『お祭り』について……
俺みたいなひ弱な孤児はギャングの一員にもなれない。仮に迎え入れられたとしても、迎え入れた側も破綻寸前か、或いは最初から捨て駒としてだよ。……まあ、後者に至ってはファデュイもそんなに変わらなかったけど。だから、こういう日はモラを稼げる日……としか認識してなかったんだ。一枚でもモラが多ければ、寒さを凌げるし、飢えることも無いからね。
うわあ、なんだか凄いことになっちゃったぞ……
卓上に置かれた見飽きた書類の山とは違う、細かな傷はおろか、紙のヨレの一つさえ無い一枚の手紙。
それだけで特別な物だと分かるが、中でも特に目を引く記載がある。
それは手紙の締め──送り主の名を書く項である。
差出人の名前はアナスターシャ・フョードロヴナ・スネージナヤ──その名は俺達、ファデュイはおろか、スネージナヤの全国民が付き従う『氷の女皇』その人のものであった。
当然、いきなり差出人が女皇の名の手紙が来たとなれば、偽造を警戒する。
何せスネージナヤ内外の活動おいて、ある程度までの独自裁量が認められている執行官といえど、女皇の一存に対しては絶対服従の義務がある。
そもそも、俺やサンドローネ、この場にはいないが、アルレッキーノもナド・クライへやって来たのは女皇の命があったからこそだ。
そして、件の手紙の内容としては──元ファデュイ執行官第三位『少女』の捜索の打ち切りの通達、そして『月の狩人』事件の終息における『召使』、『傀儡』、『散兵』の3名の執行官の尽力への感謝を伝えるものだった。
女皇直筆であろう署名と共にスネージナヤの印が押されている以上、偽造とは考えにくい。
「思えばだけど……コロンビーナの捜索は表向きの建前で、本国としてはドットーレの調査をしたかったかのもしれないね。如何せん、少し回りくどいやり方だと思うけど……まあ、ドットーレの事を考えればやむを得ないか」
「ええ。私より前に此処に着任したのはドットーレだし、古月の研究で何かと独断で行動する事ばかりだったから……『月の狩人』の一件で疑いが確信に繋がったって所かしら」
アルレッキーノの口添え……いや、それよりも遥か前から彼に対しての疑いはあったのだろう。
事実、カピターノもナタへと発つ前に言っていたように、自身の研究については、自らが仕えている筈の女皇にさえも内密に行なっていた。
その原動力はスネージナヤの──正確には女皇の意志とは異なる……もっとドットーレ自身の中にある原始的なもの。
ならばこそ、其処に齟齬が生まれるのは必然だったと言えよう。
そして、コロンビーナの捜索という勅命の裏で、古月の月髄の奪取の画策に加え、『月の狩人』の一件での行動により、本国も重い腰を上げざるを得なくなったという訳だ。
「あくまで聞いた話に過ぎないど、ドットーレの尋問はファデュイ内務局が直々に行なうそうよ」
「ヒエッ……向こうもかなりガチじゃないですか……」
ファデュイ内務局──彼らはファデュイ内部における監査業務を担当する存在であり、組織内における規則への違反行為を取り締まるというのが表向きの職務だ。
しかし、今回のようにファデュイという組織──ひいては氷の女皇に対する反逆行為や、それが疑われる事案が発生した場合、彼らが裁判の相手は執行官にまで及ぶ。
そして、裁判で彼らが有罪と判決を出せば、女皇の名の元に被疑者を粛清、若しくは厳罰を課す権限を持つ
況してや、ドットーレは女皇から直々の帰還命令が出されている。
そこまでして、彼に無罪放免といった判決が下されることはまず有り得ないだろう。
「フン、こっちとしては清々するわよ。本当ならこのまま消えて欲しいけど……まあ、禁固刑でも出されれば、私達の溜飲も少しは下がるものでしょ」
「まあ、それは同意する所だけど……コロンビーナの捜索も打ち切りとはね」
「女皇陛下の元から離れる以上、あの子もある程度の代償を払っているもの。だからこそ、陛下も無理に連れ戻す気は無いって事でしょ?」
「それは分かるけど……」
コロンビーナの捜索──それは俺がナド・クライへ赴く事になった目的だ。
ファデュイの執行官となった時も、それはそれで多くの人物と会ったが、本当の意味で外の者達と会うことになったのはこの任務が切っ掛けだろう。
モンドの西風騎士団、対立関係にあった『霜月の子』、フリンズさん達ライトキーパー──そして、あの旅人。
俺達にとっての彼らは敵、若しくは脅威の対象でしかなかった筈だ。
でも、『月の狩人』事件では協働、あろうことか共闘し、同事件を終息させてみせている。
そして今、この瞬間にも──
「それと……本当についさっきだけど、アルレッキーノから連絡があったの。儀式は無事に成功したって言ってたわ。そして、後はお騒がせの迷子娘を迎えてやるだけだって」
「……っ、そっか……あぁ、そうか……」
突然のカミングアウトのせいで、思わず手の内のカップを落としそうになる。
これで床に紅茶をぶちまけようものなら、目の前の相手が激昂ツンデレーネに変貌してしまう。
折角、こんなにも良い知らせを聞けたのだ、彼女にはこのまま心中穏やかにいて貰いたいものである。
「まったく……ずっと迷惑を掛けておいて、最後の日まで迷惑を掛けてくれるんだから」
「……ハハッ、そう言う割には口の端が上がってるよ」
「……っ、そ、それは貴方の幻覚よ。疲れてるんじゃないの?」
「確かに此処へ居残ってアルレッキーノの分の仕事まで片付けてたけど、君ほどじゃないさ。君に至っては数日分の仕事まで片してたじゃないか」
しかも、その割には普通に元気そうなのだから、是非ともその元気を分けて貰いたいものだ。
つまり、俺のライフはもうゼロという事。
「なっ……へ、別に……ただ、片せるなら早めに片してた置いた方が良いって考えただけよ」
「そうだね、おかげで俺達、3人が久方振りのフリーだ。これで祭りにも間に合うね」
「ま、祭りの為じゃないわよ! 私だって、少しは落ち着いた時間が欲しいの。……そのついでに最後くらいはあの子と少し話をしてあげても良いと思った……本当にそれだけよ」
「……ああ。そうだろうね」
『祈月の夜』の後、月へ帰ったコロンビーナと再会する事は最早、叶わない。
況してや、彼女のように長く生きれない俺は尚の事だろう。
それに、コロンビーナが帰った後もファデュイは『厳冬計画』を強行し、ヤドリギを育んでいる。
当然ながら、今後の俺達を取り巻く環境は更に厳しいものとなる。
俺達が打ち倒そうとしているものはそれ程までに強大な──謂わば現行の世界の根幹そのものなのだ。
今回はドットーレのようにとはいわないが、自らの立ち振舞いが自らの首を絞めかねない──聡明な彼女の事だ、俺が言及せずとも百も承知だろう。
「……ねえ、貴方は休暇はどうするつもり?」
「そうだね……どうしようかな」
女皇からの手紙には今回の一件の褒美として、一定期間の休暇が与えられる事になっている。
尤も、なんだかんだで、働き詰めだった日々のせいか、休暇というものに違和感を感じるまでになってしまっていたのだが……
「サンドローネこそ、どうするつもりなのさ? ある意味、俺以上に貴重な休暇だろう?」
「そうね……私は一度、フォンテーヌに帰ってみようと思ってるの」
「フォンテーヌね……」
「ええ。里帰り……なんて言う程ではないけど、私も……私の中での誤謬と向き合ってみようと思うの。その原点はきっと……其処にあるだろうから」
前に彼女とある任務で共に協働した際、彼女はフォンテーヌの『奇械公』アラン・ギヨタンによって造られたと言っていた。
彼が彼女に与えた最初の名前も、名前と自身の由来となったのはエリナスで亡くなった彼の妹でもあることも。
「誤謬ね……そんなに悪いことなのかい?」」
「……貴方はいつか失うなら、最初から持たなければ良いって思ったことはない?」
サンドローネは俺以上に多くの人々と出会ってきた事だろう。
そして、同時に多くの人々がいなくなるのを見送ってきたという事でもある。
その背景を鑑みれば、彼女の言う通り、最初から何も持たなければ何も苦しくない──確かに筋は通っている。
でも、人間という生き物は論理的に正しい答えを必ずしも良しと出来ない。
怒りに任せ、我を失うように、喜びに震えて、素が出てしまうように。
全く以て非効率的な自分の感情──謂わば精神から多大な影響を受けてしまう。
だからこそ──
「別に誤謬ばかりで良いんじゃない? それが人の人生でしょ?」
「……スカラマシュ、私は──」
「──確かに君の身体は生身ではなく、機械だ。でも、こうしてお茶を飲んで、ついさっきは機嫌良く話していたじゃないか。その時点で十分に人間ってやつを謳歌してると思うよ」
元来、人間は効率性を模索するが、決してそれが100%に至ることは無い。
もはや、懸念にも挙がらないであろう小さな要因──それだけで完成されたシステムというのは瓦解する。
「それに……人生なんて、結局は誰もが後悔だらけ。それの何が悪い?」
「……それは貴方も?」
「勿論さ。俺はずっと後悔ばかりだよ。だから、此処まで来たんだ」
「……っ」
過去の後悔にいくらやり直しを願っても叶わない、失くしたものは返ってこない。
だからこそ、彼女が始めに言った事も、あながち間違いではないのだろう。
でも彼女自身も、そう考える裏で、それは違うと燻っているものがある。
きっと、それは全く論理的ではない──彼女の感情ではなかろうか。
彼女がどちらを選ぶのかは、俺にも分からない──でも、今回の一件は俺もそうだったように、彼女にも確かに影響を及ぼしている。
後は完全に彼女の選択次第──
「──スカラマシュ、一つ頼んで良いかしら?」
「ん、なんですかい?」
「さっきの休暇の話だけど、休暇にフォンテーヌに帰るって話したわよね?」
「話してたね」
「貴方も一緒に来て頂戴」
「オーケー……いや、何だって?」
「だから、貴方も一緒に私とフォンテーヌに行くの」
「えっ、急展開過ぎません?」
ホワイサンドローネサン? ……いや、マジで唐突すぎて理解が追い付いてないのだが。
「あら、友人の一人を自分の里帰りに招待するのがそんなに不思議かしら?」
「えっと……どうなんですかね?」
というか、仮に彼女と共にフォンテーヌへ行くとして、そこで何をさせるつもりなのだろう?
確か、フォンテーヌでも映影祭というイベントが近付いているそうだが……
「……ちなみに俺に演技力を期待するのは間違いだよ?」
「は?」
まさかの『何言ってんだコイツ』みたいな顔で見られてしまった。
どうやら、映影祭は共にフォンテーヌへ行く目的に掠りもしてないらしい。
「あのね……まあ、良いわ。貴方って肝心な所はてんで駄目だものね」
「……えっと、ごめんなさい?」
アレ? これって俺が悪いの? 俺って肝心な所が駄目なの?
「……貴方に、私が生まれた場所を見て欲しい。理由はそれだけよ」
「生まれた場所……」
それは正確には彼女が造られた場所──『奇械公』アラン・ギヨタンの工房の事だろう。
「……理由を聞いても?」
「そう特別な事じゃないわよ。貴方にだったら見せても──いえ、貴方に見て欲しいの。そうすれば……きっと、私も結論が出せるから」
……何というか変な感じだ。
別に行きたくない……という訳ではない、敢えて言葉にすると、恥ずかしいというか……畏れ多いというか。
「……何か土産とかいる?」
「フフッ……別に要らないわよ。晩年のアランもそういうのは好まなかったもの」
「左様ですか……」
「……そうだ。もう一つ、貴方に頼んでも良いかしら?」
「あい、何をお望みで?」
「貴方の名前を教えて頂戴」
「スカラマシュ」
「……言い方を変えるわ。貴方の──執行官としてではない、一人の人としての名前を教えて頂戴」
「これまた唐突だね……これも理由を聞いても?」
「前に私の名前を教えたでしょ? その時は聞きそびれたちゃったし、不公平じゃない。私だけ知らないのは 」
「……そういえば、そんなこともあったね」
その時は、スネージナヤ本国からある秘境の調査任務を受け、俺とサンドローネは列車に乗って、目的地へ向かっていた。
その道中で闇域に入り込み、命からがら脱出した後には、猛吹雪の中で遭難し……と、紆余曲折もありながら、最終的には成功させてみせた。
この時の話は……機会があるならば、誰かに話すこともあるだろう。
まあ、そんな思い出話はさておき……コロンビーナといい、彼女といい、何故に俺の名前などが気になるのだろうか。
彼女らのソレとは比較にすらならない程に価値が無いものである筈なのに。
「君も物好きだよね……」
「そうかしら? 私以外にも知りたいってヤツはいるんじゃない?」
「……そういえば確かに一人居たね」
思えば、あまり感情任せに約束をするものではなかった。
とはいえ、約束をしたのなら守る……それは至極、当たり前の常識だ。
それが、もう再会が叶わない相手なら尚の事だろう。
「教えても良いけど……悪いね、まずは先約があるんだ」
「……フン、そう……あの子にどうやら先を越されていたみたいね。……構わないわ。今回ばかりはあの子に譲ってあげましょう……でも、そうね──」
一瞬だけ、ムッとした表情を浮かべた彼女はすぐに微笑む。
それはまるで楽しい悪戯を思い付いたかのような──それでも、一切の繕いが無かった。
「この場で私の名前を呼んでくれるのなら、その先約を認めてあげる」
「サン──」
「──そっちじゃないわよ」
まるで予想してたと言わんばかりに逃げ道を塞ぐサンドローネ。
彼女の執行官としての名ではなく──彼女を造ったアランから最初に貰った名前。
名付けた本人は自らのエゴと業を彼女に背負わせるのを嫌がったのか、彼女をその名で呼ぶことは再度無かったそうだ。
尤も、当の彼女は執行官としてではない活動においては、度々、この名前を使っているそうだが。
「……まさか、忘れたなんて言わないわよね?」
「いや、ちゃんと覚えてるよ……ただ……その……」
言葉の通り、覚えている……だが、こうして面と向かって呼ぶとなると、何というか形状し難い恥ずかしさが滲み出る。
「駄目よ。ちゃんと呼んでくれないと」
逃げ道はない──というか、道は前にしかない。
ええい、ままよ────!
「………………テ」
「あら? 聞こえないわね。もう一度、呼んで」
「……っ、……ネッテ……」
「もう一回」
「──マリアネッテ」
……これぞ、まさに顔から火が出るというヤツだろうか。
「──もう一度、呼んで」
羞恥のせいか、思考が上手く回らない。
なんだかんだで貧乏くじを引くイメージの彼女だが、この場において状況を支配していたのは間違いなく彼女だ。
でも、今の彼女は全く以て憤慨していない、むしろ──
「──あっ」
──彼女はこういう風に笑うのか、とその笑顔が脳の奥まで焼き付くような気がした。
だから……だろうか、次の言葉は自然に出た。
「──
「フフッ。そう呼ばれたのは随分と久しぶりだけど……良いものね。自分の名前を呼んで貰えるのって」
祭りとは賑やかなものである、それは知識として俺も理解していた。
色々な出店が並び、売り文句に買い言葉──喧騒が絶えない、混沌的な場。
とはいっても、別に人が多い所が苦手という訳ではない。
それに、此処では少なくとも誰かの断末魔や悲鳴が飛び交う事はない。
それだけで良い価値がある……俺はそう思う。
今、スネージナヤは『厳冬計画』の下、生活に必要なエネルギー資源が国家の厳格な管理下に置かれている。
無論、不正やら横領といった不祥事もあるが、大半の者にとって今を乗り越えるのが精一杯という状況。
商いはおろか、祭りなどを催す余力などある筈が無かった。
でも、かつて仲間の一人が言っていた。
故郷の村の謝肉祭では美味しいものが一杯食べれて、皆が楽しそうに笑っていたと。
多くの者にとって、祭りとは楽しむものであると。
そして、それは隣の彼女も例外ではないようだ。
「くっ、こんな筈じゃ……」
「おっと、残念! 後、一発ね!」
玩具の銃から打ち出されたコルクは無情にも標的を撃ち倒すこと無く転がっていく。
「……サンドローネ?」
「黙りなさい。後、もう少し……右にずらせれば……」
駄目だ、完全にコンコルド効果に陥ってやがる。
確かに彼女の言う通り、右にずらせれば景品の重心はズレて倒れるだろう。
だが、先程からの射撃を見る限り、どうも景品の裏には支えのようなものがある。
撃ち出されるコルクの威力からして、素の状態で倒すというのはまず、不可能だろう。
実際、簡単に倒せてしまったら、店主の方も商売あがったりだ。
それにしても……意外だな、サンドローネが動物のぬいぐるみに興味を持つなんて。
「今度こそ……私の演算通りなら……っ!」
バネが跳ねる音ともに打ち出されたコルクは景品の左側に衝突し──軽い音ともに弾かれた。
「惜しい! お嬢ちゃん、もうちょいだったね!」
「くっ……こんな筈じゃ……」
結果、全弾命中はしたとはいえ、目的の景品──モサモサアナグマのぬいぐるみを落とすには至らなかった。
「よし、次は坊やの番だ!」
「やるぞ……!」
サンドローネの後ろに並んでいた子供が銃を取り、引き金を引く──しかし、結果は変わらない。
「残念! 倒れなかったな!!」
「うっ、そんな……」
「お兄ちゃん……」
少年の後ろにいるのは……彼の妹だろうか?
そして、少年が狙っているのはモコモコ駄獣のぬいぐるみのようだが……
「残念! 外れ! 後、一発ね」
「お兄ちゃん……駄目……?」
「ま、任せろって……兄ちゃんが取ってやるから」
しかし、現実とは常に非常なものである。
決意を固めたからといって、それが叶う保証など無いのだ。
「──残念! 」
「ううっ……」
「お兄ちゃん……」
妹の期待を裏切ってしまったというのは、少年にとって耐え難いものなのだろう。
端からでも両者の瞳が潤んでいくのが分かる。
しかし、まあ……隣の同僚のように大人をカモにするのはともなく、子供も楽しく遊ぶ祭りで大人げないのは頂けない。
加えて、元より倒せるように出来てないのだ──これは少しお灸を据えても文句は言われまい。
「……おじさん。俺も良いかな?」
「おっ、さっきのお嬢ちゃんと一緒にいた兄ちゃんか。兄ちゃんも挑戦するかい?」
「そうだね……リベンジマッチって所かな」
「あいよ。じゃあ400モラね!」
流石、無法のナド・クライで生きる商人、金にがめついのは誰でも同じか。
主人の手にモラの金貨を乗せ、銃とコルクを受け取る。
合計5発……確かに正攻法でアレらを倒すには不足だな。
「それじゃ……簡単な所から片していこうか」
普段、扱っている小銃とは比べ物にならない程に軽い銃を構え、台座の角を狙って引き金を引く。
ポンっと軽い音で吐き出されたコルクは台座の角に当たるとその軌道を変え、一段目のお菓子の列を倒していく。
倒れたお菓子が隣のお菓子を、そのお菓子は更に隣を──さながらドミノ倒しのような光景だ。
そして、瞬く間に一段目に並んでいた景品が全て倒れた。
「へっ……?」
「まずは一発……じゃあ次、行こうかな」
呆気に取られた店主を他所に、もう一度同じ要領で構え、引き金を引く。
今度は景品と支え間を反射させ、横方向へ薙ぎ倒していく。
「はい、二発目もおしまい。どんどん行こうか」
「に、兄ちゃん? ちょっと待ってくれるか?」
その言葉を無視し、引き金を引く。
コルクで押し出された箱は周りの景品を巻き添えにして倒れていった。
「良いね、じゃあ、次は上」
吐き出されたコルクは台座の底へ当たり、上方向へ跳ねていく。
「おわっ!?」
照明に当たって跳ね返ったコルクは重力の影響を受けて加速し、次々と景品を傾けていく。
重心が傾いた景品達は互いの後を追うように倒れていった。
「さて、後はぬいぐるみ2つだけか」
そして、最後の段──それはサンドローネとちびっ子達を破ったぬいぐるみ2体である。
まあ、目玉景品でもあるからか、これの支えはちょっとやそっとでは崩れない。
正攻法で落とすにしても、多くの時間とモラが必要となるだろう。
無論、正攻法でやればの話だが──
「じゃあ、最後も軽くコンプリートしようか」
銃口にコルクを詰め、二体のぬいぐるみの後ろ──鋼鉄の支えへ狙いを定める。
そして、引き金を引くと──撃ち出されたコルクは支えに跳ね返り、ぬいぐるみの背後を押していく。
しかし、先程まで薙ぎ倒していた景品の倍以上の質量を持つソレは倒れず、少し押し出されるのみだった。
「さ、流石の兄ちゃんもコイツらは……」
「おっと、まだ勝負は終わってないんじゃないかな?」
「へ?」
その瞬間、まるで後ろから何かに押されたかのように、二体のぬいぐるみは地面へ向けて倒れていく。
そして、台座には大きな鉄の板のみが──
「──お、お見事!! い、いやぁ……か、完敗だ!」
「ハハッ……そうか。じゃあ、全部俺の物で良いんだね?」
「あ、あぁ……持っていってくれ……」
その鉄板を隠すように大振りな動きをする店主を見ていると、少し大人げなかったと自省する。
こんなことなら、もう少しだけ店主に期待を持たせても良かったか。
最後の手品は至って簡単だ、コルクに雷元素を流し、ぬいぐるみを帯電させた。
同じ極同士で帯電されたぬいぐるみは互いに反発し、あたかも押されたように倒れたという訳である。
「そうそう、今夜は折角の祭りなんだ。もう少し良心的でも良いんじゃないかな?」
「は、はい……」
しょぼくれる店主を他所に、獲得した戦利品を眺める。
キャンディの詰め合わせや、月の形を模した玩具……そして、二体のモフモフなぬいぐるみ。
うん、キャンディはともかく……他は要らんな。
「ねえ、そこのブラザーズ?」
「えっ? な、何……?」
少し馴れ馴れしかったか、警戒した様子で少年が答える。
そして、まるで妹を守るかのように前へ立つ姿に少しだけ苦笑いが漏れる。
「さっきの射的の景品なんだけど……こんなには持ち帰れないからさ。コレ、あげるよ」
そう言って渡したのはモコモコ駄獣のぬいぐるみ──彼が狙っていた獲物だ。
彼の後ろにいる妹が、ぬいぐるみを見て目を輝かせる前で、少年は半信半疑といった様子で問う。
「えっ……い、良いの?」
「ああ。別にぬいぐるみを集めてる訳じゃないからね」
「で、でも……それはお兄さんが取った……」
おや、この少年はナド・クライに住んでいる者にしては珍しく、遠慮というものを持ち合わせているらしい。
……俺の風評を広めている面々には、是非とも彼の爪の垢を煎じて飲んで頂きたいものである。
「う~ん……そうだね。一つ、俺が昔……友達に言われた事を教えてあげよう」
「えっと……?」
「自分だけなら幾らでも泣いても良い。でも、自分のせいで大切な人を泣かすのだけは絶対に駄目だ。どんな手段を使ってもね」
「……っ」
「妹さんには泣いて欲しくないんだろう?」
「……うん」
「なら、泣かしちゃ駄目だね」
「うん……ありがとう、お兄さん」
そして、ぬいぐるみを受け取った少年は目を輝かせていた妹にそれを手渡した。
跳ねるように喜ぶ妹を窘めながらも、先程までの陰鬱な表情ではなく、確かに笑っていた。
「……」
前にサンドローネ達が俺の誕生日を祝ってくれたが、同様に俺自身も祭りというものを楽しむ側に回ったことはない。
一枚のモラすら惜しい生活をしてた俺達にとって、祭りとは稼ぎ時以外の何者でもなく、その稼ぎも寒さを凌ぐ為の燃料や食い繋ぐ為の食糧へ消えていく。
少なくとも、当時の俺はそれが当たり前であり、特に何かと思うことも無かった。
だから、それをこなせているだけで……俺達は幸せだった──その筈だった。
「フン……随分と優しいのね」
「おや、子供には優しくする……それは大人の鉄則じゃないかな?」
「あら、貴方の口から大人の鉄則なんて言葉が出るなんてね」
そう余裕綽々の様子で言う彼女だが、ついさっきまで射的屋のカモにされていた身である。
それでいて、後ろにいた子供達が霞むレベルで憤慨していた。
つまり、サンドローネは子供ってこと。
「……何よ?」
「いや、暖かい目で見てるだけ……ぐえっ」
「あら、此処に変な目でレディを見てくる変質者がいるわね。警備に突き出してやろうかしら?」
「ひょっと、はへて……ほんほにひはい……(ちょっと、止めて……ホントに痛い)」
というか、突き出される警備員も身元確認したらファデュイの執行官でした……とか、普通に混乱するだけだろうに。
フォンテーヌでタルタリヤが収監された時も大騒ぎになったのだ。
異国で彼の二の舞を演じるのは御免被りたい所である。
「まったく……」
「イテテ……ほら、サンドローネにもあげるよ。めちゃくちゃ狙ってたでしょ?」
「……何よ? 今度は子供扱いする気?」
「そんなんじゃないって……俺が持ってても無用の長物だし、ここは普段からお世話になっているサンドローネ様に感謝を伝えようと」
「そうね。普段から迷惑を掛けられてるわね」
「……ま、まあ、折角の祭りだし……記念品もあっても良いでしょ?」
いや、確かにぐうの音も出ないぐらいの正論なんだけどさ……そんなにキッパリ断言しなくても良いじゃない。
「フフッ……まあ、良いわ。貴方がくれるって言うなら、貰っておいてあげる」
「そりゃどうも……動物が好きなのかい?」
「ええ。犬、猫、羊……モフモフの動物は特に」
だから、モサモサアナグマのぬいぐるみなのか……いや、モコモコ駄獣でも満足はしたんだろうけど。
とはいえ、動物とは元来より音に敏感な生き物だ。
人間が発する僅かな音にすら驚いてしまう彼らが、機械の身体のサンドローネを遠ざけてしまうのは言うまでもない。
尤も、
「──だーれだ?」
突如として視界が黒に覆われる。
背後と、小さな手から感じる低めの体温──ちゃんとした実体を持った感触。
「……前にもやったね。このやり取り」
「駄目だよ。スカラマシュ、ちゃんと答えて」
「はいはい……じゃあ、迷子の月神さん」
「むぅ……スカラマシュの意地悪」
おや、これは心外だ……俺なんかよりも、背後の相手の方が場をかき乱していった張本人だろうに。
こんな時こそ、ガツンと言ってやらねばなるまい。
「──おかえり。コロンビーナ」
「うん、ただいま」
不思議だ……彼女に言いたいことは山程あった筈なのに、『おかえり』と言った瞬間、全てどうでも良くなってしまった。
今、あるのは、つっかえていた何かが抜け落ちたかのような……何処か安心を覚える不思議な感覚。
「……結局、その名前にしたんだね」
「うん、コロンビーナ・ハイポセレニア。それが私の名前」
そうして本当に嬉しそうな笑顔で答える彼女を見ていると、思わず俺も少し笑ってしまう。
思えば、既に最初からそこにあったのだ。
名前の切っ掛けは彼女が月神として拝まれていた頃と何ら変わらない。
コロンビーナにとっても最初はそうだった筈だ。
それでも、俺達はずっと呼んできた──不思議な同僚としても、一人の友達としても。
そして、俺達以外にも彼女と出会った者達はそう呼んだ。
月神、第三位の執行官としてではなく、彼女個人を指す名前として。
それは、世界との繋がりが絶たれていた彼女にとって新たな繋がりとなった。
「ははっ……良い名前だと思うよ」
「フフッ、ありがとう。じゃあ……次はスカラマシュの番だね」
「俺の番?」
「うん。だって、言ってくれたよね? 私が戻ってきたら、あの時の答えとスカラマシュの本当の名前を教えてくれるって」
「──っ」
「ははっ……ちゃんと覚えてたのか」
「うん、スカラマシュはあの時に言ってくれたよね。『皆が私を諦めてない』って。その時は凄く嬉しかった……ううん、それだけじゃない。スカラマシュは見えなくても、聞こえなくても私を見つけてくれたから」
「それは……」
「だから、頑張れたの。皆に──スカラマシュに会いたいって」
「……そっか」
何というか……面と向かって言われると、すごく気恥ずかしい。
そのせいか、少しだけ彼女から目を反らしてしまった。
「……ちょっと、コロンビーナ。私にも何か言うべき事があるんじゃないかしら?」
「フフッ……サンドローネもただいま、君にもずっと会いたかった」
「なっ……わ、私は別に……」
おうおう、照れてますね……良いぞ、もっとやれ。
「二人とも、ファデュイなのを隠して来てくれたんだね。サンドローネはプロンニアも連れずに……でも、その髪飾りとても似合ってるよ」
「なっ、なっ……あ、貴女、目が見えてないんじゃないの?」
「見えないよ? でも、周りの人達が見たら不思議に見えるでしょ? その時に起きるクーヴァキの揺らぎは感じ取れるの。サンドローネが着けてるのは……猫耳かな?」
流石、コロンビーナ、サンドローネに対する理解度が高い……後、クーヴァキってスゲー。
「お、お黙り!! わ、私はただ……ファデュイの縄張りを見回りに来ただけよ! 貴女に会ったのはただの偶然なんだから! ホント……最悪よ」
なお、その縄張りの射的屋にカモられていたのは彼女の名誉の為にも伏せておこう。
「そうなの? 私の名前を取り戻す時、アルレッキーノに頼んでくれたんだよね?」
「コ、コロンビーナ……!! それ以上、しょうもない事を言うなら、その首をきゅっとするわよ!!」
まさにキャットだけにね……面白くないか?
「そうだ、サンドローネ」
「……何よ?」
「私、スカラマシュと約束してる事があるの。だからこの後、スカラマシュを貸して欲しいんだ」
「……あら、貴女は自分の身分を忘れてないかしら? もう貴女はファデュイじゃないの。そんな相手にウチのスカラマシュを貸すことなんて出来ないわ」
「……あれ? 俺って何時からサンドローネに自分の所有権握られてるの?」
「う~ん、もしかして、サンドローネ……ヤキモチを妬いてるの?」
「な、何を言ってるの!? わ、私が……そんなの……」
「そうだ。じゃあサンドローネ、私と勝負しよう」
「……勝負?」
コロンビーナが指を指した先を見ると、笑顔で歯を剥き出しにしたイルカが大口を開けていた。
「うん、彼処にあるフロストフィンイルカで。ハズレの歯を踏むと咬まれちゃうの。多く咬まれたら負け」
キャラクターが可愛らしいからこそ、軽減されているとはいえ、客観的に見ると随分とスプラッターな光景である。
というか、イルカにしては随分と殺意高くないか?
「だ、誰が貴女なんかと……」
「怖いの?」
「は?」
あぁ……これはちょっと長くなるな。
こうなったサンドローネを止めるには負けてやるか、彼女自身が諦めるまでやらせる他ない。
「勝負に勝った方はスカラマシュを連れていける……それで良いかな?」
「良いわよ……やってやろうじゃない。コテンパンにしてやるわ!!」
「フフッ、私も負けないよ」
相変わらず、こういう時の俺の意思は考慮されないものらしい。
いや……もしかしたら、俺が景品なのは建前で、コロンビーナはサンドローネと一緒に遊びたかったのかもな。
そして、当のサンドローネも……まさに、『嫌よ嫌よも好きのうち 』って所か。
まあ、こうして景品なり、借り物にされるのは初めての事じゃない。
なら、俺は彼女らの決着が付くまで、暖かい目で両者を見守って──
「そうだ。負けたらその頭、おもいっきりひっぱたいてあげるから」
「……はぁ?」
……本当にこの子は一体、何処でそんな言葉遣いを覚えてくるのだろうか?
そうして、俺の声にならぬ問いは夜空へと消えていった。
『散兵』について➄……
人生なんて後悔だらけ……確かにアイツの歩んできた道は後悔の連続だったのかもしれないわ。もしかしたら、アイツのあっけらかんとした態度も……人と深く繋がらない為の一種の予防線なのでしょう。しかも、それを話してたアイツの顔は……ホント、何で似て欲しくないものに似ちゃうのかしらね……