普段の配信では平静を装いながら、一個人が企業とやりあって契約条件を詰めるのは、なかなかしんどい作業だ。
ある程度は水無瀬にも手伝ってもらったが、グレートスターズからは基本的に"現時点では小金丸サキの外付けやる気ブースター"としか思われていなかったし、俺自身もそう思う。
儲けたいのではなく、いわゆるインディーズ音楽をやりたいこと。
俺にかかるコストで会社側が出す赤字を、なるべく減らしたいこと。
未発表で完成済みの楽曲が既にいくつか手元にあり、歌う者の技術が整い次第発表可能であること。
それはそれとして、ゲーム配信も止めたくはないこと。
VTuberはやりたくないこと。
カネがかかるくせにVTuberはやりたくない(≒グッズを出せない)などという相当なわがままを、グレートスターズは「そういう人もいますね」で軽く流してくれた。
該当者がどうやって儲けているのかを尋ねたら、どうやら社員として採用されており、社内の配信者に向けた機材サポートや業界向け機材の案件配信などで給料分の労働をしている扱いらしい。
さ、参考にならなさすぎる……。
それを言うと水無瀬のモチベ要員として採用された俺も大概なのだが、見なかったことにする。
【重大告知】私、企業所属になります。【私欲100%】
・待機
・このタイトル何なの
・想像はつくが...いや、まさかね
・待機
・私欲100%は草
・ひでぇタイトルだ
「皆さんこんばんは、重稲です。はい。想像がついている方もいらっしゃるようですが、多分ご想像の通りです。わたくし重稲銀輔は、来月1日付でグレートスターズの所属になります。よって今日はよそ行きモードでお送りします」
企業所属の配信者だと、告知があるとその前にゲームをしたりとか、告知までちょっと雑談を挟んで引っ張るとかやるらしいが、俺はまだ企業所属ではない。
なので端的に、事実だけを伝える。
同接数は普段より数十人も多く3桁に届いているが、コメント投稿の足切りをしてあるので、いわゆる常連の連中しかコメントできないようになっている。
・知ってた
・知ってた
・まあ…アレはね…
・知ってた
・好き好きオーラを微塵も隠せてない
・"誰か"の強い押しがあったんやろなあ
「ええ、まあ、それもご想像の通りです。いやちょっと違うか。あの後輩はなんだかんだ言っても私と学生生活が被るくらいの年の近い年下の子でしてね。その女の子の、瞳に映った私が見えるくらいの距離で大胆にヘッドハンティングされまして」
・は?
・惚気?
・マジで夜道に気を付けたほうがいい
・スカウトかあ
・俺も人生で一度くらいはスカウトされてみたい
・ヘッドハンティング(物理)だったりしない?大丈夫?
「物理ではありません、なんならこっちからちゃんと距離を取りましたよ。あのねえ、仲が良かったといっても何年前の話だと思ってるんですか。もうお互い大人ですよ、大人」
・ほんまか???
・童貞男子としてはそこに夢を見るもんやで
・つまりシゲはんはまさか……!?
・おい
・まさか
・一抜けしていた!?
「あれ。何の話でしたっけ……あ、そうだ。えーと、企業所属になるのですが、VTuberにはなりません!」
・えっ
・何でや
・V同士のほうがコラボしやすいやろ
・なぜ
「単純にコストの問題ですね。VTuberになるためには色々用意しないといけないものがあるんですよ。ただ、皆様ご存じの通り、私の役割は先輩……になった後輩の太鼓持ちです。こういう役割っていつ要らなくなるか分かんなくて、要らなくなったらすぐ切り捨てられた方が都合がいいんですよね。いつまで続くかは分かりませんが、ガワやグッズが存在していると権利関係がめんどくさくてですね……。転生とかも含めると、もう考えるだけでうんざりするので、とりあえず声だけにしておいていざという時の機動力を高めたい所存です」
・なるほど?
・捨て駒じゃん
・待遇悪そうだけど大丈夫?
・すぐ捨てれる都合のいい存在だよね
「ええ、まあ。今時特にゲームが上手いわけでもない男性のゲーム配信なんて、お金を稼ぐことなんかできませんよ。ただ、数字に出てこない貢献っていうのもありまして。私に求められているのはそれですから、多少の赤字は後輩が稼ぐことで飲み込んでもらえます」
・それはそう
・やーいシゲさん後輩のヒモ~
・それはそう
・草
・草
・事実陳列罪だろw
「まーあの移り気な後輩が、いつまで私に構っていられるかは見ものですけどね。私欲100%で私を引っ張ってきましたが、彼女の期待に応えられなかったら即ポイ捨て、とかもありそうですし。そうでなくても、私以上の逸材は世にいくらでもいますから」
・悲観的すぎない?
・私欲100%ってそっちかよw
・しばらくは安泰なんじゃないの
・夢はでっかく家建てようぜ家
・先に車じゃない?確か持ってなかったよね?
「車は持ってないですね。都会というほど都会に住んでるわけでもないんですが、まあ街中にいれば、自転車があればなんとでもなります。帰省するときは大変ですが……」
・実家との距離によるな
・そういう話、初めて聞いた気がする
・シゲさんあんまりプライベート話さなかったよね
「一般的な配信者男性のプライベートなんて別段面白いものは存在しないですからね。少なくとも私はゲーム配信中には聞きたくなかったので、ゲーム中はけっこう気を使ってましたよ」
・なお、後輩がすべてをぶち壊した模様
・後輩(先輩)
・小金丸サキのことどっちで呼ぶんだ?後輩?先輩?
「どうなるんですかね。配信者としても実年齢でも私のほうが先輩なんですが、事務所に入った順で言うと後輩にあたるわけで。小金丸さんとお呼びしますか?」
・草
・草
・ギャーギャー喚かれて一瞬で撤回しそう
・草
・わかるw
賑やかに抗議してくる水無瀬の姿が一瞬で想像できて、思わず笑ってしまう。
「あはは、まあ次回コラボまでには相談して決めておきます。えーっと次は……チャンネルのことか。チャンネルはこのままです。別で立てたりはしません。活動内容も基本はゲームが主体ですが、やはり歌枠、演奏枠、あとはコラボなどは増えると思います。活動日は水・土・日のままです。コラボがある場合は……まあケースバイケースですねえ。基本的にこちらがスケジュール空いてる側になるはずなので、当分は先方に合わせる方向になると思います」
要点を箇条書きにした画像をスッと出す。
・了解
・了解です!
・OK
・ここから成り上がれるかな、ちょっと期待
「成り上がり……どうでしょうねえ。有名になりたいみたいな承認欲求は人並以上にあるつもりですが、それはそれとして今の本業も結構気に入ってるんですよね。だから収益にならない範囲で細々やっていたんですが。グレートスターズさんは例外として、基本的に配信者になったら関東住まいでしょう? 私はそれなりに東京のことが嫌いなんですよね。仕事で嫌々行くのもだいぶ勘弁なのに、住むとなったら……身震いしますね。だからVTuberのオーディションなんかには応募しなかったわけですが」
・草
・身震いw
・今日はだいぶ自分語りするな?
・あまり見たことないシゲさんかも
「うーん……言われてみれば確かに、ここまで自分語りしたことは無かったかも? だって配信上ではただゲームしてるだけのおっさんですよ、自分語りの必要が無いんですね。ただ企業に所属します!となると経緯も含めて説明しなきゃとなり、そうすると結果として自分語りになる……みたいな?多分」
長年、じっくりと時間をかけて選別していった視聴者しかコメントできない状態のため、コメント欄の雰囲気はそれなりに好意的だ。
「えーそれから、後輩と共同で作ったはいいものの、発表する場がなく死蔵されていた曲がいくつかあるのですが。有難いことにボイスレッスンなど受けさせてもらえることになりましたので、演奏も含めて練度が整い次第、順次販売……いや凄いことです。普通のVtuberならインターネットで無料公開だけですよ。それがいきなりCDになり有料配信され有料ダウンロード版も出る。私は恐ろしい怪物を産んでしまったのかもしれない……」
・了解です!
・えっ
・今更すぎるw
・サキはわしが育てた(事実)
・いや育てたのはグレートスターズだろ...
「あとは誠に有難いことに、現時点で既にグレスタ内の先輩方からいくつかお声がけいただいています。詳細なスケジュールはまだお伝え出来ないのですが、しばらくの間は私の顔を売ってくださるフェーズのようです。うーん……コメント欄はどうしましょうかね」
・??
・どうとは
・一見さんの流入じゃろ
・ポッと出の新人(コネ100%)じゃ荒れるかもなあ
「そうなんですよね。言い訳のしようもなくコネ入社な力不足の配信者であるわけで、そこはもう動かない事実ですよ。かといって荒れる前から今日のようにコメント欄を制限するのも、ねえ。
今日はまだグレスタ所属ではないので私の判断で勝手にコメントを絞っていますが」
しばしコメント欄と相談を交わすも、結論は出ず……というより、正解はない、という結論が出た。
「とりあえず常連の皆様にはモデレーター権限を配っておきます。悪用した場合は即座に永BANだと思ってください。それでいったんコメント欄を解放して様子見しつつ、問題があれば半月ROMってろを適用する感じですかね……」
・はい
・こわ
・悪用しなければええ
・やってみないと分からないこともあるよね
「ところで企業に所属する以上、そこでの初配信というものがあるわけなんですが、タイトルどうしましょう?」
・あー
・初配信と言ってももう4年目なんだよなシゲさん
・【初配信】はじめまして【初配信ではない】
・何が何だかw
今日の告知配信を穏やかに進行できたのは、コメントの制限、すなわち新規視聴者層に「黙ってろ」と締め付けたからに他ならない。かといって、企業所属となればより多数、より新規の視聴者を抱え込むべきであり、口を塞ぐのは悪手である。
ああでもない、こうでもないと言いながら、時間だけが静かに過ぎていった。