後輩は大人気VTuber   作:高宮 八郎

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【歌枠】スペシャルゲストをお招きして【SENPAI】

もっと多く在ってほしいと思う時間ほど、早く過ぎ去るもので。仕事を毎日定時上がりで帰ってから、すべての時間を費やしても、満足いく錆落としが出来たとは言い難い。

 

俺は電車とバスを乗り継いで、故郷の田舎町に帰ってきた。

高速バスのターミナルを一歩出れば、視界の半分には田園が広がる。

もう半分には、巨大な駐車場と、分不相応なぐらいに整備された道の駅。

 

高速道路のおかげで辛うじて企業誘致を成し遂げ、なおも最低限の呼吸にすら事欠く土地。

それが、俺と彼女の育った町だった。

過疎と高齢化に悩むのは別にここに限った話ではないが、隣町などに比べればまだ人口があり、町並みがあり、人が生きていける場所だ。

……当事者たちにとっては、何の慰めにもならないが。

 

「先輩!」

 

ゆっくりと駐車場を歩いていると、聞き覚えのある声が耳に入る。

声のした方に振り向けば、ひとりの少女――否、もう女性と呼ぶべきか。

 

メジャーデビュー済みアーティスト、兼VTuber、水無瀬結花がそこにいた。

 

水無瀬の運転する車に乗って、彼女の実家に向かう。広いけれど古かったはずの家は、周囲の家や田畑に見合わぬ真新しさを備え、当たり前のように周囲の光景から浮いている。

 

「これがVTuber御殿かあ」

 

「いやいや、結構な割合がローンですから」

 

「ええ……明日をも知れぬ業界なのに大丈夫?」

 

そんな話をしながら、防音室に入る。

ご大層なマイクが2つと配信用PCのほかに、電子ドラム、二段キーボードが置いてある。

昔はキーボードが俺で、ドラムが水無瀬の担当だった。

 

「ちょっと早いけど、さっそく始めますね!」

 

セットリストは事前に共有されていたが、改めてコピー用紙を渡される。俺たちを繋ぐかすかな接点は、偶然同じ学校に通っていたことと、音楽を愛していたことだ。俺がギターやキーボードをやっていなかったら、彼女がオリジナルソングに拘りがなかったら、お互いの存在は記憶の彼方に忘れ去られてしまっていただろう。

 

 

 

 

 

【歌枠】スペシャルゲストをお招きして【SENPAI】

 

「こんにちは、小金丸サキです。えー告知通り、今日は特別なゲストをお招きしています! 私の歌の師匠であり学生時代の先輩でもある、重稲さんです! よろしくお願いします」

 

「よろしくお願いします」

 

もちろん、俺の本名ではない。

しかし彼女は慣れたもので、よどみなく挨拶をし進行する。

 

・誰!?

・影だけってことは箱内の先輩ではないのな

・男かよ

・誰

・誰だよ

・サムネのシルエットからして男じゃん

・歌枠に男…?

・誰

 

同接5桁の配信は初めて見るが、コメントの勢いたるや凄まじく、これで特定個人を贔屓するなどは到底無理であろう。

意外……と言ってはなんだが、俺が想像していたよりは、俺に攻撃的ではない。度を越した暴言が"処理"されているだけかと思いきや、そもそもニュートラルに驚き、お前誰、の感情のようだ。

 

「先輩、いいですよ」

 

「はいよ」

 

キーボードの音をピアノとベースに合わせ、何音か鳴らす。

後輩が頷いたのを確認してから、静かに演奏を始める。

 

"magnet"

 

往年のボーカロイド・デュエット曲の名曲の一つで、数多の歌い手――死語か――によって歌われてきた。サビの強弱差と、開幕の16連フィンガースナップを除けば、比較的歌いやすい曲と思っている。何なら一番安定して音を出すのが難しい個所が指鳴らし、まである。

 

・この音は

・古っ

・年齢がバレるぞ

・おーmagnetか

・サキさんの稀に曲名を宣言しないスタイル好き

・magnetだ!!

・magnetか

・名曲

 

俺はもとより、水無瀬も前奏中にコメントを相手にするタイプではないようだ。

歌い始めるとさらに加速したコメント欄を視界の端に捉えながら、喉を震わせる。

 

禁断の恋を歌う、大人の歌。

CDを出しストリーミング配信も出している巨大アーティストの水無瀬と、本質的には素人である俺が共演すると、あまりのレベル差に打ちのめされそうになる。いや、俺が勝手に凹むのはどうでもいいとして、そんなものを聞かせられる視聴者が可哀そうである。

 

だから、せめて演奏だけは。

歌は下手くそでも、キーボード……というよりピアノ演奏については、本職でない水無瀬のドラムに食らいつける自信がある。実力の違いを眼前にして、頭を真っ白にすることは許されない。

 

最後の一音を奏でた頃には、一曲目にも関わらず汗でびっしょりだった。

暑いからというよりは、仕上げきれなかった自分、こんな無様なデュエットを披露している自分への冷や汗である。

 

・8888

・888

・8888

・上手い

・8888

・いや下手だろ

・サキと比べるのはまあ...

・88

・8888

・プレッシャーに耐えてよく頑張った。感動した!

 

「というわけで流星Pさんの"magnet"でした。先輩、感想を一言」

 

「藍より出でて藍より青しとはいえ、ここまでくるともう拷問ですね」

 

・草

・草

・草

・流石に分かる

・草

・草

・残酷な実力差

・いや、普通に上手な部類だろw比べる相手が悪いだけでw

・草

・草

・草

 

少数の意味あるコメントに混ざって、大量の草がコメント欄を洗い流していく。見たことのない勢いだ。人気配信者はこの勢いのコメントを常に捌いているのだろうか、無駄に動体視力が鍛えられそうである。

 

俺たちは、最初の曲の仕上がりとその反応に応じて、いくつかの組み合わせのセットリストを組んでいた。

こちらへ振り向いた水無瀬に、指を3本立てる。

パターンC、水無瀬の歌を中心に組み立てるセットリストだ。

本来これがパターンAすなわち本命であるべきだと思うのだが、後輩は俺の実力を過大評価しすぎではないだろうか。

 

彼女はちょっと不満そうに頷き、マイクへ向き直った。

 

「本来先輩はもっと歌が上手なんですよ、本当です。今日は調子が悪いだけです」

 

「それでも限度はあるわ、仕事で歌やっとる人間と一緒にすな。まあ準備期間は短すぎだったけど」

 

「仕方ないじゃないですか、スケジュール空いてたのがここしかなかったんですから。次空いてる土日なんか3か月後ですよ」

 

「おー、人気があっていいじゃないか。それぐらい時間をくれればなあ」

 

ちょっと嫌味を込めてチクっとしてみると、彼女は拗ねたように頬を膨らませた。

怒った顔すらサマになるのは、若くて可愛い子の特権だ。

 

「何年待ったと思ってるんですか。プラス3か月なんて、耐えきれませんよぅ……」

 

・ん?

・え?

・どゆこと

・かわいい

・待った??

・先輩、一度刺されろ

 

「経緯については、先輩の配信でお喋りしてます。概要欄にリンクがあるので、そこから確認してください。ざっくりいうと、この先輩は僕を放りだしたんですよ」

 

「しれっと嘘をつくな。頑強に止めはしたが最後に決めたのはお前だろうが」

 

・は?

・元カレ?

・それだと今日のコラボの辻褄が合わん

 

「えー、はじめましての皆様に軽く説明すると、()の進学した学校が民度オワの男子校めいた共学でしてね。 私なんかよりも皆様のほうが彼女の魅力については詳しいと思いますが、そんな酷い学校に可愛い後輩を送り込めると思いますか?」

 

・あー

・なるほど

・理解

・把握

 

「じゃあなんでこっちに転校してきてくれなかったんですか!」

 

「無茶言うな、金が無いからあそこ行ったんやぞ。それに今更戻れるか、どの面下げて」

 

・草

・草

・草

・世知辛いね。。

・草

・砂でもかけたんか

 

「まあその辺りは色々ございまして……なんやかんやあって後輩とも縁が切れて、会いづらくなったわけですね」

 

静かに、しかし確かに滅びてゆく町には、まともな学校などあるはずもない。

俺はそれを分かっていたし、だからこそ故郷を飛び出して、学費の安い場所へと進学した。

寮生活が安くできるという宣伝文句も、閉塞感のある田舎から飛び出す大きな理由になった。

結果として手に職をつけることができたわけで、その判断が間違っていたとは思わない。

そもそも水無瀬の進学先だって、結局は故郷から離れた場所である。

 

「ほれ次行くぞ次、……なんだっけ」

 

「"黄金をみた波"です。一部は先輩の配信で出てますが、フルバージョンかつ合唱は全世界には初公開ですね。作曲が先輩、作詞が僕です」

 

「もともと合唱曲を作ろうみたいな感じでできたんだっけか」

 

「そうです。なので無駄に数パターンの音程がありましたけど、今回は男女1グループずつのケースですね」

 

・オリ曲!?

・新曲か

・新曲(新曲ではない)

・数パターンってなんだよ

・学生時代に曲を作った…?

・共同作業じゃん

・実はこの先輩もやばいんじゃないか???

・サキさんを育てた?男やぞ

・そう聞くと格が上がったように見えるから困る

 

コメント欄もわっと盛り上がりを見せる。

一部よくわからない論調のものもあったが、取り合う必要はないだろう。

 

想定が合唱曲なので、伴奏はピアノ1本である。

静かに演奏をはじめ、水無瀬と声を重ねる。

 

さすがに、自作した曲だけあって、踏んだ場数は他人の曲とは桁が違う。

水無瀬の側も練習はしたかもしれないが、公開することなく死蔵されていた曲なので、先ほどの残酷なまでの鋭さはない。

 

・上手い

・普通に上手やん

・サキさんについていけてる...

・藍より青しとは何だったのか

 

ABメロの並走も、サビのハーモニーも、この曲ならば押し負けない。……いや若干、というかかなり差は感じるが、そこは高音を主とする曲調であることと、俺の声量を落とすことによって、なんとか誤魔化している。

 

(こういうのは比較的真面目にやる女子を主役にした方がいい、だっけか)

 

遠い昔の己の発言を、褒めてやりたくなった。

盛り上げられるだけ盛り上げて曲を終えると、先ほどとは比べ物にならないくらいの拍手コメントや賞賛のスタンプが乱れ飛ぶ。

 

「えー、この曲は先輩の許可を得て、歌ってみた……じゃないな。まあとにかく先輩との合唱版が動画で出ます。

 いつ出るかはちょっと未定なのですが、作るのは作るつもりなので、いずれ公開されるつもりでお願いします」

 

了承のコメントを一顧だにせず、彼女は次の曲の準備を始める。

演奏するもの、歌うだけのもの、用意してきた曲は色々あるが、次は歌うだけの曲だ。

 

「次もちょっと古いですが……定番と言えば定番、"サウダージ"行きましょうか」

 

宴は、まだまだ終わらない。

 




8はどう考えても今時の配信で飛び交う文字ではないのですが、拍手の絵文字が文字化けしたので仕方なく使っています。
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