『背景』について……
君には今の自分を形作る……謂わば『背景」となった出来事はあるかな。人によっては願いであり、誓いであり、恨みであり、恐怖、探求心、或いは欲望だったりとそれは色々だ。時折、思い返してみると良いよ。特に自分の行く先に迷った時なんかね。
砲身から熱が排出されると同時に金属が不完全燃焼を起こしたような匂いが鼻を突く。
本体の構造上、一回の射撃毎に砲身の冷却、クーヴァキの再チャージが必要となる。
冷却は外気の影響もあるが、10分程度は掛かると説明書には記載があった。
そして、それに加えて──
「──痛っ……」
まるで肩を鈍器で殴られたかのような鈍い痛みに思わず顔をしかめてしまう。
稲妻の比喩表現で雷に打たれるようとあるが、それは今のこのような感覚を言うのだろう。
引き金を引いた瞬間、まるで雷が落ちてきたような衝撃と痺れが右肩を襲ってきた。
勿論、実際に雷なんて落ちてはおらず、あくまで射撃の反動だというのは理解している。
しかし、反動軽減用のスプリングや緩衝材すらも通り抜けてきた衝撃は重く、今もその余塵が残っているのだ。
『スカラマシュさん、此方からも軌跡が見えたよ。素晴らしい狙撃だね』
「そりゃどうも……しかし、コイツは凄まじいね。下手したら肩が砕けそうだ」
『なら後で関節痛用の薬を用意しておこう。スカラマシュさんが希望するなら矯正パッドも作ろうかい?』
「至れり尽くせりだね……」
冷却が始まった砲身から立ち上る白い靄を見て、少し溜め息を吐く。
スコープ越しには未だ激闘を繰り広げる三人の姿が見て取れる。
『先程のスカラマシュさんの狙撃で『月の狩人』を構成するエネルギーに乱れが生じ始めた。予定通り、今から陣を起動する』
「了解……とはいえ、相手も第二射からは警戒し始めるんだ。さっきのようにはいかないよ?」
『ああ。次に『月の狩人』のエネルギーが乱れた瞬間、陣の効率を最大にまで上げる。そして、タイミングはスカラマシュさん、君に懸かっている』
「……そうだね。思えば随分な大役を任せられたものだね。君はファデュイの人間に作戦の肝を任せることに抵抗は無かったのかい?」
『確かに君の言う通り、何も事情を知らない人が客観的に見れば、友好ではない組織の構成員を重要な作戦へ参画させるというのは安全性や全体の進行に不安がある。しかし、それは当人の外見的な理由のみを参照した憶測であり確実性に欠けるものだ。今、この場において適してるとは言い難いと思わないかな? 第一に君は既にこの作戦に至るまで、信頼に足る十分な成果を提示して見せた。そして、第二に君の執行官という肩書きは戦闘という観点に置いては理想的な人材だと判断できる。最後に旅人やファルカさん、更にはコロンビーナさんも信頼できるとしているのならば、抵抗というのは自然と消滅するのは当然だと僕は考える。無論、これは僕の見解であり、他の人にこの意見を押し付けるつもりはないよ』
「アッハイ……えっと、ありがとう?」
……なんというか、アルベドさんにしろ、ウチのサンドローネ、しいてはあのドットーレも説明の仕方が変わってるよな。
いや、伝えたいことというのは分かるんだけど……付属する情報が多いというか、それでいて内容も少しばかり難解というか。
……要するに説明が長いってこと。
『えっと……スカラマシュさん?』
学者的な口調であったアルベドさんとは異なり、少したどたどしい印象を覚える少年の声。
旅人達はこの少年の事をドゥリンと呼んでいた。
かつてモンドを襲った悪竜と同じ名前──というか、生まれ変わったご本人とのことだ。
世界は驚異に満ちているとは言うが、何百年も前に故人……この場合は故龍と言うべきか。
そんな存在が紆余曲折もあり、此処で人型として、この世界に根付こうとしているのだ。
だが、彼も言っていたが、彼を慈しむ者がが手を差し伸べたからこそ、彼は此処に居る。
謂わば助けてもらった……仲間として受け入れて貰ったと彼自身が言っていた。
「ドゥリンさんか。アルベドさんの説明に何か不足があったのかな?」
『ち、違うよ? えっと……スカラマシュさんはファデュイの人なんだよね?』
「そうだね。執行官という立場上、それなりに偉い立場だとは思ってるよ」
「えっと……モンドの人達はよく言ってるんだ。ファデュイの人達は悪い人だから関わらない方が良いって。でも……僕は必ずしもそうとは思わないんだ。ファデュイにも好きで悪い事をしている訳じゃない人もいるし、たまに子供にお菓子をあげたりしてる人もいる……だからスカラマシュさんも悪い人とは思えないんだ」
「俺は君が思ってるほど綺麗な人間じゃないよ? 自分の利益の為に、無関係な人を傷付けてきたし、奪いもした……彼らの言う悪い事は一通りやって来たつもりさ」
人の世界というのは童話のように優しいものではない。
人には当人の輝かしい一面と同じくらいに暗く醜い一面がある。
彼らの利己的で、独善的で……或いは傲慢な一面を幾度見たかは分からない。
誰も綺麗には生きられない──俺もそうだ。
とうの昔に俺の手は汚れている、誰かの血は勿論、憎しみや悪意──そんなので塗り固められてしまっている。
でも、まだ彼には選ぶ時間がある。
なら──
「──ドゥリンさんにはどんな事をしてでも……極端な話、誰かを傷付けたり、誰かを貶めてでも叶えたい願い……目的でも良いかな。そういうのはあるかい?」
「えっと……僕は……」
「まだ、悩んでるなら無理に今、答えを出す必要はないよ。でも、覚えておいて欲しい。ドゥリンさんも生きていく中でその答えを出さなきゃいけない時が来る。他の誰かがどう思うかじゃない。君がどうしたいかという答えをね」
自分の命の使い方は自分で決めるものだ。
たとえ、それが燃え盛る火に飛び込む虫のような有り様でも、本人がその道を行くと決めたのなら、誰にも止められる謂れは無い。
ただ、その選択で発生する責任は全て自分のものとなる。
ただ、それだけの話──
『僕は……』
「悩む時間があるのなら精一杯、悩むと良いさ。きっと、君の周りにはそれを尊重してくれる人達が沢山いるだろうからね。彼らから得た学びは重要な要素になるよ」
『……スカラマシュさんは選んだの?』
「ああ。選んだからこそ此処に居るし、此処まで来たんだ」
俺にも選ぶ時間はあった。でも、俺はきっと大して考えずに選んだ。
無知のまま、聞こえの良い甘言に乗って、その先で地獄を見た。
たったそれだけの話、仮に物語にするとすれば何と面白味が欠けることか。
──でも、彼は違う。
彼も今、悩んでいる──自身の在り方、与えられた命の使い方を。
だが、彼には学びを与えてくれる隣人や友人がいるのだろう。
なら、十分過ぎるほどに悩んで……その果てで答えを出せば良い。
時間は有限と謂えど、彼には猶予がたんまりとあるのだから。
『……でも、スカラマシュさんもまだ選び直せるんじゃないかな? だって、スカラマシュさんは生きてる。だから……』
「……そうだね。まだ俺は生きてる……でも、そこまでの時間はもう残っては無いかな」
『スカラマシュさん……それは──』
「──ちょっと待った。アルベドさん、『月の狩人』が動いた」
『……ああ、此方からもエネルギーが集中しているのを確認できた。何かを仕掛けるつもりみたいだね』
「砲身の冷却も十分だ。今から第二射の準備に入るよ」
『分かった。ドゥリンも準備を始めて欲しい』
『う、うん……分かった!』
砲身のカバーが閉じ、タンクからはクーヴァキの流入が始まる。
そして、スコープ越しには旅人らと刃を交わしながらも、『月の狩人』の元へ影が集まりつつあるのが見える。
今の所、作戦は予定通りに推移しているが、あまり悠長にやっている余裕はない。
「……旅人、第二射の準備が出来た。合図があれば何時でも──」
淀む影が集まり、それはまるで帳のように岸辺を包んでいく。
程なくして耳の端末からは返事が返って来た。
『──成る程な、お前だったか』
「──っ」
それは本来、端末からは聞こえる筈の無い低い男の声。
それもその筈、当人は向こう岸で旅人達と死闘を繰り広げている筈だ。
この場にはいない筈なのに声から感じる威圧感に冷や汗が滲む。
『笑わせる。この程度で俺を仕留められるとでも思っていたのか?』
「……へぇ、その割には随分と悶絶してたみたいだけど?」
『虫ケラの割によく考えられた策だ。だが、お前ごときの力では俺は討てない』
「……おや、それはやってみなきゃ分からないんじゃないかい?」
通信に干渉……いや、クーヴァキを通して此方に干渉しているのか。
クーヴァキを吸収する事が可能ならば、当然ながらクーヴァキへ干渉だって出来る。
極端な話、あの空間の内にいれば月神の──コロンビーナの真似事も可能なのかもしれない。
『無駄なことを。退屈な殺戮が長引くだけだ』
「へえ、随分と強気だね。ついさっき、俺に胴体をぶち抜かれたばかりじゃないか」
『ほざけ……あの程度、俺を仕留めるには程遠い』
「……あらら、強がっちゃって」
いや、相手を俺が決定打だと誤認している……? 作戦の肝心の部分までは気取られていないという訳か。
ある意味、不幸中の幸いな状況ではあるが……
「で、……何でわざわざ他人の通話に割り込んできたのかな? 誰も相手してくれないからって、流石に痛いよ。色んな意味で」
『フン……仲間がこれから嬲り殺しに遇うというのに、随分と気楽な事を言う』
「生憎、仲間が死ぬのなんて見慣れてるものでね。それに……いくらなんでもそれは慢心が過ぎるんじゃない? 其処にいる彼らは、そんなヤワじゃないでしょ」
そう言い返しながらも、旅人達へ通信を試みても、彼らの声が聞こえる事は無かった。
加えて、未だ岸辺は影に呑まれたままで、彼らの姿を確認できない。
それこそ、まるで空間を削り取られた……いや、あの影の内は位相空間となっていると見て良いだろう。
アビスの力によって構成される固有空間……前に行った虹月の月髄があった空間に近いものだろう。
しかし、眼前の空間は敵を閉じ込める事に特化していると見て良い。
一度、その内へ呑まれたならば、空間の主が解放しない限り、脱出は不可能だ。
このままでは旅人の安否はおろか、敵の正確な位置さえも分からない。
『知り過ぎた者は生きることを許されない……お前もそうだ』
「はっ……それって君が分かりやす過ぎるのもいけないんじゃないかな?」
『抜かせ……こいつらを仕留めたら次はお前だ……』
加えて、旅人達を自らの領域に閉じ込めたとはいえ、あの四人をまだ仕留められてはいないようだ。
なら、まだ十分に勝機はある──
「……君ってやっぱり学ばないね」
『何?』
「そういうところじゃない? 君の大好きなソリンディスが愛想を尽かしたのは」
『……黙れっ!! お前がソリンディスの事を口にするな!!』
「おや、存外に的を得てるだろう? それに今の君がソリンディスに会ってどうするのさ? また、フラれにいくのかい? 前にも言ったけど、しつこい男は嫌われるよ? 継ぎ接ぎ君」
『……っ! 黙れェェェェッ!!!!』
「そう言う所だよ。俺が学ばないって言ってるのは」
作戦を遂行する上で、不慮の事態に備えて予備プランを用意するのは当然の事だ。
俺の役割は此処から『月の狩人』を狙撃して、旅人達の援護及びに本命から気を反らすこと。
そして、狙撃する事において最も重要なのは、敵の位置情報。
それさえ分かれば、視覚も聴覚といった補足情報は要らない。
「そんな学ばない君に一つ教えてあげよう」
『何……っ!?』
強烈な殺気とは別に微弱ではあるが、確かな雷元素の信号が身体へと伝わる。
どうやら──旅人は俺を信じてくれたようだ。
「なに、そんな難しい事じゃないよ。基本中の基本さ──」
ならば、その信頼には完璧に応えなくては、執行官の名折れというものだ。
「──どんな時も
引き金を引く指に迷いなど一つも無い。
この目に見えずとも相手の位置が分かれば狙撃は出来るのだから。
「なんだこりゃ?」
間の抜けた声でパイモンがその物体を手に取る。
「えっと……前にフォンテーヌで見た探索ユニットみたいだな……でも、とても脆そうだぞ……」
「おいおい、もうちょい大事に扱ってくれ。活性化させてないと実際、脆いんだから」
「これ……僅かだけど雷元素を帯びてる」
「えっ? そ、そうなのか?」
旅人は神の目を持ってなくても複数の元素を扱える。
そんな芸当が出来るのだ、僅かな元素を探知するのも容易いか。
「初めて会ったとき、君達の事を狙っていたのを覚えてるかい?」
「お、おう……確か雷蛍みたいなのが飛んでたぞ」
「まあ、似たようなものかな。結論から言えば、パイモンが持っているそれが遊星の本体なんだ」
「こ、これが本体なのか?」
「仕組み自体はとても単純さ。こいつに一定量の雷元素を流すと活性状態になって、内部に仕込まれた元素回路が起動する。回路の構造はオリジナルの丸パクリだけど、核には俺の血肉を使ってるから、俺の感覚で遠隔操作が出来るって訳」
「お、オリジナルの丸パクリって……こんな凄いのを作れるヤツがいるのか?」
「あぁ……そうか、君達はまだ直接、戦った事は無いんだったか。それのオリジナルを作ったのは『博士』だよ」
「あ、アイツが作ったものなのか!?」
「まあ、ドットーレからすれば、オリジナル自体が失敗作だったみたいで、興味を無くして捨てちゃったみたいなんだけどね」
稲妻の言葉に『捨てる神あれば拾う神あり』というものがあるが、まさしくこの事だろう。
つまり、リサイクルは大事ってこと。
「どうして、そんな物をお前が持ってるんだ?」
「ん? だって俺、ドットーレの元部下だし」
「はぁ!? お前、アイツの部下だったのか!?」
「部下って言っても下っ端の更に下っ端さ。当時の扱いなんて実験動物とか捨て駒くらいだよ」
「そ、それは……」
「そんな事情もあって、昔は良いように使われたって訳。それを手に入れた切っ掛けも失敗作の処分をぶん投げられたからだしね」
「……」
「まあ、俺の下積み時代の話は置いておいて、本題に入ろうか。この遊星が処理できる命令は主に四つ……『移動』『攻撃』『防御』『索敵』の四つだ」
「ということは……コイツを使って『月の狩人』を攻撃するのか?」
「残念ながら、今の『月の狩人』が相手じゃ、数秒の足止めが関の山かな。それに俺は邪眼を通して、これを動かす以上、ずっと使っているとガス欠になっちゃうよ」
今でこそ非活性状態にあるが、それでも構造の維持のために最低限度の雷元素を流し続けなくてはならない。
況してや戦闘時にら必要な元素量は倍以上に跳ね上がるのだから尚更である。
「じゃあ何故、これを私に預けるの?」
「第二射以降の保険だよ。ネフェルさんが彼の調査をした時に出会したみたいに、彼にはアビスの力を介して空間そのものに干渉することが出来ると見て良い。そして、君達を排除に躍起になれば、彼は自分の領域に君達を引き込む筈だ」
一対多数の戦闘において、各個撃破は鉄板である。
況してや、第二射以降は俺の狙撃も警戒する以上、早急に旅人らの各個撃破を試みるのは容易に予測できる。
「つ、つまり、これを使って脱出するのか?」
「残念だけど、君達を閉じ込めるつもりなら、相応の強度を持った空間を構築する筈だ。これ一体だけじゃ火力不足だね」
「じゃ、じゃあ、どうするんだよ? 『月の狩人』が旅人達を閉じ込めようとしたら……」
「そう狼狽えないでくれ。空間内部の強度が上がるという事は裏を返せば、外部からの干渉……簡単に言えば、外から入ってくる異物への抵抗が低くなるという事でもある」
アビスによって構築された位相空間は『月の狩人』の領域とも言える。
閉じ込められた者が外部へ出ようとするならともかく、自分から危険な空間内部へ入ることなど普通は想定しない。
そして、それは人間はおろか無機物にも同じ事が言える。
「そこでコイツの出番という訳さ。もし、敵が旅人達を自らの領域へ閉じ込めた場合、これに雷元素を流し込むんだ。そうすればこれは一種のソナーとして機能する」
「それって空間の外から『月の狩人』を攻撃するってこと?」
「話が早くて助かるよ。しかし、チャンスは一度だけだ。俺も辛うじて操作が利くギリギリの位置にいる上に、ただでさえ『月の狩人』の警戒度は最高潮に達している中で彼がこれを見逃すとは思えない」
「そ、それしか手段は無いのか?」
「少なくとも、俺が提案できる中で最も確実性が高い案だよ」
「……」
アイノさんの発明と、俺の射撃の腕に自らの命を──いや、他の者達の命を預けられるか。
当然ながら、保証できるのは口だけで、何か確約出来る物的な根拠があるわけでもない。
「……一つだけ聞く。当てられるんだよね?」
「そればかりは俺を信じて貰うしかないね」
「なら信じるよ」
そして、彼女は迷い無く答えて見せた。
その瞳には一切の躊躇いも、微塵の恐怖も見てとれない。
「……言った本人が言うのもアレだけど、よく信じられるね?」
「でも、君は応えてくれるでしょ?」
「……そうだね」
改めてだが、『召使』や『公子』が彼女の事を高く評価し、友好関係を保とうとする理由が分かった気がする。
つい最近までは互いに警戒し合う関係だったのが、偶然が重なったとはいえ、こうして肩を並べて戦うまでになった。
彼女を見ていて思ったが、彼女は自ら危険な道を進む傾向にある。
元来、人間というのは自らが負うリスクを最小限にしようと動くものだ。
しかし、そんな中で彼女は自ら危険な道を進み、その活路を切り開こうとする。
その姿はまるで──
「そういえば、パイモンは渾名はもう決めたの?」
「うえっ!?」
「渾名?」
「初めて会った後、パイモンがひどい渾名を付けてやるって言ってたから」
「へぇ……それは俺も興味があるかな」
「た、旅人! 今、そんな話はしなくても良いだろ!?」
意地が悪い笑みを浮かべながら狼狽するパイモンをからかう旅人を見て、少し苦笑いが零れる。
一時の共闘というの間柄である筈なのに、情に絆され過ぎている。
我ながら馬鹿馬鹿しいと思いながらも、その一方で別の形で出会えていたらと思ってしまう。
いや、だからこそタルタリヤもアルレッキーノも、旅人とは互いに相反する関係でありながら、彼女に親しみを持っているのかもしれない。
そして、彼らを見ていると思い出す。
かつて、俺もこんな取るに足らない話を仲間内で聞いたり、していたのだと。
「まあ、作戦が終わった後にでも教えてくれよ。大丈夫、それくらいで怒ったりしないからさ」
「なんでだよ!?」
今の俺を見て、彼らはなんと言うだろうか。
カッコつけてると笑われるだろうか、それとも──
『■■■』
その答えの無い問いは脳の深く──暗い闇の中へと沈んでいった。
──それは宇宙の暗闇の中で星が瞬いた閃光のようだった。
「い、今のは……」
双眸から血を流し、肩で荒い息を吐いていたネフェルが宙を見上げる。
視界が血で塞がりながらも、あの一筋の閃光の煌めきを感じ取っていた。
影に呑まれた筈の空間には閃光が穿った大穴が一つ虚空に空いている。
「グガアアッ!! アガッ……バ……カなぁっ……!?」
『月の狩人』の体に空いた穴から、まるで出血するかのようにみるみる内にエネルギーが漏れだしていく。
「グゥ……お……のれ……皆殺し……に……っ!? 」
彼の身体から漏れ出たエネルギーはある一点へ──描かれた黄金の陣へと吸い込まれていく。
「うぐっ……この力……覚えがある……!」
作戦の第二段階──流出する『月の狩人』のアビスのエネルギーを錬成陣を用いて盗み、ある一点へと集中させる。
その一点とは勿論──
「まさか……『黄金』レインドットの関係者がいるとはな!」
「ハッ……何の話かさっぱりだね……」
「抜かせっ!!」
『月の狩人』がその手に持った大槍を構え、こちらへと飛び掛かる。
「死ねっ!!」
「……っ!」
私だけならともかく、今のネフェルの状態じゃ……
その時、手の内の遊星に再度、光が灯り、まるで活性化した雷蛍のようにその手から離れる。
そして、迫る大槍の刃先の前に出ると、紫の障壁がそれを起点に発生した。
「なにっ!?」
『──よく耐えた、旅人』
ノイズが混じりながらも、耳元で聞こえる、向こう岸にいる者の声。
『さぁ、元締めの登場だ』
閃光によって穿たれた結界は、みるみるうちに霧散していく。
そして、虚空に空いた穴から入ってくる仄かな光──
「何──っ!?」
同時に無数の光弾が雨のように降り注いだ。
「お待たせ」
地面に降り立つコロンビーナから感じる強力なクーヴァキと静かな怒り。
「ハッ……俺の力を盗んで、俺を倒すつもりか?」
「そっちもクーヴァキを盗んだ……でしょ?」
「抜かせ……っ!?」
『月の狩人』が大槍を構えた瞬間、身体の至るところから血のような影が吹き出してくる。
それはまるで水風船に極細の穴が幾つも空き、その穴から水が漏れだしていくかのように。
「な、何故だ……力が……身体……制御が……利か……な……い……!?」
「クーヴァキは同じ波長のものは互いに反発する。今、貴方の中では残留したクーヴァキと撃ち込まれたクーヴァキが互いに反発しあって暴走している」
「うぐっ……があっ……!?」
謂わば、二つの磁石の同じ極同士を無理矢理に近づけているのと同じ理屈。
最初の狙撃で『月の狩人』の体内で彼と一体化しつつあったクーヴァキが先程の狙撃で流入したクーヴァキと反応し、その体内では制御不能の暴走を起こしている。
彼自身が内包するエネルギーを暴走させ、加えて身体のあらゆる組織を滅茶苦茶に掻き回している。
仮に、通常の生物でそんなことが起これば、たちまち身体は機能不全を起こし、死に至らしめる。
そんな状態にあって彼が生きていられるのは、アビスによるものなのか、それとも……
「うがああっ!? うぐっ……この虫ケラどもがぁぁぁぁ!!」
「無駄」
苦し紛れに伸びた影の腕はコロンビーナへ届くことなく、その全てが撃ち落とされる。
前に圧倒されていたのが嘘と思えるぐらい、一方的な戦闘。
その事実は私達を安堵させ──彼のタガを外すには十分すぎた。
「うがああアアアアアアア!!」
絶叫と共に『月の狩人』が自らの内から漏れ出た影へ呑まれていく。
彼を呑み込んだ影は風船のように膨れ、有機的な鼓動を轟かせる。
「これは……」
『……っ!! コロンビーナ、離れろ!!』
対岸にいる『散兵』が声を荒げる。
先程までの冷静沈着の様子とは打って変わり、その声からは強い焦りが感じ取れる。
まるで、この後に何が起こるか分かっているかのような──
「コロンビーナ!!」
「うん」
彼女は言う通り、膨れる影から離れ、私達の傍らへと降りてくる。
そして、その瞬間──影が内から爆ぜた。
「旅人……アレは……なんだ?」
「……分からない」
「これは……なんとおぞましい」
「ハッ……フリンズでさえこう言うんだ。きっとさぞかし、酷い有り様なんだろうね……」
まるで血のように影を撒き散らしながら、それは産声──怨嗟の叫びを挙げる。
「ソリン■■■!! ■■へ■■■だ!! ■■を■■■■■ナァァァ!! 」
それは蛇──否、まるで芋虫を思わせるような外観に生理的な嫌悪を抱かずにはいられない。
ナタで戦ったアビスとはまるで違う……もっと生々しく、まるでそれ自体が生きているかのような……
「……っ! 旅人、アレを……」
『月の狩人』……いや、あの怪物から滲み出た影が地面へ落ち、血のような粘度を持つそれからは腕が伸びる。
そして、また別に滴り落ちた影からワイルドハントの亡霊が這い出てきた。
「……ラウマはネフェルを連れて離れて」
「し、しかし……」
「当初の作戦ではこのような事態は想定していません。万が一にの事態に備えて、情報は必ず持ち帰る必要があります」
「……分かった。ネフェル、此処は一度離れよう。そなたの目も応急措置が必要だ」
「……ああ」
「今、二人をファルカの所に送るよ」
コロンビーナがそう言うと、二人の足元が輝き、二人の姿が一瞬にして消える。
「さて……僕達も抗ってみせましょう」
「■■■■■アア!!」」
「……させない!」
コロンビーナから放たれた光弾が怪物の身体を穿ち、被弾箇所からは血のような影が漏れ出てくる。
そして、漏れ出た影からは無数の影の腕が伸びてきた。
「コロンビーナ!!」
「──油断するな」
青い焔が影を焼き払い、伸びた腕が霧散していく。
「ダイン!」
「……なんとも醜い姿になったな。レリル」
「■■■■■ァァ!!!! ■■ン■■イヴゥ!!」
怪物の突進を避け、腕を横に振ると青い炎弾が怪物の腹を穿った。
「これは……」
「ダイン。一体、『月の狩人』に何が……?」
「……端的に言ってしまえば、ヤツの身体を構成していたアビスが暴走している。アビスは自らの存続を最優先とし、その動きは最早、アイツにも制御する事が出来ないのだろう」
「そんな……」
「それにヤツから漏れ出すアビスも同様に異常に活性化している。このままではこの地域はおろか、各地にまで汚染は拡がるだろう」
ダインのその言葉を聞いて脳裏に浮かぶのはナタでのあの光景。
闇に蝕まれ、人や竜が無惨にその命を散らしていったあの光景が──
「……何か策は?」
「アレはレリルの内のアビスが暴走した姿……一時的とはいえ、ヤツとアビスの結び付きを極限まで弱める事が出来れば……」
「……私の今ある力を全て出し切れば可能かも」
「やめておけ。それではお前の存在そのものが保てなくなるぞ」
「でも……」
『仲間外れは良くないなぁ。俺も入れてくれないと』
「スカマラシュ……」
『話は聞いていたよ。要は滅茶苦茶、高出力のクーヴァキをぶつけてやれば良いんだろう? なら、その役は俺が買うよ』
「……だが、先程のでは威力が足らん。中途半端な威力ではより被害が拡大する恐れがある」
『勿論、分かってるよ。今からコイツのリミッターを外して、クーヴァキの出力を限界にまで引き上げる。アイノさんには申し訳ないけど、次がコイツにとって最後の一発だ。それで確実に決めてくれ』
「ですが……アイノさんは貴方にクーヴァキの暴走時の危険性を熱弁していた筈です」
『そうだね……でも、ヒーシ島を不毛の焦土にするよりはマシさ』
「……私達は何をすれば良い?」
『チャージ中は可能な限り、あの化け物をその場に留めておいて欲しい。そして、一瞬だけで構わない。その動きを止めてくれ』
「スカマラシュ……」
コロンビーナの声には不安……いや、何かへの恐怖を感じる。
『大丈夫さ。それに折角、サンドローネにも君のお茶会参加の許可を取ったんだ。それを反故にするつもりは無いよ。だから、コロンビーナも早まらないでくれよ?』
「……うん。スカマラシュも絶対に死んじゃダメだよ?」
『善処するよ』
「■■■■ガア■■■■ァ!! !! ■■■ルフェ■■■!! レイ■■■■!! ソリ■■■ス!! 」
最早、声に成らない慟哭の叫びに答える者はいない。
彼は今、ナド・クライ……いや、テイワットの全ての者にとっての脅威に成り果てた。
然れど、この戦いは後世に詠われるようなものにはならないだろう。
英雄も詩人も、罪人でさえ、いつかは眠りにつく……ならば、歴史に埋もれさせれば良いのだ。
全く、人の人生というヤツは分からないものである。
憧れと欲でファデュイに入っただけの子供が、紆余曲折もあって執行官となり、今となってはナド・クライの──ひいてはテイワットの命運さえも懸かった戦いに身を投じている。
とはいえ、端からそんな展開を望んだわけでは無かった。
別にこの地を救おうとしているわけじゃない、あくまでも友人を助ける……それだけの話だった。
ただ、それが結果的にナド・クライ──テイワットを救う事になる、それだけの話。
ただ、スコープの先に居る敵を撃つ……この場においても俺のすべき事は変わらない。
「悪いね」
空いた片方の手で小銃の引き金を引き、砲に繋がったケーブルの先──説明書では安全装置と記されていたパーツを撃ち抜く。
中央回路を穿たれた機構は排気フィルターから黒煙を吐き、その機能を停止する。
後はコイツの弁償代だが……請求先はウチのヤニカスパンタローネへとしておこうか。
「クーヴァキチャージ開始」
スコープの先ではコロンビーナが光弾を放ち、旅人、フリンズさん、ダインスレイヴさんがその後に続く。
今更ではあるが、本当に多くの人々と出会ったと思う。
そして、その切っ掛けこそ──
「モジュール全点接続、エネルギータービン全開」
砲へ流れ込む濁流のようなクーヴァキにより砲身が光を帯び、チャージ量を示す値は凄まじい勢いで上昇する。
そうして、あっという間に先程までの出力まで到達すると、赤く記されたその向こう──アイノさんが言った危険域の数値へ突入する。
「安全弁全閉鎖、出力105……110──」
高濃度クーヴァキによる干渉で照準器の視界が荒れ始め、砲身からはスパークの火花が散った。
「115……120──」
『──スカ──マ──ュ──通──が』
荒れ狂う嵐のようなノイズが耳に突き刺さり、砂嵐のような照準器の乱れが目に焼き付く。
「125……130──」
危険域の最高値に到達した瞬間、部品の一部が爆ぜ、その破片が腕に突き刺さる。
「ぐっ……」
鈍い痛みと腕から流れる血の感触──それでもグリップからは手を離さない。
そして、邪眼から引き出した雷元素を砲身へと流し込む。
前にサンドローネが言っていたクーヴァキの特性──水元素を通して.雷、草、岩の三つの元素と高い親和性を持つというもの。
事前にモジュール内のクーヴァキは水元素と混ぜて安定化させてある。
ならばこの理屈は、今の状況下でも当てはまる筈だ。
だが、然れど焼け石に水──尚も膨れ上がる膨大なエネルギーは既に暴走寸前だ。
そして、遂には手元で起こったスパークによって照準器のレンズが割れ、飛び散ったレンズの欠片が頬を切り付ける。
今にも爆ぜそうなレールキャノンと、血が滴り落ちる頬と腕。
それでも、思考は変に思える程に穏やかだった。
後になって思えば、何故、この時はここまで冷静でいられたのだろうか。
無論、彼らを信頼していない訳ではない。
寧ろこの状況において最も頼りになると言い切って良いだろう。
だが、どうしても普段は最悪な結末を想定せずにはいられない。
更には、照準器が破損した絶望的な状況、況してやレールキャノンはオーバーロードで今に爆発しそう状態だ。
モーターの悲鳴と砲の振動で揺れる中、迷うこと無くトリガーへと指を掛ける。
次なんて無い──外せばそれっきりだ。
ただ、客観的に言えば、今、この時は──
スパークの火花と砲の振動の向こう側……微かに見える白い月光のような光。
「──これで決める」
──自分と彼女達を信じる事にしたのだ。
『■■■』について……
■■■■■■■■(深淵の声は人の耳では解読できない)