それから多少のごたごたはあったものの、どうにかメンバーシップ立ち上げ用のコンテンツを確保し、メンバーシップを開設することができた。加入者は今はごくわずかだが、黒字化まで焦らなくていいのは気が楽でいいことだ。
記念すべきメン限の初配信内容は「今後どのようなゲームをメン限でやっていくべきか」。視聴者がゲームに参加するとなれば、数少ない俺のメンバーシップ加入者が特定のゲームを持っていることが前提になり、場合によっては冗談抜きで参加者0人になりかねない。
この時点で、基本無料のゲームがいいよね、という認識は妥当なものだろう。そして基本無料のMMORPGやマルチプレイ対応のソシャゲなどを色々列挙した結果、我々は一つの結論に達した。
すなわち、麻雀である。
かつては概念すら存在しなかった「遅延配信」の機能によって、ゴースティングを回避できるようになって久しい。要求スペックが上がるという問題はあれど、気兼ねなく対戦系のコンテンツを遊べることは確かで、技術の進歩に感謝しきりだった。
かくして、第一回視聴者参加型配信「麻雀大会」が決行された。視聴人数は30人にも満たない、本当にこぢんまりとした配信だったが、多くの古参視聴者には昔の俺の配信を思い起こさせる光景だったようで、そこそこ好評だった。
古参にだけ飴を与えたとなれば、新参が騒ぎ出すのは世の道理。わけても声のデカい新参視聴者は――――小金丸サキという女だった。
明確にルールで禁止されているわけではないが、グレートスターズでは、配信者がほかの配信者のメンバーシップに入る……までは良いとして、限定配信を覗くことはなんとなく禁忌とされている。そこでしか開示されていない情報を、うっかり己の配信で喋ってしまわないために、そもそも最初から聞かないでおこう、という暗黙の了解があるのだ。
私も先輩と麻雀したい、お前麻雀なんかできるのかよ、できません教えてください。
インターネット上に、それこそ麻雀初心者VTuberが教えを乞うてるアーカイブなどいくらでもあるのだからそれを見てこい、というと、接触の口実を潰さないでください、などと滅茶苦茶な答えが返ってくる。
「お前が麻雀を覚えても、別に俺のメン限には参加できねーだろ」
「そりゃそうですけど……でも、麻雀覚えれば、4人組作って麻雀コラボとかできるじゃないですか。絡んだことない層に絡みに行けて、積極的にファンを増やせるようになるんですよ」
「そりゃあお前の利益であって俺の利益じゃねーな」
百も承知で、笑いながらそんなことを告げる。彼女の生み出す黒字の量で、俺が生み出す赤字をどれだけ相殺できるかなんて、考えるまでもない。
「先輩のいじわる」
「すまんすまん。分かってる、分かってるよ。俺が出す赤字が1なら、お前が出す黒字は10以上に決まってる」
「そうじゃなくて……はぁ」
「……あのな、自分がファンを減らしかねない行動をしてるって自覚はあるか? マネージャーさんによると、お前のファンは男性が多いんだぞ」
清楚、と表現するのがまさにふさわしい、涼やかで澄んだ、それでいて優し気な声。
俺を相手にするときに口調が荒くなった時でさえ、その声の美しさは損なわれていない。
加えて、彼女の「ガワ」は金髪ショートで紅目の美少女。八重歯がちょこっと覗いて、一人称が僕であるからか、"重稲銀輔とギャンギャンやりあっている時のほうがキャラクターイメージに合う"などという声もあるが、それはそれ。
そういう女性の場合、まず場合によっては男性との配信すらNGが出ているケースもある。荒れるというのは究極的にはどうでもよくて、熱心な固定客のファンが離れてしまうのが問題なのだ。そしてグレートスターズが分析する限り、小金丸サキは相応の男性客を固定層として抱えている。
「たとえば僕に恋してる、とか? ……これは普通の配信でも言ってますけど、本当に意味が分かんないですよね。会ったことも話したこともないだけならともかく、会うことも話すこともできない相手に恋して、何になるんです? 絶対に成就しない夢じゃないですか。そんな夢……」
サキ、いや"水無瀬"は続きを言いかけて、結局その何かを飲み込んだ。
「…………僕個人の意見で良いですか」
「おう」
「そうした厄介客は大事にしたくもないです。先輩と絡むからって離れていくファンのことを、僕はどうでもいいと思ってます。だって今までシュガーさんなんかはかなりの回数コラボしてますよ? なんで先輩の時だけ例外なんですか? そこで離れる人なんて、僕からするとファンでも客でもないです。むしろいなくなって欲しい」
言い分には、一理ある。
ガチ恋になるような厄介客はよく金を落とす一方、SNS上や配信上などで暴れて肝心の当人に迷惑をかけるようなことも少なくない。そうした層を、既にふるい落とし済みというのなら。
「分かった、分かった。今回は俺の負けだ。ただし信頼できる社内のモデレーターは裏でちゃんと呼んどけ。こっち側にかかる火の粉は俺のモデレーターが捌いてくれる」
「はい!」
結局理屈で言い負かされた俺は、サキと配信をすることになった。
【先輩か】四面子一雀頭プラス役【後輩か】
「皆様、聞こえていますか? 重稲銀輔です」
お決まりの確認を経て、すぐに続ける。
「後輩なのか先輩なのかよく分からない状態が続いていましたが、今日で白黒つけようと思います。本日は後輩の小金丸サキさんをお呼び……ん、呼んでます」
「何で言い直したんですか……? はい、きちんと色があるのに透明系VTuberとよく言われる、小金丸サキです。先輩のことは結局先輩と呼ぶことになりました」
・了解
・シゲ先輩←→サキ後輩
・配信タイトル的に麻雀?
・麻雀かー、よくわからん
・多分その透明はそっちの色の話じゃないんだわ
「そうですね。先日メン限で麻雀配信をしたところ、全然関係ないはずなんですが、なぜか自分にも麻雀を教えろと騒ぎ出してですね」
「とうぜん
「またも純然たる私欲100%。こいつ一回しばかれたほうがいいのでは」
・草
・草
・草
・黒字化したらしたで新しいタスクが降ってきそう
「あー、あり得ますね」
「そりゃ多少は増えますけど、本業を圧迫しないようにちゃんと配慮してもらえますよ。
「一応あなたと同じ基準の言葉を使ってるんですが」
「僕は後輩だからいいんです!」
・そうなんか
・草
・草
・理論が無茶苦茶で草
・シゲさんにだけ当たりが強い女
「……頭の中で俺と私を切り替えるの苦手だからあんまりやりたくなかったんだよ。これでいいか?」
「うふふ、はい!」
・嬉しそうw
・シゲさんからはぞんざいに扱われた方が喜びそうなんだよなサキさん
・尻尾があったらめっちゃ振ってそう
「誰が大型犬ですか! 僕は猫派……でもないなあ。どっちも可愛がるかも。先輩は犬派ですか、猫派ですか?」
「俺は動物アレルギーなのでどっちも遠ざける派だ」
「あらら」
「……そろそろ本題に入るぞ?」
「あっ、はい。お願いします!」
逸れかけていた意識を本題に戻して、俺は画面上に1枚の画像を表示する。
「えーまず、麻雀について説明する前に。サキはトランプのポーカーってやったことある?」
「実物ではないですけど、ゲームのカジノでならやったことあります。多分皆さんが想像してるゲームであってます」
・国 民 的 R P G
・なんだかんだ2のころから賭博要素が入ってるシリーズ
・ダブルアップで7が出て絶望するやつ
「おっけー。麻雀をかなり雑に説明すると、手札の枚数が増えたポーカーのようなものだと思って。麻雀で集めるのはカードではなく
「ふむふむ」
「まずはどんな牌があるかから説明しよう。
{一萬、二萬、三萬、四萬、五萬、六萬、七萬、八萬、九萬} この9個が
{一筒、二筒、三筒、四筒、五筒、六筒、七筒、八筒、九筒} この9個が
{一索、二索、三索、四索、五索、六索、七索、八索、九索} この9個が
これはトランプで言うと1~10の札にあたるね。トランプでは
「じゃあ例えばこの、一の萬子、っていうカードが4枚あるってこと?」
「そう。各々が4枚ずつある。まずこの時点で"役"の成立がめんどくさいのは何となく想像つくよね」
「まあ……しんどそうですね……」
「そっちは後で説明するね。残りの牌はこちら。
{東、南、西、北} こいつらは
{白、發、中} こいつらは
こっちも4枚ずつあるよ。これで合計34種類、各々が4枚ずつ登場するので、なんと136枚もの牌がフィールド上に存在する」
「うひゃー」
「136枚*1の中から、14枚を使って役を作らないといけない。これが麻雀の超基本ルールね。で、実際の麻雀の画面がこちら」
事前に切り取っておいた、ネット麻雀(4人)のプレイ画像を表示する。
自分の手番になっているので、牌は13+1枚の状態だ。
「ゲームが始まると、まずそれぞれのプレイヤーに13枚の牌がランダムに配られます。自分の番になると、この積んである山から1枚を引いてきて、それで14枚の状態を作ります。ここで
「へえ……そのアガリの条件っていうのが、役を作ることですか?」
「いや、役だけじゃダメ。麻雀のアガリには"
「あっ配信タイトル。なるほど、勝利条件だったんですね」
「雑に言うとそういうこと。で、面子と雀頭って何やねんという話になるけど。
面子は、おんなじ図柄で階段状の数字3枚か、または全く同じ牌が3枚の状態のこと。
雀頭は、全く同じ牌が2枚の状態のこと。
これに加えて、特定の組み合わせによって成立する"役"が必要になる」
「……アガリってそれだとかなり大変じゃないですか?」
「うん。どんなに上手な人でも、
「思ったより高いような、低いような」
「まあ基本は4人で遊ぶゲームだからね。1人当たり20%から25%と考えると、結構な割合で4人の内誰かは
「そういわれてみれば、そうですね」
「ああ。今日は、ロンとツモに絞って説明するね。さっき、14枚の中から1枚を捨てるって言ったけど、
「ええ?」
「つまり、なーんも考えずに牌を捨てていると、いつのまにか他人が
「怖っ。じゃあ捨てる牌も考えて捨てなきゃダメってことですか」
「特に後半は気を付けたほうがいいね。誰もアガれないままゲームが終わるときって、大体この"捨てたらやばそうだな……"のにらみ合いの結果起きてることが多いよ」
「あっ、なるほど……」
「逆に、自分の手番で引いてきた牌で
何が違うのかというと……点数の動き方が違います」
「点数?」
「そう。麻雀は
「それだと"ツモ"のほうが強く聞こえますけど、そうじゃないんですよね?」
「そこは本当にケースバイケースかな――おっと、そうだった。"ロン"でも、"ツモ"でも、何点を徴収するかは、自分が作った"役"の大きさによって決まるんだ。ただし、ツモの場合はそれが3分割*2されて、ロンの場合は1人が全部背負う」
「ああ……特定の人をもし狙い撃ちできるなら、したほうがいいケースもあるってことですね」
「さすが、その通り。ただ世の中そんなに上手くいくことはあんまりないね。多く点を持っている人は、なるべくロンされたくない訳だから、ロンされないように牌を捨てていくから」
「なるほど」
「……ここまでが麻雀の共通ルール、だいたいどこでも共通するものかな。さて、それじゃあ……お待ちかね、"役"の説明タイムだ」
「やった!」
「麻雀アプリは起動しているね? その右上にあるなんか巻物みたいなアイコンをクリックして――――」