清廉実直の大将軍   作:ばるばろ

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 戦国の七雄と称される七つの大国。

 しかしその一方で、この中華には小さな国が複数存在していた。

 

「不味いな」

 

 大国である楚に包まれる様に存在する小国“汨”。

 この小国が辛うじて国としての体裁を保っているのは、偏にこの国を守る大将軍満羽の力による所が大きい。

 精神的支柱であり、軍事的な柱。

 だがしかし、徹底抗戦を主張する軍部と降伏する事も視野に入れている王族・文官の間には僅かな亀裂が生じつつあった。

 今はまだ満羽が説得を繰り返すお陰で何とかなっている。だが、その先は――――

 最悪を想定し、満羽は首を振った。

 状況は悪いが、まだ最悪の状況ではない。であるのなら、敵を討つ総大将の自分が折れてしまってはダメだろう、と。

 

 だからだろうか。()()()()()()()()()()

 

「満羽様ァ!!!」

 

「んー?どうした?」

 

「報告します!突如、北より秦軍が襲来!楚の軍へと襲い掛かりました!」

 

「!」

 

 思わぬ報告。思わず、立っていた城壁の上から北側へと視線を走らせる。

 見れば、汨を囲んでいた楚兵の一部へと漆黒の集団が宛ら一本の鏃となって襲い掛かっているではないか。

 先頭を行くのは、鉄色の鎧に()()()()()()()()()()

 馬の手綱を握らず、体幹と両足の締めによって馬へと指示を出しながら、その男は両手の斧で楚の軍団を真っ二つに引き裂いていく。

 その男が刻んだ傷痕を、後続の騎兵たちが更に突っ込んで亀裂とする事で、面白いぐらいに軍は割れていた。

 

「紺、か……」

 

 その力を喧伝するために、軍勢には旗印がある。

 今現在、楚の兵へと襲い掛かる秦軍の掲げる旗は、“紺”そして“紫”。

 旗を確認し、満羽は外套を翻した。

 

「出るぞ!」

 

「へ……?」

 

「今が好機だ!秦の軍勢に合わせて、こちらも打って出る!!」

 

 秦軍と汨軍は、足した総数でも楚軍に劣るかもしれない。

 だが、その一方で勢いがあるのは前者だ。そして、戦場における勢いというのは数の暴力を覆す事もあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――援軍、感謝いたす」

 

 右拳を左手で包む拱手を示す男。

 相対した満羽の覚えた感想は、若い、というものだった。

 とはいえ、助けられたのには変わりない。拱手を返し、その黒曜石のような瞳を見返した。

 

「いや、助けられたのはこちらの方だ。俺は、ここ汨の将軍を務める、満羽だ」

 

「秦軍、白起将軍の副将を務めております、紺露と申しまする」

 

「ほう。かの六大将軍筆頭の白起の……何故、この地に?」

 

「ハッ!拙者が受けた命は、この楚における戦力を削ぐ事。この国を訪れたのも、偶然というものゆえ」

 

「だが、俺達はその偶然に救われた」

 

 言葉を連ねながら、満羽は紺露について測っていた。

 実力は、言わずもがな。こうして相対する事で、よく分かる。

 満羽に負けず劣らずか、或いは一回りは大きいかと思えるほどの巨体は、決して肥満によるものではない凝縮された筋肉の塊。

 得物であろう背負った大鉞と腰に佩いた二振りの戦斧はよく手入れされており、使い込まれている事がよく分かる。

 その使い込まれた得物に対して、身に纏う鎧はそれ程傷が見受けられない。いや、細かな傷はあれども深い傷が無いのだ。

 即ち、致命的なダメージを負う事無く、戦場を渡り歩いてきた猛者である証明。

 

「これから、紺露殿はどちらへ?」

 

「西へ。秦と国境を接する楚の領内を荒らした後、長平へと戻る算段に御座る」

 

「長平……成程、楚兵が騒いでいたのは、ソレか。大きく秦が趙と韓の領地をえぐり取ったと」

 

「それもすべては、白起大将軍のお力があってこそのもの」

 

「そうか…………良い主に、恵まれているな」

 

 羨ましい。喉元まで出かかった言葉を、満羽は飲み込んだ。

 己の全身全霊を捧げるに値する主の存在というのは、命のやり取りをする戦場に生きる武将にとって何物にも代えがたい幸運であるというもの。

 そして、満羽は考える。果たして今の自分が仕える王は、国は、その忠誠に応えてくれているのかどうか。

 その内心を、知ってか知らずか紺露は口を開く。

 

「それは、貴殿も同じ事ではありませぬか?」

 

「なに……?」

 

「楚は、大敵に御座る。歴史古く、人の層も厚い。そんな敵を前に、しかしこの国の兵の目は折れていない。それは偏に、貴殿の力に因る所が大きいのでしょう」

 

「……」

 

「それほどの方が仕えるのです。素晴らしい主なのでしょう」

 

 裏も打算も無く、本気で紺露はそう思っている。

 彼の忠誠は、その全てを大恩人である白起に向けている。一方で、白起を配下としている秦王に対しての忠誠心は一欠けらも無い。

 これは、彼が秦王を嫌っているとかそういう事ではなく、単純に顔を合わせる機会に恵まれていなかったから。

 それでも紺露は、秦王の事を凄い人間だと思っている。

 

 ソレは偏に、白起が忠誠を誓っているから。

 

 白起のみならず、六大将軍の何れもが秦王への忠誠を持っている。だから、秦王は素晴らしい主。そんな子供の様な無垢な理論。

 一方で、真っ直ぐに澄んだ目を向けられて、満羽はたじろいだ。

 既に、汨という国は二つに割れていた。楚に屈する気は無い軍部と、自分達の安堵を求める王侯貴族の間にある軋轢である。

 終わりが見えない、崖っぷちの戦いは精神を鑢の様に削っていった。

 

 その後、汨一帯の楚軍は撃滅される事になる。

 

 そして――――、

 

 

 

 

 

 

「良い男がいるじゃないか」

 

 英傑は集う

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