後輩は大人気VTuber   作:高宮 八郎

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世界が変わる日

「ふぅ……」

 

全身が汗だくになってしまったが、人生初の演奏歌枠配信をなんとか終えることができた。

タオルで何度拭っても、とめどなく汗が流れてくる。

冷や汗なんだか脂汗なんだか熱気の汗なんだか、あるいはその全部か。

 

「お疲れさまでした、先輩」

 

「おう、お疲れ……いやマジで疲れた。いつのまにかずいぶん格上になったなあ」

 

敬語使ってやろうか、と軽くもちかけると、やめてください、と断固拒否された。

 

「僕はもう何曲もオリジナル曲を出してますけど……本当は、先輩が作ってくれた曲も出したかったんです。ただ、権利の問題とかお金の問題とか難しいじゃないですか。それで今まで実質棚上げになってたんですけど」

 

「そういうことはきちんと連絡してくれ」

 

確かに疎遠にはなったが、連絡先を交換していなかったわけではない。

何なら、権利とカネが絡む話なら、別に俺の実家に連絡してもよかったわけだし。

 

「先輩は僕の気持ちを全く理解してませんねえ。先輩との思い出を全世界に公開したい、でもあの場所だけでの輝かしい思い出でもあってほしい、なんなら先輩にもう一度弾いてほしい、でもこっちから連絡すると今更迷惑じゃないかな、わかりますかこの繊細な乙女心が」

 

「繊細かどうかはともかく、それは乙女心なのか……?」

 

乙女心です!と断言されたので、そうかい、と適当に返しておいた。

 

俺も男だから可愛い女の子に慕われて悪い気はしない。

しないが、本来俺たちは互いの人生の中で一瞬だけ交差しただけのはずなのだ。

そもそも音楽を教えて欲しいと言われて弟子にしたので、遥か高み栄光と賞賛の中で輝いている現状を知ってしまうと、嫉妬だとか下心だとか独占欲だとかよりも、お前は強くなったな、という親心のような気持ちのほうが沸いてくる。

 

「はあ……さて、帰るか。今日はありがとな、いい勉強になったわ」

 

力量の差を嫌というほど見せつけられたが、それはともかく技術を磨き直すモチベーションも湧いてくる。彼女の性格を考えれば、どうせまた共演することは逃れられないだろう。

 

「あ、ちょっと待ってください!」

 

ガシッと、とんでもない力で腕をつかまれる。

ぐいぐいと引っ張られてPCの前に引きずりだされた。

 

配信は既に切れており、何なら配信用ソフトも既に閉じられている。

今更何をするのかと思いきや、彼女は通話ソフトを立ち上げてものすごい勢いでキーボードを叩き始めた。

 

「先輩、グレスタに入ってみませんか? 目指せ夢の不労所得!」

 

「は?」

 

グレートスターズ、通称グレスタは、水無瀬結花の所属する企業だ。

何度も言うように、俺は界隈には結構無知であるので、やはり名前ぐらいしか知らない。

 

「VTuberにはならんぞ」

 

「ならなくていいんですよ! グレスタはちょっと特殊な事務所なんです、配信者にスカウト権があるくらいには!」

 

「うん?」

 

エンターキーを押してから、彼女がこちらに向き直る。

ガチ恋の距離で視線が絡み合い、水無瀬は慌てて俺の腕を離した。

 

「あっ、ごめんなさい!」

 

俺は冷静に一歩下がってから、大きくため息をついた。

 

「そういうの気を付けろよマジで。顔出ししてるとかしてないとか、関係ないぞ」

 

「はいぃ……」

 

水無瀬は一瞬で耳まで真っ赤にして、両手を所在なくそわそわと動かす。

ややあって、バッと顔を上げた。

 

「グレスタはですね、先輩が昔言ってた、"構成員の多様性"を重視してるんですよ。

 僕みたいに、副業をやっている人とか、逆に本業の合間にVTuberをやっている人とか、

 先輩みたいな声だけの昔ながらの配信者さんもいらっしゃいますし、

 顔出ししている人、既婚子持ちの人、外国の人……様々な配信者を集めているんです。

 もちろんVTuberだけの専業の人もいますよ」

 

「ほう」

 

あれはどこがきっかけだったか、昔いわゆる中二病にかぶれたことがあった。

ひたすらに小難しい本を求めて漁り読んでいたものの中に、"組織の強靭さは構成員の多様性で決まる"という言葉があった。

 

この場合の「多様性」というのは、一般に言われているような男女がどうだとか、年齢がどうだとか、国籍や人種がどうだとかいうような表面的な属性の話ではなく、会社で言えば丁寧に仕事をするが速度は遅い人、ちょっと雑だが手は速い人、他人のキャパシティを把握管理するのが上手い人など、内面の能力の方向性が違う人たちのことを指していた。

 

当時の俺はその言葉にいたく感銘を受け、当然のように水無瀬にも一席ぶった。

……実は追加メンバーが欲しかったのだが、結局あの田舎には、自分でオリジナルの音楽をやろうとする熱意ある者は他にいなかった。

 

「実はさ、俺、カネが欲しくて配信やってるわけじゃないんだわ」

 

裕福まではいかないにせよ、本業の給料は人ひとりが食べていくには十分な量をもらっている。配信ではあれほど貶したが、自分の進学先を間違えたとは思っていない。

 

「知ってます。……だから、これは僕のわがままです」

 

所属企業が同じであれば、コラボに一定の正当性が生まれ、一緒に配信をしやすくなる。

双方の配信から得られる収益が、同じ企業に流れ込むからだ。

 

逆に、今日やったような無名の相手との配信は、短期的な収入面に対しては何の意味もない。

よって狙いは長期的に見るもの――――それこそ、相手を引き込むきっかけづくり、とか。

 

「僕は、先輩と一緒に……配信、いえ、仕事がしたいです。

 それこそ僕がVTuberじゃなかったら、先輩の職場に履歴書を持って押しかけてましたよ」

 

「IT企業で働いたご経験は?」

 

「無いです! でもやる気はあります!」

 

「未経験の中途かあ……」

 

「いまVTuberを投げ出したら、僕を待ってるファンにとても不義理なことをしてしまうことになるので、やりませんけどね」

 

腕を組んで、少しだけ考える。

労働量、二重生活、確定申告……想定されうる様々な問題が、閃光のように頭を駆け巡る。

 

「即答はできない。うちの会社は副業可ではあるが、当然本業に影響を及ぼすことは許されない」

 

「はい。そこは分かってます。契約次第ですけど、数年かけてでもちゃんと黒字が見込める人なら、配信頻度とかは制約はありません」

 

「いつまでに返答をすればいい?」

 

「1か月以内には」

 

「了解」

 

水無瀬と交わすとは思ってもいなかった、あまりにも社会人的なやり取りを経て。

俺は久々の帰省のため、彼女の家を出た。

 

 

 

 

これは個々の家庭によってかなり事情は異なるだろうが。

故郷から逃げるように実家を飛び出しても、親というものは親のまま変わらなかった。

実家でやや過剰気味の歓待を受け、一泊して、またバスと電車で自宅へ帰ってきた。

 

日本全国どこにでもある県庁所在地……の中心街から、少し郊外に出たベッドタウンの一角が、現在の住まいである。

 

「うーん」

 

正直に言えば、今の収入に文句はない。

企業勢になるといっても、俺の伸びしろなんて歌枠と雑談枠をやっていない程度のことで、そこまで配信者として優良物件とは思えない。箱のブーストを受けたところで、赤字を回収するまでにどれだけかかるやら。

 

(いや、自力で同接70安定はまあまあ自慢できるか?)

 

ただ、これは俺が利益度外視で好きなゲームをやりたいようにやったから出てきた結果。企業に加われば、案件配信や箱企画もそうだし、水無瀬なら絶対にライブに誘ってくるので、その練習もある。

 

(何かあと一手決め手が欲しいな。後輩に誘われたから、では俺は自分を納得させられんね)

 

水無瀬のライブに出るだけなら、向こう側が報酬を渋れるし練習時間が好きに取れる箱外にいたほうがいいまである。

 

「トラブルの盾についてくれるのは利点か」

 

誹謗中傷や荒らし行為などに対する法的措置は、今や配信業界では一般的なものとなった。

むろん、抜けば血を見るまで収めることは許されぬ魔剣ではあるが、その魔剣がもたらす抑止力は人間一人が望んでも得られない「組織」の力である。

 

「音楽のレッスンも受けられるな、個人ではできない本格的なやつ。あとは人間関係……」

 

裏方のことは知りようもないが、同僚にあたる配信者たちの様子を調べることはできる。

俺はグレートスターズのホームページを参考に、片っ端から彼ら彼女らの配信を見て、切り抜きを見て、アーカイブも漁った。所属人数は20人前後と小規模ながらも、小金丸サキを含め大粒揃いの人材がずらりと並び、組織自体に、末席に加わることすら腰が引ける程度の風格がある。

 

その数日後、俺は心を決めた。

PCの通話ソフトではなく、水無瀬のスマホの番号に直接かける。

 

「せ、先輩!?」

 

「おう。……細かい条件は詰める必要はあるけど、そっちさえ良ければ所属したい」

 

「ほんとですか!!」

 

若干音割れした喜色満面の巨大な声が、通話越しに届く。

 

「んで? 俺は関東まで出ればいいわけ?」

 

「いえ、そんなことは無いです。それこそ僕なんか実家で配信してるんですよ? 市内にグレスタの支部があって、そこで収録とかもできます」

 

「へえ」

 

調べれば、確かに俺たちの住む県にグレートスターズの事務所がある。と言ってもこれは偶然のようで、西日本に1つ、東日本というか東京に1つ、北日本に1つという感じで設置されていた。

 

「先輩を勧誘したのは、住所を聞いたからも理由のひとつなんですよ。どれだけインターネットが発達しても、事務所との物理的な距離は縮まりませんし」

 

「まあ、近くに住んでる方が楽だろうな」

 

水無瀬には車があるので、1時間や2時間かけて事務所まで出てくるのは大した苦*1ではない。

 

俺の住むエリアからは、公共交通機関を使って後は少し歩けば*2事務所までたどり着ける。

 

「僕が今から事務所のスケジュールを確認します。あとで空いている日を伝えますから、そこから先は先輩がお願いします」

 

「分かった」

 

「……やった……! 先輩、あれから曲を作ったりはしてないですか?」

 

「作詞担当が抜けたのに、どうやって作るんだよ。作りかけの破片しかないよ」

 

「そうですか…………。……じゃあ、また一緒に曲を作りませんか!」

 

喜んだり落ち込んだり、忙しい奴である。そういうところも魅力なのだが。

良く言えば切り替えが速い、悪く言えば情緒不安定。

 

「まあ落ち着け。流石に、先に錆落としをさせて欲しい。今ある曲をちゃんと再練習させてくれ。それから、所属した後になるけど、楽器はともかくボイスのレッスンは会社で受けられるよな?」

 

「あ、はい! 大丈夫です! 外部のコーチをお呼びすることになるので、しっかり経費計上はされますけど」

 

「経費ねえ……分かってる範囲というか言える範囲で良いけどさ、大体みんな黒字化までどのくらいかかってんの?」

 

「うーん、それこそ人によるとしか言えなさそうです……。先輩もそうですが、VTuberでない方は、VTuberとしてのグッズは出せませんから、ボイスとかの売り上げの影響力が上がるんですよね。〇〇モデル!とかでデバイスとかを出していらっしゃる人もいるにはいますけど」

 

「なるほどね……正直な話、社内の収益の格差凄いんじゃないの」

 

「僕は裏方じゃないのであまり詳しくはないですけど、当然あるとは思います。VTuberのガワを使わないってことは、グッズ分の売り上げがごっそり存在しない配信者になってしまうので。なので皆さん結構工夫はされてるみたいですよ。その辺の話も、多分されると思います」

 

「OK、OK。まあ俺は別に稼ごうとは思ってないが、赤字を垂れ流す邪魔者にはなりたくないのよ。お前の紹介で入ったってことは、俺がヘマしたらお前の顔にも泥を塗るわけでな。お前自身は平気かもしれないが、推薦ってのは本来そういう重みのあるもんだぞ、覚えときな」

 

「は、はい……」

 

そんなやり取りがしばらく続き。

 

弊社に話をして、グレートスターズにも話をしに行って、契約関連の長い話を幾度か聞いて。

俺は、企業所属の配信者になった。

*1
田舎的感覚

*2
都会的感覚

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