機動戦士ガンダムSEED Gladius   作:プワプー

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なかなか予定通りには進まない…
どうしたものか…
むむむ…


PHASE-54 光り輝く天球・漆 ‐遠い記憶・後編‐

 夕餉を終えたバエンは縁側でくつろいでいた。

 謹慎処分を受けた身であるため特に何かすることはなく、本を読んだり家の雑事をしたりと1日を過ごしている。

 たまにはこういうのもいいだろう。

 バエンはゆっくりと柱にもたれ庭を眺める。

 リュウジョウの邸は五大氏族やそれに次ぐセイラン家などに比べ敷地は広くはない。造りはリュウジョウ家のルーツからの琉球建築と侍屋敷を混ぜたものと実用的な方に重きを置いてある。

 もうこの家には自分と妻以外には住み込みで働いている老夫婦しかいない。

 わざわざ大きくすることもない。

 趣あるものといえば、曽祖父の趣味で簡略化した日本庭園があるぐらいだ。

 石場のそばにある人工池にはかつて鯉などがいたが、今ではたった1匹のゆったりとした生き物の棲み処となっている。

 ぼんやりとしていると、ふと隣から声をかけられる。

 「なにかございましたか?」

 バエンがそちらに顔を向けると、妻のネイが座りお盆に載っていたお皿をこちらに差し出す。

 「メリルさんからのもらいものです。」

 そこには二つに切ったパッションフルーツが置かれていた。

 「そうか…もうそろそろ、その時期か。」

 バエンは添えられたスプーンでその黄色い中身を食べる。

 パッションフルーツは主に熱帯や亜熱帯で栽培される果物である。

 だいだい4月末から収穫が始まり、旬は8月ごろである。

 果物そのままで食べると酸味で敬遠されがちだが、皮の表面に皺が出れば甘くて美味しい。

 とはいえ、いまはまだ4月末なのだが…。

 「メリルさんは、バエンさんが酸味のある方が好みだとご存知なので…。」

 なのでメリルは自分の近所の菜園で収穫が始まったばかりのパッションフルーツをネイに届けたのだ。

 曰く、自分の旦那はもっと甘い方がいいとうるさくて仕方がないとのことだ。

 「では、ありがたくいただこう。」

 そう言い、食べ終えた片方をさらに載せ、もう片方へと手を伸ばした。

 そのタイミングでネイは重ねて訊いた。

 「シグルドさんのことを考えておりましたか?」

 その言葉にバエンは思わず心臓がドキリとし、思わず手を止めた。

 彼女にはまだシグルドがオーブに帰ってきているとは伝えていない。

 まさかメリルか!?

 彼女は耳が早いことでも有名だ。

 なにせ彼女は活動域が広いがゆえ、その人脈も幅広い。

 シグルドの情報もそこから仕入れ、ネイに話したのか?

 ということは自分が知っているのに何も話していないということもバレてしまう。

 だが、その心配はすぐに無用のものとなる。

 「あの子が出てもう数年となります。どこで何しているのか…便りがないのが良い便りと言いますが、やはり()としては心配ですからね。」

 彼女の話ぶりからシグルドが帰って来ていることを知らないことが窺える。

 「まあ…な。」

 ほっと安心しつつ、しかし、彼女に内密にするのもどこか少しの罪悪感を覚える。

 先の言葉通り、彼女は親として本当にシグルドのことを心配しているのだ。

 バエンはさきほどの動揺をなるだけ隠すように平静を装って答える。

 「とはいえ、あいつが決めたことだ。今までこっち身勝手に付き合ってくれたんだからもう十分だろう。」

 そう、もう20年も時が経つのだ…シグルドとリュウジョウ家の養子にした時から。

 あの時のことを思えば、シグルドにもネイにも本当に申し訳ない事をしたのだ。

 なにせ、その時2人の気持ちなど斟酌せず勝手に決めたのだから。

 「…守りたかったんでしょう、バエンさんは。シグルドさんも私も…。」

 ネイはバエンの心情を察して静かに言う。

 守りたかったか…

 バエンは当時のことを追想した。

 20年前、バエンはスカンジナビア王国のオーブ大使館の駐在武官として派遣されていた。

 当時、かの国は政治的混乱を極めていた。

 大使館では在住のオーブ国民や企業の保護に力を尽くしていた。

 その時、大使館内に1人のスカンジナビア国民が入ってきた。

 それがシグルドだ。

 彼は母親が逮捕されてしまい、その釈放のために祖父ともに首都にやってきたのだ。

 祖父はこの先、自分たちの身がどうなるか理解していた。

 ゆえに古い友人の伝手を使って大使館を訪れ、そのままシグルドを置いていったのだ。

 もちろん、スカンジナビア政府からシグルドの身柄の引き渡しの要求が来た。

 オーブは友好国として、また中立の立場から彼の亡命を認めることはできなかった。

 しかし、このまま政府の要求に応じれば、彼がどうなるか…命が危ないということは大使館全員が理解していた。

 悩んだ末、考えついたのがシグルドを自分の養子とするということだった。

 自分の養子となれば、シグルドはオーブ国民となる。

 それによって彼を保護することができたのだ。

 また、この養子にするということはシグルドを守るのと同時にオーブ本国にいるネイを守ることでもあった。

 当時では珍しい氏族と一般市民との身分差婚であると同時に彼女のルーツのため、ネイはリュウジョウ家内からも他の氏族からも当たりが強かった。彼女を乏しめる言葉や陰口が日常茶飯事だった。

 それに対して、メリルはネイの前に立ち、『何か言いたいことがあるのなら、言ってみなさい。私、聞いてあげるから。コソコソ言っているなんて品性のない人たちね』と堂々と面と向かって言って、彼女を庇い追っ払っていた。

 もちろんバエンもできる限り彼女を守ろうとした。

 しかし、それですべて防ぎきれるものではなかった。

 さらに拍車をかけたのが、彼女が流産し子どもを産めない体であると知った時だ。

 彼女に対して何の慰みの言葉もかけず、第一声が『跡継ぎ産めないのであれば離婚しろ』だ。

 よくそんなひどい言葉を言えるものだとバエンは親族のその態度を不愉快に感じた。

 そして、悩んだ。

 彼らの心無い言葉で彼女をこれ以上傷つけたくなく離婚という選択も考えた。しかし、もし離婚すればネイはオーブにいれなくなる。

 だからこそ離婚はできなかった。

 だが、このままで親族たちに無理やりにでも離婚させられてしまう。

 そこで自分が連れてきたシグルドを彼女が育てるということにして周りを黙らせた。

 守りたかった。

 確かにその思いはあったが、しかしその行動の奥底には考えは巡らせていたし、彼らの気持ちを置き去りにして勝手に決めてしまった。

 今でこそ、ネイとシグルドは良好な関係ではあるが、一歩間違えれば取り返しのつかない歪んだものとなっていたかもしれない。

 しかしそのことを言っても、ネイは自分を批判しないであろう。

 そのことを含めたすべての選択の先に私たちがいる。

 そう言っても、ただ微笑むだけであろう。

 ちなみに彼女の友人、メリルはそれらの事情を知り、ネイの性格を知っているため、ネイと自分の夫婦関係の話が出れば、「まったく…ほんといい奥さんで」と婉曲的に自分を批判するが…。

 そうこう追想していると、この家に住み込みで働いている老人がこちらにやって来た。

 「旦那様…。」

 自分より年長で普段から落ち着いた物腰のこの老人がどこか慌てた様子である。

 ということは、彼にとって思いもよらない人物であろう。

 そのうち謹慎中の自分に来訪するのは、1人しか考えられない。

 「ホムラ代表がいらっしゃいました。」

 訪問者の名前を聞いたバエンはやはりと黙ってうなずく。

 おそらく先日の騒動、そしてその後の会議にことについて来たのであろう。

 ならば、いよいよか…

 バエンは立ち上がり、ホムラを出迎えに向かった。

 

 

 

 

 ヤラファト郊外にあるサハク邸。

 私用の応接室にて部下と打ち合わせしていたコトーの元に若い男がやって来た。

 「コトー様…。」

 彼の表情は曇っていた。

 「また(・・)、来たのか?」

 「…はい。」

 若い男は申し訳ない気分になった。コトーの表情こそ変わらずとも内心では不機嫌であるとこれまで仕えてきた身として感じ取っていた。

 ここ連日、サハク家の分家の者たちが来訪してくる。

 用件は明白、現在のオーブのサハク家の立場についてであった。

 ある者は今後の対応を、またある者は強硬姿勢をと主張してくる。

 これまでこの若い男が取り次ぎをして直接の会うことを避けてきたが、相手は限界に達していた。

 「わかった、トウマ。私が行く。」

 コトーはそう答えると席を立った。

 トウマと呼ばれた若い男は表情が硬いまま応じた。

 「先に言った件…あとは頼むぞ、シモン。」

 「かしこまりました。」

 打ち合わせを終えて、コトーは若い男とともに応接間へと向かった。

 「2人(・・)は来ていないな?」

 「はい、ミナ様とギナ様はいらしておりません。」

 「そうか。」

 このような情勢下で、サハク家の一族の者が大勢集まるのがどれほど危険であるかかかわらず、当主とその後継者が一堂に会することはなお愚策である。

 ゆえに今回のことでコトーの逆鱗にふれるようなことにならず若い男は安堵した。しかし、彼らは本当にそのサハクのルールのために来なかったのか?彼らはコトーを軽んじ、隙あれば当主の座を奪うのではないか?

 トウマは将来自分の仕える者に対して不信感を抱いていた。

 その原因はヘリオポリスでの一件に関わっている。

 しかし、とトウマはふと思う。

 そのように考えてしまうということは、自分はサハク家の者としてまだ「甘い」のではないのか?

 謀略、裏切り、暗殺…それらはなにも外ばかりに行うだけではない。一族の者であっても利用し、裏切り、そして用済みとなれば始末してきた。最近では、ヘリオポリスで極秘開発していたアストレイの破壊を傭兵に依頼した者がそうである。

 それが血よりも名よりも濃い、一族を守る掟であった。

 実力がなければ、この世界では生きてはいけない。

 サハク家とはそういう一族であった。

 と、考えるトウマであるが、それも他のサハク家の者から見ればやはり甘いと言われるであろう。

 なにせ家の中でも暗殺の危険があるにも関わらず、自問自答をするというわずかに注意を散漫させてしまっている。

 だから、気付かなかった。

 自分たちの足元付近に近づく気配を。

 初めに気付いたのはコトーであった。

 なにか小さい影が自分たちに近づく。

 殺意はない。

 が、自分の足に何か軽いものがあたる感覚がした。

 コトーが視線を下に向けると、そこに幼児がちょこんと立っていた。

 頭に折り紙のかぶとを被り、手には風船で作られた刀を持っている。

 「とったぞーっ!」

 と、その幼児は言ったのであろうが、まだ舌足らずのためか『と』が『てょ』に、『ぞ』が『じょ』に聞こえる。

 「ロノっ!」

 ようやく事態を察知したトウマはロノと呼んだ幼児のもとへと駆け寄る。

 この子はトウマの甥であるのだ。

 「なぜこんなところにいるんだ!?」

 たしかにこの邸は複雑な造りとなっているため迷子になってもおかしくはないが、普段、この子は母とともに邸の離れの方に住んでいる。簡単に本邸にまでやってくることはできないはずだ。

 さらにまずいことに当主であるコトーに対して無礼を働いたのだ。

 どうコトーに弁解するか、どう言い聞かせるかとトウマは慌てふためく。

 一方のロノの方は、トウマの気など知らず、抱きあげられた彼の腕の中でなにやらはしゃいでいた。

 「あらあら…このようなところにいましたのですね、ロノ。」

 すると、ロノがやって来たであろう方向から穏やかな物腰の女性がこちらにやって来た。

 「はーうえっ。」

 母親の姿が目に入ったロノはトウマの腕の中で手を振り、母親になにかアピールをしていた。

 「マリナ殿…これはいったい?しかもなぜここに?」

 トウマはロノをマリナに預けながら訊く。

 彼女は五大氏族の1つキオウ家からサハク家の分家の者に嫁いできたのである。

 アスハに近い存在である彼女はサハク家の人間にとって好ましくない存在なのだ。

 彼女の夫、つまりトウマの兄が存命のときはおいそれと手を出せなかったであろうが、すでに亡くなって数年…いつ魔の手が伸びてもおかしくない。

 ゆえにこの母子は身の安全のために離れに暮らしているのだ。

 ちなみに彼女の夫が亡くなった際、キオウ家の当主は彼女にキオウへと戻るよう説得したらしいが、マリナはロノのこともあるので戻らないと断った。キオウの当主は娘がコトーに誑かされたと決めつけ、それがサハク嫌いをさらに上乗せしてしまったようだ。当のコトーはどこ吹く風だが…。

 「もうすぐ端午の節句ですので五月人形の準備をしていたのです。すると、ロノがとっても着たがって…。それで折り紙を折ってさしあげたところこのように大喜びし、風船の刀を持って武者の真似事をしていたのです。」

 「…そうですか。」

 思わぬわけにトウマは拍子抜けする。

 当のロノはすっかり満足し、そして眠くなったのかあくびをしていた。

 「あら…お疲れなのね、ロノ。」

 マリナはロノ背中をポンポンと優しく叩く。

 その様子を見ていたトウマは先ほど気を揉んでいたことなど忘れ、自然と和やかな気分となる。

すると、これまで後ろのほうで様子を見ていたコトーがマリナの前に立った。

 「離れまでの道は暗い。護衛をつけさせる。」

 そう言うと、コトーは誰もいないはずの廊下の端の暗闇へと目をむけた。すると、そこから人影が現れた。黒い髪に黒い瞳、黒い衣服に包まれたその人物は月のわずかな光によって、その形を認識できるようになるのだ。

 「ヘイロン…頼むぞ。」

 ずっと気配を消して控えていた男はコトーの命令に静かにうなずいた。

 「ロノの粗相な行い、申し訳ございませんでした。」

 トウマは彼の叔父としてコトーに謝る。

 「子どもの戯れだ。」

 しかし、ただコトーはそう言うだけでなにも咎めなかった。

 「先に言っている。おまえはマリナを見送ってから来い。」

 それだけ言ってコトーは先に応接間に向かった。

 こうは言われたが、やはり主より遅く来るのは申し訳ないと思い、すぐにマリナに向き直る。

 「では、マリナ殿。お気を付けて。」

 「ええ。」

 マリナは頷くとすでに寝息を立てているロノへと顔を向けた。

 「ロノも満足したようです。ずっとコトー様とトウマくんにお見せしたかったようでして。」

 その言葉にトウマはハッと気付いた。

 思えば、同じ敷地内に住んでいるのになかなかロノに顔を見せる暇などなかった。それほど忙しく、また心休まる時間も持てなかったのだ。

 マリナはそれを察してロノを連れてきたのだ。

 「さあ、ロノ…たっぷりとお休み。たくさん夢を見るのですよ。」

 マリナはロノをあやしながら、離れへと戻っていた。もちろん後ろにはヘイロンがついていく。

 トウマはマリナの気遣いに感謝しながら彼女たちを静かに見送った。

 そして、見送りを終えるとすぐさまコトーのもとへ向かった。

 

 

 

 

 朝、街角のオープンカフェ。

 その1つの席に男は新聞を読みながら、コーヒーを飲んでいた。

 その姿は出勤前にリラックスした時間を過ごす会社員のように見える。

 「あれが…ヤマダね。」

 少し離れた道路で停車している車からマキノはその男を覗き見る。

 そして、持っているパソコンで顔認証にかけて確認した。

 「あの様子からだと…本当にただ待ち合わせしているようだけど…。」

 マキノはつぶやき、隣の席のクオンを窺う。

 彼女もまたヤマダへと目を向けていた。

 「本当に…行くの?」

 マキノにとって不本意であった。

 「だけど、彼が行きたくないっていう以上、これしかないでしょ。」

 「そうだけど…。とにかく危険と判断したらすぐにその場から去ってよね。」

 「…ええ。」

 クオンは短く返事し、車から降りオープンカフェへと向かった。

 ヤマダは新聞を読みながら時々腕時計に目をやっていた。

 もうすぐ待ち合わせの時間(・・・・・・・・)だ。

 しかし、その相手の姿がどこの通りからも現れない。

 なにかトラブルでもあったのか?

 ヤマダは一瞬に不安に思うが、平静を装うように新聞に再び目を向ける。

 きっと遅刻しているのであろう。

 少し気分を落ち着かるためにコーヒーを飲もうと、カップを取るため新聞を少しずらす。

 すると、目の前の席に女が座っていた。

 ヤマダは思わず手を止める。

 自分の視線がそこから離れたわずかな瞬間、しかも気配もなくそこに女がいたのだ。

 一体何者なんだ?

 ヤマダの戸惑いとは逆に向かいに座った女は落ち着き、かつ不敵な笑みを浮かべながら話を切り出した。

 「あなたたちの組織(・・)の手助けをしようか?」

 唐突な物言いだが、ヤマダはとっさに自分が加わっている組織であると察した。

 「何を言っているのだ、君は?さっぱりわからないが…。」

 計画遂行まで組織の存在が明るみになってはいけない。

 ヤマダは素知らぬふりをする。

 「それと…すまないが待ち合わせをしているんだ。」

 用事があると言えば引くであろう…そう思ったが、女はさらに言う。

 「ジャック・エドワーズは来ないわよ。」

 その名前が出てきて、ヤマダは驚きを隠せなかった。その人物こそ、自分が待ち合わせしている人間だからだ。

 「彼、肝が小さくてね。私たちがちょっと脅しただけで一目散に逃げて行ったわ。」

 彼女の言動から不穏なものを感じ、ヤマダは固まる。

 「…君は何者なのだ?」

 ジャック・エドワーズを始末したと言い、それにも関わらず自分たちを助けたいと言った。

 その心算がわからなかった。

ヤマダはおそるおそる女の正体を訊いた。

 「サハール。MDIA(エム.ディー.アイ.エー)よ。」

 MDIA…MDIAだと!?

 その名を聞いたヤマダは心の中で何度も叫んだ。

 MDIA(Ministry of Defense Intelligence Agency:国防省情報局)はオーブ国防省の非公式(・・・)組織である。

 以前はサハク家の当主が、現在は五大氏族に昇格したことで彼の側近が局長としてトップにつき、サハク家当主の指示の下、諜報活動や暗殺、破壊工作などの謀略活動を行う行使機関である。

 その存在は公にはされず、また規模も人員も遂行能力も簡単に窺い知ることのできない組織である。

 ヤマダもサハク家を支持しているが、その組織の人物に会うのは初めてであった。

 しかも、彼らの主はサハク家当主であるコトー・サハクである。対して自分たちが忠誠を誓ったのはその後継者である。

 なぜ、自分たちに近づいてきたのか?

 彼女は手助けをすると言っていたが…。

 ヤマダの中に疑念が渦巻き、思わず警戒する。

 そんなヤマダの様子に気付いたのか、サハールは落ち着かせるように静かに言う。

 「安心して。ジャック・エドワーズの件は仕事(・・)のため。あなたたちはビジネス(・・・・)…まあ、先行投資(・・・・)のようなものね。」

 「先行…投資?」

 「ええ、そうよ。あなたたちもわかるでしょ、コトー様のアスハに対する態度?このままでは、組織の立場がなくなってしまう。結構いるのよ、不満に思っている人たちは。だから、今の内に彼の後継者(・・・)とのパイプを作っておきたいわけ。そこであの方たち(・・・・・)を支持するあなたたちに話しを持ちかけたわけ。」

 ヤマダはその話を聞き、ふと思い出した。

 確か…数年前にMDIAの一部の人間が、ウズミ暗殺の計画をしていたという噂を聞いたことがあった。

 とすれば、これはチャンスではないだろうか?

 MDIAほどの実力組織がこちらの味方になるのは、今後(・・)の自分たちのためにも都合がいい。

 しかし、ヤマダはここで自分が判断するのは控えた方がいいと思った。

 噂はあくまで噂だ。

 計画したといっても、実際ウズミは健在であるし、実行したとしても失敗に終わったと見て取った方がいい。

 「少し、待ってくれないか?リーダーと話し合って決めたい。」

 しかし、サハールは譲らなかった。

 「いい。これは一刻も争うことなのよ。ここで手を組むかどうか決めてもらわなくちゃ。そうでなければ、別のところに行くだけよ。他にいるわよ、あの方たち(・・・・・)を支持する人達は」

 サハールが席を立ち、この場を後にしようとした。それをヤマダは慌てて止める。

 「待ってくれっ。わかった。今からリーダーに連絡して君を案内する。」

 『別のところ』という単語に効果があったようだ。

 とにかく会せればいいだけのことだ。

 ヤマダは自分に言い聞かせる。

 ここで自分たちと同じような組織と協力し、そちらに先を越されてはたまったものではない。

 サハールは足を止め、ふたたび席に座った。

 「ええ、お願い。」

 それが了承の合図となった。

 

 

 

 

 

 一連の会話を通信器から聞いていたマキノはひと段落したと安堵の息をついた。様子を見ても、ヤマダはリーダーであるカムロに連絡を入れているのがわかる。

 これでクオンはカムロたちに近付ける。

 とはいえ不安もあった。

 それはクオンが名乗った組織のことであった。

 別に嘘はついていない。

 事実、クオンはMDIAに所属している。

 それが過去形か現在進行形かまではわからないが…。

 MDIAの名を使うことにクオンはためらいはなかったが、先方から何か言われないであろうか。

 ユゲイは、その時は自分がなんとかする、と言っていたが…本当に大丈夫だろうか?

 そもそも、商売人本人が来ればいいだけの話だったのだ。 

 それがやれ殺されるだとか、ワナかもしれないだとか言って…

 本当に肝が小さいっ!

 ちなみに当の人物は現在、宿泊所にいない。

 シグルドともにどこかへ行ってしまった。

 なにやらシグルドが確かめたいことがあるそうだが…

 というか、シグルドもシグルドだ。

 一応、彼も追われている身なのだ。

 なのに、自分勝手に出かけて…。

 とりあえず、クオンの会話もこちらの会話も聞こえるようにしてあるからここで愚痴ってやるかと思ったが、カフェの方で動きがあったようだ。

 これからクオンとヤマダがカムロのいるところに向かうようだ。

 後を追うことはできないから発信機で場所と会話を聞くしかない。

 マキノは宿泊所へと車を戻らせた。

 

 

 

 

 マキノが心の中で愚痴をこぼしていたシグルドたちはオノゴロ島に行っていた。

 「…マジかよ。」

 車を停めたキリもまた通信機からクオンとヤマダのやりとりを聞いておりその話の内容に顔を青ざめた。

 「彼女…MDIAだったのかよ。」

 もちろん彼も恐ろしい組織という程度の噂でしか聞いたことがない。

 思わず、彼は昨晩ナイフを突きつけられた首筋に手を当てる。

 「…俺、殺されなくてよかった。」

 命拾いしたと思い、大きく息を吐く。

 「おまえを殺していったい何の得があるんだよ。」

 隠れていたシグルドが助手席へと席を移りながらきっぱりと否定する。

 「っというか、彼女、首長家の人間だよな?なんでMDIA?」

 さっきまでの恐怖心はどこへ行ったのか急に興味津々で聞いてくる。

 危ないことには首を突っ込まないと言っていなかったか。

 「なら、本人に聞けよ。」

 シグルドがあっさりと返すと、キリはげんなりする。

 「いや、それこそ殺されるって…。」

 本当にどっちなのだと呆れつつ、意識を前へと向けた。

 「それで…確かめたいことっていうのはここか?」

 彼らの車は今、学校の側の横道に停めている。

 通学の時間帯のため、多くの学生たちが通っていく。

 「そうだよ。」

 ちょうどそこへ目的の人物が現れたのか、シグルドは車のクラクションを横から押した。

 その音に通りかかった学生が車へと目を向けた。

 「よう、マサキ。久しぶりだな。」

 シグルドは窓から顔を出し、その少年に声をかけた。

 「シグルドさんっ。」

 彼に気付いたマサキと呼ばれた少年は車へ駆け寄る。シグルドは車から降りて彼を迎えた。

 「久しぶりです。いつ、オーブに戻って来たんですか?」

 「ああ…つい数日前、な。今日はたまたまこの近くに用があったんだ。それで通学途中の学生を見ていて、そういえばマサキもこの近くだったなって思い出したのさ。」

 「じゃあ、まだ姉ちゃんにも会っていないんですか?」

 「ああ、サラ…な。そうなんだが、元気か?」

 シグルドは何気なく問いかける。

 この一連の会話からわかるとおり、マサキは昨夜話に上がったサラ・ホンドウの弟である。

 「ええ、たぶん…元気だと思いますよ。」

 マサキははっきりとした言葉では答えなかった。

 「春ごろに姉ちゃんが一度帰ってきた時から会っていないんですよね。いままでは1ヶ月に1度ぐらいは帰ってくるんでけど…そりゃ、任務があれば別ですけど…。」

 「心配なら、サラの家に直接行けばいいじゃないか?」

 その言葉にマサキはあまり乗り気じゃなかった。

 「ええっ!?そりゃ…その手がいいかもしれないですけど。さすがにそれはやりすぎですって。姉ちゃんだっていい大人なんだから…。」

 「彼氏と鉢合わせするのがいやだ、とか?」

 「いや~、姉ちゃん色っ気ないから彼氏に会うなんてまずないですよ。」

 マサキは冗談めかして言う。

 「そもそも月に1度帰って来たり、そうじゃなきゃメールとか電話とか…勘弁してほしいですよ。もう俺も14なんだから…。まあ、今は進路もあるから多少は連絡欲しいけど…。けど、またじいちゃんばあちゃんと姉ちゃんの間に挟まれるのも嫌だしなぁ…。」

 姉の世話焼きに鬱陶しく感じつつも、本心ではやはり心配なのであろう。

 幼い頃に母を亡くし、父とは仕事を理由に離れ、姉とともに祖父母に預けられたマサキにとって年の離れた姉、サラは大事な存在である。

 「お~い、マサキ。そこで何しているんだー!もうすぐ予鈴が鳴るぞー!」

 すると、通学路から彼の同級生が大声で彼を呼んだ。

 「あー、今、行くー!」

 マサキは同級生に声をかけたあと、シグルドの方へふたたび向いた。

 「それじゃあ、シグルドさん…。」

 「ああ、すまないな、呼び止めて。」

 マサキは駆け足で通学路へと戻り、学校へ急ぐ。

 それを見送ったシグルドはふたたび車に乗り込んだ。

 「…教官の息子さん?」

 シグルドとマサキの話に耳をそばたてていたキリが訊く。

 「ああ、そうだ。」

 「なんで?」

 話を聞く限り、サラ・ホンドウのことを知るためであろうが、いまのやりとりで何がわかるのか…キリにはさっぱりわからなかった。

 「いいんだよ…これで。さあ、戻るぞ。」

 これ以上、外をウロウロしていたらマキノにどやされてしまう。キリは仕方なく車を発進させた。

 

 

 

 

 「これが頼まれていた調べものさ。」

 ウィルは昨日シキに頼まれた件について調べた結果の資料をシキの机に置いた。

 「うん…なんだったか?」

 しかし、頼んだ本人はすでに忘れてしまったかのように反応が薄かった。

 「昨日、俺に調べろって言っただろ?ホンドウ教官本人もしくは身内が関わった案件についてっ。おそらく、これがそうじゃないかって持ってきたんだ。」

 「…そうだったか。」

 シキはようやく思い出したと言った顔で資料を手に取った。

 ウィルは不満に思いつつも、資料の概要を説明した。

 「そこに書かれている事件は教官の娘さんが武器の横流しで不品行除隊になったっていうことだ。」

 聞いて驚けとばかりに力を込めて話したが、シキの返事はそっけないものであった。

 「ああ…昨日の夕方、リャオピンから聞いた。」

 「何だってー!?」

 むしろ、ウィルが逆に驚く結果となってしまった。

 「なんでリャオピンが!?」

 昨朝、来たじゃん!?しかも、自分の仕事場からお怒りの連絡が来てなかったか!?

 「というか、すでに知ったなら、せめて俺に連絡してくれよ。」

 夕方ごろといえば、ようやく優先すべき職務を終えて調査を始めた頃だ。

 これではとんだ無駄骨ではないか!?

 「のちのちバレてもアイツの口からじゃなくてこっちで調べたという方がいいだろ、都合上?」

 「…どういうこと?」

 ウィルは何がなんだかたわからないといった表情になった。

 「アイツがここに来たのは、ずる休みがバレてその分の残業となったという愚痴を言いに来たということだからな。」

 「いや…まあ…。」

 それはリャオピンの自業自得ゆえだからなんとも言えないし、そもそもそれを理由とする意味さえ分からず、相槌の打ちようがない。

 「そして、たまたま(・・・・)これを渡されたということになった。」

 シキは茶封筒を出した。

 「なに…それ?」

 ウィルは興味深そうにじっと見ようとするが、すぐさま下げられた。

 「本当におまえは鈍い(・・)な。」

 シキは溜息をつく。

 ウィルは心外ではあったが、実際彼の意図がわからない状態であるため何も言えない。

 ここで言い返すこともできないと諦め、現在、その主が休暇中の副官の席へと目をやる。

 早く彼女に帰って来てほしい、と心の底から思った。

 

 

 

 

 銃声が激しく鳴り響いていた。

 「な~んで空挺部隊は突入しちまったんだ。」

 隣にいるヒスパニック系の三曹が愚痴をこぼす。

 しかし、サラはそれに何か言葉を返すことができなかった。

 まだ自分たちに銃弾が向けられているわけではない。

 しかし、その絶え間なく空を切り裂く音が自分の体を揺さぶり、自分の腹の底からモヤモヤする何かがはい上がってくるのを感じて、それを吐き出してしまいそうな…そんな気分だった。

 これが…戦場。

 軍に入り、そして志願して過酷な訓練試験をパスして両用偵察部隊に入った。

 何度も訓練してきたはずだった。

 覚悟はしていたはずだった。

 しかし、実際の戦場の真っ只中におかれ体の奥底から恐怖が溢れ出ていた。

 殺されるという恐怖に、人を殺すという恐怖に。

 「偶然の鉢合せだったんだ。」

 さらに隣にいるチームのリーダーであるシグルドが三曹の愚痴に答える。

 国防陸軍の空挺部隊との合同作戦。

 作戦前の打ち合わせでは、それぞれ分隊に分け、建物を囲んでから同時の突入という概略であった。

 しかし、運悪く空挺部隊側のチームが待機していたところに目標の人物たちが遊び半分で機関銃をぶっ放したのだ。

 このままでは撃ち殺されるか、隠れている茂みや壁をすべて破壊されるか。

 だからこそ、空挺部隊側のチームは仕掛けたのであった。

 しかし、そんな状況を把握する余裕はサラにはなかった。

 自分が小刻みに震えているのを周りに気付かれないようにするのが精いっぱいであった。

 「まったく…どうしてふざけて機関銃撃つかなぁ。それでどうします、リーダー?」

 ヒスパニック系の三曹はシグルドに訊く。

 シグルドは様子を見るため、塀を背中にそっと建物を覗く。

 「このままでは埒が明かない。タカギたちもすでに配置についている。このまま突入するぞ。」

 突入

 その言葉に体が(こわ)ばった。

 いよいよその時が来てしまった。

 やらなくてはっ…

 必死に自分に言い聞かせる。

 しかし、どんなに叱咤しても体の震えが止まらない。

 「怖いか、サラ?」

 するとシグルドがサラ見て声をかける。

 サラはハッと顔を上げ、シグルドを見る。

 「怖いか?と聞いたんだ。」

 もう一度、シグルドはサラに問う。

 サラはグッと言葉につまった。

 怖くない。

 意地を張って、見せかけでも否定してもすぐに嘘である見抜かれるような真っ直ぐな目で問いかけてくる。

 「…怖い、です。」

 サラは正直に答えるしかなかった。

 怒られるかもしれない、見下されるかもしれない。

 そんな言葉が来そうだと覚悟し俯く。

 「よし。それでいい。」

 しかし、シグルドからの言葉があまりにも意外なものであったことにサラは思わず顔を上げた。

 「自分の気持ちを正直にしっかりと言えるといことは状況をちゃんと説明できるってことだ。それに初めての戦場なんて誰だって怖いさ。それをどう乗り越えていくか…それを教えるのが隊長である俺の役目だ。」

 その言葉に、恐怖ではないなにか凝り固まったものがスッと抜けていく気がした。

 軍に入ったときも、両用偵察部隊に入ったときも、女である自分に対して軽蔑の目で見る人や父親のこともあって色眼鏡で見る人に出会ってきた。

 その度に、それを振り払うために必死にやってきた。

 だけど、この人は違かった。

 真正面からチームのメンバーと向き合っていた。

 「さすが新リーダーの仕事っスね。」

 まだ若い、図らずも隊長に抜擢されたシグルドをヒスパニック系の三曹が茶化す。

 「ほら、お前は援護だ、トーレス。」

 シグルドはヒスパニック系の三曹、トーレスに言うとふたたびサラへと向く。

 「行くぞ。俺の背中について来いっ。」

 シグルドは自動小銃を構え、低姿勢に屈みながら前の様子をうかがう。

 トーレスが立ちあがり、塀の上部から を撃つ。

 「行くぞっ。」

 そのタイミングでシグルドは前に出た。

 サラは彼の後を追い、必死についていく。

 その時返事をしたのか、それとも声が上ずってしまいうまく伝えられなかったか…まったくわからなかった。

 ただ、必死に駆け抜けて行った。

 その背中をついて行きながら、だが、この人であれば成功する…そう強く確信させる何かがあった。

 

 

 

 

 「…なんでこんな夢、見るかな。」

 目を覚ましたサラはさきほどまで見ていた夢の内容に顔をしかめる。

 しかも頭がガンガンと重く鈍い痛みが走る。

 完全に二日酔いであった。

 昨夜は確かに飲み過ぎた。なにせ、足がおぼつかなくなり結局倉庫の横にある小部屋でそのまま寝ることになってしまったぐらいだからだ。

 今までこうなるまで飲んだことはなかった。

 けど、飲まなくちゃやっていけない…

 懲戒処分を受けた日からすべてが一変した。

 失業給付が受けられない、履歴書には必ず懲戒免職の旨を記載しなければならず、再就職先を探そうにも職に就くことができず収入が入らない。道で軍属とすれ違えば後ろ指をさされる。

 正直、ここまでキツイとは思わなかった。

 嫌な気分を変えるため、そして頭痛をやわらげるために迎え酒をしようと、寝ていた小部屋から出ると、広間にはカムロとヤマダがいた。そして隣には見知らぬ女性がいた。

 「サラ、起きたか?随分と飲み過ぎたようだが気分はどうだ?」

 カムロがさらに気付き声をかける。

 「少し二日酔いね。これから気分直しに迎え酒しようとしたところ。それで…その人は?」

 確かヤマダは自分が紹介した密輸業者と会う予定だったはずだ。

 しかし、その人物はいない。

 「まあ、ちょっとしたトラブルとかなりの幸運があったということだ。」

 カムロは意味ありげに笑みを浮かべる。

 「彼女はサハール。MDIAに所属している。我々と取引したいということだ。」

 「よろしくね。」

 「え、ええ…。」

 サラは少し戸惑った。

 ヤマダに紹介した密輸業者になにかあったのか?

 こちらの計画がばれたのか?

 しかしカムロやヤマダにそういった焦りは見受けられなかった。

 「これが…我々が製作した爆弾だ。」

 カムロは密輸業者から買った化学製品から材料を抽出して作成した爆弾をサハールに見せる。

 「業者から買った製品にこちらが望む原材料でないものもあったが…これで問題ないはずだ。」

 サハールもその爆弾を見て確かめた。

 「これを、バッテリーと入れ替えて…」

 「エンジンをつけたまま停めておく。そして、発熱による化学反応に爆発が起きる…ってところかしら?」

 「ああ…そうだ。」

 カムロはうなずいた。

 説明は不要といったところか。

 「それで後は車を調達してもらおうと業者に依頼しようとしていたところだ。」

 「なら、こちら(・・・)で用意するってことでいいのね?」

 サハールは話を進めた。

 「いや…MDIAの方々にそんな子供の使いのようなことをさせるわけにはいかない。…もっと大きなこと(・・・・・)に協力してもらいたいんだ。」

 「そう…ただ、この爆弾で何するつもりかしら?これじゃあ威力はそこまで期待できないわよ。」

 サハールは指摘する。

 「旧世紀のエンジン車ならガソリンによってさらに威力を高めることはできるけど、現在(・・)は電気自動車…そこに含まれる化学物質だと…こっちの方とあまり化学反応は起きないわ。」

 「もちろん…それは知っている。」

 それに対し、カムロは承知の上でとさらに言う。

 「これはあくまでも目的(・・)を果たすための段階のうちの1つだ。」

 「…いったい何が狙いなの?」

 サハールはカムロに訊く。

 それを聞いてサラは顔を強張らせる。

 実のところ、サラは彼の最終目的を知らない。

 彼女に限らず、おそらくメンバーでリーダーのカムロ以外知る者はいないであろう。

 それぞれカムロから出された指示を遂行していく。

 それはまさしく軍と同じように、司令部からの命令を遂行していくのと同じだとカムロは言っていた。

 自分たちは軍人であることを示すためだと、リーダーのカムロが言ったからだ。

 だからこそ、誰も最終目的を聞くことはしなかった。

 しかし、サハールはそんなことお構いなしに訊いている。

 いくら外の人間とはいえ、これではこちらの規律に関わるのではないのか…だが、向こうも手を組む以上、目的がわからなければ行動できない。教えなければ、協力支援をしてもらえないかもしれない。

 サラとヤマダはカムロの答えにハラハラと見守る。

 「我々の目的は、まだ(・・)教えられない。」

 カムロはサハールの問いに首を横に振った。

 それでサハールの態度が悪くなるかと思ったが、杞憂だった。

 「まだ?…じゃあ、いつになったら教えてくれる。こっちもあなたたちを手助けするのに遅かったら申し訳ないでしょ。」

 彼女は一応、その時までは待つという姿勢を示した。

 「もちろん、君たちは百人力だ。だが、我々がどれほどの実力を持っているか…まだ知らないだろう?それを証明した時に教える。」

 「それって…あなたたちの計画を実行した後、連絡をくれるの?それとも終わった後?」

 「もちろん計画のある段階になれば連絡する。それで我々の実力を知ることができる。その後に協力してもらいたい。それが一番の難関だったんでね…君たちがバックについてくれるのはありがたいことなのだ。」

 サハールはしばらく考えるため黙り、やがて口を開いた。

 「そう…わかったわ。じゃあ、こちらも様子見(・・・)をさせてもらう。その時(・・・)が来たら連絡をよこしもらうわ。」

 「ああ。」

 「念のため、言っておくけど…もし、こちらを出し抜こうとしたらどうなるか…分かっているわね?」

 「もちろんだ。君たちにそんなことするような怖いもの知らずではないさ。」

 「そう…。」

 会合はこれで終わりと、サハールは倉庫から出ようとした時、ふたたびカムロから声をかけられた。

 「ただ1つ言えることは…君にとってはいい話(・・・)だということだ。クオン(・・・)リタ(・・)ハツセ(・・・)。」

 帰り際にカムロに自分の名を言われたクオンは振り返り彼を見据える。

 「なに…君の経歴(・・)を少し見聞きしただけさ…。幼い頃に戦地で養父に拾われ、そして、養父亡き後に送ってきた生活…。」

 クオンはただ無表情でカムロの話を聞いていた。

 「ウズミを殺したくなる気持ちもわかるさ。」

 しばらくクオンは無言だったが、やがて小さく呟いた。

 「なるほど…そこまで聞いているのね。」

 すると、彼のところまでやってくるや否や彼の首を掴み壁際に押し付けた。

 その行動にヤマダとサラは銃を抜いて彼女へと向けた。

 「二日酔いの頭で撃てると思っているの!?」

 サラの銃口がぶれているのをすでにクオンは捉えていていた。

 それではクオンに当てられない。

 サラもそれを理解しているが、だからといってここで銃を下げることもできなかった。

 ヤマダも同様である。

 今まで撃ったことはないが、なんとかしなければカムロの身が危険なままだ。

 しかし、当のカムロは臆することもなく笑ったままであった。ヤマダたちに「大丈夫だ」と彼らを制止させるように顔を向ける。

 そして両手を上げた。

 「ああ、気を悪くしたのなら謝罪する。ただ君が本物か調べる必要があったのだよ。」

 「そうね…身辺調査(・・・・)ぐらいしたいわよね。ただ、私、あまりおしゃべりな人間は嫌いなの。」

 カムロの首を掴んでいる手に力が入る。

 「知ってる?首の骨を折るのって実は片手でもできるって…。」

 彼の耳元で呟くと、力を抜いて手を下げた。

 「私たちは遊び半分(・・・・)でやっているわけじゃないのよ。使えない(・・・・)と判断すれば、どんな関係もそれまでってこと。」

 次はないという脅しも含めて…

 ヤマダとサラは一瞬ひるむが、当のカムロは顔をニヤつかせたままであった。

 「ああ、分かっている。我ら実力主義…力を証明してこそサハク派として立場にいられるからな。」

 「…じゃあ、あなたたちが連絡を寄越せるように幸運を祈っているわ。」

 それだけ言って、クオンは倉庫を後にした。

 カムロはしばらくニヤついた笑みを崩さなかったが、彼女が去るとやがて嫌悪の表情へと変わった。

 「ちっ…社会のゴミ(・・・・・)が。」

 彼は吐き捨てるように言い、クオンに掴まれた首をいたわるように触った。

 それを見ていたサラは戸惑う。

 彼の態度の変化の理由がわからないからだ。

 「なんで…あんなのがMDIAに入局できるか知らないが…その肩書きは本物なんだ。それぐらい使わせてもらおう。」

 カムロはそんなことさえ気に留めておらず、なおも毒づいた。あからさまな侮蔑な言葉で…。

 

 

 

 

 この1日、特にすることのないレーベンは持ってきていた資料の整理や調べものをして過ごしていた。

 夕方ごろになり、そろそろ作業を切り上げようとしたころ、部屋に香ばしく、彼自身には少々きつく感じる匂いが漂ってきた。

 ああ…この匂いは…

 レーベンがその匂いのもとへと行くと、マキノとクオンが近くのアジアンタウンで買ってきたテイクアウトを夕食としている最中であった。

 レーベンたちの分もあるので、彼もまた食べることとなる。

 ここ数日はずっとこうだ。

 買ってきてもらっている。

 アジアの料理といっても国や地域によって差異があるためその特徴を秘匿に言えないが、このアジアタウンにある店は香辛料やハーブ、香味野菜、魚醬といった調味料など独特な芳香をもつ材料が使われる。欧米でも移民によってアジア料理の店は増えてきているがまだ数は少ない。ゆえに欧米圏の食文化に慣れているレーベンは初めのうちは味になかなか馴染めなかったが今では昼夕と様々なアジア料理を食べていたため、慣れてしまった。

 そもそも、シグルドたちもそれを察してか海南鶏飯やフォーなどあまり味の濃くない料理を買ってくれていたというおかげもあるかもしれない。

 さっそく、レーベンも食べようとテイクアウトに手をつけようとするが、その前にシグルドとキリの姿が見当たらず不審に思った。

 「2人とも、またどっかにいったの?」

 昼前に戻っきているのは確認している。

 「ああ…あそこで何か話しているのよ。」

 マキノが指したのはシグルドの部屋であった。

 「しばらく時間がかかりそうよ。」

 だから、こっちはさっさと食べ始めたというのがマキノの言い分だ。

 「夕飯が冷めるけど呼んだ方がいいじゃない?」

 レンジがあって温め直すことはできるがやはり出来立てを食べる方がどの料理もおいしいのが自明の理だ。

 レーベンは訊くがマキノは顔をしかめる。

 「じゃあ、あなたが呼んできなよ。」

 自分は今、あの部屋に行きたくないというのが彼女の言い分だった。

 実のところ、どうもシグルドが不機嫌なのだ。

 彼らと接触したが、思った以上に情報を得られなかったからが理由というわけではなさそうだ。

 かと言って、話を聞き気にはなれない。

 こちらもカムロが余計なことを言ったものだからクオンもまた機嫌が悪く、それを爆発させないようにするのが手一杯なのだ。

 彼女の突き放した言い方にレーベンは訝しみつつ、自ら言った手前、彼らを呼びに部屋へ向かった。

 すると、部屋のドアでユゲイがそっと中の様子を探るべく聞き耳を立てていた。

 「…完全に怪しい人ですよ。」

 これがもし外であったら不審者として通報されかねない。

 「だってのぅ~。」

 それに対し、ユゲイは自分が怪しいと思われることなど一切気にせず、溜息を漏らす。

 「どうもシグルドが荒らぶっているようでのぅ。これはまるで10年ぐらい前のような感じというか…その時のシグルドを知っているキリじゃなからまあ相手にできるが…。」

 「シグルドが荒れているって?10年前?」

 レーベンはもちろん10年前にシグルドに会っていないので、当時の彼を知らない。しかし、現在の彼を見ている者としては彼が荒れているというのはなかなか想像しがたい。

 「そなた、シグルドが荒れた理由に心当たりあるかのぅ?」

 だから、こんな質問されても考えつかない。

 とりあえずレーベンはシグルドたちが戻ってきてからのことを思い出し、その心当たりを探し始める。

 用事から帰ってきた時は、シグルドは普段通りの様子だった…のか?

 思わず疑問符がついてしまうのは、病院脱走からどうもシグルドに余裕はなさそうに見えたからだ。しかし、それを言ってもきっとシグルドは普段通りだと言って返す気がし、実際彼はそれを保とうとしている。

 だからこそあえて触れなかったが、限界に達しているのか?

 なんだか苛立っているなぁと思ったのが、昼頃にあった。

 レーベンは昨日のカムロについて言ったマキノの言葉が気になり、カムロ達が以前使用していたサイトをコンピューターで見てみた。

 そこにはカムロ達の主張が載っていた。

 オーブの軍事強国という主張の他に、特定の民族を侮蔑する言葉や移住コーディネイターに対する批判的な内容、つまりヘイトスピーチであるが、それらはすべて顔をしかめるような表現が使われていた。

 マキノがあそこまで言葉を濁した理由に納得しつつ思わずため息をつきたくなった。

 ‐オーブは多民族国家、そしてコーディネイターを受け入れる寛容な国だと聞いていたのに…‐

 ‐どんな国でもこういった連中はいるのさ。-

 レーベンの呟きにシグルドが吐き捨てるように答える。かなりしかめ面で。

 ‐こういった連中は他人が何かによって不幸になるのは自己責任だって言って批判して、自分が不幸になれば誰かのせいにする。そして、そうなった問題に正面から当たる勇気もなく、そこら辺の自分よりも弱いと思った人間を攻撃することで自分の強さを証明する…そんな連中だ。‐

 ‐僕が知りたいのは、こういった国って相互理解する場からあるから受け入れとかできるってことでしょ?それなのに、なんでこういった人達が出てくるのさ?‐

 ‐俺にそんなこと聞くなっ。‐

 一方的に聞いたとはいえ、一方的にこの問答を打ち切られてしまった。

 それからさらにシグルドは苛立っているように感じた。

 そもそもなぜそこまで余裕がないのか?

 やはりギャバン・ワーラッハのことで、その男が見つからないからか?

 「なるほどのぅ…。」

 ユゲイはレーベンの話を聞き何かに頷く。

 彼は何か知っているのであろうか?

 すると、部屋のドアが乱暴に開けられシグルドが出てくる。

 ヤバイっ、盗み聞きしているのがバレるっ。

 レーベンは怒られるのではないかとどぎまぎした。

 「…風に当たってくる。」

 シグルドは盗み聞きを責めることはなかったが。とても低くどこか恐ろしさを含む声でそのまま屋上へ続く階段へと向かって行った。

 あまりの気迫にレーベンはひるんでしまった。

 「そこにいたのかよ!?だったら助けてくれよっ。」

 むしろ部屋の中のキリから非難された。

 「まったくモビルスーツ用意できないかとか銃器はどうかとか…頼み事なはずなのになかば脅しみたいな物腰で迫ってきて…。」

 キリは愚痴をこぼす。

 「無理なものは無理だって言っているのに…なんで用意できないんだって責められて…。」

 「用意できんのか?あれだけ悪さしておいて…。」

 「いや…それは…。」

 ユゲイの毒をもった問いに言葉を詰まらせながら訳を言う。

 「モビルスーツを扱うメカニックはいまジャンク屋ギルドの仕事で出張中だからムリ。銃だってこの国は規制が厳しいから外から持ってくることなんて危険は橋…それを渡るようなことはしたくないから俺はその商売には手をつけてないんですよ。って言っているのにシグルドは~そんなこともできないんかって…。」

 キリは溜息をつく。

 「…まあ、ミレーユなら出来るからね。」

 いったいどんな道を使えばというほど、モビルスーツ乗せた輸送機を簡単にその国の領空に入れさせることができたり、銃の持ち込みをできたりしていた。

 「ううむ…困ったのぅ。」

 ユゲイはなにか考えるように天井を見上げた後、レーベンに顔を向けた。

 「レーベン、そなた彼のところに行け。」

 「えっ、なんで!?」

 思いもよらない言葉にレーベンは戸惑う。

 彼が風に当たって来るということは自分の苛立ちを少し抑えるためではないのか?なら、ここは待っていた方がいいのでは?

 しかし、ユゲイは有無を言わせないとばかり再度言った。

 「彼のところに行くのだ。」

 

 

 

 

 宿泊所の屋上に心地よい海からの風が吹いてくる。

 夕暮れ時

 水平線に没しようとする陽が燃えるような色を放ち、空と海の青と朱が混じりあっている。

 遠く望んで見えるその景色からシグルドは眼下に向ける。

 サラリーマン、親子、学生たち…多くの人々が行き交い、家路についていた。

 今日も『日常』が終わる。

 その様子を見ながらシグルドは物思いにふける。

 こうして穏やかに、その人自身が今日一日を過ごし、また明日へ、と人々は生活を送る。

 その『日常』がどれほどの価値あるものか。

 と、同時に別の思いもよぎる。

 この海を隔てた世界で、またはこの空のはるか上において人が死んでいく。

 戦争で、あるいは貧困で、あるいは迫害によって…

 しかし、行き交う人々はそのことを知らない。あるいは知らん顔をしているのか。無関心でいるのか。

 ずっと消えることのない思いがある。

 それ(・・)は、ずっと心の奥底で燠のようにくすぶり続ける火のように、なにかをきっかけにまたたくまに燃え上がる。

 シグルドはうつむきギュッと拳をにぎりしめる。

 「…シグルド。」

 すると、声をかけられとっさに振り向くとそこにレーベンが立っていた。

 

 

 

 

 シグルドを見つけたレーベンはその後ろ姿にしばらく声をかけられなかった。

 結局、彼のところへ来ることになってしまった。

 怒られるだろうなぁと嫌な気分で向かったが、実際は違った。

 シグルドを見ると、彼から苛立ちからだけではないものも含まれていることを感じ取った。それを言葉に表すと、悔しさ、怒り、悲しみ…なにかさまざまな感情が渦巻いているようなものであった。

 彼はなぜ戦っているのか?

 ふと、そんな疑問が頭をもたげた。

 これまで付き合いから自分の危険な取材に護衛として同伴し、あるいは彼らの依頼からなにか取材できるものがあるのではないかと同行してきた。

 そこから見てきた彼は一見、そこらへんの傭兵と変わらず金銭を目的にしている。だが、それだけではないときもある。

 そう…例えば、ヒロ。

 あの時の依頼は『村を守ること』そして『万が一の時、1人立ちできるまでヒロを保護すること』であった。

 結局、村は焼かれ、住人はヒロ以外残して亡くなった。そして、彼が立ち直るまで待ち続けた。

 いくら依頼とはいえ、金銭の前払いがあったとはいえあそこまで待つであろうか?

 そう考えると、今回の依頼の件も思うところがあった。

 それがギャバン・ワーラッハというかつてシグルドが関わった事件の男がいるというのはこの間知った。しかし、それ以外にもあるのでは?

 だからこそ、彼に対してかけた言葉が次のようになったのであろう。

 「君は…抱え込みすぎだよ。」

 シグルドはミレーユと物別れする際、自分の依頼人はカガリであると主張した。

 おそらく現在の彼女の立場を考えて、彼女を守るためにそう言い続けているのであろう。

 さらに、彼のかつての部下であるサラ・ホンドウがいること。

 シグルドは彼女を信じている。

 そこまで1人の事に、1つの事に懸命にするのは…

 やっぱり根っこにあの事件が関係しているのだろうか。

 「20年前のことだって…君は子どもだったんだ。責任を感じすぎだよ。」

 我ながら失言だと思った。

 なぜなら、彼が決して言うことのなかった事を、別の人物から聞いて、それをまた本人にいうのだから。

 しかし、言わずにはいられなかった。

 それで彼に怒鳴られようが構わなかった。

 「おそらく、性分なんだろうな…もう。」

 シグルドは苦笑した。

 「俺はけっしてヤツらと同じ(・・)になりたくはないと思っている。そして、言い訳(・・)にしたくはない。だから…。」

 ‐『彼ら』はテロリストだ。我らの社会を破壊しようとしている‐

 ‐殺す度胸もねえ小僧が調子こいてんじゃねぇっ‐

 力を用いて、それで誰かが傷つこうとも構わず、他人に自分の正義を押し付けようとする者たち。

 ‐この暖かさが生きているということ、この鼓動が生きているということ、この痛みが人が死ぬということ‐

 俺はそれを知った。教えてくれた。

 しかし、自分は撃つ側に立っている。

 この二律背反の中で自分ができること、したいこと…だからこそ、こだわってしまうのかもしれない。

 レーベンは彼の言葉にさらなる問いかけをしなかった。

 誰と?そして、誰に対して?…とは。

 腫れ物にさわる、といったものではない。

 おそらく、それがシグルドの根っこなのだろう。

 だからこそ…

 「それで…ミレーユは?」

 「なんでまた、あいつの名前が出てくるんだ?」

 その質問にはシグルドは顔をしかめた。

 そこはまた意固地になるんだ。

 と、心の中で苦笑した。

 「そりゃ、何度でも言うさ。」

 今回はレーベンも譲らなかった。

 「実際、ミレーユがいなくて困っているでしょ?」

 情報を探したマキノもそれなりに優秀だ。

 だが、シグルドとしては少し物足りなく感じているのは見ていてわかる。

 「2人がそれぞれどんな事情があって、それでどんな諍いがあったかはわからない。だけど、これだけは言わせてもらう…君たち2人から始まったんだからね、傭兵部隊白い狼(ヴァイスウルフ)は。」

 レーベンの言葉にシグルドはしばらく黙る。

 したような、しかしその後息を吐く。

 「まったく、痛いところつきやがって…。」

 ボソリと出たその言葉は、しかしその口調にどこか落ち着いたものへとなっていた。

 「もう少し、風に当たってから戻る。」

 「…そう。もうすぐ夕飯だからそれまでには戻ってきてね。」

 さきほどまであった苛ついた様子もない。

 安堵したレーベンはうなずき、屋上を後にした。

 「どうやら毒気(・・)は抜けたようじゃの。」

 「いたんですか!?」

 屋上からの階段の踊り場でユゲイが声をかける。

 夕暮れ時だったため薄暗く、まったく気配がないところから急に姿を現して声を発したのでレーベンはまず仰天した。

 「それは一応、依頼主じゃしスポンサーじゃからのぅ。こちらの要求に満たしてくれなければ困るのじゃよ。」

 ユゲイはニッコリと答えるが、ようはさきほどの2人の会話を立ち聞きしていたのだ。

 ならなぜ自分に行くように催促したのか…

 レーベンは溜息を吐く。

 「それに、一番の気がかり(・・・・)じゃったからのぅ。」

 ユゲイが呟いた言葉にレーベンはふと何か引っかかりを覚えた。

 「ユゲイ様…あなたは何かご存じなのですか?」

 先ほどの会話、レーベンはギャバンの事件のことを挙げた。しかし、シグルドが答えた言葉にはそれ以外のことがある気がした。

そのことについてユゲイは何か知っているのではないのか?

 シグルドのこだわる理由。

 軍歴ファイルを彼のいない間に見せてもらった。見る限り、経歴はなかなかのものであった。

 ‐あなたの実力ならばいずれはオーブの国防軍を率いる指揮官って将来が待っているはずよ。‐

 シグルドの素性を知って、ミレーユが放った言葉が思い出される。

 もしかしたら、それ以上の地位になれるのでは…と考えてしまう。

 にもかかわらず、軍を辞め、下野して傭兵というアウトローの存在としている。

 「もしかして、シグルドが養子に来たことと関係していますか?」

 オーブ以外にあると考えると、それ以前の話になるのではないのか。

 レーベンはそう推測した。

 「ふふふ…。」

 ユゲイはにこやかに笑う。

 「そなた、ジャーナリストじゃろ?」

 と口調は柔らかいが、要は自分で調べろとバッサリと切られたのだ。

 「そうですけど…。」

 たしかにここハウメア神殿の支院であるこの施設には図書室が備えられ、蔵書はそれなりに豊富だ。だが、自分の知りたい物事は知れてもそれとシグルドにうまく結び付けられるのだろうか。

 「まあ…そなたらの容疑が解かれて自由になれば、国立図書館や公文書館などで見れるように手は回しておこうぞ。」

 おそらくユゲイもここだけは不十分と理解しているため、少し助け舟を出すといった形で言う。

 「ああ…あとこれも渡しておく。」

 そしてポンとなにかが入っている封筒をレーベンに渡した。

 「これって…。」  

 レーベンは既視感を覚え嫌な予感がした。

 「ああ、シグルドの個人ファイル。一応、見せてもいいかなと思ったものだが、こっそりと持ってきたものだから、見たらすぐに返してくれの。あと本人にバレないようにの。」

 「やっぱり…。」

 レーベンは肩を落とした。

 

 

 

 

 1人残ったシグルドはふたたび遠くへと眺める。

 もうすぐ水平線に太陽が落ちようとしている。

 背後からなにやら声が聞こえてくるが、おそらくレーベンのほかにユゲイがいたのであろう。

 おそらく、レーベンをけしかけたのはユゲイであろう。

 まったく…やってくれる。

 自分の様子に何かを察したのであろう。

 それが過去のことに関わっていると彼は知っている。

 そうだ。

 ここまで苛立ってしまったのは、おそらくカムロ達の言動を目の当たりにして重ねたからだ。

 そして…自分の過去の業を思い出してしまったからだ。

 なあウズミ…あんたはどうなんだ?

 ふとシグルドは心の中で問いかける。

 自分が今までしてきたこと…過去が目の前にやって来たとき、あんたはどう向き合っているんだ?

 

 

 

 

 深夜のアスハ邸。

 すでに使用人たちも仕事を終え、暗くなった邸の中、ウズミはある部屋へと向かった。

 その部屋はすでに主のいない部屋…しかし、調度品類は当時のまま残され、手入れが行き届いていた。

 自分がもういいと言えば、それで終わるかもしれない。

 しかし、生前の父もそうであったように、やはり二の足を踏んでしまう。

 その心中を察してか、長く使えている使用人たちが有志として子の部屋の掃除を行っている。

 かつて…ミアカが使っていた時と変わらないように。

 ウズミはベッドに腰を下ろし、彼女が使っていた勉強机へと目を向けた。

 よく…こうやって彼女の話を聞いていた。

 思えば、それは彼女に対してでなくても今もしているか…

 ‐何をお考えになっておられるのですか、ウズミ様?‐

 ふと誰もないはずの背後から声が問いかけてくる。

 穏やかで落ち着いた、朗々とした涼しげな声。

 その者もすでに亡く、この世に存在しなくなったにも関わらず、ウズミに語りかけてくる。

 それとも自身が生み出した幻影か。

 「なに…カガリ(あの子)のことを考えていた。」

 ウズミはその声に対してつぶやく。

 先日の襲撃事件以来、カガリはその多くの時間をこの邸で過ごしている。時折、近辺に出歩くことはあっても軍施設や政府庁舎にまで足を運ぶことはない。以前であれば、どれほど言い含めても飛び出し、ときに自分に問い質そうと立ち向かってきたのだが…。

 彼女の侍女マーナは、これで少しお転婆が解消されてくれればと冗談めかしたことを言っていたが…。

 「…そんなあの子をまぶしく感じる。」

 飛び出すな、無鉄砲だ…どんなに諫めてもそれでもなお彼女は止まることはしなかった。

 『若い』というだけではない。

 何か『行動』しなければ、何も『変えられ』ないと直感しているからではないのか。

 今の理不尽を変えたい、もっとよくしたい…

 そもそも『政治』とはそこから始まっているのでは?

 それは自分も信じた道であった。

 望み、そして理想のためにただひたすら進み続けた。たとえ向こう見ずと非難されても、夢想家だと揶揄されても、行動しなければ思いをなければ何も変えられないと信じて…。

 ‐ヘリオポリス(・・・・・・)のことですか?‐

 どこか寂しげさを含むその問いかけは、しかし見えない刃となってウズミの胸を貫く。

 かつて国のさらなる発展のために建造された宇宙コロニー。

 そして、中立にもかかわらず極秘裏に地球軍のMS建造に協力し、ザフトの強襲によって崩壊した。

 その背景に政治的意図や闘争はあったにせよ、そこに住む人々にとって『日常』を壊され『住む場所』を失い、そして住人の中には奪い、奪われる戦火に身を置いた者もおり、戦火に巻き込まれ命を落とした人々もいる。

 その事実がウズミの心に暗い影を落とす。

 「なあ、イクマよ…。」

 ウズミは自分の背後にいる存在へと問いかける。

 「私は変わってしまったのか?」

 それはいつからか?

 愛する人と歩む道を違えた時からか?

 守るべき存在を守れず失った時からか?

 友を失ったときから?

 しかしその者から返事はなかった。

 当たり前だ。

 もう彼はいない。彼は過去の者なのだ。

 もし答えが返ってくれば、それは自分のそうであってほしいと望んだ都合のいい答えだ。

 ‐ウズミ様、たとえ、現在と過去が重なって見えても、それができたからと過去は変えられません。‐

 その幻影は静かに答える。

 それともこれが自分の中に渦巻き噴き出しそうな熱を止めるべき出た言葉か?

 「だからこそ、だ。」

 現在を守らなければ…

 その選択の先が何か見えている。

 それでも歩むべきか、止まるべきか…

 

 

 

 

 フィオリーナことフィオが留置所から釈放されたのは拘束から48時間経った午後、あれやこれやと手続きでやっと出られたのは、日も暮れたことであった。

 出入り口付近まで進んだところで見知った顔に出会い、フィオは駆け寄る。

 「ミレーユ~!会いたかったよ~!」

 フィオは勢いよく彼女に抱きつく。

 ミレーユは戸惑いつつも受け止める。

 「ごくろうさま、フィオリーナ。」

 「もう帰っちゃんたんじゃないかと思ったんだよ~。」

 自分が拘束される前のシグルドとのやりとりのこともある。

 もう彼女はオーブを出たのではないかと思っていた。シグルドはいまだ逃亡中だし、レーベンも一緒に逃亡している。

 そうなったら、誰が自分の釈放に尽力してくれるか、それともずっとこのままか?

 フィオは不安でいっぱいだった。

 「ねえ…私、無実ってことなの?シグルドはまだ逃げているの?まだ追いかけられているの?」

 安心したやいなやフィオは矢継ぎ早に現在の自分の状況を訊ねる。

 最初の数時間は聴取を受けたが、聴取らしい聴取はすぐに終わり、あとは暇を持て余すだけの時間であった。あまり情報が入ってこない中であったので気になって仕方がない。 

 「そうね…。まだ彼の拘束命令は取り下げられてないわ。」

 「え~!?じゃあ、なんで私、出れたの!?」

 シグルドが無実であると証明されていないのであれば自分もそうだ。

 なのに、自分は釈放された。

 わけがわからないフィオを前にミレーユは訳ありの笑みを向けた。

 「それは…私があなたに頼みたいこと(・・・・・・)があるからよ。」

 「え…。」

 その言葉にフィオは少し嫌な予感を覚えた。

 

 

 

 

 朝の9時、モルゲンレーテ。

 従業員の通勤で入り口に多くの人が入って来る中で、来客用の入り口では幹部社員たちが要人の出迎えに立っていた。

 やがて、1台の車が入って来て駐車スペースに停まる。

 運転手がまず降りてきて、後部座席のドアを開く。

 そのタイミングを見計らって、幹部社員の1人が前に進み出る。

 「お待ちしておりました、ウズミ様。」

 ウズミは今日、モルゲンレーテの視察に赴いたのであった。

 「さあ、こちらです。」

 先導する人に案内され、ウズミは建物内へと歩き出す。

 その後ろに秘書官と残りの幹部社員たちが続いていく。

 社内を案内し、そして懇談会を行い…それが今後の予定だ。

 ここにいる誰もがそれが順調に行われていると思っていた。

 その考えを、

 認識を、

 まさしく一瞬にして吹き飛ばすことがおこった。

 突然の爆音と地鳴りのような衝撃があたりに響き渡る。

 何かが爆発した。

 この場にいた者たちがそう認識するまで、少しの時間を要した。

 

 

 

 




あとがき

どうも最近、パソコンの調子が悪く(おそらく中のディスクとかそこあたり…)、
ひどい時だとワードで文字を一句打って変換したときにしばらくフリーズしたりするぐらい…(汗)
ようやく話が進めることができるぞってときに…(泣)
この話を今年中に終わらせるぞと思っていましたら、もう年末…
パソコンを新しいのに変えるまでなんとかやっていきますが、ふたたび投稿間隔が
広がるかもしれません。
どうかご容赦ぐださい。
では、よいお年を


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