うんですよね」
・草
・草
・自覚はあるのかw
市街地を抜け、低い山々の地帯に入る。
ここにはまだアスファルトの路面が通っており、走行に支障はない。
「山頂には神社があったりパン屋があったりガンショップがあったりするそうです。街によって異なるらしいですが、今回は何でしょうね」
・何だろうなー(棒)
・ヘリで上空を何十回も通ってるんだよなあ
・途中から飛行形態も使いこなしていたので余計に・・・
低山地帯を抜けると、砂利道の続くエリアだ。
ここから本格的に登山の様相を呈し、一歩間違えれば麓まで真っ逆さまである。
「慎重に行きましょう、慎重に。余談ですが、調べたところこの車、ブレーキの利きが良くない方らしいです」
・おいw
・わざわざそんな車を選ぶな
・ブレーキもカスタムしたから平気平気
「だって見た目が良かったんですもの。なーんにも使ってないので予算は潤沢に……おっと」
デスクの上のアラームが鳴ったので、かけ直してから飲食物を使う。
・便利
・便利だが別にPC上でやればよくない
・ルール上大丈夫?
・お、初見か?
「ルール上は問題ないですねえ。*1だって配信に載せないアラームが鳴ってても、視聴者さんは分からない訳ですし、じゃあ定期的に飯・水の指示コメが湧くのも同じじゃないかと言われれば、役割としては同じですよね。善意でやられてても邪魔なものは邪魔ですが」
・この日までずっと使ってるんだよなあ
・指示、指摘コメまじうざい
・NGワードを万端に準備してもこれだからな
・まあNGワードのおかげでだいぶ快適ではあった
"しないの?"とか"したら?"とか"忘れてるよ"などのワードを途中で片端からNGにぶち込んだので、コメントの質はだいぶ向上した。本気で統制するつもりなら、チャンネル登録後の期間で足切りすればいいのだが、俺だって集客できるなら集客したいので、それは最後の手段だ。
「今まで一応道がありましたが……ここからはもうなんか普通に登山ですね」
ついに砂利道すら途切れ、植物の姿がまばらになる。
やがて岩と雪だけが支配する領域までたどり着くと、本格的に道が無くなった。
辛うじて道として使える尾根や平らな部分を使い、少しずつ登っていく。
「平らな道ならどれほど狭かろうがちょん押しの繰り返しで行けるんですけどねえ、坂道だとそれじゃ押し戻されるので――あっぶね」
・うわ
・セーフ
・あぶねえw
・やはり速い車は無理だったか
崖から転落しそうになるも、どうにか踏みとどまる。
慎重にバックして順路に戻り、また登る。
「今のは危険でしたねえ。一応反対側からも登る手立て自体はあるらしいんですが……定番?なのはこっちのルートらしいです」
おろしたての慣れない車で四苦八苦し。
途中、何度か深呼吸を入れてはコメント欄に草を生やされ。
どうにかこうにか、世界一高い山の頂にある神社までたどり着いた。
「到着~! 今回は神社のようですね」
・お疲れ
・知ってた
・とっくに判明してるんだよなあ
・おつ
足元は見渡す限り雪と岩ばかりだが、遠く南には我々の働いていた街並みが見える。
「流石に景色は良いですね」
・おー
・何度見てもいい
・夜景バージョンもきれいだぞ
・夜景なら天文台のほうがよさげだけど
「さて……記念撮影でもしますか」
スマホカメラ(ゲーム内)を起動し、神社を写真に収める。
自撮り?そんな今時の若い者じゃあるまいし、やらないやらない。
・草
・神社だけw
・自撮りしないのかよw
「ま、これが重稲らしさということで。希望すれば画像はサーバーの外に持ち出せるらしいですが……」
今まで撮ってきた画像は、ヘリ(大型)だの権藤さん(顔写真用)だの炎心さん(顔写真用)だの、まあ感性をかけらも感じない無機質なものばかり。そもそも、重稲銀輔にそれを期待するのが間違っている。が、後から振り返りたいときに、流石に自キャラクターの顔が無いのはまずいだろうか。そう思って、遠く映る街を背景に、自撮りを1枚。
「盛り上がりには欠けますが、それもまた私らしさでしょうか。ここから、今更やることもないですし、今日はこの辺でお終いにします」
・マジか
・まだ時間めっちゃあるぞw
・しかしここから降りてとなると面倒は面倒
・やる事ないから山行ってた訳だしな
・今からでも立てこもりに参加するとか?
「皆様、長期間・長時間お付き合いいただき、ありがとうございました。重稲銀輔の労働譚はここで幕とします。次回からは平常運転に戻りますので、明日の配信はありません。ご注意ください。それでは、お疲れさまでした」
最初は話数が稼げるかな、ぐらいの軽い気持ちだったんですが想像以上にこの3話は難産でした。誰も手を出さない理由が分かった気がします。