邪眼について……
見ての通り、俺は神の目は持ち合わせてない。俺にとってこれが唯一の元素を扱う手段なんだ。まあ、俺の願いなんて見れたものじゃないし、妥当っちゃ妥当な所かな。
「構え……撃てっ!!」
教官の号令と共に、轟く銃声。
放たれた銃弾は的の各所へ被弾し、乾いた金属音が木霊する。
しかし、射撃を行った兵士の人数に対して的の被弾痕が少ない。
こちらで見る限りでの命中率は40~50%といった所か。
「……いかがでしょうか? 『散兵』様」
傍らの副官が問うが、その声からしては眼下の彼らに何処か落胆を持っているようだ。
まあ、無理もない、新兵に過度な期待をしても仕方がないのだから。
「……まあ、所詮はこんなものだろうね。そもそも、彼らって本国の繰り上げ組でしょ?」
「はい。本国では兵力の増強を目的に、兵士の育成過程を短縮しているようです」
「それは聞いてるよ。でも、数だけ増やしても中身がこれじゃ、すぐ死ぬだけでしょうに……」
眼下で訓練に勤しむ兵士達は先のワイルドハントで犠牲になった兵士の補充要員である。
現在、ファデュイは『厳冬計画』の下、力を強め、同時に蓄える事に専念している。
兵士の育成過程の短縮もその一環、上の面々は質よりも数を求めたといった所か。
とはいえ、蓋を開けてみれば、このザマである。
実戦的でもない訓練──況してや静止目標への射撃だというのに、50%も切る命中率なのだ。
これが実戦になった場合を想定すれば、目も当てられない数字になるだろう。
「はぁ……下の教官には彼らに射撃訓練を続けさせるように指示して。ある程度の習熟を確認できるまで実戦訓練はお預けだ」
「かしこまりました。『傀儡』様の部隊の方も同じ指示で構いませんか?」
「俺は見てないけど、殆ど同じような惨状なんでしょ?」
「はい……私が見る限りではありますが、彼らと然程の差異はありません」
「判断材料はそれで十分だよ。まったく、いくら借りがあるとはいえ、面倒な事を押し付けられたよなぁ……」
「……また、『傀儡』様を怒らせたのですか?」
「別に怒らせた訳じゃないよ。少し頼み事をしたのさ」
「もしかして……それは先程、飲まれていた錠剤ですか?」
「おや、見られてたのか。まあ、ここ最近は邪眼を使うことが多くて、身体が参っちゃうのさ……まあ、その緩和剤のようなものかな」
「そうですか……」
彼には緩和剤と言ったが、これはそう言える程、完全なものじゃない。
この薬を渡された時、サンドローネも言っていたが、これは『博士』が途中で興味を失って、開発を放棄した試薬を元にしている。
試薬であるが故に、邪眼の使用による肉体的な負荷を一時的に緩和はするものの、元来使う生命力の喪失は据え置きで、肉体的な負荷もゼロにはならない。
あくまで、その負荷による肉体の発作を先送りにするだけで、緩和した分だけ蓄積していく。
そして、緩和できる負荷には限りがあり、この薬の副作用で何が起こるかは分からないと。
「……まあ、そんなこんなで彼女には弱みを握られちゃった訳さ」
「はぁ……そんなことを言って、『傀儡』様に叱責されてもしりませんよ?」
「まあ……その時はその時に考えるさ。今は、何がなんでも身体を張らなくちゃいけない時だろ?」
「……それもそうですね」
そう、今は何がなんでも身体を張らなくてはならない、
薬の代償も、俺の安否も──今より後の事はその時になった時に考えれば良いのだ。
「……」
ふと、彼女の──コロンビーナがしてきたお願いが脳裏に浮かぶ。
……いや、今更迷うな。もう引き返せない所まで来ただろ。
当に自らが行く道など決めている──故にこんなものは一時の気の迷いでしかない。
だから、何時だって消せる筈だ。彼女の願いを捨てることに戸惑いなんて──
「──っ!」
その時、壁に掛けられた無線機から、至急の通信があることを知らせるベルが鳴る。
「む……『散兵』様、少し場を外させて頂きます。……どうした?」
本来なら、いきなり執行官に報告を通すことはなく、侵入者なら詰所、来客なら応接室など対応する部署へ連絡が行く。
なのに、通例の手順を省き、執行官がいるこの場へ直接、連絡をしたというのは彼らにも相応のイレギュラーな事態が起きたのだろう
「──分かった。すぐに『散兵』様にも伝える。彼らにはその場で待つよう伝えろ……『散兵』様」
無線機の通話器を置くと、彼も少し困惑したような様子で俺を呼ぶ。
「何? 侵入者かい?」
「いえ……確かに侵入者ではあるのですが……彼女らが『散兵』様か『傀儡』様に取り次いで欲しいと」
「……どういうこと?」
「その……正面ゲートに例の旅人と『少女』様が訪れたようで、両者の要望が『散兵』様か『傀儡』様に取り次いで欲しいとの事です」
……ホントにどういうことだってばよ?
こんな状況だし、お互いに不干渉でいるようには努めていたのたが……とはいえ、このまま面倒事を起こされるのも困る。
「……仕方ない。俺が行くよ……彼女らには待つように指示してるね?」
「はい。現在は守衛の者が対応に当たっている筈です」
「よし、なら行こう。ご所望通り、出迎えてあげようじゃないか」
「かしこまりました」
何時だって事態は突然に動く──いや、いくらなんでも突然が過ぎるだろ。
ファデュイがマークしている
来客にしても、侵入者にしても、これほどまでに豪勢な顔触れはなかなか無いだろう。
でも、これは一悶着ありそうだよな……また要らん仕事が増えてしまった。
そうして確定した追加業務に憂いながらも、傍らのエージェントと共に外壁を飛び降りていった。
「──だから! オイラ達は『散兵』か『傀儡』と話がしたいだけなんだって!!』
少し離れた所でも聞こえる白い非常──マスコットの声に思わず苦笑いが浮かぶ。
……案の定、一悶着が起こってしまっている。
「だから、待てって! 俺達だって、無断で通す訳にはいかないんだ!!」
「……サンドローネも駄目なの?」
「い、いや……その……『少女』様もご自身のお立場をですね……」
旅人とパイモンはともかく、コロンビーナの問い掛けには、目に見えて狼狽する兵士。
まあ、無理もない。元とはいえ、彼女はファトゥスの第三位。
実験設計局にいる俺やサンドローネよりも遥か上の順位の存在なのだ。
そういう意味で彼らも彼女に対して、ある種の畏敬の念と共に元同僚としてのよしみを持ち合わせている。
それに彼らも目下、コロンビーナと同じ危機を抱えている以上、無下にはできない所があるのだろう。
まあ、そういう事情もある訳で……彼らには、そろそろ助け舟を出すべきだろう。
「はいはい、ストップ。彼らも自分の仕事をしてるんだ。あまり無理を言わないであげてくれ」
「……っ、『散兵』様!」
「後は俺とミハイル君が対応するから、君達は仕事に戻って良いよ」
「「はっ!」」
敬礼の後、共に持ち場へと戻っていく二人を見送りつつ、目の前の三人に視線を戻す。
「お、お前……無事だったのか?」
「人を勝手に死んだみたいに言うのやめてくれない? というか、無事でいろって言ったのは君達でしょうに」
「そ、それはそうだけど……」
「という訳で、俺は君達との約束を無事に守った訳だ。それ故に聞くよ。此処には何をしに来たのかな? 昨今の情勢もあって、基本的に見学もアポ無し突撃も──グエッ」
突如、胸部に叩き込まれた突進により、思わず潰れた蛙のような呻き声が漏れる。
後、羽のような物が頬に当たるせいで、絶妙にくすぐったい。
「コ、コロンビーナ!?」
「し、『少女』様!?」
胸中の彼女の行動に両サイドの二人が驚愕の声を漏らす。
「……良かった」
「良かったって……君もあの時、絶対に死ぬなって言ったじゃないか」
「うん……だから、今はとても安心してる」
「それは良かった。そういえば、サンドローネも君の事を心──」
『──あら、私が何ですって?』
拡声器から響き渡る同僚の声に傍らの副官の表情が強張る。
おっと、これぞ噂をすればなんとやらってヤツかな。
『侵入者をスカラマシュが対応してるって聞いて、いざ見てみれば、随分と楽しそうにしてるじゃない』
「……サンドローネも混ざる?」
『はぁ!? 誰が混ざりたいって言ったのよ! ……貴女も自分の立場を弁えたらどうかしら? 今の貴女は同僚でもなんでもないの。私達の一存で貴女への対応は変わるのよ』
「じゃあ、二人にお願いをしに来た。アルレッキーノと会いたいの」
「えっ、『召使』に会いたいってことか?」
……いや、なんで付き添いの君達も知らないんだよ?
何も知らずに付き添いで来るにしては、だいぶ危険な場所にまで来てると思うが。
『……スカラマシュ。コロンビーナ達を連れてきなさい。特別に通行を許可するわ』
「ん? 良いのかい?」
『二度も言わせないで』
「はいはい……という訳で、ご案内させて頂きますよ。ミハイル君、野次馬の対処は任せるよ」
「はっ! ……お前達! 其処で呆けている暇があるなら、訓練に戻れ!」
「「「は、はい!!」」」
柱の陰から此方を覗いていた新兵達が、彼の命令を受けて蜘蛛の子が散るように走り去っていく。
「……そこのお前達もだ。さっさと業務に戻れ!」
「は、はい……」
訂正しよう──新兵以外にも覗きはいたらしい。
「す、凄いな……皆、言うことを聞いてるぞ」
「まあ、彼の階級は大尉だからね。ファデュイにいる以上、自分より上の階級の命令に拒否権なんて無いよ」
「……ファデュイの兵士って大変なんだな」
「これに関しては何処の組織も一緒だと思うけどね」
リフトのパネルを操作し、サンドローネが待つ階層へと行き先を設定する。
「……此処から行けるんだ」
「確か……前に君達が忍び込んだのは貨物の搬入口からだったんだっけ? 俺が言うのもアレだけど、随分と身体を張ったね」
「えっ!? バ、バレてたのか!?」
「状況的に考えれば、侵入場所なんて其処からしかあり得ないでしょ? それに今更、あの時の事をどうこうするつもりは無いよ」
「そ、そうか……というか、オイラ達も正規のルートで入って良いのか?」
「それじゃ、また貨物搬入口から入るかい? だいぶ遠回りだけど」
「それは嫌だぞ! えっと……お前達にもセキュリティとか色々あるんじゃないのか?」
「ん? ああ、そういう事ね。大丈夫、このリフトは360度全ての視点から24時間体制で監視されてるから。というか、今は現在進行形でサンドローネが見てるんじゃないかな?」
「うぇっ!? オイラ達、見られてるのか!?」
「うん。試しに手を振ってれば?」
「お、オイラはいいぞ……って、コロンビーナ!?」
「えっ、サンドローネが見てるんでしょ?」
急に縮こまるパイモンの横で小さく手を振るコロンビーナ。
そして、すぐに壁に取り付けられた拡声器から震えた声が吐き出される。
『……ちょっと、スカラマシュ。変なことを吹き込まないで頂戴。ふざけてる暇があるなら、早く連れてきなさい』
「ほら、見てるって言ったでしょ?」
「フフッ、サンドローネ面白い」
『うるさいわよっ!!』
ガチャンという音ともに彼女の声が途切れる。
「……お前と『傀儡』って仲が良いのか悪いのか、たまに分からなくなるぞ……」
「まあ、持ちつ持たれつってヤツさ。俺も彼女に頼みを聞いて貰うときもあるし、逆に聞くこともある」
「でも、サンドローネはお茶会を開くとき、スカラマシュのことはよく呼んでたよ」
「確かにね……まあ、おかげさまで定期的に美味しいものを食べれるから大助かりさ。……たまに彼女を怒らせたせいで、とんでもなく苦いお茶が出たりするけど。それはコロンビーナも経験あるだろ?」
「……うん。あの時のお茶はまずかったな」
その時を思えば、今は少し懐かしさを覚える──無意識ながらもそう思ってしまうまでに、時間が経っていたらしい。
そして、リフトが重々しい音と共に停止し、現在の階層でロックされる。
「サンドローネ。そっちへのリフトを降ろしてくれ」
返事の代わりに、上層から重い鉄塊が蠢く音がし、リフトが一つ此方へと降りてくる。
「この上でサンドローネが待ってるよ」
「お、おう……」
「別にそんなに緊張しなくても良いよ。彼女の逆鱗に触れなければ、何にもされないからさ……多分」
「冗談でも怖いこと言うなよっ!!」
別に冗談じゃないんだけどな……結構前にフォンテーヌで回収したヤツが彼女を見事にキレさせて、それはもう偉い目に遭ってたし。
まあ、口が達者なのは、時に自らの首を絞めかねない事態になり得るのだ。
「大丈夫だよ。サンドローネはスカラマシュの頼みはなんだかんだで聞いちゃうから」
「その場合、だいたい俺が後から酷い目に遭うんだけどね……」
そんな雑談をしている内にリフトが止まり、目の前の扉が開く。
「──遅いわよ。此処に連れてくるだけに幾ら時間を掛けてるの?」
「ごめんちゃい。まあ、懐かしい話が咲いたんだ、大目に見てくれよ」
「フンッ……改めてようこそ。元同僚と変数達。精々、私の退屈をしのがせて頂戴」
麗しき棚の上の淑女は高らかにそう告げたのだった。
「今更カッコつけたって、さっきボロ出てたでしょうに」
「黙りなさい。それは貴方が余計なことを言うからでしょ」
いや、わざわざ反応してきたのは君だろうに……
「まったく……で、何の用で来たの? 言っておくけどコロンビーナ、貴女とはもう同僚でもなんでもないの。貴女を助ける義理なんてないの」
そう言う彼女だが、ヒーシ島でのワイルドハントの後、コロンビーナの安否を聞いてきたのは秘密である。
まったく、これだからツンデローネ様は──などとは間違っても言えないため、ここは暖かい目で見守ってやろう。
「……スカラマシュ、変な目をしてる」
「暖かい目だよ」
「……プロンニア、コイツの目を潰しなさい」
「すみませんでした」
超速の謝罪が効いたのか、プロンニアの巨腕が此方へと伸びてくることはなかった。
「チッ……話を戻すわ。私が貴女達に入ることを許したのは、あくまで暇潰しよ。執務室の退屈な時間よりも好奇心を優先しただけ」
「他所の部隊の人間に自分の部隊の訓練を見させるのもどうかと思うけどね」
「……うるさいわね。仮に私が見ても、両方にとって何の得にもならないでしょ。戦闘訓練の指導なんて専門外だもの」
まあ実際、彼女自身が戦うというより、横のプロンニアが主体で戦っているのだから、あながち間違いではないのかもしれない。
それに彼女としては自身が保有する機械軍団の充足に重きを置いているのもあるだろう
「そういえば、アルレッキーノに会いたいって言ってたけど? その理由を聞いても良いかな?」
「『月の狩人』はまた自分の力を強めてる。彼に対抗する為にも失われた月を描き直す必要があるの」
「……残念だけどアルレッキーノはいないわ。ナド・クライにいるのは、私とコイツと──」
こっちに業務を丸投げして何をやってるのかすらも分からない
「えっ……い、いないのか?」
「当たり前でしょ。同じ場所に執行官が四人もいるなんて過剰戦力も良い所じゃない。たとえそれが自分の仕事を放ったらかして、他人に押し付ける輩だとしてもよ」
狼狽するパイモンにそう言いながら、サンドローネは傍らのプロンニアに手で何かの合図をする。
それを見たプロンニアは傍を離れ、卓上で何かを用意した。
「……最近もお茶会はやってるの?」
一連の所作を眺めていたコロンビーナが唐突に問う。
「お茶会? ああ……ええ、もちろんやってるわよ。貴女がいなくなった程度で私達がお茶を飲む気になれないと思ったの?」
「ううん。さっきスカラマシュがサンドローネのお茶菓子が美味しいって言ってたから」
「そ、そう……当然でしょ。この私が用意してるんだから」
……いや、言ったことは否定はしないけども、何かこう……むず痒いものを感じる。
敢えて言語化するとすれば、少し恥ずかしいというか、照れくさいといった所か。
「フン……最近のお茶会なんて、私とスカラマシュ。そして無礼でつまらないお客さんが押し掛けて来たの。それでいて、揃いも揃って貴女の居場所を聞き出そうとしてくるの。……ホント、素敵でしょ?」
おぉ……おっかね。『素敵』の所、全く目が笑ってなかった。
しかし、こうした輩に対して、サンドローネが取る手段は一つだ。
「……一番、不味いお茶を出したでしょ? 私が君を怒らせた時みたいに」
「フン……お茶の良し悪しなんてどうでも良い。お茶会の人数が一人、また一人と減っていくのが癪なだけよ」
サンドローネがカップを口にし、少し懐かしむかのように目を細める。
「まずはロザリン、カピターノ──それから貴女。何百年も生きてる癖に捧げ物のハーブティーしか飲んだことがない神様なんて、初めて見たわ。まあ、そのおかげで私のつまらない生活で珍しく楽しめたけど」
そう言う彼女だが、お茶会の度にフォンテーヌ産だっり、璃月産だったり、同じ産地でも異なった銘柄の物を出したりと、彼女が用意するお茶は毎回異なっていた。
尤も、俺がその区別が付かないだけなのかも知れないが、もしかしたら本音はコロンビーナに色々な物を出してあげようと思っていたのかもしれない。
「……そういえば、最近は俺らばっかりだったな」
「そうね……そろそろ久しぶりに集まりたくなったわ。プロンニア」
差し出された掌に空のカップを置き、彼女は命令を下す。
「アルレッキーノに『お茶会の時間よ』ってフェルニアに連絡させて」
「なら、これも一緒に伝えて。私の身体に二つも月髄は入れられないから、片方を預けさせてって」
「はぁ? 誰が貴女を招待するって言ったのよ。そんなに私のお茶が恋しかったら、最初からファデュイを抜け出さなきゃ良かったのに」
一見、挑発的な言い方だが、これまでのサンドローネの行動や言動が既に証明している
謂わば照れ隠し──と言ってしまえば、それまでだが……これが彼女の本音だろう。
「女皇陛下の庇護があれば、今のように敵に追われる事も無かった筈よ」
「でも、その庇護の為には沢山の代償を払う必要があった。本質的には取引だったから……ああいう壮大な計画は好きじゃないし、何度も力を差し出すよう、迫られるのが嫌だったの」
女皇はコロンビーナに対し、協力の対価として庇護と居場所を与えた。
でも、それは彼女が月神として崇められていた時と何ら変わりがない。
彼女の力を求める相手──その欲望の眼差しが変わっただけに過ぎないのだから。
自身にとって嫌な記憶を思い出した故か、俯いていたコロンビーナが此方を見る。
そして、そのまま穏やかに微笑みながら言った。
「でも、スカラマシュは違ったの。無償で何かをして、対価をあげるって言っても要らないって言う人を初めて見た」
「えっ、『散兵』がそんなことを言ったのか?」
「……あぁ、そういえばそんな事もあったね」
確かに宮殿の廊下の奥で、彼女に会った時にそんなやり取りをした。
今思えば、あの時からコロンビーナとよく関わるようになったと思う。
「私、今でも覚えてるよ。スカラマシュがお菓子をくれたこと。あの時はビックリしたけど、とても嬉しかった」
そして、コロンビーナはサンドローネの方へと向く。
「あそこでスカラマシュに出会ってから、物の見方が変わったんだ。私が見ようとしなかっただけで、私の周りには対価を求めない人もいたんだって。サンドローネもそうだよね? お茶会にはよく呼んでくれたし、お茶菓子もいっぱい用意してくれたから」
「……っ、別にそんなんじゃないわよ」
照れくさそうに顔を背けるサンドローネとそれを見て微笑むコロンビーナ。
今、この瞬間だけ、あの頃の日常が帰ってきたようにも思える。
「……フン、まあ……私達はあくまで、貴女の捜索のみを命じられてるの。だから、端から捕まえるつもりは更々無いわ。でも、そこの連中と居るなら話は別よ。次に会うときは敵かもしれないわね」
口ではこう言っているが、要は遠回しで見逃すという事を伝えている。
まあ、この雰囲気で一戦交えるというのは俺も不本意だ。
「え、えっと……じゃあ、オイラ達は……」
「うん、皆が待ってる──」
「──ちょっと、待ってくれ。……どうした?」
いざお開きといった雰囲気に似つかわしくない緊急の無線通知。
その無線を送ってきた主の信号は、哨戒に出ていた兵士からのものだ。
『『散兵』様! ワイルドハントが……あの化け物の群れが実験設計局へ向かって来ています!!』
「規模は?」
『少なく見積もっても中隊規模……いえ、尚も数が増えています!!』
「分かった。現時点を以て、哨戒部隊は撤退しろ。対処は此方でやる」
『了解いたしました!!』
無線を切ると、傍らに置いてあった小銃を担ぐ。
「彼はなんて?」
「敵が此処へ向かって来ている……それも、結構な数がね」
「な、なんだって!?」
思いの外、向こうの動きも早いな……それほどまでに力をつけているのか。
「フン……誘われてもないのに、お茶会の参加希望者が来たのかしら?」
「これだから、しつこい男は嫌なんだ。じゃあ、手筈通りに行こうか。……ミハイル君」
「……はっ、お側に」
「おわっ!? び、ビックリしたぞ!」
驚愕するパイモンを横目に、傍らに控えた副官に命令を下す。
「第一部隊全員に出撃命令だ。敵の先鋒の数を減らしに行くよ」
「かしこまりました。直ちに準備させます」
「サンドローネ、悪いけど陸巡艇を何台か借りるよ? 手筈通り、頭数は減らしてあげるから、俺達の寝床の守備は頼んだよ」
「フン……言われなくても分かってるわよ。貴方こそ分かってるわよね? 貴方に渡した物は……」
「分かってるさ。でも、今は何がなんでも無茶をしなきゃいけないでしょ?」
「……アルレッキーノが来たら、お茶会を開くつもりだから……途中辞退は断じて許さないわよ?」
「そりゃ大変だ。勿論、君には大きな借りがあるからね。それを清算するまではくたばるつもりはないよ」
「……っ、貴方はどうして──」
「──悪いね、俺は君ほど頭が良くなくてね、こういうやり方しか知らないんだ」
俯く彼女の横を通り過ぎ、リフトへと向かう。
「そうそう、君達も此処は戦場になるから、早いとこ離れた方が良いよ」
「『散兵』、お前……」
「……危ないことをするの?」
「ああ。でも──
コロンビーナへの返答と同時に、鋼鉄の扉は硬く閉まった。
『散兵』について……③
アイツを見てると、ア──昔の友人を思い出すの。顔も声も何もかも違うくせに、危なっかしさは本当にそっくりよ。だから、分かるの……アイツは自分を省みないって。たとえ自分の存在が消えようともね。……ホント、ムカつくわ。