後輩は大人気VTuber   作:高宮 八郎

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情熱

この2週間、俺はぶっ通しでゲーム配信を続けていた。

しかし内心で一番気にしていたのは、様子のおかしい後輩でも、コメント欄の荒れ具合でも同接の増減でもなく、人生初のCD発売だった。

 

発売日が近づくにつれて、俺は後輩のことを笑えないぐらい精神的に不安定になっている。よって、バッサリと配信を休みにすることにした。

 

"配信回数調整のため、月末まで配信をお休みします。探さないでください"

 

発売が20日、発売後1週間の売上枚数を指す「初動」が確定するのが27日。一般的には、この初動が人気や実力の目安とされる。期間中平静でいられる自信はなかったので、もういっそ最初から何もアウトプットをしないことにする。

 

 

SNSへの投稿に反応して、配信外ですぐさま通話をかけてきたのは、権藤さんだった。

 

「重稲、大丈夫なのか!?」

 

「ええ、体は問題ないんです。ただ流石にCDデビューとなると平常心が保てなくてですね」

 

「あぁ……なるほどな。びっくりしたぜ。ストリボ配信がこたえたのかと思ってな」

 

「すみません、誤解させてしまったようで。まあ視聴者さんはそう受け取るでしょうから、ある意味都合がよかったというべきですかね」

 

「そんぐらい軽口が叩けるなら配信しても大丈夫だと思うぞ?」

 

「あはは、ありがとうございます。まあここのところ、ずっとコラボしていたようなものですから、ちょっと休息という感じで。サキにも構ってあげないと拗ねちゃいますし」

 

「扱いが犬じゃねーか。…………なあ、重稲」

 

居ずまいを正した、真剣な声。

こちらも自然と声が固くなる。

 

「はい、何でしょう?」

 

「実際のところどうなんだ? お前とサキはデキてんのか?」

 

その質問には、即答できた。

 

「いえ、()()です」

 

「……そうか」

 

「……ノイズが混ざるのが、嫌なんですよ。俺が昔に作った曲で、まだリミックスが終わってないのが、一曲だけあるんです。あの頃の自分たちを、全部詰め込んだ曲なんですけど」

 

「ほう、話を聞くだけだと面白そうだな」

 

「今見れば、ガキが馬鹿みたいに音を増やして、むやみに楽器を切り替えればカッコいいと思ってる、汚い落書きです。大人としてアレをそのまま世に出すのはプライドが許さないんで、一生懸命直してるんですが、ひとりでは難しすぎてサキの手も借りてるんです」

 

「ふむ」

 

「だから――あの曲を作り終えるまでは。俺たちの関係を、あの頃から変えるわけにはいかないんです」

 

「……拘りがあるのは分かった。だが、それが終わったら?」

 

「その時はきちんと向き合いますよ。ただ……ここでさっきの話に戻るんですが」

 

「ん?」

 

「サキは……俺をグレスタに入れるため、俺を探していました。それは知ってますか?」

 

「いや、初耳だな」

 

「彼女が求めていたのが、作曲家としての重稲なのか、男性としての俺なのか。両者は二つで一つの存在、分かつことは叶いません。そして――」

 

もしも俺と水無瀬結花が、もはや対等な音楽家足りえないのであれば。

その時、小金丸サキは()()、重稲銀輔を必要とするだろうか?

 

愚痴ともつかぬ、弱音にも似た何か。

 

「お前たちの結果次第だろう……ああ、だからか」

 

「そうです。CDの売れ行きそのものは、昔に比べればずいぶん小さくなりました。……本当に気にしているのは、金額じゃなくて、枚数でもなくて、評価です。初めて世に出る自分の音楽への、評価」

 

「……流石に俺からは何とも言えんな。お前たちとは捧げる情熱の量が違いすぎる」

 

「ゆえに、保留なんです。二重の意味で」

 

「よく分かった。……聞かせてくれて感謝する」

 

「いえ、こちらこそ。一人で抱え込んでるとおかしくなりそうでした」

 

ほとんど利害関係がないからこそ、話せることもある。権藤さんとストリボ上で一緒に仕事をしてみて、外部に向けて不用意な発言はしない人だと判断した。

 

「ただ……外野から見ている者として言わせてもらえば、その心配は無用だと思うがな」

 

「そうですか?」

 

「情熱だけで商売はできないが、小金丸サキの情熱は本物だぞ。少なくとも、己の……ひいては、お前の楽曲が激しく貶されたぐらいで、消し飛ぶような炎ではない」

 

「ああ……それは確かに」

 

じゃあ今の先輩を見せつけてやりましょう!などと言って、過去の曲を全部投げ捨ててでも、俺に新曲を作らせそうである。

 

「ま、健康問題じゃなくて安心したぜ」

 

「ご心配ありがとうございます」

 

その後も少しやりとりをして、権藤さんとの通話は切れた。

 

 

 

 

 

 

次に襲撃してきたのは、水無瀬だった。

自宅のインターホンを二度連打する癖で、すぐにわかった。

 

『どうしたんだ?』

 

『先輩! 意地悪してないで開けてくださいよ~!』

 

『待て待て、片付けも何もしてねえ』

 

『いいですよ、手伝いますから!』

 

『あのな、女の子に見せたくないものとかもあんの!』

 

何に思い至ったのか、それで水無瀬はようやく一歩引きさがった。

 

『1時間! 1時間です! それ以上は待ちませんからね!』

 

まあ、人にもよるが、本当に見られたらまずいものなど、数えるくらいしかない。

とりあえず雑に片づけをして、彼女を招き入れた。

 

「おじゃましまーす」

 

「邪魔するなら帰ってくれへんかな、いやマジで」

 

「何ですか? やましい事でもあるんですか?」

 

言いながら、彼女は興味津々に部屋を見渡す。

防音室が含まれていることを除けば、さして面白みもない普通の賃貸一戸建てだ。

アパートと比べれば家賃はやや高めだが、隣人トラブルのリスクにはかえられない。

 

「ベッドの下チェックとかしていいですか?」

 

「良いけど、埃しかないぞ」

 

「えぇ~本当ですか?」

 

言いながらも、流石に勝手に動き回るようなことはない。

リビングのテーブルにつかせて、適当に水を出した。

 

「ほれ、こぼすなよ」

 

「ありがとうございます」

 

「で、マジで何しに来たの」

 

ニカッと笑う顔が眩しい。

VTuber経由でなく普通にアーティストをやっていれば、もっと人気が出ただろうに。

 

「なんか元気が無さそうだなーと思って」

 

男の一人暮らしに突撃してきておいてこの言い様、本当に始末に負えない。

俺が()()()にならないところまで、織り込み済みなのだろう。

 

「はぁ……お前の顔を見たせいで余計疲れた気がするわ」

 

「酷くないですか!?」

 

ダン、と両手でテーブルをたたいて抗議してくるが、こういうのに一々付き合っていたらキリがない。

彼女の頭に手を伸ばして、整った短髪をぐしゃぐしゃにしてやった。

水無瀬は怒るでもなく、むしろ嬉しそうに、されるがまま。

 

「……懐かしいですね」

 

「……そうだな」

 

昔を思い出したことで力が抜けたのか、やっと彼女は深く椅子に座り直した。

 

「それで? 俺は今お休み中なんだけど? 頼まれても配信も作曲もしないぞ」

 

「えっ作曲もしてないんですか!?」

 

「……お前と同じだよ。俺も冷静じゃいられないんだ」

 

待ってろ、と言い残して、別室からノートパソコンを取ってきた。

既に起動済みのそいつの画面上には、今日届いたばかりのメールが表示されている。

 

「初動、15000枚…………」

 

水無瀬が画面を読んで、ぽつりと呟く。

 

「大事なのは前後比較だ。いつもどのくらいなんだ?」

 

「だいたい1万枚から2万枚ってところですね。私の同接がそのくらいなので、私の配信をいつも見に来る人が全員買ってる、ぐらいの計算です」

 

「ほう……結構凄いんじゃないの」

 

「昔はもうちょっと低かったんですが、平均で見れば徐々に伸びてきていたのが、レコード会社的には印象がいいみたいです。絶賛ってほどではないですけどね」

 

まあ確かに、将来性のない人間が相手では、なかなか投資もしづらかろう。

 

「ただ逆に、これ以上は伸びないんじゃないかとも言われてます。こういう物にまでお金を落とす、コアなファン層の厚さ自体を増やさないと頭打ちだね、と」

 

「口で言うだけなら簡単だがな……」

 

配信に限らず、今や世界のあらゆる娯楽が一般人の可処分所得を求めて争う時代になった。

たまに配信を見に来る程度のライトなファン層なら、彼女は既に150万人を抱えている。

その大多数は、別にお金を払ってまで彼女の楽曲や配信を欲しがらない。

 

「ま、それはいいんです。僕としては」

 

「おいおい、良いのか?」

 

「はい。心残りだったのは、先輩を差し置いて自分だけ先に走ってたことなので。先輩もメジャーデビューを果たした今、これ以上の売り上げ増大は求めません。できれば残りの曲は全部CDで出したいですが……仮に無料で出したって構いませんよ」

 

思い返せば、入社前に俺はインディーズ音楽がやりたいと言った記憶がある。

 

「そうか……」

 

金も、知名度も、賞賛も、昔の俺たちには必要なかった。

楽器があって、声があって、曲があって、音楽をやれればそれでよかった。

売れなくても、再生されなくても、なんなら他者からの評価すら要らなかったのだ。

 

あの怪鳥に無数に絡みついていた糸の一つが、解けたような気がした。

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