【ルーム帝国もの、第二部】先日病死された高貴なお方の死因が実は毒殺であるという不敬な噂に関する調査報告 作:お話を聞かせて
首都ルームに数多ある商館の一つ。その待合室で足を組み頬杖を突きながら、使用人が声をかけてくるのを待っていた。
懐から銀時計を取り出し、文字盤を確かめると、俺たちがこの部屋に通されてから十五分が経っている。
俺はアプレイウスに周囲に響き渡る声量で語りかけた。
「大尉。すでに十五分だ。参謀総長の命により来訪した佐官を、一介の商人ごときがこれだけ待たせるとは、いささか礼を失しているとは思わないか」
アプレイウスは唇を曲げた微かな薄笑いで答える。
「中佐のおっしゃる通りかと。言語道断の仕儀です」
「ならば」
俺は腰のハマルティアを一息に引き抜いた。陳情や商談のため待合室に通されていた他の客たちが息を呑むのが分かる。
俺は手入れの行き届いた毛足の長い絨毯に剣を突き立てた。切り離された柔毛が宙を舞う。
「自分たちが誰を相手にしているのか分からせる必要があるのかもしれんな」
それを目にした係員の一人が顔色を変えると扉を開け、廊下の奥へ駆け出して行った。
程なくして、俺たちは商館の主の執務室に通された。
香油を塗った黒髪を肩まで伸ばした中肉中背の男が俺たちを迎える。
「長らくお待たせして申し訳ありません」その男は長らくの発音を強調した「カエキリウス・メテッルス・プルケルです。本日はどういった御用でしょう、ハヤシ中佐」
プルケルは余裕の笑みを浮かべて、俺たちを長椅子に招いた。
数日前にヒスパニアから首都ルームの参謀本部に戻るとアプレイウスが待ち構えていた。プルケルが首都に滞在いることを突き止め、参謀本部名義でしばらくのあいだ首都から離れないよう彼に要請したとのことだった。俺はアプレイウスの措置を褒め、翌日に事情聴取のためプルケルを訪問することに決めた。アプレイウスはポンペイウスとの会見はどうだったか聞いてきたが、俺はポンペイウスが犯人である可能性は今のところ低いとだけ答え、詳細は語らなかった。
そうして俺たちはプルケルの商館を訪れている。大人数で押しかけても警戒を強めるだけかもしれぬとジャオジュンとコルシュは商館の玄関で待たせていた。
俺は出された珈琲を一口飲んでから、口を開いた。
「プルケル殿、この度は時間をいただき感謝する。私はハヤシヒデノリ作戦参謀中佐、参謀総長の命令でアフリカヌス様の死因について調査している。今日、貴殿を訪れたのもその一環だ」
「ご苦労なことです。ですがアフリカヌス様におかれましては病死したとの公式発表があったものと記憶しておりますが」
「貴殿の記憶は正しい。だが、いささか複雑な事情があってな。そしてその事情を説明する気はない」
「そうですか。しかし私に何の御用でしょう。アフリカヌス様のことに関して、私が証言できることは何もありませんが」
プルケルは笑いながら首を傾げた。俺は笑わず答える。
「貴殿はアフリカヌス様が亡くなられる2カ月前、彼の従卒を交えることなく、二人きりで面談していた。これはこの度の捜査において無視できるような事柄ではない。一体、貴殿らは何を話し合ったんだ」
「ほう、そうでしたかね」
プルケルは懐から分厚い手帳を取り出すと大仰に頁を捲った。やがてある一頁に目を留める。
「ああ、確かに数カ月前にアフリカヌス様と面会していますね。ただ、特別な要件はなかったようです。商談でアフリカに行っていたので、属州総督に挨拶に伺った。その程度のことだったのでしょう。私としても特別記憶はありません」
「本当にその程度の要件であれば、アフリカヌス様は従卒を伴って貴殿と面談したであろう。何か機密の要件があったからこそ、二人きりで話したのではないか」
「そう言われましても。ただの挨拶伺いだったんだと思いますよ。中佐のご期待には沿えそうにありません」
プルケルはにこやかに、しかし断定口調で言い切った。
目の前の男が俺達を侮っているのは分かった。そもそもこいつはそれを隠してもいない。
確かに彼は成功した商人であって帝国軍佐官と言えど横暴に振舞える相手ではない。通常ならば、だが。
俺はアプレイウスの経歴書を思い出しながら、口を開く。
「大尉、貴官は確か自白魔術が使えたな」
アプレイウスは珍しく即答しなかった。横目でこちらの腹を探るような視線を送ってくる。
「……はい、中佐。小官は確かに自白魔術が使えます」
「結構。ではプルケル氏に自白魔術を施術したまえ」
プルケルは吹き出すと、声を立てて笑った。
「脅しはおよしなさい。いくら参謀本部の命令があったとて帝国民でありまた大商人でもある私に自白魔術を掛ければ問題になるでしょう。ああ、それと貴方が剣を突き立てた絨毯は弁償していただきますのでよろしく」
俺はプルケルの言葉を無視して、アプレイウスを鋭く見据えた。
「どうしたアプレイウス大尉。命令は下したぞ」
彼はじっとこちらを見つめる。
「……小官は、中佐が本気なのかどうか判断に迷っております」
「無論、本気だ」
「くだらない小芝居ですな」
プルケルが鼻で笑ったので、俺は彼に向き直った。
「カエキリウス・メテッルス・プルケルよ、貴様にとって残念なことにこれは芝居でもなければ脅しでもない」俺は何でもないことのように続けた「実はな。この任務は参謀本部よりさらに上位の権力を有するところから直接発された命令なのだ。その権力は帝国領土においてあらゆる行為を許されている、民間の一商人に自白魔術を掛けたところで何事もあらん」
プルケルはこちらの真意を測りかねたように眉を寄せた。しかし、一つため息を吐くと笑みを浮かべた。
「中佐がそういうなら信じましょう。アフリカヌス様と何の目的で面会したか、お話しようではありませんか」
俺はその言葉に首を横に振った。
「せっかくだが結構だ。大尉、早くしろ」
プルケルは訝し気な表情を浮かべた。
「中佐、私は何があったか話すと言っていますが」
「信用できない」俺はプルケルの言葉を切って捨てた「貴様が真実を話すとは限らない、話をでっちあげられてもこちらでは判別がつかぬ。その点、自白魔術であれば真実の証言を得られる」
プルケルが腰を浮かそうとしたので、俺は剣をそっと抜き払い、彼の喉元に静かに剣先を突き付ける。
「動くな」
プルケルは一瞬固まると、膝の力が抜けたように長椅子に沈み込む。俺はゆっくりと剣を鞘に戻した。
「正気とは思えませんな、中佐」
プルケルは険しい表情を浮かべた。
「俺はいたって正気だ。今回の調査、どこかで一度は自白魔術を行使しなければならぬと思っていた。あらゆる証言の真偽が判定できないのならば、いくら調査したところで真相など掴みようがない。だが、自白魔術は絶対の真実を明らかにする。俺は自白魔術で得られた証言を錨にし、定点を定めそこから事件の全貌を明らかにするつもりだった」
「私を死なせてなんの責めも負わないとお思いならそれは間違いです。私はクラッスス閥の中で重要な地位を占めています」
俺はつまらなげに答えた。
「なるほど、そうなんだろう。貴様はその業界の中では一目置かれている。だがな」身を乗り出す「今回の調査で俺が証言を求めている人間の中では、貴様が一番小物だ。自白魔術を掛けるとなれば、貴様以外にあり得ぬ。それに言ったろうが。俺の背後にある権力はこれ以上なく巨大だと。お前を殺しても調査に必要なことだったと言えば俺にお咎めはない」
プルケルが顔を真っ赤にして叫ぶ。
「馬鹿な、不当だ」
俺は声を立てて笑った。
「然り、実に不当な仕儀だ。だがな、それだからこそ俺はお前に自白魔術を掛けたい。実は貴様の証言を定点にするというのは後付けの理屈なんだ」
俺は立ちあがった。机を回り込んでプルケルの肩に両手を置く。
「どうも最近、遥かな高みに立つ権力者たちを相手にしすぎてな。一介の佐官に過ぎぬ俺は彼らの理不尽に振り回させるばかり。たまには俺も権力を振るって他人をいいように扱う側に回ってみたかった」
自分の演技に当てられて、加虐心を刺激される。
「クラウディウスだのポンペイウスだの散々いじめられているからな、俺も自分より立場の弱いの人間をいたぶって憂さ晴らししたい。その点、貴様はおあつらえ向きだよ、逆らえないほど大物ではないが、相手にするのが詰まらないほどの小物でもない。八つ当たりのし甲斐がある」
「あ、あなたは……」
プルケルの顔面は蒼白だった。
俺はアプレイウスを睨んだ。
「アプレイウス、貴様は俺に何度同じ命令を繰り返させる気だ」
アプレイウスは勢い良く立ち上がると敬礼した。
「失礼しました中佐。ただちに自白魔術を施術します」
俺とアプレイウスの視線がぶつかる。こいつは俺が本気だと誤解してないだろうか、少し心配になる。
俺はプルケルの横顔を眺めた。頬は引きつり、額に脂汗が浮かんでいる。十分怯えさせたのを確認した俺は、予定通り慈悲を与えるために口を開こうとした。
だが、その前にプルケルの喉を破って叫び声が漏れる。
「クラッスス様、お助け下さい」
予期せぬ名前が出てきたことに、俺の思考は一瞬空白になった。そこに低い笑い声が響いてくる。笑い声は部屋の奥、分厚い本棚の背後から聞こえてきた。
重々しい金属音と共に、本棚がゆっくりと横にずれる。
「中佐は交渉がお上手ですな。それに引き換えはプルケルはいまいち冴えませんでしたね」
隠し部屋の中にいたクラッススが、楽しげに細めた瞳で俺たちを見据えていた。