まえがき
1ヶ月に2話計画が崩れていますが、
なんとか急ピッチで進ませていますという
意気込みぐらいは言わせて(汗)
というか、今日の長さは2話に匹敵する(言い訳)
リスボン。
そこはヨーロッパにおいても最も西の位置にある、大西洋岸にある大都市である。商業や観光など、様々な分野で重要なこの都市にユーラシア連邦の軍事基地があった。
このリスボン基地は士官学校や航空基地、工廠などを有する主要軍港であった。
そんな基地がザフトの地上基地であるジブラルタル基地から近い位置にあるため、最前線基地であると思われるが、その実、前線としての緊張感があるわけでもなく、ザフトとの小競り合いはほとんどないに等しかった。
これは、セビリア基地にも同様の事がいえるのだが、ザフトの軍事目標がマスドライバーであること、そして、ジブラルタル基地はそのための軍事拠点であること、ザフトはそれ以外においては積極的に交戦してこないということが理由に上げられる。大戦初期のカサブランカ沖で、ユーラシアはザフトの軍事拠点確保を阻止するために迎え撃ったが、返り討ちに遭い、多くの損害を被っている。
ならば、交戦し、街を破壊され経済的にも大きな打撃を受けるのであれば、下手に刺激しない方がいい、というのが最前線の基地司令官の考えであった。
アンヴァルは、このリスボン基地の敷地内にある、長く使われていない小さな飛行場を本部として使用していた。
「姉さんっ!」
オリガは勢いよくドアを開き、息を切らせながらも、タチアナに寄る。
「さっきパーシバルから聞いたのっ!アレウスが行方不明ってどういうこと!?」
「オリガ、まずは落ち着いてっ。それに、ここがどこだがわかっているの?」
「あっ…。」
オリガはタチアナの先にいる、執務机に座っている人物に気付き、我に返った。とにもかくにも話の真偽が知りたく、タチアナのいる場所を会う兵士ごとに聞いて、辿り着いたのはまさか、司令室であったとは…。
執務机に座っていたアウグストは、彼女を責め立てることなく、一瞬瞑目し、やがて目を開いた後、静かに告げる。
「オリガ…パーシバルからどのように伝わっているか知らぬが、アレウスはデブリベルトでのMBE-X005の試験中に黒いモビルスーツ群に襲われた。その場にいたラドリーは発見されたが、船は大破、そしてMBE-X005の姿形もなかった。まだ、彼の生死が分からぬゆえ行方不明としているが…。」
そこまで言ったのち、アウグストは口をつぐんだ。
この先を言うこと…それはオリガに対して、ということもあるが、先日アンヴァルにもたらされた報せと同意義になることを認めてしまうことができなかったのだ。
「問題は別だ…。」
アウグストは自分にも言い聞かせるように話を切り替えた。
「黒いMS…おそらくそれは先日のイベリア半島で襲った連中と同じであろう。と、いうことはMBE-X005のデブリベルトでのテストの情報が漏れたということだ。」
アウグストはこの部屋にいる者たちの全員に 視線を送ると、椅子から立ちあがり、窓に近づき、外を窺う。
それは、この部屋にいる以外の人間が盗み聞きをすることへの警戒というわけではなく、アンヴァルが本部として使っている基地の状況をあらためて見るためであった。
目の前には滑走路が1本あり、管制塔ビルと、この建物だけで周囲には何もなかった。
リスボン基地の司令部がここからでは霞んで見えるほど、遠くにある。
そんなところにある基地に外から見知らぬ人が来ればすぐにわかる。ということは、ここにいつも出入りしている者かアンヴァルの人間しかいない。
と、言っても…。
「MSの譲渡やテストの件に関してはそれに関わる一部の者しか話していない。」
その作戦行動時に乗るパイロット、それの整備に関わる技術者、作戦を指揮する者…そういった面々で、アウグストが事前に調べ、見てきて確証した者たちにしか話していないのである。
「…そうですね。イベリア半島の時は、私はあそこにあるのがMSは1機だけということは知らず、本当に送られてきたものと思っていましたので…。」
アウグストの言葉を受け、タチアナが降下カプセルに入っていたMS、そして、ヘカトスの件を話し始めた。
「えっ…ということは、ユリシーズは姉さんも騙していたということ?」
オリガはちらりとユリシーズの方を向いた。
「騙していたとは人聞きが悪いなっ。大将と准将以外に知っているのが、作戦立案の俺とパイロットの隊長…それと輸送するヘリのパイロット…。必要以上に話さなかった結果だよっ。さっきも大将が言ったこと…もう忘れたのか?」
それは、いくら信頼する人物でも、MSの存在を明かさなくても十分に遂行できると思ったときは知らせない徹底ぶりを表していた。タチアナは本来、あの場にはいないということになっていたのだ。
「じゃあ、なんでテムルは知っていたのよっ!?」
「それは、事前打ち合わせと称して、直前にあいつの地元の言語で教えたからだ。お前たちは何言っているかなんてわからないしな。」
「じゃあ、私にはなんで教えなかったのよ!一番、危険な役割だったじゃない!?私があのコンテナを開ける役目だったのよ。」
「私が言いたいのはッ。」
いつ果てるとしれない応酬をタチアナが一言発し、止めさせる。
強い語気に気圧されユリシーズとオリガは黙り込む。それを確認したタチアナは話を続ける。
「そうしてまで秘匿されている情報がどういった経緯で漏れているのかがわからないということですね。」
「まあ、そうだな。今回、このテストのことをこの部隊内で言ったのは、パイロットのアレウスとラドリーだけだ。だが、2人とも命の危険にさらされた。」
ということは第3者がその情報を知ったということになる。しかも、考えたくはないが この部隊にやはりスパイがいるということだ。
しかし、この場で論じても詮無いことであった。
「とにかく、この情報の漏えいに関してはタチアナに一任する。」
アウグストは嘆息し、執務机まで戻って来る。
「わかりました。」
「…だが、深入りは危険だからな。なにか異変があればすぐに知らせろ。」
今度はディアスとダミアンに顔を向ける。
「ディアスはダミアンとともにセビリア基地に行ってくれ。」
アウグストは机の引き出しから封筒を取り出す。
「先日の1件の
借り、というのはいうまでもなく降下カプセルの回収に関してセビリア基地に黙認してもらったことである。
「しかし…自分たちが行っても、司令に会えるのでしょうか?」
「
そして、アウグストはその足で、ドアへと向かう。
「俺はしばらく仮眠室で休む。…なにかあればフェルナンに伝えてくれ。」
顔を向けないまま告げた後、アウグストはドアを開け、部屋を出て行った。
この状況にまず驚いたのがダミアンで次いで、乱入した形でこの打ち合わせに居合わせたオリガであった。大抵であれば、アウグストが何か言って、打ち合わせは終了なのだが、今のがそうだったのか、曖昧で困った様子を見せた。
オリガたちはこの時とばかりに自分たちよりも階級が上の者たちの反応を窺う。
ユリシーズは完全にこちらの視線に無視をし、ディアスは何か察しているのか考えて居るのか、瞑目しているのか、寝ているのか、よくわからない。タチアナはアウグストの態度に理解しつつ困ったような笑みでフェルナンに向ける。そして、フェルナンはやはり…と嘆息をし、口を開いた。
「デブリベルトの襲撃の件に、それぞれ思うことがあるだろうが…。」
フェルナンはアウグストのことには触れないで話を進めた。
「今は各々指示されたことを、できることをやっていってくれ。…以上だ。」
そこで、この打ち合わせは終了した。
「…では、情報漏えいの調査はすぐに始められたのですね。」
「ああ。」
ラドリーはベッドから上半身を起こしジョバンニの話を聞いていた。救助され数日間は衰弱していた彼もだいぶ体力が回復してきた。その彼から、地上の様子を知りたいと願い出て、ジョバンニも折を見て話すに至った。
だが、どこか歯切れの悪い言い方に楽観的な見方はできないと心の中で思った。いや、調査しても出てこなかったというようなものではなくもっと悪いような…。
「その日の夜のことだ。」
しばらく沈黙が流れた後、ジョバンニはその重い口を開いた。
「事態は我々が思っていた以上に進んでいってしまったのだ。」
アナログ時計の針が夜遅い時間を指し始めた頃、それまで仮眠をとっていたアウグストはリスボン基地司令からの緊急の呼び出しを受け、急いで基地司令部へと向かって行った。
「いったい何が起きたんだ?」
足早に司令室に入ると、室内には基地司令とフェルナンが座って待っていた。
すると、基地司令が立ちあがりアウグストのもとにやって来て報告書を渡した。
「こちらの管轄で起きた事件なので、まずはこちらで対応しました。あとはセルヴィウス大将にお任せします。」
見てみぬふりをする、という意思表示であろう。司令はその後、部屋を後にした。
報告書を渡されたアウグストはソファに腰を下ろし、報告書に目を通す。
それを読むにつれ、次第に顔をしかめた。
「これで、俺が納得すると?」
アウグストは向かいに座って様子を伺っていたフェルナンに問うた。
「そうおっしゃられても、そこには起きたこと以外は書いていません。それを目撃した私が言うのです。」
「まあ、そうだな。」
アウグストは嘆息した。
しかし、この報告書だけで起きた事案を片付けるには複雑に絡み合い、理解できない。だからこそ、納得ができなかった。
「…おまえが目撃者であるのならば、この事件の仔細について話してもらうぞ。
「そう言うと思いました。」
フェルナンは心得ていたのか、すでに整理できていたようだ。
「ちょうど私はセビリア基地にディアスの件で行き、彼らを連れて帰っていたときです。」
フェルナンは事件の概要を話し始めた。
セビリア基地からの帰り道。フェルナンはそのまますぐにリスボンの基地には戻らず、ディアスとダイアンを連れて街の中を歩いていた。
遅めの夕食をおごるつもりもああり、ディアスとダミアンの気分転換も兼ねていた。2人は基地から街への移動の間も、そして今もあまり言葉を発さなかった。こちらが話題を振っても、それとなく返すだけで会話の続かなくなっていたのであった。
「さあさあ、何が食べたいかね?遠慮なく言ってみたまえ。」
フェルナンは後ろからついてくるディアスとダミアンをちらりと見ながら尋ねた。
「やっぱり若いからがっつりとした肉がいいかね?それても、海の街だからこその魚介類か…。なんなら、ファドを聞きながら酒を飲むっていうのもアリだな。」
にこやかに話すフェルナンに対し、先に口を開いたのはダミアンであった。
「いえ、そんな…おごりだなんて…。」
「いいのだよ。で、君の希望は何かね?」
「では、さっぱりしたのを…。」
「じゃあ、魚介だな。で、ディアスはどうかね。」
ディアスは答えず、ダミアンはそっと彼を伺っていた。
すると、突然ディアスは立ち止まった。
「どうかしたかね?」
「あそこに、クラーセン大尉とユリシーズが…。」
「うん?」
フェルナンがディアスの視線の先を見ると、川沿いの薄暗い人気のない場所で2人の人が話しているのが見えた。
薄暗いため、シルエットから男女と見てとれるが、自分にはそれだけしか見えなかった。
「なっ、なにかの間違いじゃないですか?ほらっ、まさか…。」
ダミアンがなにかたじろぎながら言う。まあ、気持ちはわかるわけではないとフェルナンは内心思った。なにせ、昼の騒動のことを考えれば、なんとタイミングの悪いことか。
「…そう、かもな。」
ディアスもそのためか、自分を納得させるように答える。
「すみません、早く行き…。」
言い終える前に、ディアスはいきなり、2人の男女のいる方へ駆け出した。
「えっ、大尉っ!?」
フェルナンとダミアンはその突然の行動に驚き、ディアスの後を追うが、追いつけない。
その間に、ディアスは上着の胸にしまっているホルダーから銃を取り出し2人の男女の方へと向ける。
「大尉っ!」
フェルナンが止めようとするが、間に合わなかった。
「タチアナっ!」
ディアスの叫ぶ声の後、銃声が、
フェルナンとダミアンがようやくその場所についたとき、彼らは驚きで目を見開いた。
最初に目がいったのは、自分たちの正面に立っている銃を持っていたユルシーズであった。その銃口からは硝煙がたちこめていた。しかし、彼は右胸部付近から血を流し、信じられないといった表情で、自分たちを視界にこちら側を見ていた。彼が見ていたのは、銃を構えているディアスであった。
ユリシーズは息も絶え絶えに、手を震わせながら、ディアスに銃を向けるが、ふたたびディアスはユリシーズを撃つ。
銃弾が、今度は左胸部を撃ちぬいた。
撃たれたユリシーズは銃撃の反動で後ろへとよろめき、その体の流れのまま、後方の川へと転落した。
そこで、フェルナンはハッとし、状況を整理するために、周りを見渡す。
ディアスがユリシーズにとどめの1発を撃つ前に、2発の銃声が聞こえた。1発はディアスが最初にユリシーズに撃ったもので、2発目はユリシーズが放ったものであろう。
では、誰に…?
そうだ、タチアナ大尉っ!?
ここに駆け出す前のディアスの言葉の1人がユリシーズ本人と正しければ、もう1人はタチアナのはずだ。
ふと視線を左下にずらすと、ちょうどさっきまでユリシーズとディアスのいた間のところで、タチアナが倒れていた。
「大尉っ!?」
フェルナンはタチアナのもとへと駆け寄る。その間に、聴取があるため、ディアスにそばから動かないことと、ダミアンに彼を見てもらうことを告げていく。
「大尉っ!無事かっ!?」
「じゅっ…准将…。」
タチアナは痛みをこらえながら右肩をおさえていた。
見たところ、それ以外に負った傷はなさそうだ。
「すぐに基地から呼ぶ。」
そう言い、フェルナンは応急措置を始めた。
「これが…私が見たすべてです。」
「そうか…。」
それは報告書に書いてあった通りの内容であった。
その後の川の捜索が行われたが、いまだユリシーズは見つかっていない。しかし、銃創、川に染みわたった出血量から死亡したと判断されている。
「1つ、疑問がある。」
アウグストがふたたびフェルナンを質す。
「なぜタチアナとユリシーズがそこにいたのだ。この報告書のディアスの言葉によれば、2人が言い争うように見えて、男の影の方が銃を取り出したのを見えたからと言っている。」
「いえ…そこまでは…。」
さすがにフェルナンもわからなかったようだ。これは本人に聞くしかなさそうだ。
「タチアナと話せるか?」
「今、治療を受けていて医務室にいるが、聞いてみます。」
「失礼します。」
右腕を固定されたタチアナと同伴としてモニカが入って来た。
「あまり長時間の聴取はやめていただきたいのですが…。」
「そんな固っ苦しいものではないさ。ただ、聞きたいことがあって聞くだけだ。もちろんタチアナが話したくなければ、だが…。」
「いいえ、大将。」
タチアナは否定する。
「実はユリシーズと会っていたことに関して、まず大将に話をするべきでした。しかし…。」
「俺に?」
「はい。大将から受けた情報漏えいの件に関してです。」
その言葉を聞いて、アウグストは深刻な顔に変わりタチアナの話を聞いた。
「私が調査を進めているときに、1つコンピュータに不審な点がありました。それを辿って調べると、ユリシーズのIDとパスワードが、うまく偽装された状態で出てきました。」
「つまり、ユリシーズが情報漏えいの犯人だと…。」
「まだ、確証はありません。しかし、気になり、大将に話をしようと思った矢先、彼がこちらに接触してきました。」
「ユリシーズは、自分が調べられていることに気付いたのか?」
「そこまでは…。」
「スヴォロヴ中尉がタチアナ大尉を呼び止めたところは私も見ました。」
一緒にいたモニカは付け加えるように話す。
「なるほど…。」
アウグストは点が繋がったことに合点がいった表情をみせた。
「それで、こちら側に話を持って来る前に、ディアスたちが目撃したことになったのか。」
「はい。私が彼に話した後、彼は口封じのためか、いきなり銃を取り出しました。…あとは、准将たちの知っているとおりです。」
「ふむ。…まあ、怪我が軽くて幸いだ。さすが銃の腕前がピカイチ悪いヤツのことだけはあるなぁ。」
とにもかくにも、ユリシーズがタチアナに銃を向けた時点で彼が情報をレイスにもたらした可能性がかなり高くなった。
その生存は極めて低いが、逆にこれからいくらでも調べることができるということだ。
「しかし、懸念はまだあります。」
フェルナンはアウグストに言った。
「幽霊部隊はこちらを知る術はなくなりました。もしかしたら、タチアナ大尉がさらに向こうに不利な情報を持っているのではないか、推測し、再び襲撃をかけてくることも…。」
「う~ん…それは可能性としては低いかもな。」
アウグストはフェルナンの懸念に否定的見方をした。
「もし、襲うのであれば、ユリシーズが撃ったときに、別のところで待ち伏せした方が手っ取り早い。今では、こちらも警戒しているからな。それに、不利な情報をタチアナが仮に持っていたら、すぐに俺が仕掛けてくると考えているが、ご覧の通り俺は手をうっていない。向こうも、下手に出てこないだろ。」
「…そうですか。」
「だが、どのみちもう夜更けだ。タチアナを帰宅させるにしても、夜道を歩かせるわけにも行かないからな。しかも、タチアナは怪我をしている。1人ぐらいボディーガードをつけてもいいかもな。」
「では、すぐに…。さて、誰を…。」
「いるだろ?
アウグストはにんまりと答えた。
「オリガ…。」
人気のない廊下の椅子にオリガは沈んだ顔で座っていた。普段の明るさは消えたその沈痛な面持ちにパーシバルは居てもたってもいれず声をかけた。
「姉さんが撃たれたって聞いて…。」
オリガが力なく話し始める。
「それで…急いで来たら、撃ったのはユリシーズ?しかも、今まで情報を流していたのは彼だって…。」
オリガは俯く。
「オリガ…。」
「じゃあ、ユリシーズが…マリウスを殺したの?アレウスも死なせたっていうこと?」
まだ、そっちの方までは調査されていないが、ユリシーズが情報を流していた以上、関係なくはなさそうだ。
オリガは信じられないといった表情でパーシバルに質す。まるでこれがなにかの、悪い冗談であってほしいような懇願の響きがあった。
パーシバルは何も答えられなかった。
自分だってそんなこと信じたくない。これが夢であってくれればいいと、報せを聞いてからずっと頭の中で繰り返してきた思いであった。しかし、話を聞けば聞くほど、だんだんと現実味を増してきていた。
「なんでよ…。」
オリガは答えるのを待たず、よわよわしく頭を振る。
今まで仲間だと思っていた人間が実は裏切っていたのだ。しかも、仲間を手に掛けて…。
パーシバルは彼女になんと声をかけていいのかわからなかった。
その場にいることしか出来なかった。
「なんで、俺なのです?」
ディアスは不機嫌面で質した。アウグストは苦笑いで応じた。
「おいおい、今日は
「しかし…。」
いまだ納得のいかないディアスにアウグストはきっぱりと言い放つ。
「いいからこれは命令だ。いいなっ。」
こうまで言われてしまっては行かなくてはいけない。
渋々といった感じで、ディアスはセロを連れてきた。
「…散歩ついでだ。」
ディアスはタチアナと共に部屋を出て行った。
彼らが出ていくのを確認した後、息をついたアウグストは次の件とフェルナンに尋ねる。
「それで…ユリシーズ・スヴォロヴの件に関して、もう来ているだろ?」
「ええ。
「ああ…つまり、もうどうでもいい。勝手にやってくれ。ということだろ?」
「つまり、そういうことですな。」
「今回の件、情報漏えいなんていっても、本部から嫌われている部隊だ。それをやったからといって、彼にとっては痛くもかゆくもない、ということか。そして無関係だからこちらにいちいち関わるなと…。」
アウグストは大きく息を吐いた。
「しかしまあ…話には聞いていたし、彼とは一度会ったこともあるが…まったく嫌な家だなぁ。」
「それは同感です。」
アウグストもフェルナンも苦笑いであった。
「だが、
「ええ。優秀ですね、大将と違って…。」
「っと、馬鹿なことをやっている暇はなかったな。」
皮肉と冗談の言い合いをそこで終え、アウグストは表情を変えた。
「もう1人…片付けなければいけないことがあったな。」
そう言うとアウグストは席を立ち、ある場所へと向かった。
ダミアンはもはや夜食といってよい夕食を食堂で取っていた。
昼間は騒動に巻き込まれ、営倉にしばらく入れられ、夜も例の1件でしばらく拘束され、その後の聴取などでようやく解放されたのだが、口に入れるものはいつもと変わらないのはずなのに、味を感じない。
もしかしたら昼のことが頭から離れられないからか。
「しっかし、隊長がいなかったら大尉も危なかったってことだよな。」
夜遅くまで作業をしていた整備士たちもまた食堂で夜食を食べており、その会話がここまで聞こえてきた。
どこか他人事のように会話しているのは感じられるのは、騒動の衝撃の大きさとまるで映画のような出来事であったということからか。
「そうだよな。なんか、昼間になんか基地でひと悶着やらかしたからって聞いたけど…。」
すると整備士たちの視線が、その唯一の同伴者に目がいった。
「なあ、クリメンテ曹長…。
整備士たちがそうまで言うのは、戦場であればいざ知らず、普段のディアスは暇さえあれば昼寝をしたり、子犬とじゃれているだけしかしていない。昼行燈と揶揄されてもどこ吹く風といった態度から、いきなり人に殴りかかろうとしたのは想像できないのであろう。
「実は…俺もいきなりの事で驚いたのと、その後のゴタゴタが大きすぎてよく覚えてないんだ。」
うそだ。
おどけたように笑ってごまかすが、内心は心臓が跳ね上がっていた。
昼間の出来事は覚えている。しかし、それを誰かに話す気にはとてもなれないものであり、できればごまかし置きたかった。
整備士たちは「まあ、あんなことあったことだしな…。」と言い、特段気にする様子も見せず、これ以上追及はなかった。
きっと大したことないのだと結論付けたのであろう。
ダミアンは心の中でフゥと息を吐いた。
よかった。
ディアスが人を殴ったその時のことを話せば、
それは昼間、セビリア基地で基地司令に会い、アウグストから預かっていた資料を渡して帰路に着こうとした時であった。
「これで、ようやく用事が終わりましたね。」
ダミアンはホッと息をついた。
「というか、なんで自分たちなんですかねぇ~。本来なら准将や大将の仕事のはずなのに…。もう、人使い荒いですよ~。」
文句を言うダミアンにディアスは苦笑いした。
「まあ、そうだな。だが、フェルナン准将は帰って来たら、夕飯をおごるって言っていたぞ?」
「なら、食べます。」
こうなったら目いっぱい食べてやる。
やけ食いするぞ、という顔をみせるダミアンにディアスは少し呆れ気味に見ていた。
すると長い廊下の正面から1人の軍人が歩いてくるのが見えたとき、ディアスの表情が一変した。
「…どうしました、隊長?」
大きく目を開き、顔を強張らせ立ち止まったディアスを不思議に思い、尋ねるが、やってきた軍人もディアス同様の反応であった。見た目は背が高く、立派な容姿で、階級章を見るに少佐であることがうかがえる。
「ラフ・オルドニェス…。」
ディアスは呟く。
相手の方はやがて憎々し気な表情になり、そして、侮辱する目つきになった。
「おやおや…。
いきなり嘲るようなもの言いにダミアンは腹立たしい思いいだくが、それ以上にディアスの方は顔をしかめていた。だが、それをおかまいなくラフは続ける。
「
「俺は…
ディアスは珍しく声を荒げて反論する。
それにはダミアンも思わず後ずさった。
「変な言いがかりはよしてくれ。
「なにを…。」
「お前が納得しようとしまいと関係ないさ。それが事実なのだからな。それともなにか?」
ラフはまるでどこか勝ち誇った顔をして言い放った。
「おまえ…
ラフは言い終わる前に、ディアスに軍服の襟首を掴みそのままに壁に押し付ける。ディアスの顔は怒りと哀しみと憎しみと苦しみが混ぜ合わさったものであった。
一方、その言葉を聞いたダミアンは驚愕した。
恋人だって!?
ディアスとタチアナが付き合っていたということがオリガを通じて知っていた。
つまり…。
ダミアンの理解が追いつく前にラフはディアスに冷笑を浮かべ、言い続ける。
「おいおい、何をそんなに怒っているんだよ?よく考えてみろ。お前はコーディネイター、彼女はナチュラルだろ。異なった種が結ばれることができるなんて本気で思っていたのか?」
ディアスの手に力がこもり、さらに押し付ける。
「それがどれだけ周りを
「…黙れ。」
通りすがる周りに兵士達がこのいざこざを、認め、囁き始める。このままではMPが来て、さらに事態がややこしくなる。
「隊長…まずいです。」
ダミアンは焦り、なんとか収束させようと小声で呼ぶかけるが、ディアスの耳には入っていなかった。状況を悟ったラフはそれをも利用し、ディアスを挑発する。
「ほらっ、早くこの手をどけた方がいいんじゃないか?このままではお前は上官侮辱罪になるぞ。」
ディアスは苦々しい表情になる。
自分たちがこの基地に来た理由を思えば、ここで騒動を起こしてしまうわけにはいかない。しかし、この手を引くことは出来なかった。
「それとも、お前が言った
「違うっ!」
ディアスは勢いよくラフを壁に押しあてた。
「俺は…俺はッ…。」
「隊長っ…!?」
どうすることもできず、ダミアンは立ち尽くしているだけであった。
止めなければと思うが、恐怖で足が動かない。
こんな風に激昂するディアスを今まで見たことがない。このように暴力で相手をねじ伏せる姿なんて見たことがない。
その後、すぐにMPが駆け付けて、ディアスとラフの間に割って入り、取り押さえたため、さらなる暴力沙汰は免れたが、フェルナンが基地に来て、話をつけてくれるまで、ディアスとダミアンは拘束を受けたのであった。
それにしても…とダミアンは思った。
隊長とあのラフという男の会話の意味は何だったのか?しかも、タチアナ大尉が絡んでいるということがうかがえる。
自分には知ってはいけないことなのかもしれないが、耳に入ってしまった以上、気になって仕方がない。
「あ~、どうすればいいんだっ!?」
ダミアンは頭を抱える。
いっそこと、忘れられればいいのに…。
そんな憂鬱に浸っていると、後ろから肩を叩かれた。
振り返ると、そこにアウグストが立っていた。
「せっ、セッ、セルヴィウス大将っ!?」
ダミアンは驚き、ばねのごとく直立に立ちあがった。
いくらこの部隊の上官・部下の関係がどこよりも緩いとはいえ、やはり、将官クラスの人物が下士官である自分のところに現れると、居ずまいを正してしまう。
そもそも、いったい自分になにか用なのか。
「あ…そんな風に、かしこまらなくていいぞ。俺が来ただけだから。」
アウグストはダミアンに楽にするように促す。
「今日は、本当に大変な1日だったな。」
アウグストから労いの言葉をかけられ、ダミアンは表情が緩むが、次の言葉に思わず体がビクついた。
「さて…今日の昼間のことなのだが…。」
まさか何かお咎めがあるのだろうか…。
内心ヒヤヒヤするが、意外な言葉がやって来た。
「おそらく、中途半端だと気になって仕方ないだろ?ただ、ここじゃあちょっと話しにくい。来てもらえるかな。」
思わぬことに目が点になった。
アウグストとダミアンは人気のない倉庫に入っていった。
ダミアンはどぎまぎしていた。
しばらく奥にはいったところで、アウグストは空いた一斗缶を拾い、それを椅子代わりに腰をかけた。
「話が長くなるだろうからな、お前もかけろ。」
ダミアンは促され、落ち着きなくなんとか見つけ、それに腰掛けた。
「さて、昼間のことだがおまえはどこまで聞いた…。」
「あっ…その…。」
「どこまで聞いたか?」
話すべきか躊躇ったが、アウグストに気圧され、昼間の自分が聞いたことをかいつまんで話した。
「…そうか。」
大将は何があったのか知っているのだろうか。
そんな疑念が浮かんでいるとき、アウグストが沈黙を破り、話し始めた。
「これは…お前には関係のない話だ。興味本位で突っ込んでいい話ではない。」
「…はい。」
「とはいえ…そんなうやむやで、お前が理髪師のように穴を掘ってしゃべられても困る。」
ダミアンはアウグストの1人ごとのようなつぶやきにどぎまぎしながら待っていた。
「そこで、おまえには真実を話そうと思う。」
いきなりのことで訳がわからない気持ちであった。
しかし、そんなダミアンの思いなんて気にもせず、アウグストは話し始めた。
基地のゲートを通り、繁華街を抜けて、住宅街へと歩いて抜けていく。
夜更けということもあるのか、あたりは静かで、街灯と月の光が路を照らしていた。
いつもの街なのに夜は初めてだろうか、セロは好奇心と怖がるのと、街をトコトコと歩いていた。
セロがどこか飛んで行かないようにリードを持っているディアスは隣でともに歩いているタチアナの、固定された右腕に目を向けた。
「…腕、痛むか?」
かすり傷と言っても、銃で撃たれたのだ。かなりの激痛のはずだ。
「…ちょっと大げさなだけよ。そんな大した怪我じゃないわ。」
「そうか。」
「ああ。」
会話はそれきりで、2人はふたたび黙ったまま歩き続けた。
「…ありがとう。」
ふたたび口を開いたのはタチアナであった。
「うん?」
「私が撃たれそうになった時、とっさに駆け付けてくれて…。」
「あれは、条件反射だ。仲間が危なかったら、すぐに行くさ。」
「そう…。」
そしてみたびの沈黙が流れる。
いつ以来だろうか。
2人きりになるのも、会話をするのも…。
あのころの2人はごくありきたりな恋人であった。ただ1つ…自分はコーディネイター、彼女はナチュラル…異なる人種であることを除いて。
外の世界ではその存在に互いに妬み憎しみ合っていたが、自分には関係なかった。
初めて、自分という存在を認めてくれた人。
自分を想ってくれる人。
自分はこの人のためであったら、自分のすべてを賭けてもよかった。
「久しぶりよね。こんな風に2人で帰るなんて…。」
ふたたびタチアナから話しかけた。
「…同じこと、考えていたでしょ?」
タチアナに尋ねるが、ディアスは答えなかった。
たしかに、同じことを考えていた。しかし、肯定することはできなかった。
そんな会話の調子が続くが、それも終わりをむかえる。
タチアナの住んでいるアパートの前に着いたのだ。
「もう、ここで大丈夫よ。」
「そうか。」
ディアスは返事をしながら、目をわずかにタチアナの部屋の窓へとむける。
主のいない部屋はもちろん暗かったが、ある1点ディアスは見逃さなかった。しかし、それをあえてディアスは口を出さなかった。
なぜならここからは自分の役目ではないからだ。
ディアスは自分で自分を納得させた。
「…じゃあ、俺はもう戻るからな。」
「ええ。」
ディアスは振り向き、もと来た道へと歩き始める。
「ディアスっ。」
その姿を見送りながらタチアナは思わず、彼を呼び止めた。ディアスの足がぴたりと止まる。そして、振り向いた。
タチアナは思わず呼び止めたが、何をはなしていいかわからず、たった一言だけいった。
「おやすみなさい。」
その穏やかに微笑むのを見て、ディアスはどこか懐かしさを感じ、そして戸惑いを覚えながら返す。
「ああ。…また明日な。」
ディアスはふたたび背を向け、歩き出していった。
ディアスを見送ったタチアナはアパートの自室へと向かって行く。
すこしの寂しさを胸に残して…。
もし…できることなら、一緒にいることができないのであれば、せめてもっと彼を見送り続けていたかった。
在りし日の思い出が呼応するようによみがえって来る。
胸にずっとしまっていた彼への思いがあふれだし、それに浸りながら自室の電気をつける。
すると、自分の視界に急に現れた存在に思わずハッと息を呑む。
「ラフ…なんでここに…?」
タチアナは自分の部屋で彼女の帰宅をじっと待っていたその存在、ラフに疑問を投げかける。
「なんでって、撃たれたと聞いて心配で駆けつけてきたのさ。…
ラフの言葉にタチアナは眉をひそめる。
誰かの目があるわけでないのに、よくも言えたものだと…。
「でも、こっちも驚いたな。まさか
「彼は命令を受けただけよ。私の帰宅中にまた襲われないように護衛するというね…。」
ラフはまるで、ディアスと共にいたのが悪いと責めるような言葉に対し、タチアナはきっぱりと言い放つ。
「そもそも彼とは今は同じ部隊なのだから…そういうことだってあるでしょ。」
もうこの話はお終いという意味も込め、タチアナは彼に背を向く。
「だけど、やっぱり気になるんだよ。」
だが、ラフはなおも追及するようにタチアナに近寄る。
「君たちは、以前は恋人関係だったんだ。しかも、こっちには
昼間のこと。その言葉にタチアナは悟った。
ディアスがセビリア基地でなにかひと悶着を起こしたと聞いていたが、具体的なことまでは知らされていなかった。おそらく、セルヴィウス大将とフェルナン准将の配慮があったのだろうとタチアナは理解した。
「アイツの反応を見ればわかるさ。だからこそ、妬きたくもなる。…少しはわかってくれるだろ。」
ラフの両手がタチアナの両肩に静かに乗せられる。
「だから…証がいるのさ。」
「嘘よ。あなたはっ…。」
タチアナは彼の手を払いのけ、反論する。しかし、それは遮られた。
払いのけられたラフの手が、タチアナの吊り下げている左腕を掴んだからだ。突然の事と痛みにタチアナはうめき声をあげ、振り払おうとするがラフは離そうとせず、無理やり彼女を引き寄せ唇を重ねた。
思わぬことにタチアナは逃れようとするが、どうすることもできなかった。
唇が離れたときにも試みたが、依然として、左腕を掴まれ身動きができなかった。
「言っただろ?証がいるって…。」
ラフはその言葉とは裏腹に冷たく言い放つ。
そして、ふたたびタチアナを引き寄せ、耳元でささやく。
「…別に、そこらへんにいるありきたりな恋人を演じる気はないさ。君が俺を拒絶しても構わない。」
そうだ。
この男には、自分をいとおしむとか愛情の類の気持ちなんて持ち合わせていない。タチアナもそのことは知っている。
彼から離れようと思えばいくらでもできるはずだ。
しかし…。
「しかし、忘れないでほしいな。俺は
その言葉にタチアナは身を強張らせる。
「アンヴァルを
「やめてっ!」
ラフが言い終わる前にタチアナは遮った。
「やめて…。それは…それだけはっ…。」
タチアナはラフが言うことを理解し、恐怖で顔を引きつらせ、懇願する。
あの時の記憶が鎌首をもたげる。
多くの命が犠牲になった。あの部隊は巻き込まれたのだ。自分の迂闊さが招いた出来事…だからもう、それだけは避けたかった。
だが、ラフは何も答えず、ただタチアナに冷たい視線を送るだけだった。タチアナはこれ以上の言葉が続かず、脱力し座り込む。
ラフはタチアナの、打ちのめされた姿をまるで楽しむように見下ろす。
彼女を抑えるには、
ラフは彼女のそんな様子を見ても憐れなんて感情は微塵も感じていない。むしろいい気味だと思っている。昔は彼女に対して好意は抱いていた。しかし、彼女の指摘しようとしたように、一切そんな感情なんてない。
それもこれもお前が悪いのさ。
ラフは肩膝をつき、俯く彼女のあごを自分の手であげる。
恐怖に染まった目でこちらを見返す。だが、抵抗する素振りは見せない。
だからこれは復讐なのさ。
ラフは心の中でタチアナに言う。
そして、ふたたび唇を重ねた。
生理的嫌悪を感じながら、タチアナはなにも抵抗せず、その感触に身を任せた。いや、抵抗なんてできない。
もうあんなことは、そして自分の身に起きたことはもう2度と味わいたくない。
やはり…。
タチアナは 諦念を抱いた。
もう戻れないのだ、と…。
この部屋に戻るまでに抱いたディアスに対して、残っていた想いも、もしかしたらもう1度戻れるのではと抱いた淡い期待も…。
それらの思いがどんどんと真っ黒に塗りつぶされていくようであった。
「そっ、そんな…。」
アウグストの話を聞き終えたダミアンは顔を青ざめた。
そのあまりにも衝撃的な内容にめまいを覚え、先ほど食べた夜食が胃から吐き出しそうな気分だった。
「ちょっと待ってください…。」
ふとダミアンはあることに気付いた。
「大将はそこまで存じているであれば…もしかして…。」
それ以上、ダミアンは言えなかった。その可能性を信じたくなかったからだ。だが、アウグストなら、自分がこの言葉の先を、何を言いたいのか分かっているはずだ。だが、当の本人は無言であった。
「…なんで、否定しないんですか?」
耐えかねたダミアンは声を震わす。
「『自分は違う』と…その一言だけでいいのにっ!?」
自然と怒りが込み上げてきた。
「わかりました。」
何も答えないアウグストにダミアンは吐き捨てるように言う。
「あなたがそうやって人を駒のように使って、捨てるような…利用するような人だとは思いませんでした。」
この部隊に配属された時、なかば左遷ということを知り、気落ちしたが、その創設者がアウグスト・セルヴィウスと知り、心躍らせた。
なにせ、あの「ディルムンの英雄」だ。ユーラシア宇宙軍の基礎の部分に携わった人だ。しかし、その尊敬が軽蔑にわかる。
「あなたは…最低な人だ。」
彼がまるで溜まったものをすべて吐き出すように言い終え、肩を上下させる。
ようやく息が整った頃、アウグストは静かに口を開いた。
「ダミアン…。」
「なんですか?言い訳なんて聞きたくないです。」
もはや聞きたくない。そんなぞんざいな態度にアウグストはふぅと息をはいた。
「よくわかったよ。お前は
訝しんだ瞬間、その後の言葉が聞き取れなかった。
ふいに首筋にちくりと虫にさされたような痛みを感じるとともに、視界がぼやけ始めた。
「どう…。」
呂律も回らず、足がふらつくと背後に人、見知らぬ男がいたことに今更気付いた。
「えっ…?」
誰?なぜ?
だんだんと意識が暗くなっていく中、ぼんやりと自分は殺されてしまうのではないのかという言いようのない恐怖が支配した。
ああ…なんでもっとはやく気付かなかったのだろう。
大将がここまで話す理由も、そして自分の態度を見た結果なのだろう。
どさりと地面に倒れ、視界が暗くなった。
アウグストは倒れたダミアンを助けもせず、ただずっと見下ろしていた。
「ほんとっ、お前はいいやつだ。」
もはや聞くことも話すこともないダミアンに向け、アウグストは1人話す。
「こうなるであろうということを疑いもせずにな。…それでいい。」
「俺を肯定するな。」
そして、アウグストは立ち上がり、暗がりにいた男に声をかける。
「おまえにも苦労をかけたな。」
男は終始無言であった。
「さて…大忙しになるぞ。」
アウグストはふたたび物言わなくなったダミアンを見下ろした。
「…本番はこれからだ。」
その眼光は鋭く光っていた。
基地への帰る道すがら…
ディアスはタチアナのアパートから離れた人気のない街角で立ち止まった。
タチアナの部屋の…暗くはあったが、カーテンの隙間より人影がみえたのをディアスの、その優れた視力は見逃さなかった。
アイツだろう。
今日の昼間、会いたくもなかったあの男の姿が脳裏に浮かび、ディアスは苦い顔をする。
自分たちを見下す眼、そして厭悪の態度…
あんな男の手がタチアナに触れるのを思うと、腹立たしくなってくる。
だが、ふとディアスは気付いた。
俺はまだ…タチアナに…未練があるのか?
もう想ってはいけないと、
ディアスは愕然とした。
あんなことになってもなお、彼女がその後どうなったのか知っていてもなお、その想いを残し続けていたなんて…。
ふと視線を落とすと、セロがこちらを心配するように見上げている。ディアスはセロを持ち上げ、視線をあわす。
「セロ…おまえが気に病むことではない。」
そうだ…。
「これで…いいんだ。」
たとえ想いを抱いていても、それを出してはいけない。そうでなければ、
だからこそ、
時にふと思うことがある。
なぜ自分はコーディネイターなのか?なぜナチュラルを好きになったのか?
答えの出ない問い。だが、1つ言えるのは、もはやどうすることもできないということであった。
ディアスは1人、夜の街へと溶けていった。
数日後。
(珍しいわね、あなたから連絡があるなんて…。)
「なに…少し話したいことがあってね。」
アウグストは司令室の秘匿回線である1人の女性に連絡を取っていた。その女性は齢60歳前後、一見温和な老貴婦人と思わせるような印象であった。
(奇遇ね、私もそうよ。まずは私からでいいかしら?)
アウグストは無言でうなずく。
それを確認した老婦人は話を切り出す。
(あまり時間もないから手短に言うわ。まずはこれを見て。)
すると、別のモニターからMSのデータが表示された。
「これは…カタリーナ?」
カタリーナと呼ばれた女性は説明を始める。
(『X計画』…MSを独自に開発した大西洋連邦の対抗手段、対ザフト戦後の連合内での発言力の維持のために始動された国家プロジェクトよ。)
「ほう…司令部もようやく重い腰をあげたか。だが、少し
(やはり、気付くと思ったわ。)
カタリーナは笑みを浮かべる。
「…で、何をしようというのだ?」
(そうね…一言でいうのであれば、その計画のために多くを
カタリーナはユーラシア連邦司令部、ひいては地球連合の上層部が考えている作戦…しかもほんの一部にしか知られていない概要をアウグストに説明した。
「それは…また…一体どこのどいつがその筋書きを書いたんだ?そもそも、その
その内容を聞いたアウグストは眉をひそめた。
(曰く、確かな情報筋からだそうよ。主に
「…で、こっちの司令部は知っていながら知らないふりをしてあえて乗るつもりか。現場は知らないままで。」
アウグストは大仰に息をつく。
(だから、『X計画』があるのよ。一時は発言力を失うけど、その裏を返せばザフトとの戦争は大西洋連邦が主導…つまり、その戦争が終わるまで損失を被るのは大西洋連邦。偉い国が見栄を張りたがるものだし、MSも自分たちのものだもの。他の国の人間には渡したくないでしょ?対して、ユーラシアはそこでは大きな損失になっても、温存できるっていうのは彼らの算段よ。)
「随分と姑息だな。」
(未来に対して大志があれば、今はどんなに卑怯に振る舞おうと問題ない、ということよ。)
「ふっ…なかなか、
アウグストは皮肉まじりに言い放った。
そもそも『損失』というが、消えていくのは数ではない。戦場の兵士の命だ。
だからなんだっ、戦争をしているのだぞっ!犠牲なんてつきものだ。
そうやって言うのは簡単だ。だが、それを言う人間は所詮、戦場がどういうものか知らない頭でっかちの連中だ。
(…やっぱりね。)
「うん?」
(あなたがこのことを知らなかったことよ。彼女があなたの創設した部隊に異動命令が出たとき、もしかしてと思ったけど…。)
カタリーナはなにか納得したような表情で続ける。
(やっぱりあなたは
カタリーナの言葉を聞きながら、アウグストは果たしてそうだろうかと自問してみた。
いや、随分と変わったさ。
ちらりと、壁に掛けられた鏡を覗く。
白髪のまじった髪と髭。そして、齢からくるしわもにじみ出ている。
よくもまあ、老いたものだ…。
体の節々も痛み、徹夜が少しでも続くと、その疲労がなかなかとれない。
本来なら、軍を退役していてもよい年齢だ。
誰だって、さらに己の肉体を酷使してまで働きたいという者はよほどのことでない限りいない。むろん、アウグストもその1人であった。退役後のいわゆる第2の人生というものを思い描き、それを実践するのを、数年前まではいまかいまかと待ち望んでいてさえいた。
しかし、現実はそうはならなかった。
地球とプラントとの開戦。
これまで両者の関係は緊張状態にあり、打開策を講じても平行線のまま、とうとう戦争に突入したのであった。
‐人類は、宇宙さえも戦場に変えた。‐
かつて、故郷の貧窮を打開するためにコロニー建設計画を構想した男の、その夢を砕かれ、夢とともに運命を共にした男の言葉が脳裏によぎった。
苦難の末に完成したそれはしかし、当時の北アフリカ共同体の政府と半民半官企業によって独占状態であった。それに反発した抵抗運動を発端として武力衝突がおき、ユーラシア連邦は反政府勢力の武力支援の要請という名分、そのコロニーの利権を得ることを目的に軍を派遣した。
親世代が経験しているとはいえ、自分は体験していない世代。
それは想像以上に悲惨な戦場であった。
今でも夢に出てくることがあった。
コロニーという限定空間内での戦闘がどれほど神経をすり減らすものであったか。あらゆる生物の生存を拒絶する真空空間を隔てた外壁を破壊すればどうなるか、多くの遺体を限度のある土壌にどれほど埋葬できるか。血や硝煙などの異臭が密閉空間にずっとたちこめ続ければどうなるか。
そんな異質性とともに戦争である以上必然的に起こる人の死。それも自分が今まで見てきたような厳かなものではなく、何の前触れもなく、悼むこともできないゴミのような死。そして、憎しみ、痛み…。
いくら自分は軍人だからと割り切っても残る人を殺すことへの嫌悪感と罪悪感、しかし敵に自分が、大切なものが傷つけられ、敵に対して憎しみをぶつけるという狂気。
人はいとも簡単に飲み込まれるのだ。
それを経験しているからこそ、半ば義務感もありアウグストはなおも軍服に袖を通す。
だが…結局どうすることもできなかった。
地球とプラントが戦争になるであろうことは簡単に想像できたはずだったのに…。
大西洋連邦の月面軍事基地の建造が発覚の居直りから旧世紀から続いた宇宙条約が形骸したことによって始まった宇宙軍備競争。ジョージ・グレンの告白直後の極秘裏に誕生したコーディネイターが成長して各分野で活躍したことによって、ナチュラルとコーディネイターの「ヒト」としての差が歴然とし、批判勢力が活発したこと。それに伴う排斥・差別・迫害、テロ、独立運動…。
そう…誰もが思っていたはずだ。
互いが互いに存在を認めない。世界がどんどんと暗く、悪い方向へと流れていって行くことに…。
しかし、それについて声を大にして挙げる者はあまりにも少なかった。それに耳を傾ける者もまた少なかった。
その時代の流れで俺は何をした?
いや、俺は何もしてはいない。
ただ、働いていた。
あの戦場が自分の中で、しこりとして残りつつも、目の前の雑事に追われる日々であった。
戦場から帰還したのち、軍事作戦の失策の目くらましとして「英雄」としてまつり上げられる一方で、前線から遠のかされ、不遇の時を過ごしていたのは言い訳にしかない。その上、自分の過ちから目を背けたいがために、雑事を言い訳として、家族と向き合っても来なかった。それが妻の死の誘因となった。誰に責められなくてもわかっていることだ。息子が俺を憎むのも当然であった。
そんな自分が今さら何をしようというのか?
やったところで何も変わらないのではないか。
だが、それで諦めるという選択もできなかった。
あの戦場が、そこで散った命が、己の影のようについてくる。
‐私は、影だ。‐
かの言葉がその過去とともに刃となって胸を貫いていた。
「…俺はずっと逃げ続けてきたんだ。」
アウグストはボソッと呟いた。
「だが、もうどんなに見ないふりをし続けることもできなくなった。俺はこれ以上…あの子に背負わせたくない。だから…。」
そう言いながら、USBメモリーを取り出した。
「もしあの頃の俺であれば、
(蔑んでほしいため?非難してほしいため?)
カタリーナの問いにアウグストは無言であった。
しばし、沈黙が流れる。
さきに口を開いたのはカタリーナであった。
(…そろそろこの回線を使い続けるわけにはいかないわ。切るわね。)
アウグストはただ無言でうなずいた。
そして、通信は切れた。
「お見通し…というかわけか。」
アウグストは1人ぽつりとつぶやいた。
今回の1件…X500の強奪からはじまったこの一連の出来事…これは幽霊部隊との戦いにおける第2局面となる。
その結果は言うまでもない…完膚なきまでの敗北である、と。
やられた…。
アウグストは苦虫を噛み潰すような顔をした。
なにせこちらの打つ手を出しにくくなったのだ。まさしく、暗闇のなかを手探りで行かなければいけないように…。
カタリーナも状況を聞いて察したのであろう。
だからこそ、言わせなかった。それを自分の中でとどめるべきものだと。
それと同時に、1つの手札を持ってきた。
思案していると、ドアをノックする音が聞こえた。
アウグストはすぐに居ずまいを正した。
「入ってくれ。」
「失礼します、セルヴィウス大将。」
ドアを開けてに部屋に入ってきたのはタチアナであった。
「怪我の方はどうだ?」
「はい、だいぶよくなりました。すみません、次の日もお休みをいただいて…。」
「気にすることはないさ。」
アウグストはタチアナにいたわりの言葉をかける。
「それで、その後の調査のことを報告に来たのですが…。」
「ああ、聞かせてもらおう。」
タチアナは持ってきた書類を渡した。
「許可をいただいて、ユリシーズ・スヴォロヴが使用していたコンピュータを調べたところ、アドレスに不審な点があり、それを追ったのですが、途中で足取りがつかめなくて…。」
タチアナは顔を曇らせた。
「まあ、さすが幽霊というだけある。おそらく彼の1件を聞いてすぐに消したのであろう。」
その言葉にタチアナは訝しんだ。
「俺はアンヴァルの情報漏えいは2人で行っていたのではないかと推測している。だから、今までしっぽを掴めていなかったことにも納得がいくんだ。
「…つまり。」
「君は休んでいたから知るのが遅くなっただろうが、ユリシーズ・スヴォロヴの事件の後から、クレメンス曹長の姿が見えなくてな。無断欠勤が続いている。」
アウグストは深刻な顔つきになった。
「クレメンス曹長が!?」
タチアナも驚いた顔をした。
「俺だってそうは思いたくない。だが、この部隊の主だった者たちにしか知ることのできない情報を手に入れられるユリシーズが情報漏えいの犯人だった。クレメンス曹長も、アイツほどとはいかないが、輸送部隊の特質上、そして、ギースの代わりをやっている以上ありうる話だ。」
そして、アウグストはUSBメモリーを取り出した。
「これはクレメンス曹長について、こちらが可能なかぎり集めた情報だ。」
そして、机にそっと置き、前へ出す。
つまり、これからうまく探り当てることができるかもしれないというのがアウグストの考えだとタチアナは読みとった。
「わかりました。引き続き、調査を続けます。」
タチアナはUSBメモリーを受け取り、そして退出した。
彼女が出ていき、ふたたび1人になったアウグストはしばらく天上を仰いで、なにか考え事をしていた。
そして、ふたたび前を向く。
「出せる
そしてふたたび秘匿回線を開き、今度はドゥアンムー商会へとつないだ。
太平洋上。
カオシュンでの積み荷の受け渡しを終えたケートゥス号は一路アラスカに向けて北東へと針路を進めていた。
艦内はこれといって変わったことはなく、ヒロは艦の手伝いをしていた。ただ、その日は、格納庫にいた。
ヒロはクリーガーの前に立つ。
手伝いを申し出てから、この格納庫に来ることは何度かあったが、こうやってクリーガーの前に向き合うように立つのは久しぶりであった。
その姿は依然ボロボロの状態であった。
それを見上げたヒロは心の中で問いかけた。
答えてくれるわけではないが、問いかけずにはいられなかった。
‐君たちが扱うと、とんでもないスーパーウェポンになってしまうな。
ハルバートン提督の言葉がよぎる。
ザフトにせめて対抗するためにとして造られた兵器…その内の1機がクリーガーだ。だからこそ、ハルバートン提督にはそう言ったのであろう。
それはかつてモルゲンレーテにて、カガリがM1アストレイに向けて言った言葉と同じ意味であった。
オーブの
ハルバートン提督もカガリもMSを戦うための力、守るための力、そんな存在として見ているから出た言葉なのであろう。
しかし…。
先日のカオシュンの光景がよみがえる。
あの街を破壊したのはMSだ。
きっとカオシュンに住んでいた人達にとって、そこで日常を送っていた人にとって、MSは自分たちの住む場所を、日常を破壊している存在として見ているであろう。
『モノの見方』
1つのモノであっても、人それぞれによって、そのモノの意味が変わる。
昔、そんなことがあったなとヒロはそのことを思い出した。
「…で、わからなくて降参してきたと。」
セシルはテーブルにうなだれているヒロからそのワケを聞き、結論を言った。
「降参してないよっ。…でも、どうしても見えないんだよぉ。」
ヒロはセシルに問題の紙を渡した。
ジェラルドからゲームだと言われ、この紙を渡された。さまざまな黒い模様がところどころに散りばめられた、その中に動物が隠れているという。それを、当ててみろと持ちかけてきたのだ。ちなみに、ジェラルドは答えをもう解いてきたのだ。
必死に探しても分からず、ジェラルドの勝ち誇った顔が悔しくて仕方なかった。
「自分が解けたからって人に見せびらかすなんて、ジェラルドらしいといえばジェラルドらしいけど…。」
セシルはその紙を受け取り、眺めはじめた。
「いつもの
ヒロはふてくされ、テーブルにうっぷつした。
「そうねぇ…。」
セシルは紙を高く上げたり、角度を変えたり見ていた。
すると、セシルは何か見つけたのか、ヒロに確かめる。
「ねぇねぇ、ヒロ。ジェラルドはここに何匹の動物がいるって言った?」
「うん…4匹って言っていたけど…。」
それも適当に言っているのかもしれない。ヒロは半ば諦めた口調で答えるが、セシルはにんまりとした。
そして、ヒロを起こし、紙を見させる。
「じゃあ、ほらっ。ヒロがさっきまで見ていた紙を上下180度回転させて…。」
セシルは紙を上下変えて、ペンを持った。
「ここと、ここ…。あとは、こことここ、ね。」
「ああっ、パンダ!それと、ウサギとペンギンが2羽っ。」
セシルがペンで線を書くと、動物の姿が浮かんだ。
「なんで…。」
ヒロはじっと紙を見た。
さっきまではただの黒い模様だったのに、いまではどう見ても、動物に見える。
「それは、ずっと真正面からしか見てなかったからよ。どうやって見るかなんて言われてないでしょ?」
たしかに、ジェラルドからはここに動物が隠れているから探し当ててみろ、と言われただけで、どうやって見るかなんて一言も言われていない。
「そして、
セシルから言われ、ヒロはたしかに自分はずっと思いこんでいたことに気付かされた。渡された位置が正しい見方というわけでなく、動物が隠れていると思ってすらもいなかった。だからこそ、動物なんて最初から見つからなかったのだ。
「それはこの絵だけじゃなくてもそうよ。物事っていうのは1つのモノであっても、自分が見ていることと他の人が見ていることでは違って見える。誰かが言ったからといって、それも1つの見方であって、そればかりが正しいというわけではないのよ。だから、ヒロ…。」
セシルは穏やかに言った。
「あなたはその物事に対して、よく見て、よく聞いて、自分で考えて、自分の意思で決めるのよ。」
あの頃はまだ、小さくてセシルの言葉をよく理解できなかったが、今なら少しは分かるかもしれない。
あの時、自分が諦めたのは「いつものジェラルドのいじわる」だとして、答えなんてないものだと眺めていた。だからこそ簡単に諦めた。そうやって、思い込みや先入観があったからこそ解けなかったのだ。
それは日常の、ありふれた出来事だけではない。
この戦争にも同じことが言えるかもしれない。
地球連合もプラントも守るためを戦う。
地球軍はこれ以上、宇宙からやって来たザフトに自分たちの地球が奪われたくないから、取り返したいから戦っている。ザフトは、プラントを、「ヒト」として扱われない自分たちの唯一「人」として暮らせる場所を守りたいから銃をとる。
すべては国のため、守りたい人のため…でも、ああやって砲弾が降り注ぐ中で暮らす人にとってはたまったものではない。
「僕は…戦争の事をよく知らなくちゃいけない…。」
たとえこの大きな戦争の一部であっても、関わっているのだ。
ヒロは次々と浮かぶ疑念や問い、悩みを悶々と考えつづけた。しかし、考えれば考えるほど、さらに悩みや問いは増えていく。
その中で自分はできることはなんなのか…。
う~ん、と唸っていると、そこへ後ろから声をかけられた。
「ヒロ…ちょっといいか?」
ネモの声で思考の海から引き戻された。
ヒロはいったいどうしたのだろうかと不思議に思い、振り向く。
「少し、手伝ってもらいたいことがあるんだが…。」
「で、ヒロは船長とともに上甲板にいるのか…。」
ヒロを探していたハックはうなだれた。
「せっかく、こっちの方で頼みたいことあったのに…。」
よもやネモ船長からの直々の手伝いに行っているとは思いもしなかった。
しかも、その手伝いの内容もであった。
「まあ、あきらめろ。」
テオドアがきっぱりと言う。
「あれはしばらく戻ってこないぞ。」
「ふ~、暑い…。」
ヒロは額から流れる汗をぬぐう。
北回帰線上を航行しているため、熱帯に近い太陽に日差しが甲板に降り注いでいる。
現在、ヒロはネモ船長に頼まれて、ともに彼のコレクションの1つである航空機の定期メンテナンスを手伝っていた。
「お疲れ。たまにはこういうのもいいだろ?」
ネモもコートを脱いでいた。肩にはクーラーボックスがかけられていた。
「すごいですね。動かせることができるのですよね?」
ヒロは航空機を見上げながら尋ねた。
「まあな、原動機は現在に合わせたものだが、それ以外は可能なかぎり当時に近い形にさせている。」
ネモは嬉しそうに答えながら、クーラーボックスを降ろした。そして、蓋を開ける。
「どうだ?仕事終わりの、しかもこう暑い日には格別だぞ?」
取り出したのはビール缶であった。
「いえ。僕、未成年ですし…。」
「プラントでは15歳以上から成人だと聞いているが?」
ネモのいじわるな質問に、ヒロは必死になって返した。
「僕はプラント育ちではないですし、僕まで酒を飲んで酔いつぶれたら、厄介なことになると心しているので、試したこともないです。」
「そうか。」
ネモは押し付けることもせず、今度は炭酸飲料を取り出した。
「これなら飲めるだろ?」
「はい。」
ヒロは炭酸飲料缶をネモから受け取った。冷たくよく冷えていた。
「かく言う、俺もビールではないしな。」
ネモはビール缶を戻し、ヒロと同じ炭酸飲料缶を取り出した。
「意外です。テオドア副長やハックさんとか、結構飲んでいましたので…。」
「俺の場合は、禁酒しているのさ。…それだけだ。」
そう言って、ネモは缶を開け、ごくごくと飲む。
ヒロもまた缶を開けて飲み始める。
シュワっと泡立つ冷えた液体が、暑さでカラカラになった喉を潤す。
体にたまった熱気がよく冷えた飲み物と甲板に吹き抜ける涼し気風によって冷まされていく。
しばらく、お互いに話はなかったが、ヒロはネモに声をかけた。
「あの…船長。」
ネモにどうしても聞きたいことがあったからだ。
「ルキナとはどういう関係…だったんですか?」
それを聞くのが恐ろしいという気持ちもある。でも、聞かなければいけないと思ったからこそ、尋ねた。彼はなにか考えているのか、ヒロの問いにすぐには答えなかった。 その待っている時間がじれったく、心臓がバクバクと早鐘をうつ。
「ルキナとは…。」
ようやくネモが口を開いた。
「彼女の父親、ヴェンツェルと友人だったんだ。アイツが死んだあとも、その娘であったルキナを気に掛けていた。ただ…それだけだ。
「そう…ですか。」
そっけないように答えるが、それは自分を気遣ってか。
やはり、カオシュンでのことがあったから、そのように思えてしまうのだろうか。
ヒロは口を開いた。
「…すみません。」
「うん?」
「僕が…僕がもっとしっかりしていれば…もっとうまく操縦できていれば、ルキナを死なせることはなかったのです。いえ…その後、すぐにルキナのもとに向かえば、よかったのに…僕は…。」
結果として、ルキナを死なせてしまった。
だから…。
しかし、ネモから返って来たのは意外な言葉であった。
「バカなことを言うではない。」
思わぬことにヒロは戸惑う。
「君は全力を尽くしたのだろ?やれることをしなかったわけではない。やれないことを責めてもどうすることもできない。」
「でも…。」
「人は、すべてがすべてできるわけではないんだ。人がやれることというのは、自分が思ったほどできないものだ。」
ネモは続ける。
「だから、1人でなんでもしようなどと背負うな。できないのに、やらなければと無理をして、出来なかったとき自分を責めてさらに過ちを犯す。」
ネモの瞳にどこかもの寂しさを感じた。
「見ろよ、この海を。」
ネモに促され、ヒロも海の方へと目を向ける。
「水平線いっぱいに広がっていても、俺たちが見ているのは海のほんの一部だ。海も世界も俺たちが思っている以上にでかいのさ。」
そして、ネモは上を仰ぐ。
「おまえはまだ若い。少しずつ自分のできることをしていって、そして世界を広げて行けばいい。…それでいいんじゃないか。」
そしてヒロに向け、穏やかに微笑む。
思わず視線を外した。
「自分のできること、ですか…。」
ヒロもつられて笑みを浮かべ、海へともう一度、目を向けた。
青く輝き、その水平線の向こうまで目いっぱい広がっている海。海だけではない、この青空の向こうの、さらに宇宙の先にはプラントがある。
自分の目では見えない先にも、多くのことがあるのだ。
外の世界を見てみたい。
幼い頃、森の合間から見えたまるで行く手を阻むように横に連なる山脈を目にした時、港町の高台から海を眺めた時に抱いた思い。
その先を何度も何度も想像したが、見れば見るほど、改めてこの広さに驚かせる。
そんな世界の中の小さな自分。
果たして、自分にできること、自分がしたいことは何か。
さきほどクリーガーの前で自問した言葉。
それをふたたび、海と同じ色で青々と広がる空を見上げながら自分に問いかけた。
あとがき
今回の話でPHESE-43からの一連の流れが一区切りします。
そこで次回からの話を少し…。
この後いよいよ『アラスカ編』と思った読者は多々いると思いますが…
『オーブ編(part1 or part2)』に舞台を移します。
外伝『Astray』でもかなり関わりを持ち、原作本編でも中立国でもあるのと、キラたちヘリオポリスの領有する国でもちらほら出て。アラスカ後では、メインとなっていき、さらにDestinyでも…以下略(もう言わなくてもわかると思うので、もう説明は省きます)
だけど、オーブ戦まではクローズアップされません(まあ、小国+中立国だからというのもありますが…)。でも、シンの回想ではなんだかんだとじわりじわりと来ている雰囲気なのですよね。というわけで、そこも含めて、オーブの話をします。
それと今回はもう1つ…
モノの見方、と関連できるかはわからずとして、
現在放送中のガンダムの番組を見ていて改めて思ったのは『ガンダムってその見ている世代ごとで、いそいろ登場人物等の印象とか変わるんだなぁ』ですね。
たぶん、自分がその主人公サイドと同じ年代だと、彼らに共感を持ち、対立陣営に対していい印象を持っていないでしょうね。でも、いまの年齢で見ているからか、思ったことも、この年齢だとたぶんこう思うかなって…。