後輩は大人気VTuber   作:高宮 八郎

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こころざし

先輩に、好きだってハッキリ伝えよう。

そう決めたのは、実は僕とレコード会社とのやり取りの中でした。

 

先輩はそもそも順番にあまり興味はなく、出るなら出せばいいんじゃない、と言う。ただ、いつまでこのユニットが存在するか分からないし、いつまでこのユニットでCDを出してくれるか分からない。そんな状態で最も先に世に出すべきなのは、僕らの青春の集大成である、"深緑の怪鳥"のはずです。僕と先輩の見解の相違が、噛み合わない歯車となって出力され、曲の完成を妨げている。ならば、もっと踏み込むしかないのです。

 

本当は、編曲など必要ないと思っています。むしろあの頃の幼さのありのままをぶつけて――評価は、どうでもいい。世に円盤として残して、それからネット上に解き放てば、後世の誰かが、変な奴もいたもんだとこぼすぐらいはしてくれるでしょう。

 

僕が一度告白しようとしたとき、先輩が()()に踏み込むのを止めさせたのは、この変化が不可逆だから。VTuberの裏での恋愛事情なんて、うっかりによるバレを除けば、当人が口にしない限りは誰にも分かりません。でも、精神の変調は確実に配信に影響を与えます。

 

上手くいっている間は良い。

では、それが壊れたら?

 

最悪の場合、僕を待つ150万人のファンに背を向けて、配信の世界から去らなければならない、かもしれない。自分で責任を取れる自分自身のことならともかく、他人の人生を左右しかねないとなれば、軽々しく決断しろなんて言えないのは分かります。

 

けれど……僕に言わせれば、そんなの今更なんです。

音楽がどうとか、配信がどうとか、収入が未来がどうとかいう前に、先輩はもう既に、後輩の人生を(悪意ある言い方をするなら)歪めてしまっているんです。

 

中卒で故郷を、実家を飛び出すという勇気ある選択肢を選び、実際に見せつけてくれたこと。その結果、狭い世界で生きることのディスアドバンテージを、これでもかと浴びせかけてくれたこと。

全世界に声を届けられる、インターネットの使い方と怖さを教えてくれたこと。

 

どれかひとつでも欠けていたら今の僕はありません。

配信と先輩を天秤にかけるなら、迷わず先輩を選びます。

だからこそ、どれほど配信の収益が増えていても、まだ兼業契約のままなんです。

いつでも電子の世界から消え去れるように。

 

 

 

 

 

決行は日曜日。

いつもより念入りにメイクを確認して、先輩の好きそうなコーデを組んで、ちょっぴり露出を多めにして。

編曲作業を口実に、先輩の家にお邪魔して。

 

「なんだお前普段と違うじゃねえか。どうしたんだ」

 

一発で、何かあると勘付かれました。

 

「まあまあ、そういう日もありますよ。続きをしましょう続きを」

 

「うちに上がるのは別に構わんが……」

 

そういってリビングに案内してくれて、いつものように水が出てきます。

僕らの故郷の川から流れてきた、下流の水。隣の地区のほうが栄えていて住みやすさも上のはずなのに、あえて少しずれたこの場所に住んでいるのは、そうしたセンチメンタリズムの発露でしょうか。

 

「で、どうしたの」

 

「……こっちに来てください」

 

テーブル越しだと、体全体で触れられないから。

リビングで向かい合って立った先輩の目に映るのは、疑いが半分、諦めが半分。

 

深呼吸など要らない。言葉を紡ぐために必要な呼気さえあればいい。

 

「好きです。僕と付き合ってください」

 

この気持ちが、既に伝わっていないとは思わない。

何の関係もない、普通の成人男女は手を繋いで歩いたりはしない。

あれが嫌ならば、或いはリスクを嫌うならば、振り払う選択肢もあったはず。

 

だからこれは、儀式。

 

「……俺は構わんが。それが最後のピースで無かった場合は?」

 

その質問は想定済みだ。

 

「あのまま出します。原曲のまま」

 

「おいおい……」

 

「そもそも原曲のほうが魅力的じゃないですか? 編集なんてしたら、あの尖りが丸くなっちゃいますよ」

 

「わざと削ってんだよ。俺だって人並の羞恥心はあるの」

 

大きくため息をついて、先輩は一瞬だけ目を閉じる。

真っ直ぐに僕の目を見て、静かに答えてくれた。

 

「……俺も好きだよ。声はずっと聞いていたいし、姿はずっと見ていたい。前にも言ったが、人生に退屈させてくれることもなさそうだ。だから付き合ってと言われれば、こちらこそぜひお願いしたい」

 

心臓が変な音を立てた気がした。

カッと頭に血が上り、理性の歯止めが利かなくなりそうだった。

たまらず、彼の胸に飛び込んだ。

 

「先輩……じゃ、やっぱり他人行儀ですよね。…………ギン、さん」

 

「そっちかよ」

 

「だって本名で呼んでたら絶対配信上で口を滑らせますよ! 自信があります!」

 

「そんな自信は要らねぇよ」

 

サキ、と耳元で囁かれる。

声色は別に甘くないと、耳では分かっているはずなのに、全身に電撃が走る。

 

「……そんな震えるほどか?」

 

「だって……だって! この距離まで来るのに、何年!」

 

返答の言葉はないが、柔らかく抱きしめ返される。

それでやっと、痛いくらいに力を入れたままの僕の腕から、少しだけ力が抜けた。

いや、ちょっと抜けすぎて、そのまま崩れ落ちかけてしまう。

 

「あっぶな」

 

とっさに脇の下に手を入れられて、僕は子供のように持ち上げられる。意外と力持ちだな、なんてぼんやり思っていると、わずかに距離を置いて立たされた。

 

「いまさら編曲もないだろう。まあ座って落ち着け」

 

その言葉に、ハッと正気に返る。

 

「まだです」

 

僕は自称だけどロマンチストなのだ。

ずいっと一歩詰め寄って、顔と顔まであと5cm。

 

「許可なんて取りませんよ」

 

「取らなくていいよ、ばか」

 

言葉の中身よりも、口調はずっと優しくて。

啄むような初々しいキスは、心が破裂しそうなぐらい嬉しかったのだけれど。

あまりにも緊張しすぎて、感触も、味も、全く覚えていない。

 

 

 

 

 

 

「……よって、今後お前さんは当面のあいだ浮かれまくりのちゃらんぽらんになることが予想される。いや正直、なんかその辺は考えてあんの」

 

少し落ち着いた後で、テーブルに着いた先輩が告げたのは、逃れようのない現実だった。

 

「う……まあそれは、確かに……そうなりそうではありますけども……」

 

「はあ……どうせ遅いか早いかの違いしかなかったとはいえ」

 

休むか? と聞かれると、難しくはある。

収入は十分なので、別に心身の不調を理由に休んでもいいのだけれど……実際、今もふわふわとした気持ちで、何なら帰りの車の運転もちょっと怖い。念願叶った当日の帰り道に帰らぬ人となるとか、あまりにも笑えない。

かといってその……お泊り、は今はパワーワードが過ぎる。熱に浮かされたままいくところまで行きそうだ。先輩に無用な心労をかけたくない。

僕はやっぱり休んだ方が良さそうではある。

 

「とりあえず各々のマネージャーさんには事実の報告な」

 

「ですねー……」

 

子供のころなら、親に黙っていることさえ可能だったのに。

"先輩と付き合うことになりました"と短くメッセージを送る。

 

「あんなに熱烈に褒めてくれるとは思いませんでした。卒業前に告白しておけばよかったかなあ……」

 

「10代の遠距離恋愛が上手くいったとも思えんが」

 

「ですよねー……だから諦めたんですけど」

 

「本当に諦めたやつは俺の配信に現れねーんだよ」

 

「……はい、嘘です。諦めきれませんでした。だからずっと、インターネットで先輩の幻影を追ってました。ボーカロイドなんかで、オリジナル曲作ってる人とか」

 

「直接連絡しなかったのはなんでだ?」

 

「怖かったんですよ。だんだん疎遠になって……僕と疎遠になるってことは、誰かと付き合ってるんじゃないかなって」

 

「…………なるほどな」

 

わざとマナーモードを切っていたスマホが鳴り響く。

担当マネージャー(女性)からの着信だ。

僕はスピーカーモードで通話を取った。

 

「えーと、もしもし?」

 

「はい、サキです。お疲れ様です」

 

「お疲れ様。そのつもりは無いことは分かっていても、なんだか嫌味に聞こえるわね。……ともかく、経緯を説明して欲しいのだけれど」

 

「ずっと好きだった人に告白しました。OK貰えました。以上です」

 

体感で、先輩のものよりも数倍は大きいような嘆息が向こうから聞こえた。

 

「外部なら色々と言い訳も通るし隠しやすいのよ。それが、よりによって、内部! しかもあなたの推薦! 少数精鋭の事務所は1人抜けるだけでも大ダメージなのに」

 

たぶん、仮にお酒が入っていれば、あと30分は愚痴が続いただろう。

それらをまとめて飲み込んでくれたマネージャーさんには、感謝しかない。

 

「あなたたちの事だから、リターン……はともかくリスクはちゃんと理解しているものと考えて話を進めるわ。公表はするの?」

 

「しません。今この事実を知っているのは、僕たち2人と、あなたと、先輩のマネージャーさんの4人だけです。もちろん、帰ったら僕の家族には説明しますが」

 

「賢明な判断ね。同僚はどうするの?」

 

「直接言葉にはしないですし、こちらから匂わせることもないです。ただ、短期的にはともかく、長期で見るといずれ誰かには勘付かれると思います」

 

「まあ……どうでしょうね。ネット上のやり取りだけなら仲のいい相手程度に……見えて欲しいわね」

 

半ば願望みたいな意見だったけど、こればかりは相手次第なので何とも言えない。

 

「とにかく、言いふらさないのであれば、個人の関係は個人が築くものだから、私から何も言えることは無いわ。貴女たちがそのつもりも無いことも分かったし」

 

「こちらから報告しておいて何なんですけど、会社の他の人には黙っていてもらうことはできますか?」

 

「仮に言いたくても言えないわよ! こんな超弩級の秘密! 私がたまたま自宅に居たから何とかなったけど、会社に居たりしたら状況次第では隠しようもなく全社にバレてた可能性だってあったのよ!? 次……次があってほしくないけど、次からはワンクッション置いてちょうだい」

 

「すみません、ご迷惑をおかけします」

 

「まあ、いいわよ。迷惑をかけられるのが私の仕事だからね。それで言えばサキちゃんは殆ど手がかかってなかったから……一気にツケが来たのかしら」

 

結局、そこから少しマネージャーさんの愚痴を聞いてあげて、通話は何とか無事に終わった。

 

なお、先輩の送ったメッセージは"今ひとりですか? マネージャーさんにしか話せない内容があるんですが、伝えても大丈夫ですか?"だった。

社会人経験の差を見せつけられたような気がして、ちょっとだけ悔しい。

 

 

 

その後は、やっぱり編曲どころの気分ではなくなったので、先輩と――ギンさんと、ずっとお喋りしていた。

 

どうせ家族には言うつもりだったし、自慢じゃないがお金はちょっと持っている。

母親にタクシーでここまで来てもらって、運転を代行してもらって家に帰った。

 

無論、帰り道で根掘り葉掘り質問攻めにあったのは言うまでもない。




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