広瀬由希はままならない   作:ひろせとら

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ふたつのダイアローグ(1/2)

 

 モノローグ/独白は厳密な意味では存在しない、とされる。

 

 わたしがたとえ、ひとりきりで壁に向かって話していたとしても、話者である自分自身と聴者である自分自身が同時に存在し、それはダイアローグ/対話になるからだ。

 

 わたしたちは頭の中で常に対話を行なっている。

 

 物語の登場人物の場合はさらに、そのモノローグが書かれる要求によって、読者に対しても会話の窓が開かれることになる。読者は直接のやり取りはできないけれど、そこで生じる対話は時に現実のそれを凌ぐ体験を与えてくれる。

 

 云々。

 

 ジタバタしていた頃に読み漁った脚本術の本にこんなことが書いてあった。特に感銘を受ける話というわけではないにも関わらず、常に自身の思考がやかましいと感じているわたしにとっては腑に落ちるところがあって、その下りはよく覚えているのだ。

 

 わかった、モノローグは存在しないとしよう。独り言でさえ自分に言い聞かせるか、誰かに聞かれることを願ってやまない感情の欠片が詰まっているのだと。

 

 そして、こと創作にあっては登場人物のモノローグは明確に誰かに対して向けられたものであり、そうでなければ存在を許されない。

 

 散文は、その存在自体が対話だ。書き手は自分自身と対話し、まだ見ぬ読者との対話を望んで言葉に意思を託す。紙に書かれた文字、電子上のデータにはアクション/リアクションの関係はないけれど、読者との間に何かの火花が散ることを期待している。

 

 であるならば、二者の間で交わされるデュアローグはどうだろう?他のダイアローグは?

 

 もちろん、一般的な用語である「対話」の存在に疑う余地はなさそうだ。しかし、モノローグのように誰に対して話しているのか、誰が聞いているのか、誰のどのような反応が期待されているのかについて考えてみると、対話には様々な形と効果があり得るのかもしれない。

 

 なぜ、わたしはこんな当たり前のことをつらつらと書いているのだろうか?

 

 それにはわたしの個人的な衝撃と興奮と鈍痛をもって、「対話」の意味を思い知る出来事があったからなのです。まあ聞いてください、酷い話ですから。

 

◆◆◆

 

 昨年の用宗旅行を主催された銀のスコップさんに新年会に誘って頂いた。

 

 新年会といっても単なる飲み会にあらず、茨城は小美玉市のサバイバルゲームフィールドで朝からひとしきり遊んでから大洗に北進し、夜にあんこう鍋を堪能するといった豪快なもので、はるか先生や観音さんを交えて毎年実施されているそう。

 

 昨年お世話になったとはいえ外野のわたしがノコノコと参加してもよいものかと思いつつ、二つ返事で参加を決めた。冬の大洗は実に魅力的であるし、仲間内のサバイバルゲームはいつだって楽しいもの。用宗の楽しかったほとぼりが冷めないうちでもあったため、断る理由が見つかるはずもなかった。

 

 参加表明の折りに、はるか先生が年末年始に多忙を極めているとのことで大洗からの参加になった関係で、これまでは同乗していた観音さんがドライバーを募集していたので、わたしは手を挙げることにした。

 

 貴重な機会だ。

 

 ドライブは、現代の茶室であり屋形船である。他に誰もいない密室で、言うなれば相手を独占できてしまう。大洗ともなれば往復で5時間近く、他人をこんな長時間にもわたって目の前に留めておく方法は、なかなか見つからないものだ。

 

 熱弁をふるうのには訳がある。ドライブの時間がとても大事なのだと気付いたのはしばらく前、まだわたしがアカデミアの道を諦めていなかった頃だ。わざわざ大学院に進んでもなお、わたしの本質は怠惰なままで出来のよい学生とはお世辞にも言えない体たらくであったものの、指導担当の教授とは懇意にしていた。ボス、師匠。わたしの最初の恩師だった人。

 

 時々家畜の匂いが漂ってくるような田舎のキャンパスだったことから自動車を足にしていたところ、いつの間にかタイミングが合えば恩師を最寄り駅まで送るのがルーティンになっていった。相手は各方面から引っ張りだこの学者先生であるのに、わたしときたら話す内容はくだらない、研究に関係ないことばかり。

 

 悟られている自覚はあっても、浅学であることを詳らかにされたくはなかったものだから意図してその手の話題を避けていた。相手はその分野で誰よりもリードしているのに、わたしは新聞さえロクに読んでいないものだから話を合わせられるはずもない。

 

 ――ああ、この頃からわたしはまるで変われていない。

 

 ではなぜ身に過ぎた付き合いを続けようとしていたのか?その答えは単純で、その人と過ごす時間が楽しかったのだ。

 

 わたしの恩師は教授というまともな「人間」がほとんど観測できない人種の中でも稀な、とても稀な「人間」だった。普通の会話ができて。気取らない、気さくな人で、わたしのような不真面目な学生に対しても根気強く向き合う。誰かに似ているかもしれない。

 

 多忙な恩師に代わって、最近の映画のどれがよかっただの、最寄り駅のどこのお店が美味しいだの、なんだの、そういう話で盛り上がった。くだならいものでも、価値がなかったとしても。わたしは、あの時間がすごく楽しかった。

 

 それからなのだと思う。子供の頃、無理に遠出に連れられて、吐き気に耐えながら乗らざるをえなかった時には想像もできなかった。ドライブはこんなに大事な時間であることを意識し始めたのは。

 

 だから、そう。

 

 観音さんとドライブする機会をみすみすと逃しでもしたら、とてつもなく後悔するであろうことは目に見えていた。

 

 躊躇なく手を挙げたはず。だとしても、当たり前のことだけれども、当日まで不安は絶えなかった。なにせわたしは、とんでもない口下手で、数時間も場をもたせるなんて芸当はできやしないのだから。

 

 口下手な人間ほど、間を埋めて喋らなければならないという強迫観念を持ち合わせているのだと思う。あるいは、間を埋めなくてはならないという強迫が、人を口下手にしているのでは。沈黙は必ずしも悪いものではなく、心地よい静けさというものは存在するのに。

 

 が、喋りの下手な人間は返答し辛い発言によって居心地の悪い静けさを量産してしまいがちで、その間に対する責任から言葉を更に紡ごうとする悪循環を生み出す。こうして、喋れないのに喋ろうとする哀れな存在が生まれるのでした。少なくともわたしはいつもそう。

 

 もちろん、どちらにせよ喋るのは観音さんの領分であって、わたしから話せる内容なんてたかが知れたことなわけで、それを受け入れるしかない。

 

 理解している。でも、不安は拭い切れない。ナチュラルボーンお喋りのまひろや、「小粋なトーク」を得意とするはるか先生のようにはいかないのだから、ナイーブな気持ちになるのは避けられなかった。

 

 もう一つの問題は、二人きりということは逃げ場がないということだ。相手に逃げ場がないということは、自分にも逃げ場がないことを意味する。他の人がいる場所では、都合が悪い、答えたくない質問に対して誰かが割って入ることもできるし、聞こえていなかったフリで強引に会話の流れを断つことができる。しかしふたりきりでは、そうはいかない。

 

 わたしは言うまでもなく今でも出来が悪い。作家を目指しているにも関わらず、また観音さんやはるか先生の近くで学ぶ環境に恵まれているにも関わらず低速飛行を続けていて、彼女たちも内心では苦々しく思っていることを感じている。

 

 誰かと一緒であったり、イベントの最中であれば頭の片隅に押し込める考えもまた、ふたりきりの場合には逃げ場がない。どうしても、その不都合な事実に向き合わざるを得なくなる。これを気掛かりではなくして、他に表現しようがあるだろうか。

 

 こういった心配事は、不安と心配を常とするがために、ドライバーとして手を挙げる際にもわたしの脳内を駆け巡った。

 

 では辞退すればよかったじゃないか。その通りだ。

 

 でも、わたしが取り組まなければならない問題は放置したところで解決しない。口下手である人間が相手に覚えておいてもらうためには、とにかく時間を使うしかない。

 

 なにより、わたし以外の誰かが、彼女の時間を独占することを考えると、耐えられない気持ちになったのだ。それをわたしが、わたし自身の意思で放り投げたのだとしたら。嫉妬や憧憬よりも、もっと原始的で子供っぽい感情があったのだと思う。

 

 だから、わたしの気後れや、観音さんの時間を奪う後ろめたさを足し算しても、ふたりきりになれる時間を選ぶことにした。

 

 

 そうして迎えた当日。遅れて到着したわたしを観音さんは笑顔で出迎えてくれた。

 

 実は観音さんと二人でドライブするのは初めてのことではなかった。記憶する限りでは二度ほど、乗ってもらっている。

 

 今回これまでと最も異なるのは、観音さんが助手席に座ったことだ。

 

 ふたりでドライブする場合はもうひとりが助手席に収まるのは当たり前のことかもしれないけれど、今まではわたしからそれを頑なに拒否してきた。

 

 万一のことが起きた時、わたしは、わたしの持つ資産を全て投じたとしても、責任を取り切れない。そして、運転において万一がない保障はない。せめて一番安全な場所に座って頂きたいと、運転席の後ろを進めてきた。いや、無理矢理ドアを開けて促してきた。恩師の頃からの習慣だった。

 

 安全を考えるのであれば、過去のわたしは間違っていないはずだった。

 

 ただその一方で、そうやって後ろに無理に押し込むのは相手を赤の他人であると、あるいはビジネスライクな上下関係でしかないという意思表示に受け取られかねないのではないだろうか。

 

 いつか肩を並べてみたい。その気持ちをわたし自身が踏みにじっているのではないだろうか。

 

 どうやら、わたしにさえも心境の変化というものがあるらしい。殊勝なことだ。座席の配置だけで一歩前進とするのは情けない気もするけれど。

 

 付け加えると、運転席の前後での会話はとてもぎくしゃくする。前後のどちらからでも会話を一方的に打ち切ってもよい雰囲気があるし、視界を共有していないので、まるで電話越しのように散漫なおしゃべりになってしまう。口下手なわたしを更に口下手にさせる悪手でもあった。

 

 だからこの日は敢えてドアを開けたりせずに、観音さんの判断に任せてみたところ、彼女は躊躇なく助手席に乗り込んだ。

 

 これだけのことで、わたしはとても嬉しかった。

 

 そして期待した効果があったのか、行きの車内では心配していたほど、ぎこちない会話にはならなかった。と、わたしは思っている。そのはずだ、そうであって欲しい。

 

 直接お話するには少し間が経っていたし、年明けで積もる話がないわけでもなかった。観音さんの最近のお仕事やこれからのお仕事、新年会について話しているだけであっという間に時間は過ぎてゆく。まさに行きはよいよい、ということだ。

 

 観音さんがわたしの話だけに意識を傾けてくれるのは、こういった機会以外にない。

 

 まあ、向こうからすれば、わたしの面白みに欠けた語りに何時間も耐えなければならないわけだけれど、一応は運転という大義名分を果たしているのでよしとしよう。いや、してほしい。

 

 あいにく他の誰かとのふたりきりでいる場面を知る術がないので比較はできないのだけれど、一対一となった観音さんは大勢でない時とはまた違った顔をみせる。

 

 真剣度が増すというか、茶化す感じがなくなるというか。

 

 それもそうだ。観音さんは生粋のエンターテイナーであり、ショーランナーであり、その場の最大幸福を常に重視する。いつだってその場にいる誰もが最も楽しく過ごせるように意識を配り続けるのだ。結果として、いくら自然であっても、それは演技に近いものになる。

 

 ふたりきりになっても、エンターテイナーであろうとし続けることには変わりはないけれど、その演技度のトーンは下がる。舞台裏の俳優のようなものだろうか。彼ら彼女らにも演技をしない時間はあるものだ。

 

 つまり、ここで交わされるダイアローグは、普段のダイアローグとは質的に異なる。ビール会のようなクローズドのような場所に比べても、はるか先生やまひろがいないのは大きな違いだ。他に話者も観測者のいない、紛れもなく純粋なダイアローグ。

 

 そのようにして、普段のわたしたちの喧噪からすると信じられないくらい、とても穏やかな時間と対話が車内を流れていた。飾り気なく、素のままの反応で。

 

 事故なく観音さんを送り届けることができさえすれば、わたしの仕事は完了だ。

 

 乗せるまでの不安が杞憂だったとしても、何事も起きなければ心配した甲斐があったというもの。普通にお喋りができたことを、喜ぼうじゃないか。

 

 しかし、どうにも。わたしはトラブルに愛されているらしい。

 

 うまくお話できるかなんて悩みが些事に思えるくらい、大変な目に遭うとは想像できるはずもなかった。

 

(つづく)

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