【ルーム帝国もの、第二部】先日病死された高貴なお方の死因が実は毒殺であるという不敬な噂に関する調査報告   作:お話を聞かせて

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軍団未着の続きだよ
どんどんぱふぱふちゅっちゅごろにゃーん


倒れ伏すスフィンクス

 

 序文 彼は本当に病死なのか

 

 不意に白く冴え返ったアフリカの日光が俺の眼球を刺した。俺は眩しさに二、三度またたく。涙が目の端にじんわりと浮かんだ。

 

 俺は馬車の窓に切り取られた風景に目をやっていた。初めて訪れたアフリカの大地、強い日差しのもと緑豊かな果樹園や様々な種の畑が次々に現れる。この土地の豊かさが一目して瞭然だが、今の俺の脳髄と精神は、まったく別種の厄介な、実に厄介な事柄に占められていて、特別な感慨は浮かばなかった。

 

 正面に座るコルシュを見る。彼は体を若干前のめりにし窓枠に手を突き広がる風景に目を凝らしていた。首都ルームの西南にあるオスティア港を発ってから彼の瞳は好奇心に輝いている。今や完全にルームの海となった地中海を軍艦に乗って横断し、アフリカ属州の一部をなすカルタゴの円形軍港に到着、そこから総督府を目指し帝国の兵士によって築かれた街道を行くこの道中は、彼にはまったく未知の光景だ。俺だって彼と二人アフリカ属州をめぐる慰安旅行などであれば、もっとまわりの風景を楽しむ余裕を持てたのだが、今は任務の最中、それも参謀総長直々の、心に余裕はない。それにあまりうれしくない同道者もいる。

 

「しかし、息が詰まりそうな沈黙ですね」

 

 俺の心を読んだのではないだろうが、同道者の一人が口を開いた。俺は傲然と彼に目線を向けた。

 

 年齢は俺と変わらない、丸い眼鼻の純朴な顔立ちの男で、顔全体がかすかに赤らんでいる。どこか家畜の世話をする牧羊業者を思わせる容姿だが、目つきに油断はなく、制服の記章は彼が帝国軍警察局に所属する大尉であること示している。

 

 彼は同意を求めるように四人乗りの馬車を見回した。

 

「大尉、俺は会話を禁じた覚えはない。沈黙を厭うのなら何か喋ってみろ」

 

 俺が言い放つと大尉は頷いたが、自分の向かいに目をやった。

 

「中尉、中佐の従卒殿を除けば君が一番階級が低い。なにか話題を供せ」

 

「はっ」

 

 コルシュの隣に座った中尉が敬礼して答える。

 

「小官は参謀本部作戦課資料管理班、リュー・ジャオジュン中尉であります。帝国の英雄、ハヤシ・ヒデノリ中佐の指揮下に配属され光栄であります。何卒ご指導ご鞭撻の程よろしくお願い申し上げます」

 

 ジャオジュンは正面を向いたまま、視線を少し上目にやり、はきはきとした発声で一息に言い終わった。

 

 ……馬車の車輪が石畳を転がる音が響く、大尉はジャオジュンの次の言葉を待っていたが、彼女は一部の隙もなく姿勢を正し何も言わない。

 

 大尉はゆっくりと口を開いた。

 

「中尉、それで終わりか」

 

「はっ、そのとおりでありますアプレイウス大尉」

 

 ジャオジュンとアプレイウスのやり取りは馬車内に白けた空気を醸成した。

 

 アプレイウスは難しい表情の変化を見せた。彼女は慇懃な態度で要請を拒否することで自分を侮辱したのではないか、そんな疑いが一瞬兆し、しかしすぐにそれを打ち消した。けして悪意ではない、この女はそういう女なのだ。心の内でそう結論付けてむりやり納得する、彼の心の内はだいたいそんな感じだろう。

 

 アプレイウスの面子のため、またジャオジュンに抱いた嫌悪感が俺の口を開かせた。

 

「中尉、それは最初に会った時に聞いた。大尉が会話の種にしたいのはそんなことではなかろうよ」

 

「はっ」

 

 ジャオジュンは細い眼をさらに細めて、一瞬俺の顔を見た。しかしすぐに目線をそらし、何か考える素振りをする、眉をひそめたその顔は美しいといってよかった。悩まし気で匂い立つような東洋人の美しさが漂う。しかし、彼女に惹かれるかと問われたらそれは否だ。顔も体つきも良いが、俺は種々の事情から彼女を好きになれそうにない。

 

 しばらく考えたあと彼女は口を開いた。

 

「小官はハン属州の出身であります。十歳の時に本国に召還されたのち、教育を受ける機会に恵まれ、帝国軍に奉職することを許されました。そして私の内にある特殊技能を評価がされ、ついには光輝ある参謀本部の属員になる栄誉を与えられたのです。これもみな皇帝陛下の慈悲と威徳によるものと理解しております。この御恩には命を賭して報いるつもりです。護衛、襲撃、暗殺、その他なんなりとお命じ下さい」

 

 俺とアプレイウスは顔を見合わせた。お互いの顔に共通の感情を発見する。

 

 杓子定規な軍人らしい答弁をしたと思ったら、今度はあけすけに自己を開示した。何なのだこの女は? 疑問とも反感とも判別がつかない思いが心中に黒い澱のようにわだかまる。

 

「ふむ」

 

 俺は内心を隠して頷いた、ジャオジュンの顔を正面から見つめる。彼女は目線をこちらに合わせぬまま背筋を伸ばしている。彼女は俺に会ってからずっとこの調子だ。機械的に軍人としてふるまい一瞬たりとも人間らしい感情を浮かべない。

 

 上官に対し隠すところなく自己を開示したのは、軍人の亀鑑と言えなくもない。彼女は厳しく自分を律しているのであろうか。

 

 だが、違和感がある。自分に厳しい軍人というは、その実、自負心の塊だ。自分の有能さや地位から来る強烈な誇りが彼らの態度を支えている。しかし、彼女からはそのような心の奥底が見えてこない。無論、人の内心など容易にうかがえるものではないが。

 

「ハヤシ中佐、発言してもいいですか」

 

 黙っていたコルシュが手を挙げる。従卒らしい態度をとっているが心は弾んだままなのが手に取るようにわかる。

 

「もちろんだ、コルシュ上等兵」

 

 俺は優しく微笑んだ。自分より階級の低い軍人二人の前であれば、コルシュへの態度を無理に固くする必要を感じなかった

 

「ジャオジュン中尉はハン属州出身なんですか?」

 

「はい、そうであります」

 

 ジャオジュンはコルシュにも丁寧に応じた。階級ははるかに下だが、俺の従卒なのだ。居丈高に応じられるわけがない。

 

「ヤマト属州と海を挟んで隣なんですよね、どんなところなんですか」

 

「はい、かつては未開な蛮地でありましたが、ルーム帝国の統治により文明化が著しいです。蒙昧な因習とそれによる悲劇は永久に破棄され、一部の搾取者が富を独占する不公平は速やかに是正されました。民衆はルーム帝国の属州民となれた望外の幸せを喜びの内にかみしめております、無論、小官も例外ではありません」

 

「……えーと」

 

 コルシュは困ったようにこちらを見た、俺は苦笑いで応える。付き合いの長い彼であれば俺が忌々し気な感情を抱いているのを感じ取っただろうか。

 

 なるほどジャオジュンの言葉は帝国の公式の声明をなぞったものだ。帝国軍人としては文句のつけようがない。しかし実際のところ、かつてのハン帝国は十分に文明国だった。ことは文明対野蛮、という単純な図式ではない。そもそも野蛮が文明に劣るわけではない、ということは置いておくとして。

 

 ルームは単純にアシアの富を目的とする征服事業の一環としてハン帝国を滅ぼしただけだ。彼女が口にした蒙昧な因習とはその土地固有の文化と換言でき、一部の搾取者とはハンの王族と貴族のことにすぎない、帝国だって皇帝と貴族が民衆の膏血を絞っているのは同じではないか。結局、強者が弱者を隷属させただけのこと、それはハンの王族に血を連ねるジャオジュンであれば十分理解できているはずだ。

 

 無論、被征服者としての彼女の立場は分かるが、自分の故郷をあからさまに貶めるのは聞いていて気分のいいものではない。だから俺は言った。

 

「俺はヤマトの文化を愛しているがね」

 

 征服されたとてその土地の歴史の全てが否定されるわけではないだろう中尉?

 

「はっ。ヤマト属州は帝国統治下にあっても独自の文化が生存する風光明媚な土地だと聞いております。いつかは訪れてみたいものです」

 

「ほう、そうか」

 

 俺はジャオジュンの表情を観察する。

 

 かつてのヤマトは東アシアの大部分を支配していたハンの属国だった。長い間、ヤマト人はハン人に跪く身分であり、ヤマトの王族は海を渡りハンの国王に面会し朝貢を行い、ハンの国王はその見返りとしてヤマト王権を承認した、ヤマトという地名が青史に現れたころからハンはヤマトの上位者だったのだ。しかしルーム帝国の征服事業により状況は一変する。独立国の誇りにかけて帝国に徹底的に反抗したハンは被征服後、懲罰的措置として属州の中でも低い地位に置かれた、一方ヤマトはルームの支配をあっさりと受け入れたために優遇され、ヤマトとハンの地位は帝国内で逆転することとなった。しかし、蔑視してきた民族が自分たちより立場が高いこととされて、そう簡単に受け入れられるものではないだろう。ジャオジュンの瞳には、ヤマト民族である俺への隠しきれぬ憎悪があってしかるべきだった。

 

 しかし、彼女からそんな感情は全く感じ取れない。

 

 正直に言えば、彼女が俺に対して民族的な偏見、差別心を明らかにしていれば、俺はむしろ安心した。人間とは自分でもどうにもならない感情を抱えているものだ、俺はそれを責める気はない。俺の命令に従っている限り、内心など自由にしてくれていい。しかし、内心など存在しないかのように振舞われるのは不気味なのだ。

 

 彼女が感情を隠すのが上手いだけならいいが、そうでないなら、本心で自分の故郷がルームに征服されたことを喜んでいるのならば、はっきり言って人間として好きになれそうにない。人間的な好悪を仕事に持ち込むつもりはないということは置いとくとしても。

 

 俺は淀んだ空気を入れ替えようと窓を開けた。砂埃が混じった風が頬を打つ。畑に紛れて人家の姿が目立ってきた。総督府が近づいている。かの人物の竜顔を拝するのももうすぐだ、俺は果たして彼にどんな印象を持つだろうか。すこし心が騒ぐ。

 

 しかし、相手からどう思われるかについては気を悩ませる必要はない。

 

 総督府の中心には政務のための庁舎と軍団の基地が集まり周囲を城壁が囲んでいる。我々の一団を通した門衛の表情を確認した限り、どんな事態が進行しているかは知らないようだった。もし耳にしていればこんな平静な表情を保ってはいられまい。

 

 市街の様子にも特に変わったところはないし、情報管制に問題はないようだった。

 

 門衛の連絡を受けた少佐が俺たちを迎えた。

 

「お待ちしておりました」

 

 彼は実に暗い顔をしていた。

 

 門衛の連絡を受けた少佐が俺たちを迎えた。

 

「お待ちしておりました」

 

 彼は実に暗い顔をしていた。

 

 俺たちの馬車の後に馬に乗って付いてきた兵士を建物の前に待機させて、俺とアプレイウス、ジャオジュン、コルシュ、そして年配の医官が彼の先導で庁舎の中を進む。庁舎内の兵士他の表情にも変わったところはなかった。しかし、彼らももうすぐ何が起こっているかを知る。その時、どんな反応をするだろうか。

 

 

 属州総督(プロコンスル)の執務室の扉を叩く。

 

「参謀本部から派遣されましたハヤシヒデノリ作戦参謀中佐であります」

 

「……入れ」

 

 若干間が開いて答えが返ってくる。

 

 俺たちが足を踏み入れると、アフリカ属州を代表する錚々たる面々がこちらを睨みつけるように待ち構えていた。属州総督代理、属州法務長官、第3軍団の副軍団長、第10、第11軍団の軍団長、属州医官総監、そして寡婦ドルッシラと遺児カリグラ。

 

 属州に配属された軍人や官僚は家族的な付き合いをする。自分たちが故人を悼んでいるところに余所者がやってきたと彼らは感じているのだろう。

 

「改めまして、ハヤシヒデノリ作戦参謀少佐であります」

 

 俺は敬礼した。俺についてきた四人も名乗り敬礼する。

 

「早速ですが、この世で二番目に偉大なお方に拝謁を許していただきたい」

 

 医官総監が無言で立ちあがり、執務室の北面に切り取られた扉を開いた。おそらく休憩のための私室なのだろう。

 

 突き刺すような視線を抜けて俺はその部屋に入った。四隅に魔術師が控え、彼、彼女らは、魔術で部屋を凍えるような冷気で満たしている。遺体の保存のためだ。

 

 俺は部屋に中央に添えられた寝台の横に侍った。

 

「アフリカ属州総督、第三軍団軍団長にして三つの軍団の総司令官、皇統にある方、アフリカ征服戦争の英雄、アフリカヌス殿に敬礼」

 

 寝台の上で眠るように瞼を閉じたその男の名はアフリカヌス。帝国第二位の実力者にして、あるいは、皇帝の敵。

 

 しかし、彼は二度と皇帝の脅威にはならない。なにせ死んだのだから。

 

 俺は彼の死因を確かめるためにアフリカ属州に派遣された。まったく、また厄介な任務を命じられたものだ。

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