「ひっくん!このお店も見ていいかしら?」
「ああ、いいよ」
「お兄ちゃん。あそこの楽器屋見てもいい?」
「いいぞ。欲しいものがあれば言えよ」
「ひっくんこっちよ!」
「お兄ちゃんこれは?」
「しぃちゃんこれなんかどうかしら?こういう系統も似合うと思うの」
「…まぁ、着るだけなら」
いやわかるよ。
女の子は基本的に買い物もといウィンドウショッピングが好きな生き物だと言うことは。
俺も嫌いじゃないけど、女の子二人をエスコートするのは簡単じゃない。
特に雫なんかは俺と志歩が見てないとどこに行くかわかったものじゃないし。
ただ、2人とも前より顔も声色も随分明るくなった。
俺は積極的に手を差し伸べるタイプじゃないけど、少しでも支えや助けになれただろうか。
姉妹が服を見ながら笑い合っている姿を見ていると、唐突に肩を叩かれた。
「あの、お兄さん1人ですか?」
「え?いや俺は」
「もし良かったらそこのカフェでお茶しませんか?モンブランとカフェオレが凄く美味しいお店なんですよ!」
これはいわゆる逆ナンってやつか。
最近こういうの無かったから油断してたな。
てかこの子どこかで見た事が…
「君…どこかで「な〜んて!お久しぶりです、響さん!」…えっと?」
「ひっくん?私としいちゃんを放ったらかして何をしているのかしら…?って、咲希ちゃんじゃない!」
「こんにちは、雫先輩!今日は3人でお買い物ですか?」
「ふふ、そうなの。…あら、そういえばしぃちゃんを試着室に置いてきてしまったわね。私はしいちゃんを呼びに行くから2人はここで話しててちょうだいね」
「ああ、わかった。それで……咲希ちゃんってあの咲希ちゃんだよな?」
「はい!その咲希ちゃんで合ってます!」
志歩には3人の幼なじみがいる。
その中の一人である咲希ちゃんは昔から体が弱くて、俺が最後にその姿を見たのは彼女が小学生か中学生に成り立ての頃だった。
元気になって幼なじみと一緒にバンドをやってたのは志歩から聞いてたけど、身長も伸びて雰囲気も変わって。
脳内のイメージと違いすぎて誰だかわからなかったな。
けれど、今もこちらに向けてくる無邪気な笑顔はあの時と同じだ。
「久しぶりだな、咲希。体調はもういいのか?」
「はい!すっかり元気です!響さんもお元気そうですね!」
「バカは風邪ひかないらしいからな。それにしても見違えたな…」
「ふふ。アタシ、昔より可愛くなれてますか?」
正直凄く可愛いと思う。
服装も、髪型も、メイクも昔のそれとは違う。
けどそれを、妹の友達だからといって未成年の子に直接言うのは色々問題がありそうな気がするが…
「あぁ、昔も可愛かったけど今も「ちょっと咲希!なんでここに!?」…志歩。もう買い物は良かったのか?」
「どう考えてもそれどころじゃないでしょ。…いいからお兄ちゃんはお姉ちゃんのとこ行ってて」
「はいはい。分かったから押すな」
「さっきのはひっくんが悪いと思うの」
「いきなりどうした」
「隠れて見てたけれど、ひっくんは女の子を誑かしすぎよ」
「どこで覚えて来たんだよその単語…」
「愛莉ちゃんが教えてくれたのよ。それよりも…"お兄ちゃん"は私としぃちゃんの事を可愛いと思う?これは外見の評価のことよ?」
「そりゃ可愛いだろ。いや、雫は綺麗の方があってるし、志歩はかっこいいが正しいか」
雫に関しては競走の激しいアイドル界でもスキンケアと日焼け止めだけで周りを圧倒していた国宝レベルの顔面偏差値だし。
「ありがとう。そういうところよ」
「どこだよ」
「世間の評価がお兄ちゃんの言った通りなら、綺麗な私とかっこいいしいちゃんが妹にいて、お兄ちゃんの顔がかっこよくない訳がないじゃない」
それは…。まぁ昔から周りの評価が高いことでいろいろと察するものはあるが。
「その綺麗でかっこいいお兄ちゃんに『可愛い』なんて言われたら女の子は好きになってしまうのよ!」
「いや、そうはならんだろ」
「じゃあ試してみましょう?……響、好きよ」
瞬間、周りの時間が止まったような気がした。
年下の妹に呼び捨てにされるのも、妹に好きだと告白紛いな言葉を囁かれるのも、何かイケナイことをしているような気になる。
これは非常に良くない。
「あー、まぁ……今度から気を付ける」
「…うん。そうして」
その辺にいる男が雫にこれされたら確かに好きになるな。うん。
てか『好き』と『可愛い』じゃ違うんじゃない?
雫の熟れた林檎のような顔を見た後にそんな事は言い出せなかった。
私がお姉ちゃんに渡された服を試着している間、咲希がお兄ちゃんと話していたらしい。
お姉ちゃんにその事を聞いてから、試着していたワンピースをお姉ちゃんに渡して直ぐに試着室を出た。
どうしてここに?何のために?
全ては偶然だとわかっていても、不安で仕方がない。
お姉ちゃんがお兄ちゃんと2人きりでも不安なのに、それが家族以外の人間なら尚更だ。
とりあえずお兄ちゃんをお姉ちゃんの元に送り込んだけど、公共の場で"変なこと"をし始めることはないだろう。
「それで、お兄ちゃんに"変なこと"言ってないよね?」
「何にも言ってないよ!それよりしほちゃん。今度のライブのチケット響さんに渡せた?」
「その日に渡した。でも来てくれるかどうかは」
「来てくれるよ。絶対。響さんは志歩ちゃんの事大好きだもん!」
珍しく真面目な顔してこちらを見てくる咲希。
咲希には司さんという兄がいる。
それもあって何か感じる物があるのかもしれない。
けど、私がお兄ちゃんに向ける感情は、咲希のそれとは違うことくらいわかる。
そしてお姉ちゃんもまた…
「好き…か」
「しほちゃん?」
「なんでもない。それより、この前やってたフレーズの練習は順調?」
「えぇっと、まだ完璧とは言えないかも…」
「あと1週間。一歌や穂波もやる気だったし、今日も練習するよね?」
「うん、もちろん!あっ、アタシそろそろ行かないと!響さんにはよろしく伝えといてね!」
「わかった。じゃあまた今日の夜に」
「「セカイで」」
結局あの後はお姉ちゃんの着せ替え人形となり、それを見たお兄ちゃんに可愛いやかっこいいなどと褒められる何とも言い難い時間になった。
……私はお姉ちゃんもお兄ちゃんも大好きだ。
でも、同じ好きでもその間にある壁は越えられない。
いつからだろう?どうしてだろう?
わからないけど、きっかけなんてどうでもいい気がする。
最近はお姉ちゃんとお兄ちゃんの距離が近い。
それを見る度に私の胸はキツく締め付けられる。
逆に私がお兄ちゃんの近くにいると、ひどく安心感を覚えてお兄ちゃんの事がもっと欲しくなる。
抱きしめて欲しくて、近くにいて欲しくて。
この感情を言葉で表すのなら、それは正しく"恋"なんだろうなと、どこか他人事のように考えていた。