俺が執行官……ってコト!?   作:爆死san

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『少女』について②……

ファデュイを抜けてから、本当に変わったと思う。周りに興味を持つようになったこともそうだし、自分の思いを伝えたり、終いには我儘も言うようになった。だから、彼女の話を君も聞いてあげてくれ。そうすれば……何かと安心できるからね。


月光とマリオネットと一兵卒

 

 

 

 ……これは一体、どういう状況だろう? 

 

「────!」

 

 俺の胸の中へ、その頭を埋める月霊に困惑が隠せない。

 

 胸の中で暴れる様子もないし、敵意は無いと思われる。

 

 むしろ、この月霊に甘えられて……いや、これは懐かれてると言うべきだろうか? 

 

「えっと、ルオンノタル……どうしたの?」

 

 未だ頭を胸に擦り付ける月霊に、コロンビーナも少し困惑していた。

 

 どうやら、この月霊はルオンノタルという名前らしい。

 

「えっと……ルオンノタル?」

 

「─────♪」

 

 名前を呼ぶと、その月霊はさぞかし嬉しそうに胸の中で踊る。

 

 少なくとも、俺は今まで人に似通った姿をした月霊を見たことがない。

 

 この何かに祈るような少女のような姿をしたルオンノタルという月霊も例外ではなく、この瞬間が初対面の筈だ。

 

「ちょっ……一旦、落ち着いて。おっふ……いや、テンション高いな。この子」

 

「────!!」

 

 自身の名を呼ばれて、喜んでいるのか、はたまた興奮しているのかは定かではないが、胸の中でその羽根のようなものをぱたつかせるものだから、少しこそばゆい。

 

「フフッ……スカラマシュに会えて、とても嬉しいみたい」

 

「……一応、初対面の筈なんだけどね?」

 

 そう、お互いに初対面の筈なのだが……何故だろう。

 

 俺自身もこの月霊に初めて会った気がしないのだ。

 

 まるでずっと側にいた……いや、正確には──

 

「──? スカラマシュ、どうかしたの?」

 

「いや、あの……ルオンノタルってコロンビーナに何処か似てるなって思って」

 

「そうかな?」

 

 俺がルオンノタルに抱いたイメージ──それはまるっきりコロンビーナその人だった。

 

 容姿も似てると言えば似てるし、こうして突発的に行動する様子も彼女らしい。

 

「────♪」

 

「ハハ……一体、俺の何処をそんなに気に入ってるんだか?」

 

 胸の中でこちらを見上げるルオンノタルを見て、思わず苦笑いが浮かぶ。

 

 でも、別に特段に悪い気分ではない。

 

 所謂、ペットに甘えられる感覚……というヤツだろうか。

 

「よしよし……可愛いヤツめ」

 

「────!!!!」

 

「おわっ!? ちょっ……落ち着けって!」

 

 俺を見上げていたルオンノタルの頭を撫でてやると、再び胸の中で踊り始める。

 

 それも先程とは比較にもならない程に、激しくその羽根のようなものをぱたつかせた。

 

 それがもろに顔面に当たるものだから……いや、別に痛くはないんだけども。

 

「ちょちょっ……今度は顔か?」 

 

「────♪♪」 

 

 もはや胸の中で収まらず、頬に顔を擦り付けるルオンノタル。

 

 流石に俺もここまでの反応を予想していなかった為、もうこの月霊の成すがままである。

 

「ちょっ……コロンビーナ? ちょっと助け──」

 

「──むぅ」

 

 彼女に助けを求めると、当の彼女は少し頬を膨らませて、少し不満げに此方を見ていた。

 

 いやいや、今の何処に不満になる所があったというのだろう。

 

 アレか? ルオンノタルが俺にばかり突撃をかましてくるのが不満だったのか? 

 

「……駄目だよ? スカラマシュが困ってるよ」

 

「────!」

 

 コロンビーナがそう言うと、流石のルオンノタルも突撃を止める。

 

 顔から離れるルオンノタルが少し名残惜しそうに見えるのは気のせいだろうか? 

 

「ふぅ……いや、ありがとう。コロンビーナが言ってくれなかったら、ルオンノタルの羽根でずっと顔面をはたかれてたよ」

 

「んっ……」

 

 返答の代わりに彼女は自らの頭を突き出してきた。

 

 ……いや、何がしたいのかさっぱりなんだけど? 

 

「えっと……コロンビーナさん?」

 

「……んっ!」

 

 いや、頭を突き出されるだけじゃ分からないのだが……

 

「その……何をご所望なのか、俺にはさっぱりなんですが?」

 

 俺の問いに対して、少しむすっとした表情で彼女は答える。

 

「……私、スカラマシュを助けてあげたよね?」

 

「そうだね」

 

「だから、お返しが欲しい」

 

 なんでやねん、突拍子が無さすぎるわ……というか、何故に彼女は未だ不満げなのだろうか? 

 

「えっと……コロンビーナもルオンノタルと遊びたかったの?」

 

「……」

 

 むすっとした表情のまま、無言になる月神様。

 

 どうやら、俺にルオンノタルを取られた事を不満に思っている訳ではないらしい。

 

 というか、お返しが欲しいって言われても、今の俺に渡せる物なんて何もないぞ? 

 

「……」

 

「────?」

 

 ルオンノタルも未だ膨れっ面のまま無言のコロンビーナを見て、首を傾げる。

 

 ──成る程、そういうことか。

 

「……じゃあ、これで」

 

 そう言って、無言で突き出されている彼女の頭に手を乗せ、ゆっくりと撫でる。

 

 先程、ルオンノタルにしたようにゆっくりと、彼女の髪が引っ掛からないよう丁寧に。

 

「フフッ……よく出来ました」

 

 先程の膨れっ面は何処に行ったのか、彼女は満足げな笑みを浮かべていた。

 

「でも、もっと欲しいな」

 

「はいはい……仰せのままに」

 

 以前、彼女の髪を整えたように、今度は髪を指の間に通すように、前後へと手を動かす。

 

 ゆっくりと丁寧に──でも、彼女はまだ満たされない。

 

「──もっと」

 

 その一言と共に、彼女の小さな頭が胸の中に飛び込んできた。

 

 鼻腔に香る彼女の草花の匂いが何処か心地よい。

 

 ……これじゃ、本当にルオンノタルみたいだな。

 

「ねえ、今度は抱き締めて」

 

「アッハイ……」

 

 彼女の言う通り、彼女の背へと手を回す。

 

 ……アレ? 今更だけど、これって……現在進行形でとんでもない絵面なんじゃ? 

 

「フフッ……此処だと、スカラマシュの胸の音が凄くよく聞こえるね」

 

「えっと……その──」

 

「──駄目だよ。そのまま私を抱き締めて」

 

 予測していたのか、或いは心を読んだのか……今、この瞬間は彼女の独壇場だった。

 

 羞恥とより濃くなった彼女の匂いが思考を鈍らせる。

 

「フフッ……スカラマシュ、顔が赤くなってる」

 

「……分かるの?」

 

「うん、分かるよ。だって、スカラマシュの事だから」

 

「俺の事って……」

 

「一人になるとね、スカラマシュは向こうで何をしてるのかなって考えるの。お仕事をしてるのかな、それともお仕事をサボってるのかな、若しくはサンドローネと話してるのかな、サンドローネとお茶会をしてるのかなって」

 

「……まあ、あながち間違ってないね」

 

「うん。それでね、スカラマシュが帰っちゃった後、もっと考えるようになったの。今、スカラマシュはサンドローネと一緒にいるんだって……それをズルいって思うようになったの」

 

「それは……」

 

「うん、分かってる。私がファデュイを抜けたから……スカラマシュもサンドローネもずっと一緒に居られないって。でも、分かってるのに、どうしてもズルいって思ってしまうの」

 

「……」

 

 胸の中で溢すように言う彼女に対して、俺は何も言えなかった。

 

 彼女の吐露になんて言い返せばいいのか、分からなかったのだ。

 

「私だって……スカラマシュと一緒にいたい。でも、サンドローネにとってはそれが当たり前みたいだったから……だから、今日は少し意地悪になっちゃった」

 

 そういえば、彼女がサンドローネに対して、俺を取るとか言っていた記憶がある。

 

「それなのに……今度はルオンノタルが頭を撫でられてるのを見て、ルオンノタルにもズルいって思っちゃった……」

 

「そっか……でも、何やかんやで、ハグまでしてるし……今なら俺に出来ることなら応えるよ」

 

「……良いの?」

 

「勿論。何なら今日はコロンビーナに二度も助けて貰ったんだから」

 

 一度目は『月の狩人』から、二度目はルオンノタルの突撃から。

 

 つまり、恩返しだからどんと来いってこと。

 

「……やっぱりスカラマシュは優しいね。だからかな? もっと甘えたくなるんだ」

 

「そ、そっか……」

 

 ……なんかこう、ストレートに言われると恥ずかしいな。

 

 頬が熱くなる感覚と共に、少し顔を横へ逸らす。

 

「──ねえ、此方を見て」

 

「何──」

 

 そう言われて向き直った瞬間、胸から突き出した彼女の顔が真横にあった。

 

 同時に頬に伝わる今までとは異質な柔らかい感触に、全ての思考が止まる。

 

 頬に少し吸い付くような感触と、より近くなった彼女の匂い。

 

 そして、頬に吸い付いたものが離れると、彼女はすぐ目の前で微笑む。

 

「フフッ……ビックリした?」

 

「……あっ、はい」

 

「これでスカラマシュは私の事を忘れられないよね」

 

 ……むしろ、衝撃的すぎて全ての記憶が吹き飛びそうなのだが。

 

「ねえ、スカラマシュ。一つだけ私のお願いを覚えておいて欲しい」

 

「……何でこざいましょう?」

 

「私がこの偽りの空の向こうの月に帰る時、スカラマシュも一緒に来て欲しいの」

 

「それって俺は生存できるの? 一応、人間なんですけど……」

 

「月に帰ることが出来れば、私も力を取り戻せるから……多分、大丈夫だよ」

 

 それは多分で済まして良いところなのだろうか……? 

 

「でも、俺は……」

 

「うん、分かってる。前に聞いたから、スカラマシュがファデュイにいる理由」

 

 以前、サンドローネと彼女にファトゥスとなってまで、叶えたい事について聞かれた事がある。

 

 俺はあの時、彼女達に『人探し』だと答えた。

 

 それに嘘偽りはない──今に至るまで、俺は『彼女』をずっと探している。

 

 かつての仲間で、友人で、戦友で──最後に裏切った『彼女』を殺すために。

 

 あの時、俺は『彼女』を殺し損ねた──あの時、結局は引き金を引けなかったんだ。

 

 その罰のように、俺に宿った呪いは着実に俺の身体を蝕んでいる。

 

 俺にもう望める未来はない、希望も願いも、とうの昔に棄ててしまった。

 

 俺にはもうこれしか残ってない──いや、これしか許されないから。

 

 だから──

 

「──まだ、答えは出さなくて良いよ。でも、覚えておいて欲しいの。私はスカラマシュとずっと一緒に居たい。それは本当だから」

 

「……分かった」

 

「フフッ……後、その時はスカラマシュの本当の名前で呼びたいな」

 

「その話、まだ、覚えていたんだ……」

 

「うん。だって、大好きな人の名前だから」

 

 ──今、この時に言えたらどれくらい楽だったのだろう。

 

 もう俺は長くないって、そう遠くない内に死ぬんだって。

 

 言ったら彼女は悲しむだろうか、でも、これはもう変えようのない俺の結末なんだ。

 

 言えば楽になる──叶わない願いを持ち続ける程、悲しいことはないのだから。

 

 言えば楽に──今こそ、言うべきだ、それは叶わないと。

 

「……っ、そっか。なら、覚えておくよ」

 

 でも、俺は言えなかった──言うことが出来なかったんだ。

 

 彼女の本当に嬉しそうな笑みを見た途端に、言葉が詰まってしまった。

 

 何故か、躊躇ってしまった……それが何時の日か、彼女に対しての最悪な裏切りになると分かっていながら。

 

 壊れた時計はもう動かない──消えぬ過去を示したまま、未来に向かう事は絶対にないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 手元の資料を机の上へと置く。

 

 資料に記載されていたのは、ナド・クライ各地でのクーヴァキ消失現象についてのものだ。

 

『月の狩人』の出現以降、ワイルドハントの発生と併せてこの現象が頻発している。

 

 とはいえ、ワイルドハントの発生が突発的な面が強いため、こちらにあがってくるのは基本的に事後報告である。

 

 内容も物資の損失、人的被害、貯蓄されたクーヴァキ資源の喪失が殆どだ。

 

 まあ、要するにどれも同じ内容で飽きてくるってこと。

 

「……なぁ、月の上で人間って生きていけるのかな?」

 

 また一枚、確認の印を押しながら、目の前で紅茶を嗜む彼女に問う。

 

「私にそんなくだらない質問をする暇があるなら、さっさと仕事を終わらせなさい」

 

 ごもっとも過ぎる返答が返ってきた。

 

 ……いや、よく見たら、確認の印を押してるのプロンニアじゃねえか! 

 

「それはズルくない? 俺のも押してよ」

 

「あら、ごめんなさい。プロンニアが押せるのは私の印だけなの」

 

「……どうせ確認してない癖に」

 

「失礼ね。ちゃんと私が目を通した物を押させてるわ」

 

 ほう……言ったな? それで間違えたら、普通に恥ずかしいヤツだぞ? 

 

「じゃあ、一枚を拝借して……二日前の特務隊の二名の傷痍退役の詳細は?」

 

「腐ったジャガイモを食べたことによる食中毒」

 

「合ってるし……じゃあ、もう一枚な。四日前に着任した新兵の数」

 

「六十名。その内の将校の数は六名」

 

「……おっふ」

 

 ……畜生、全部、綺麗に合ってやがる。普通に俺が恥ずかしいヤツだった。

 

「あら、この程度かしら? 大したこと無いわね」

 

 小馬鹿にした笑みを浮かべる、サンドローネを見て、少しばかり、カチンときてしまった。

 

 そして、横の紙の束から一枚取り出し、再度仕掛ける。

 

「じゃあ、最後に一枚……五日前のワイルドハント発生時における物的損害の項は?」

 

「……は? ちょっと待ちなさい。私はそれを処理してない筈よ」

 

「でも、確認したから此方の束にあるんだろ?」

 

「嘘よ……私の記録には確かに無いわ。くっ……この私がこんなミスを犯すはずが……っ!」

 

 まあ、当然だろう……彼女がこの書類を処理してないのは事実だ。

 

 むしろ、これまで正解されたら、至るところに彼女の目があることになる。

 

「いや~……人の振り見て我が振り直せとはよく言ったものだよね」

 

「有り得ないわ……こんな筈が……」

 

 まあ、正解する事は有り得ないよね──だって、それは俺が印を押したヤツだし。

 

 ちなみに、その内容は大型コンテナを丸々喪失したとのことだ……いや、結構な被害だなこれ。

 

 ……卑怯? 勝負は最後に勝てば良かろうなのだよ。

 

「……ちょっと、それ見せなさい」

 

「やなこった」

 

「なに幼児みたいな事を言ってるのよ。いいから見せなさい!」

 

「嫌です」

 

「……プロンニア、アイツからあの紙を奪い取りなさい」

 

「ちょっ……それこそズルいだろ!」

 

 目の前にプロンニアの巨大な手が迫り、慌ててそれを躱した拍子で束に置いてあった紙が宙を舞う。

 

 さながらそれは吹雪のように……これが本当の紙吹雪である。

 

 つまり、書類がめちゃくちゃってこと……いや、何してくれてんのさ? 

 

「ちょっと、避けるんじゃないわよ。部屋が散らかるでしょ!」

 

「いやいや、俺に潰れろってか!?」

 

「疑わしきは罰するのよ。大人しく捕まるか、潰れなさい!」

 

「いや、おかしいでしょ!?」

 

 何たる理不尽か、これぞ邪知暴虚のサンドローネか。

 

「往生際が悪いわよ! さっさと渡しなさ──っ!?」

 

 咄嗟に、目前にまで伸ばしてきた彼女の腕を掴み、そのまま強く自分の方へと引く。

 

 加減せずに、力任せで引いた為か、彼女の身体は難なく此方へと引き寄せられた。

 

 しかし、俺も無意識の行動故か、彼女の体重をもろに受けて、後ろへと倒れ込んでしまう。

 

 背中と尻に固く、冷たい鉄の感触と重い衝撃が襲い掛かる。

 

「ちょっと、何すんのよ……なっ!」

 

「痛っ……わ、悪い。つい反射で……あっ……」

 

 目の前には人形のような顔立ちと、特徴的な青い目──サンドローネの顔が目の前にあった。

 

 後ろにいるプロンニアも自分が守るべき主が、伸ばした手の先にいるためか、その豪腕を伸ばしてこない。

 

「……っ」

 

「えっと……」

 

 そして、互いに狼狽する事なく、抑え込んだ彼女の腕を境界とし、ただそのまま無言で見つめ合っていた。

 

 無論、さっさと彼女の腕を離そうとも思った。

 

 でも、不思議なことに身体がピクリとも動かないのだ。

 

「あ、あんまり見つめるんじゃないわよ……!」

 

「えっ……いや、だってこれは仕方ないというか……」

 

「う、うるさいわね。元はと言えば、貴方が紙を寄越さないからでしょ!!」

 

「いや、だってあそこまでムキになるなんて思わないでしょ……」

 

「む、ムキになんてなってないわよ!」

 

「あ、あんまり大きな声を出さないでくれ……!」

 

 こんなのをもし、誰かに見られでもしたら、本当に社会的に死んでしまう……俺が。

 

「も、もう……なんなのよ。こんな失態、私の演算には無いのに……っ!」

 

 そんなことを言っても、俺だってこんな想定をしてない。

 

 しかも、よりによってその相手がサンドローネって……

 

 いや、別に彼女が嫌いとか、そういうのではないのだ。

 

 ただ、お互いこういうトラブルとは無縁の立場にいるというか……

 

 取り敢えず、お互いに沈黙は避けよう……いたたまらなくなってしまうから。

 

「えっと……サンドローネの腕ってやっぱり細いよね」

 

「な、なによ、今度はセクハラかしら? ……そう言う貴方こそ、コートのせいで分かりづらいけど、意外と腕が太いのね」

 

「ま、まあ……腐っても一兵卒だからね」

 

 再びの沈黙──彼女の人形のような白い肌の頬が、ほんの少しだけ赤みを帯びて見えるのは気のせいだろうか。

 

 しかし、その身体からはコロンビーナのように拍動を感じない。

 

 それは同時に彼女が造られた存在である証明でもあった。

 

 けれど、彼女の身体が冷たい機械という訳ではない。

 

 人のソレとなんら変わりの無い……温もりを持ち合わせている。

 

 彼女の青い目が此方を見据え、その口が最初に沈黙を破った。

 

「……ねえ、スカラマシュ。今の貴方には願いってある?」

 

「願い……?」

 

「……ずっと昔に私は聞かれた事があるの。願いはないかって」

 

 青い目が細くなる──きっと、それは俺が生まれるよりも、遥か昔の話なのだろう。

 

「……その時は何て答えたのさ?」

 

「……無いって答えたわ。でも、本当は分かってたの。望まないことは──」

 

 その口が閉ざされる──それはきっと、ずっと拭えないでいる後悔の証。

 

 何だよ……君は『()()』なんかじゃない、十分に『()』じゃないか。

 

 心臓の鼓動が無くたって、そもそもが誰かに造られたからって……自分の未来を望もうとしてるじゃないか。

 

「羨ましいな……ほんと」

 

「何がよ……?」

 

「俺は君みたいに未来を望むことが出来ないから」

 

 きっと、あの日に俺は人間としてはとっくに死んでいたのだろう。

 

 自分の命も、願いも、未来もどうでも良くなって、今はただ、過去に蝕まれ、残りの命を磨り減らしながら生きている……唯一、見出した目的のみを見つめて。

 

 ……もう俺にはそれしか許されていないから、皆も俺もそれを許さない筈だから。

 

 では唯一の目的が──もし、仮に生きている間に、彼女を殺せたら……その後は何をするだろう? 

 

 いや、問うまでもなく、その答えなんて分かってる──何もしない。

 

 何かを望みもしないし、願いもしない……生きることもやがては放棄するだろう。

 

「……なによ、それ」

 

 このテイワットに生きる人々には命の星座というものがあるらしい。

 

 それは人の運命を示すものらしく、それは神の眼差しを得た者でも、そうでない者でも変わらないそうだ。

 

 もし、仮に俺に命の星座があるとしたら、どうしようもなく壊れてしまっているのだろう。

 

 塵は塵に還るように、残火はやがて灰へと変わっていく。

 

 執行官になる前──まだ戦場の最中にいた頃、俺は何度も考えた。

 

 何時になったら俺は死ぬのだろう──俺の名前は何時になったら消えてくれるのだろうって。

 

 でも、その時は結局、来なかった──だって、俺は今、此処に居るのだから。

 

「……まあ、要するに君は君自身が思っている以上に人間だと思うよ。良くも悪くもね」

 

「フン……何よ、意味が分からないのだけど?」

 

「いや……恥ずかしすぎて、どうも頭がおかしくなったのかもね……後、いい加減退いてくれ。誰かに見られたら、それこそ俺が社会的に死にかねない」

 

「まったく……貴方のせいで、とんでもない目に遭ったわ。……プロンニア、手伝って」

 

 差し出されたプロンニアの掌の指を掴み、彼女が起き上がる。

 

 これで俺の社会的な地位は辛うじて守られた……既に色々、手遅れな気はするけども。

 

「……書類、どうしようか?」

 

 目の前には薙ぎ倒された、見るも無惨な紙の束の残骸が床一面に広がっている。

 

 ……マズいな、この時点でやる気がなくなってきた。

 

「仕方ないわね……私が右の方をやるわ。スカラマシュ、貴方は──」

 

「──失礼いたします! 『散兵』様と『傀儡』様はいらっしゃいますか!?」

 

 部屋のドアが勢いよく開かれ、息を切らした男性士官が部屋へと入ってくる。

 

「ちょっと……貴方ね、部屋に入る前にドアをノックくらいしなさい」

 

「も、申し訳ありません……ヒーシ島に派遣された隊員より、緊急の連絡が入ったもので……」

 

「……内容は?」

 

「ヒーシ島各所にて、突如としてワイルドハントが発生し、その規模は尚も拡大しているとの事です」

 

「何ですって!?」

 

 何時だって事態は唐突に動き出す。

 

 時計が壊れていても、時間は止まらないのだから。






『散兵』について②……

前にスカラマシュの本当の名前を知りたいって言った事があるの。その時ははぐらかされちゃったんだけど……その時、少し辛そうにしてた。スカラマシュは自分の名前を価値がないって言ってたけど、それでもやっぱり知りたいな……だって、私にとっては大好きな人の名前だから。
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