俺が執行官……ってコト!?   作:爆死san

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さようなら。■■■■■■■。どうか大好きな人と幸せになってね。


──■■■■



月の女神様は知っている

 

 

 生きているのが苦痛だった。

 

 力が無い自分が嫌いだった、なのに生き残る自分はもっと嫌いだった。

 

 自分よりも生き残るべき人がいた筈だった。

 

 ──何故、生きてる? 

 

 自分よりも生きていて欲しい人がいた。

 

 ──何故、死なない? 

 

 でも、理不尽な結末は覚悟していた。

 

 ──死ぬ覚悟も無しに軍服を着たのか。

 

 でも、価値はあった筈だ。

 

 ──消える命に価値なんてない。

 

 だから、意味を見つけなくてはならない……理不尽な死にも意味があったと。

 

 ──死に意味なんて無い。

 

 死ぬに足る理由があったとのだと。

 

 ──戦場は人が死ぬ場所だ。

 

 それがどんなに理不尽で、悲惨な末路だとしても。

 

 ──捨て駒の妥当な末路だ。

 

 あんまりにも憐れじゃないか。

 

 ──散々、見てきたことだ。

 

 子供のように縋る感情と、冷酷に真実を告げる理性。

 

 年月も、姿も立場も──ありとあらゆるものが変わっても、俺は何も変われていない。

 

 あの時と同じ──無力な子供のままだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──おい、スカラマシュ?」

 

 目の前をふわふわ飛行──否、浮遊と表現するべきだろうか。

 

 たまに思う事がある……この存在は果たして脚を使うことはあるのだろうか? 

 

 もしかしたら、着地する時や、飛行の制御などに使うことがあるのかもしれない。

 

 しかし、俺はその場面を俺が見る限りではあるが、一度として見ていないのである。

 

 それもあってか、本当にただ付いてるだけと邪推してしまうことが稀にあるのだ。

 

 とある整備士が脚なんて飾りですとホバー型の陸巡艇を見せてくれたのが記憶に新しい……それとは違うか。

 

「……ごめん、少しぼうっとしてた。ここ最近は連戦続きでね」

 

「えっと……疲れてるのか?」

 

「それは否定しないよ。一応、人間だもの」

 

 何かを続けていれば疲れるし、宙に浮かびたいと思っても単体では浮けない。

 

 人間とは何とも不便な生物であろう……つまり、早く寝なさいってこと。

 

「スカラマシュ……」

 

「別にそんな気を使われる程、ヤワじゃないよ。普段、執務室に幽閉されている時と同じくらいの疲労感さ」

 

「お前、執行官なのに閉じ込められているのか……?」

 

 ご名答──主に同僚の第七位(サンドローネ)によってね。

 

 まあ、その度に彼女からは紅茶やコーヒー、美味い茶菓子を無償で貰えるのだから、存外に悪い話ではない。

 

 要は餌付けされてしまっているということ。

 

 とはいえ、この『月の狩人』の一件が収まれば、今度は同僚の第二位(ドットーレ)への対処、なんだったら本国の計画の一件も控えている。

 

 当分の間は見たくもない書類と、にらめっこをする日々が続く事になるだろう。

 

「まあ、サンドローネも君がいることでだいぶ助かっているだろうね。君がいなければ、彼女は一人で実験設計局の管理やナド・クライでの活動を指揮しなくてはならない」

 

「まあ、機材の管理とかはちんぷんかんぷんも良いところだけどね……」

 

「人には適材適所があるものさ。さて……そろそろ始めよう。我々にあまり猶予は残されていないからね」

 

 アルレッキーノは一拍、息を吐くと彼女の身体から赤い炎が現れる。

 

「古の七色の主にして、現代の偉大なる母──紅の衣を纏う双界の支配者よ、炎を以て絶ち、炎を以て継ぐ。今、この身を捧げ、主の降臨を祈願奉る」

 

 気が付けば空は赤黒く不気味なものへと変わり、水上には赤黒い月のような球体が現れた。

 

 そして、彼女が手に握られた鎌を振るうと、炎が水上へ拡がっていく。

 

 拡がった炎はその球体の下で激しく燃え、球体へと続く影の階段が岸辺へと降りてくる。

 

「なんか物々しい雰囲気だね……」

 

 燃え盛る炎の上で揺らめく境界への入口は不気味でありながらも、その特異さ故に目を離せない。

 

「一つ忠告しておこう。この扉を潜る際、何を聞かれても答えてはいけない」

 

「わ、分かったぞ!」

 

「スカラマシュ。君もコロンビーナ達を助けてあげてやってくれ。私は此処で扉を維持しなくてはならないからね」

 

「了解」

 

 元よりそのつもりで来たのだ……とはいえ、あの向こうは完全にアビスの領域だ。

 

 かつての経験──あの時の光景が脳裏を過る。

 

「スカラマシュ?」

 

「……いや、何でもない。行こうか」

 

 影の階段を一歩ずつ進んでいく。

 

 下では炎が激しく燃えている筈なのに、この身を刺すのは嫌な寒気だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 身の毛がよだつとはまさにこの事だろう。

 

 その扉を越えた途端、ワイルドハントの霧の中でも感じたことがない猛烈なアビスの気配。

 

 寒気と得体の知れない気色の悪い感覚が同時に襲ってくる。

 

「こ、これって……アビスの気配か? まるで空間全体を埋め尽くしてるみたいだぞ……ど、どうすれば良いんだ……?」

 

「此処そのものがアビスに呑まれた場所だからね……ある意味、俺達はアビスの腹の中にいるようなものだよ」

 

「お、オイラは美味しくないぞ!」

 

「えっ……気にする所、そこなの?」

 

 尤もアビスに好き嫌いがあればまだ可愛げがあったのかもしれないが、アビスはあらゆるものを呑み込んでいく。

 

 人も神も──それは月の遺骸であっても例外ではない。

 

「……なんて悲惨な光景、ボロボロになった遺骸がアビスに空高く吊るされている。まるで防腐処理を施されているみたい……」

 

 コロンビーナの言葉通り、この空間の空には乾いた血を思わせるような赤黒い月が浮かんでいる。

 

 その異様な光景はまるで死に体の月を無理矢理、延命させているようにも見えた。

 

「ここからは一本道みたいだね」

 

「とりあえずは道沿いに進もう。何が出てきてもいいよう警戒は怠らずにね」

 

「ううっ……お、オイラは旅人の後を付いていくぞ。だから、あんまりサクサク進まないでくれよ……?」

 

「なら、ちゃんと付いてきてね。仮に、はぐれでもしたらあっという間に丸呑みだよ」

 

「怖いこと言うなよ!!」

 

 まあ、俺達はともかくパイモンは魔物にとって丸呑みするのにちょうど良いサイズ感だとは思う。

 

 美味しさいっパイモン……なんちゃって。

 

「……って、それよりも此処でどうやって月髄を手に入れるんだ?」

 

「……あの月から?」

 

「えっ!? いくらオイラでもあんなに高くは飛べないぞ!」

 

 パイモンが無理なら、此処にいる誰もが無理ということになるのだが……

 

「ううん。この気配は空からじゃない。むしろ……」

 

 そう言ってコロンビーナが指を差した先には大きな湖があった。

 

 そして、その湖の中央には巨大な紫の影が浮かんでいる。

 

「水面に変な影が浮かんでいるぞ! あっ、彼処に何か装置があるぞ!」

 

 眼下の岸辺には何かの装置──同様の物が影を取り囲むように設置されていた。

 

「何はともあれ、あれを動かしてみよう……それしか手段は無いだろうしね」

 

「お、おう!」

 

 斜面は急ではあったが、どうやら人が行き来できるよう整備されていたようで、所々に椅子や手すりの名残が見て取れる。

 

 つまり、この地で何か人の活動があったことを裏付ける根拠となる。

 

 無論、活動していた人は七国の人間ではない──それは既に存在しない国だから。

 

『──ソリンディス。なら、僕達は帰らせて貰うよ』

 

 ふと、若い男性の声が聞こえてくる。

 

「い、今……誰かの声がしたよな?」

 

「したね……」

 

『本当に大丈夫ですか? 彼氏さんとのデート邪魔しちゃったりしてません?』

 

 今度は若い女性の声──辺りには俺達以外に、誰もいない。

 

 そして、最初に聞こえた男性の声……彼は確かに『ソリンディス』と言っていた。

 

『ソリンディス』──ヤフォダさんがくれた情報では『月の狩人』の恋人だった女性の名前。

 

『月の狩人』は赤月の残党を狩る処刑人だったのに対し、当の彼女は赤月について研究していたのか。

 

『もう……からかわないでよ。夜食は机の上に置いておいて。それじゃ、お疲れ様』

 

 先程とは違う女性の声……会話の流れから察するに彼女こそが『ソリンディス』か。

 

「な、なんで……声が聞こえるんだ?」

 

「アビスの影響で此処の空間は凄く不安定になってる。だから彼女の言葉や行動の一部が残っているのかも」

 

 つまり、俺達が聞いたのはこの場で行われた過去のやり取り。

 

 同時にそれは此処で起こる事象はある程度までなら制御することが出来るという事を意味する。

 

『この景色を見ると幼い頃に読んだ詩を思い出すの』

 

「お、おい……また話し出したぞ」

 

『死せる彼女の美しき、瞳に流る嘆きの滴。今日も泣くのか残月よ、弱き御魂を嘆くのか』

 

 死せる彼女……つまりは虹月の女神のことだろう。

 

 虹月の遺骸はアビスと結び付き、赤月として今もなお延命されている。

 

 コロンビーナが言っていたように、遺骸は朽ちぬよう無理矢理に延命され、その魂へ死と同等の苦痛を強いる。

 

 それは果たしてどれほどの苦痛なのか、それを常に受け続けて、果たして魂というのは形を保ってられるのか。

 

 いや、それこそ魂だけが壊れないように蝕まれているのかもしれない。

 

 その時、白い影が俺達を通り抜け、湖へ向けられた装置の前に立つ。

 

 ショートカットの女性──おそらく『ソリンディス』の幻影だろう。

 

 そして、装置の各部を触りながら、おもむろに呟いた。

 

『私みたいな人間が謎に包まれた赤月の空間の研究チームに選ばれるなんて……これって偶然? それとも──』

 

 そう言った所で彼女の声が途切れ、彼女の姿も霧散してしまう。

 

「き、消えちゃったぞ……」

 

「いや、でも装置の操作方法は分かった。後は実践あるのみだね」

 

 その装置に刻まれた紋様は遺跡守衛のものに何処か似ている気がする。

 

 まあ、その遺跡守衛もカーンルイアの遺物であるのだから、当然と言えば当然なのだが。

 

「えっと……確か此処と、其処を触ってたよな……」

 

 先程、見たソリンディスの幻影は装置のこの部位に触れていた筈だ。

 

 彼女が此処の空間について研究していたとなれば、この装置でアビスの制御をしていたと予想できる。

 

 故に、この紋様が付いたボタンを押すと──

 

「……何も起こらないな」

 

「……あれぇ、おかしいなぁ……確かにこの順序で触れていた筈なんだけど」

 

 ──肝心の装置はうんともすんとも言わなかった。

 

「ほ、本当に合ってるのか?」

 

「俺の観察眼が正しければこの順序の筈だけど……」

 

「もしかしたら、壊れちゃってるかのも……」

 

「うええ!? ど、どうするんだよ! これじゃ月髄が手に入らないぞ!」

 

 確かにパイモンの言う通り、この機械が壊れていて、完全に動かないのならば、それこそ詰みである。

 

 だが、そんなことで俺は狼狽しない……勿論、秘策があるからだ。

 

 スネージナヤには──否、テイワットには壊れた機械に対する共通の有効な一手というものが存在するのだ。

 

 折角の良い機会だ、諸君らもこの素晴らしき一手を御照覧あれい。

 

 宙であたふたするパイモンの横で腕を振り上げる。

 

「──動け、このポンコツが! 動けってんだよぉ!!」

 

 装置に対し、斜め45度の角度でその腕を勢いよく振り下ろす。

 

 ゴンッという金属特有の重く鈍い音が僅かに響いた。

 

「……お前、何やってんだ?」

 

「荒療治」

 

「荒療治って……そんなので動いたら──」

 

 パイモンがそう呟いた瞬間、先程まで沈黙を貫いていた装置の砲口に光が宿る。

 

 そして、轟音と共に黄色の閃光が湖畔の影の塊へと放たれた。

 

 閃光が爆ぜると、爆轟と共に塊は塵となって消えていく。

 

 その光景を傍らの三人は呆然と見つめていた。

 

「……へ?」

 

「動いちゃったね……」

 

「この手に限る」

 

 フン、諸君らも見ただろう? こういう場合、 最終的には力が物を言う事もあるのだ。

 

「み、見ろ! 装置が動いた後、水面の影が変化したぞ!」

 

「どうやら当たりみたいだね」

 

「崖の上からは後、二つの装置があった。全部を動かせば、あの影を取り除けるかもしれない」

 

「よ、よし! なら、後は二つだな!」

 

 道は開かれ、そのゴールも目前……なら後は突き進むのみだ。

 

 その過程でじんじんと痛む右手は必要な代償だったのだろう……そうだったに違いない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『レリル、貴方は自分の願いから遠ざかっている。でも、それは貴方のせいじゃない。あの異邦人がカーンルイアに来てから、黒王イルミンはどんどん狂気に侵されていった』

 

 俺達の傍らで、幻影の彼女はそう嘯く。

 

 彼女が此処にいた時は一人だけだったのだろう、周りの目を特に気にすることなく続ける。

 

『でも、もし……■■■が本当に実在するのなら、この狂気に満ちた茶番を終わらせることが出来るかも……』

 

 そう呟き、彼女は装置へと触れ、最初に見た時と同じ手順で触れていく。

 

「な、なぁ……ノイズみたいなのがあって、よく聞こえなかったんだけど……ソリンディスは何の事を言っていたんだろうな?」

 

「さあね……情報が断片的過ぎて、推測も難しいね。でも、一つ確かなのは、彼女が望んだ結末にはならなかったって事かな。それは歴史が証明してしまっている」

 

 彼女が如何なる行動を起こそうと、カーンルイアは滅び、俺達が知る『月の狩人』は生まれる。

 

 そうして、今この瞬間、彼女の恋人だったレリルという男はテイワット全てにおける圧倒的な脅威と成り果てた。

 

 ある意味、彼女が回避したかったであろう未来が現実となってしまっているのだ。

 

「でも……彼女のお陰で俺達は月髄がある所へ行けるんだ。それについては感謝しないとだね」

 

 装置から放たれた閃光が、影の塊を霧散させると湖の影が消え、その水面には血のような赤い月が映った。

 

「うん……彼処には弱々しい魂の気配が微かに残ってる」

 

 そう言って、コロンビーナは水面に映る赤い月を指差した。

 

「もしかして、月髄は水面に映る月に隠されているのか?」

 

 パイモンの問いにコロンビーナは頷く。

 

 まるで水鏡のように映る赤い月……幻想的な光景でありながらも、その嫌な雰囲気は拭えない。

 

「この湖の中を泳ぎたくはないな……」

 

「……大丈夫。もしかしたら、この湖は虚影なのかもしれない」

 

 そう言った旅人は揺らぐ水面の上に立ってみせた。

 

 水のように揺らぎながらも、それは固体のように旅人の足を直立させている。

 

「ホント……なんでもありだな」

 

「と、とにかく、行こうぜ。もしかしたら、歩けなくなるかもしれないし……」

 

 まあ、パイモンの言う通り、いざ自分が歩く時に水に戻りました──というのは流石に笑えない。

 

「……ホントだ。水面というより、床に立ってるみたいだ」

 

「此処はアビスの領域だから……空間そのものが固定されているのかも」

 

 まあ、確かに此処へ立ち入ったのはソリンディスが所属していた研究チームを除いて、後にも先にも俺達くらいだろう。

 

 ふと、空いていた右手が誰かの手によって握られる。

 

「……コロンビーナ?」

 

「……ごめんなさい、少し怖くなってきたの。この先にいる虹月がもし、恐ろしい何かに変わってしまっていたらって……」

 

「大丈夫だよ。そのために旅人も俺もいるんだから」

 

「うん……だから、今は怖いと同時に安心もするの。スカラマシュが其処に居てくれるから」

 

 少し微笑むと握られた手に彼女の指が絡んでいく。

 

「そっか……なら、行こうか。でも、足元には気を付けて」

 

「うん。行こう」

 

 彼女の腕をゆっくり引き、再び一歩を進める。

 

 水面へ映る赤い月へ一歩、また一歩と。

 

 握ったその手を決して離さぬまま。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 旅人がかざした手にアビスの影が吸い込まれていく。

 

 吸い込まれた影はまるで濾過された水のように金色の光となって霧散していった。

 

「いや、前々からの情報で君がアビスの浄化が出来るというのは知っていたけど……こうして実際に目にすると凄い事してるよな」

 

 クーヴァキにもアビスへの浄化作用があるものの、その効率や工程の単純さは旅人の足元に及ばない。

 

 傍からみているに過ぎないが、アビスを浄化している旅人が逆に侵食されているようには見えない。

 

 つまり、リスク無しで彼女はアビスを浄化している事になる。

 

 そうして、球体を覆っていた影はみるみるうちに小さくなり、その内の赤い光が露になる。

 

「これが虹月の月髄か……」

 

 前に見た月髄とは違い、血のような光と共にまるで心臓のように蠢いているように見える。

 

『……寒い』

 

 ふと、聞こえる女性の声──先程、聞いていたソリンディスのものとは違う。

 

『……貴女なの? 来てくれたのね?』

 

「えっ……オイラ達に話しかけてるのか?」

 

「いや、俺達というより……」

 

 視線を手を握っているコロンビーナへと向ける。

 

 それに構うことなく、彼女──この場合は月髄と言うべきか。

 

 月髄は弱々しくも、言葉を続けた。

 

『やっと……会えた……運命が交わって……私は解放される』

 

 虹月は砕けた際にアビスと結び付く事で、辛うじて死から免れている。

 

 常人であれば自我はおろか、魂さえもが破壊し尽くされてしまうに違いない。

 

 その中で、この月髄に宿った魂はなんとか形を保っている。

 

 彼女自身が言った運命が交わる時──それだけの為に。

 

『ごめんなさい……あの時、嘘をついて。たとえ、未来を知っていても……死が訪れる時、私は恐怖を捨てられなかったの」

 

 ……未来を知っていた? では、彼女は虹月が砕け、自らが死ぬことを知っていたのか? 

 

 つまり、彼女に未来の事を伝えた存在が他にいるということか? 

 

『あの時、貴女はどんな気持ちで私達の元を訪れたのかな? 貴女みたいに勇気があれば……死よりも苦しい思いをしなくて済んだのに……」

 

 虹月が砕けたのは七執政の制度が出来るよりも遥か昔の事。

 

 今の七神が虹月がどうなるかを伝えられる訳がない。

 

 唯一、健在している霜月も偽りの空の向こう側だ。

 

 そもそも、次代の月神であるコロンビーナが生まれている以上、霜月の女神も死から逃れられなかったに違いない。

 

 そして、彼女の口振り……まるでコロンビーナが月の三女神に会いに行ったとも取れる。

 

 コロンビーナが生まれたのは三月が喪われた時よりも遥か後の事だというのに。

 

 ……駄目だな、これは重要な情報ではあるんだろうけど、それを補完する情報がまるで足りてない。

 

 だが、これだけはハッキリした。

 

 虹月──否、霜月と恒月は自らの結末を知っていたということ。

 

 そして、それを伝えた第三者がいたということ。

 

 その第三者はコロンビーナ──或いはそれと同等の存在だということ。

 

『何を言っているのか分からないって顔だね……ふふっ、初めて貴女に会ったあの時の私と同じ……』

 

「……」

 

『全てには意味があると、信じ続けて……さようなら、ハイ■■■■■。どう■■■■な人■■■■■に■■てね……』

 

 そう告げると、月髄は沈黙する。

 

 まるで僅かに残った魂の残滓を使い尽くしてしまったかの如く、ただ沈黙を貫いた。

 

 残酷な結末だが、きっとこうする他、俺達には無かったのだろう。

 

 助からない──助けられない命にとって、死は一種の解放でもあるのだから。

 

「気に病む事はないよ。延命がただの苦痛でしかないなら、それを終わらせることが解放になる場合もある」

 

「……」

 

「それに目的を見誤っちゃ駄目だ。あくまで俺達の目的は月髄の入手。彼女を偲ぶのは後だ」

 

 虹月はアビスと結び付く事でその命を維持した。

 

 その寄生先である彼女がいなくなれば、アビスがやることは一つしかない。

 

「お、おい……アレを見ろ!」

 

 パイモンが指差した先には空高く吊るされた月。

 

 その外縁が砕け、その破片が地上へと降り注ぐ。

 

「急いで入り口まで戻ろう。じきに此処も崩れる」

 

「お、おう!」

 

 大質量の岩石が榴弾が着弾したかのように無数の破片へと変わり、空間の建造物を砕いていく。

 

 大理石の柱をガラスのように砕くそれに、一発でも当たりでもすれば、文字通りに粉々だろう。

 

「此処に閉じ込めるつもりみたい……!」

 

「そいつは何がなんでもお断りだね……ちょっと、ショートカットしようか」

 

 降り注ぐ破片を躱しながら、破片の雨に曝され、ヒビが入った大理石の柱へ照準を合わせる。

 

 すぐさまに引き金を引き、銃口から飛び出した徹甲弾は

 柱のヒビを穿ち、支えを失った柱が此方へと倒れてくる。

 

「あの柱を伝って上に行くんだ!」

 

 柱へと飛び乗り、降り注ぐ破片の雨を避けながら、とにかく上を目指す。

 

「……っ! スカラマシュ!」

 

「大丈夫」

 

 此方に飛んできた破片が雷元素の閃光によって二つに割れる。

 

 舌で錠剤を喉へと追いやり、すかさずに邪眼から元素力を引っ張り出す。

 

「振り返らず進むんだ!!」

 

「また来るぞ!!」

 

 パイモンの指摘と同時に遊星の自動防御が働き、高出力の閃光を放つも、破片を砕くには至らない。

 

 ……流石に一体だけじゃ、出力の限界があるか。

 

 すかさずに小銃を構えると、引き金を引く前に岩元素の構造物が破片に衝突し、その進路を反らした。

 

「これで貸し一つだね」

 

「そうみたいだね……」

 

 少し意地が悪い笑みを浮かべた旅人の手を取り、再び駆け出す。

 

『返して……私の……赤月の……私の……月髄……私の心を……!』

 

 先程、聞いた虹月の女神と同じ声と共に霧の中から漆黒の猟犬達が迫ってくる。

 

「向こうも随分と必死じゃないか」

 

「虹月の月髄を回収した今、漆黒の意思はそう簡単に返してくれない筈……」

 

「女々しいね。そりゃ、『月の狩人』もああなる訳だ!」

 

「このまま突破しよう!」

 

 先行した旅人が猟犬の群れに切り込み、その死角を遊星の閃光が薙ぎ払っていく。

 

 そして、俺達の背後でコロンビーナが放った光弾が影ごと群れを穿つ。

 

 来たときもそうなら、帰りも同じ──此処から先は一本道だ。

 

 尤も、道中に何ら変化がなければの話だが。

 

「そ、そんな……入り口が塞がれてるぞ!」

 

 パイモンが指差した先には、巨大な岩石が積もった門があった。

 

「チッ……こいつはマズいね。爆砕するにしても、時間が……っ!」

 

「ま、また来るぞ!!」

 

 俺達が来た方から再び、無数の猟犬達が此方へと迫ってくる。

 

「ど、どうしよう……」

 

 旅人が剣を構える横で、俺も小銃を構える。

 

 とはいっても、俺達がいるのは袋小路……流石に万事休すか。

 

「──堕ちるがいい。此処より昇る」

 

 その声と共に地面から赤いトゲのようなものが無数に伸びてくる。

 

 それはまるで防護柵のように、猟犬達の歩みを止めた。

 

「アルレッキーノか!」

 

 呼び掛けに対する返事と言わんばかりに、積もった岩石が内側から爆ぜる。

 

 砂煙の向こうには此処へと来た双界の扉が妖しく光っていた。

 

「行こう!」

 

 旅人のその声と共に再び駆け出す。

 

 俺達の手が赤い球体に触れた時、後に残ったのは猟犬の叫びだけだった。

 

 

 

 





『散兵』について④……

彼が『ライカ』にいたと知った時、私の中では彼に対して、抱いていた疑問の多くが解消された。共に生き抜いた戦友が次々に死に行く中、彼はその存在を背負うことを決めたのだろう。自らの為ではなく、先に逝った彼らの存在を証明するために。そして、今や彼らだけでなく、自分の部下にもその眼差しは向けられている。
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