お酒に頼ってばかりであるのは、作家を志す身としてはよくないことに違いない。
というのも、お酒の力に頼って酔った勢いに任せなければ書けないということではなしに、お酒の力によって強引に話を畳もうとするわたしの悪癖に最近気付き始めたのだ。
億劫なのでとても数えたくないのだけれど、最近書いたものの多くをそうやって処理してきた自覚がある。それは一種の逃避であるとなじる自分がいるのだ。
酔って意識がフェードアウトするのは語りを終わらせる説明としてもっともなことであるし、お酒を飲んだことがある人に対しては手軽に共感を呼ぶことができる。何より、お酒について書いていて、実際に酔っているのだからしょうがない面もある。
なにかと都合がよいせいで、ついついそう書いてしまっていた。
しかし、これはよくない。悪い手癖だ。オチがわかりきっているなんてわたし自身だって好みではないし、作品の最も重要な総括を単調な繰り返しで済ませていれば、物語を描くスキルもまともに身につかないだろう。
春河童先生の敬愛する太宰治も、わたしの敬愛する坂口安吾も、お酒にまつわる悲喜こもごもについて多くをしたためた作家ではあったものの、彼らもここまで立て続けにお酒を扱ってはいないのだ。
それゆえに次に書く作品にはアルコールを一滴たりとも含まないものにしようと密かに心に決めていたのであるし、だからこそ、今度のイベントについて書くつもりはなかったのに。
何か書くほどのことも起こらないのではないか、あるいは起きて欲しくないと消極的に期待してさえいたのだ。が、期待は良し悪しに関わらず常に裏切られるもので、話のタネというものは、頼んでいなくても目の前に転がってくるものらしい。
◆◆◆
お酒も飲める同人誌即売会が今年もやってきた。第一回であった昨年は大変な盛り上がりで、わたしもはるか先生と一緒にしこたま飲んで食べて読んで遊んだことをよく覚えている。へろへろになった先生をお家まで見送ったのは、個人的にはよい思い出だ。
開催地も時間も昨年と同じ、会場のレイアウトも変わらないにも関わらず出展サークル数はとても増えたそうで、調理参加の枠は早々に上限に達してしまったのだとか。
わたしも昨年と同様に、出展されるユイ先生や樽生クラフトビールを持ち込むヨーコさんへの挨拶がてら、遅々として進まない原稿を放って参加することにした。
人混み。とにかく人混みがすごい。飲食可能スペースは人でごった返していて、同人誌の販売ブースも大賑わい。会場の都合もあるとはいえ、ビアフェスよりも混雑しているのではないだろうか。
出展者と参加者の距離の近さ、「俺の飯を食え!」「私の推し酒を飲め!」の熱気は即売会と飲食イベントのよいところが噛み合っていて、他の追随を許さないのではとさえ思える。
一般参加者であるわたしも本を買ったり、お酒を飲んだりと肩肘張らずに大いに楽しんだ。
今年は著名な作家やイラストレーター等々も来場・参加したために、各地で飲食しながらの即席サイン会が開かれたりと、昨年以上に場は混沌を極めていて、そんな様子をアテに飲むだけでも十分に非日常で楽しいものだ。
はるか先生はといえば、開場直後からお酒を飲みまくり、気焔を上げ続けてフラフラになった昨年が堪えたのか、やや遅れてやってきた。「遅いじゃないですか」と挨拶もそこそこに、先生に気付いたファンに囲まれてすぐに人だかりができる。
なにせ春河童先生といえば今をときめくスーパースター作家なのだから、当然のことだ。名刺交換会が始まる中、わたしはその輪から敢えて外れて、先生を追いかけないようにした。
常に視界に入り続けて追いかけ回さんとしていた昨年とはまるで異なる態度に、わたし自身驚くところがあった。
彼女に視認してもらいたかったし、彼女を視認していたかったわたしは、どうやら過去のものらしい。この心境の変化は一体なんなのだろう。
畢竟、はるか先生に四六時中ひっついていなくとも不安に思わない余裕ができたということなのだけれど、この余裕の源泉はもやのように掴み辛い。
たぶん事実として。現状においては、はるか先生がわたしを無視して無下に扱うことはないだろうと断言できることが、わたしを安心させているのだろう。傲慢な考えだ、わたしだってそう思う。未だ何者でもない癖に。これは傲りであると、否定できない。
それは彼女からもたらされている機会のありがたみを軽視していることに他ならない。その幸運を理解できていないのではないだろうか。そうかもしれないし、否定もできない。
もしくは単に、同じ場所にいるのにわたし抜きでも楽しそうなはるか先生を直視できずに強がっているだけ?いやいや、そんなまさか。憧れをそこまで屈折させるほど、自信過剰ではないはず。
しかし捻じ曲がった憧憬は抜きにしても、はるか先生に無視されない確信があった。確信についてくる後ろめたさも。
人は既に手に入れてしまったものの価値を常に見誤るものであるから。
これが努力なしにいつまでも続く関係ではないことは痛いほど理解している。本当に?本当に理解しているのだろうか。
この場ではどうしようもできない情念が、切れ切れにわたしを襲った。ただただ場を楽しんでいた昨年とは、違った感覚だった。
◆◆◆
そんなわたしのメランコリックな感情は置いておくとして、昨年から変わったことは他に何かなかっただろうか。もちろん、ある。ユイ先生だ。
とにかくユイ先生は酷かった。飲んだらいつも酷いのはもはや常識になりつつあるわけだけれども、それを加味しても昨年より遥かに酷かったのだ。
ビアフェスや即売会よりも自由で楽しい場で、ユイ先生がブースをついつい離れてしまう気持ちは痛いほどわかる。
自分も何か飲食で本を出してみようかしたとふと思ったものの、最初から最後まで楽しむ側でいたいという気持ちが勝ってしまったから、なおさらに。
しかし、その点を差し引いたとしてもブースを何度も何度も空っぽにするユイ先生の行動は酷いものでしょう。関係する人間でなければとても面白いことは否めなくとも。
彼女の奇行にはキリがないけれども、一例を挙げよう。頒布ブースから飲酒可能ブースに移動する彼女は毎回なぜかまっすぐに、高々と手を挙げてやってくる。堂々入場である。まるで教室の中で自分だけしか答えが知らない小学生みたいに。
そうやってビールを獲得し、あちこちで油を売ったあとにすごすごとブースに帰っていく。かと思うと、誰かに頒布を任せてすぐに飲酒スペースに戻ってくる。たぶん半分の時間も自分のブースにはいなかったんじゃないかな。
そうして飲酒と頒布の反復横跳びを繰り返すと、閉会の間際にはすっかりできあがっていて、いつものビアフェスにいるユイ・アラモードへと転身していた。閉会の一本締めぎりぎりまで自分のブースにいなかったのだから、さすがに閉口したものだ。
その後も烏の行水のように撤収を終えると、飲食ブースで残ったお酒に舌鼓。
片付けが苦手なわたしには目を見張る撤収速度ではあったけれど、まあお酒の力とはいかようなものかと呆れるばかりだった。
はるか先生も、彼女の様子には終始苦笑い。
二次会に行こうと盛り上がったのはいいものの、会場を抑えると豪語するユイ先生がろれつの回らないうちに爆ぜるような大声で予約の電話をかけはじめたものだから皆で諫めるのに必死だった。
ゴキゲンであるのは大変結構なことだけれど、その実像は典型的な酔っ払いのそれであって、顔の良いヨタ話お姉さんは輪郭も残していなかった。
昨年の用宗で散々と苦汁をなめさせられたわたしとはるか先生はユイ先生の先導を怪しんだが、周囲の方が介護しながら、一応は大丈夫だという。
もはやまっすぐ立つこともままならないユイ先生は背負ったリュックを両側から掴まれながら電車に乗り込んだ。
いまどき赤ちゃんやわんこだって大人二人で面倒を見ないだろう。
それがユイ先生にかかれば大人で取り囲んでも不安になるのだからいけない。
車内でも何かわけのわからない言葉をまくしたてる。本人にとっては意味のある内容なのかもしれないけれど悲しいかな、一言を聞き取ることさえ難しい。
はるか先生は意気揚々、二次会三次会どんとこいといった様子だったのに、もう隠しもせずに顔をしかめて、アルコールなんか抜けきってしまったようなとても渋い顔だ。
「大変なことに巻き込まれてしまったぞ、しかしこのままこのお姉ちゃんを放置するわけにもいかない」
その葛藤が手に取るようにわかる。
観音さんや銀のスコップさんが主催であれば別の人が面倒を見て起こるはずがない事態であるので、この不安そうに慌てるはるか先生は珍しい景色だった。
同じくこの人災に巻き込まれてしまったわたしといえば、ユイ先生のどうしようもなさに呆れる半面、はるか先生が大変な目に巻き込まれているシーンを見逃さずに済んでよかったと思う半面。
はるか先生は、性格的にも状況的にも、嫌そうな顔をなかなかみせない。それが「うわあ」と、哀れむ目をしているのだから貴重だ。まあこの表情を自分がさせていないだけ重畳だろう。
皆の甲斐甲斐しい世話もあってお店にはなんとか辿り着けたものの、ユイ先生はビールのグラスをひっくり返すは途中から突っ伏して寝始めるは散々だった。彼女の名誉のために付け加えられることは、なにかあったかな、どうだろう。うん、思い出せない。なかったのだと思う。
書いてしまったからには後の祭りなわけだけれども、これは“変わった”ことを示す例といえるのだろうか?ユイ先生が飲んだら酷いのはもはや定説・公式・常識であって、個々の事件がいかに酷いものだったとしても、特筆すべきことではないように思える。
しかしユイ先生の奇行録は求める声も多くてどこかに残しておくことが社会的義務の感があるし、ご本人も昨年からの変化を悔やんでいたそうであるから、ここに残しておくことにしよう。
◆◆◆
そうやって二次会三次会と経るうちに、わたしは嫌な事実に気付いた。辿り着いてしまった。
今回のイベントではわたし自身に大きな心理的な変化はなかったのだから、エッセイとして書けなさそう、書かなくてもよさそうだ。一安心。
一安心、じゃない。どこが安心できるのか。
心理的な変化がなかったことは一大事ではないの?
昨年と同じイベントで、昨年と何ら変わっていない自分に安心だって?それって、なんの成長もしていないってことじゃないか。
物語だろうがエッセイだろうが、なにかの価値が作品を通して変化しなければいけないはずだ。ゆえに、ただお酒を飲むだけではお話にはできない。わたしの中に何ら変化が起こらないのだから。
しかし、昨年と同じイベントに参加したことで、この「わたしの中に何ら変化が起こらない」が、「わたしに何の変化もない」という事実を臓腑の奥に深々と突き刺してきたのだ。
これは痛かった。煮えるように痛かった。血が流れるような気がした。はるか先生たちとの楽しい酒席にいるにも関わらず、冷や汗が垂れ、嫌な耳鳴りがこだました。
ああ、まさに。変わらないことは悪徳なのだ。
わたしはこの一年でなにも変わっていない。同じ場所で足踏みを続けている。どうだろう、むしろ後退しているかもしれない。昨年には鮮烈に感じた、先生たちへの憧憬や、巨人を見上げる苦々しさは慣れという毒にマスキングされてしまって、他人事のようになってやしないか。一年という期間は、重いものだ。本来であれば、もっと苛烈な焦燥を感じて然るべきであるのに。
お酒のせいで、酩酊感のせいで普段は意識して目を背けていた事実に直面してしまった。この不愉快な発見は酔いを完璧に吹き飛ばしてしまい、明晰になった頭と気怠い身体が、憂鬱な思考に拍車をかける。
つい最近、はるか先生と観音さんが語っていた、ぞっとしない一節を思い出す。
「3カ月経ってやってることの変わらないクリエイターにはなんの価値もないからね」
わたしに向かって話したわけではなかったけれど、わたしの前で話したのは、きっとそういう意味ではあるのだろう。
わたしがそれでも見捨てられておらず、わたし自身が彼女たちに無視されないであろうと確信できているのは、何かしら特別な地位を確立できてしまったからに他ならない。
これはわたしの才能によるものではなくて、なにか場所とタイミングがかみ合って、かつ彼女たちの同情を誘う理由がどこかにあったからなのだろうと思う。
わかっている、だからこの特別な地位は誇示できるものなんかではなくて、むしろ頼りない、かすかな、いつ切れるかわからない命綱に過ぎない。これこそ、自戒として記録しなければならないものだ。
謙虚とまではいえなくとも、気持ちとしては傲りとは対極の位置にあるはずだ。と同時に甘んじていることはどうあっても否定できないけれども。
作家、三月経って変わらずば刎頸すべし
これである。せめて先生たちの手で首を刎ねられる前に、自ら変わらなければならない。
◆◆◆
卑屈こそが我が取り柄であり、ここで終わったつもりであったけれども。
この話には続きがあり、よくないことばかりでもなかった。
即売会の翌日、観音さん主催の蕎麦会があった。慶子さんが東京に戻られた折に合わせて、桜蕎麦を頂くという趣旨であった。
観音さんのホームであるので、矛先が急に向かないよう、目立たないようにするのが常態化しているわたしは、前日のこともあって萎れているユイ先生と一緒に端っこで縮こまっていたところ、意外な声かけがあった。
「まだまだだけれど、だいぶ大人になったよね」
と観音さん。
「昨日はね、私驚いたの。広瀬ちゃん成長してるって」
とはるか先生。
薮から棒にこそばゆいのなんの。これからぶっ叩く前振りかと身構えたけれども、そういうわけでもないらしい。
何のことかと言えば、三次会での一件がはるか先生の関心を引いたようだった。
完全にダメな酔い潰れ方をしたユイ先生とは対照的に、はるか先生はこの日やたらと元気だった。ユイ先生が改札に消えていくのを見届けると、役目は終わったといわんばかりに「よし三次会行こう!」と腕まくり。
「広瀬ちゃんも来るよね?」なんて聞かれることもなく、「お店はこっちだから」と袖を引かれるのは嬉しいやらなにやら。
軽やかな足取りのはるか先生に導かれて、ユイ先生やヨーコさんの飲み友達であるデザイナーの方々と一緒に三次会へ。
どのような経緯だったのか記憶が曖昧だけれど、そのうちの一人と何か言い争いになったのだ。わたしとその方の名誉のために付言しておくと、何もわたしは飲んだら誰かに喧嘩を吹っ掛けるようなタチでは断じてない。いつも巻き込まれるだけで、なおかつ争いを避けるアンテナが低いというだけだ。
混濁した記憶を手繰ると、何かの作品の感想について話していたことまでは思い出せた。批評でない感想はいつだって楽しい話題だけれども、泥酔手前まで飲むと信仰の問題くらい過熱してしまうものだ。
「広瀬ちゃんの感想を、他人の意見に左右されていない、混じり気のない感想が聞きたいんだ。貴方はいったいどう思ったの?」
「わたしも感想はそういうものとして捉えたいのです」
「捉えるとか、そういう話はいいから!貴方だけの感想があるはずでしょう」
「いいから最後まで聞いてくださいよ。わたしもわたしだけの感想を申し上げたいのはやまやまなんです。でも今の世の中、話題になった作品について回る評価を全て避けるのは不可能じゃないですか」
「そういう御託はいいから!」
「この御託が大事なんですよ!わたしは観た瞬間はわたしだけの意見を持っていたはずでしたが、色々と目にしてしまった今、わたしだけの意見とは到底言い切れない。そういうことを申し上げているんです」
このような内容だったと思う。まったく。酔っ払いの会話を書きだすのは不毛である上に骨が折れる。
言い争いの発端も、それを続けようとする熱意も、すべてが謎だ。いったいわたしの感想の何が気に入らなくて、わたしもなぜ“わたしだけ”の感想を強調しようとしていたのかは思い出せない。
わたしは生まれついての原作至上主義者であると同時に極端にネタバレを嫌う性格だから、普段から他人の評価・感想を能動的に意識外へと追い出しているために、つまり思うところがあってスイッチが入ってしまったに違いない。
はるか先生はこのわたしたちの口論がいたく気に入ったらしい。内容についてではなくて、わたしが年上でキャリアもある人に対して一歩も退かずに、あるいは聞き入れずに、意見を押し通そうとしたことが大変お気に召したそうだ。
はるか先生の気持ちはわからなくもない。
でも絶対に、あの愉悦に満ちた微笑みを浮かべていたに違いない。隣に座っていたからわからなかったけれど。
観音さんはその話を耳に挟んだのか、「広瀬君はね、随分大人になったよ!」とやたらに上機嫌。
自分の仕込んだ駒がよそで負けなかったと言い換えれば、その機嫌の理由も推して量れるというものだ。
しかしまあ、字面通りに受け取ることはなかなか難しい。信用しているしていないの問題ではなくて、わたしは褒められたと認識すると途端に慢心するようにできているから。
言い合いで退かないこと、ああ言えばこう言うのスキルは普通の社会ではあまり歓迎されないスキルではあるけれど、クリエイターには必須のスキル、ということだろうか。
創作物には妥協と調和が必要な共同作業であろうとも、絶対に超えてはいけないライン、守らなければならない矜持があり、そこで退いてしまうと死ぬほど後悔することになる、のは想像に難くない。
また、いわゆる“ああ言えばこう言う”意地汚いテクニックは会話を描く時にはどうしても必要だ。物語の中のキャラクターは普通には喋らない。
わたしたちの日常会話は驚くべきほどの無駄と無目的と妥協に満ちているけれども、物語の会話にはビート、意味のあるキャッチボールが必要だ。ビートが刻まれるにつれてキャラクターたちの隠された内面が見え隠れする過程において、言葉と会話のレパートリーとそこに脈動する譲れない意志はどうしても必要になる。
敢えて執筆に引きつければこんなところだろうか。あまり真面目に取り合っても仕方ない気もするけれど。
「観音さんとのやり取りに比べれば、もう何も怖くないですからね」
「そうだろう、そうだろう!」
なにか余計なことを言って火種を増やしたくないから話を合わせる。
そこでわたしは自分で口に出して気付いた。これはあのこっぴどくしてやられた、大洗での事件を“よかったこと”として位置付けるための企みであると。
(フェイクであったものの、)観音さんが本気でキレたのはわたしのためだったのだ。
これから先、作家になれば退いてはならない局面が必ず出てくる。そこで押し込められてしまっては、守るべきものも守れない。だから僕が一肌脱ぐことで、彼女の成長を促したというわけだ。なんて思いやりのある師匠だろう、僕は。
とんでもない。
とんでもないけれど、それに口答えできるほどタフではなかったし、それこそあの壮絶であったやり取りが記憶に新しいわたしは、黙り込むしかなかった。
変われていないようでいて、変われたこともある。それが本人の望んだものでなくとも、望むものでなくとも。
あるいは変わることが常によいことであるとも限らない、ユイ先生のように。人がダメになっていく過程は傍から見れば楽しくても、本人や巻き込まれる側にとっては喜ばしいことであるはずがないのだから。
それが僅かでも褒められるものであるならば重畳というものだ。彼女たちが喜んでいるだけでも嬉しいし。
ならばわたしは変われないことをただ嘆くのではなくて、変わる努力を、少しずつでも続けていこう。今回はお酒に頼らずに二度にわたって〆ることができたのだ。取り急ぎ、それでよしとしようじゃないか。
(変わらない、変われない おわり)