『今日あま』の撮影の日が来た。家に帰ってから『今日あま』を調べてみたらもう半分は配信済み。見てみたけど、うん。一緒に見てたルビーの「ひどいね!」という感想がすべてだった。出ると言ったことを少し後悔した。
撮影場所に着くと有馬さんが出迎えてくれた。
「このロケ場所1日しか確保できなかったから、リハから撮影まで全部今日終わらせるの」
このドラマはスケジュールが終わってる。
「よろしくお願いします」
「よろー」
このドラマはヒロイン以外の役者が終わっている。主演の子を紹介されたけど、こちらの挨拶におざなりな返事。私の顔を見てすらいない。
「あの子、態度悪くない?」
「まあ、メルト君も若いから」
そういう問題じゃないけど、まあ今日の目的は別にあるからどうでもいい。
有馬さんに連れられて現場の責任者に挨拶をする。
「はじめまして。苺プロダクション所属、星野アクアです」
「ああ、よろしくね」
鏑木プロデューサー。彼に名前を売るのが今日の目的だ。
「かなちゃんもいい子知ってたね。君が来るとは思わなかった」
「足を引っ張らないように頑張ります。今日はよろしくお願いします」
「期待してるよ」
挨拶を終えると有馬さんが話しかけてきた。
「なによ。知り合い?」
「はじめましてって言ったでしょ。モデルやってるから私のことは知ってたのかもね」
「ああ、だから私が紹介したらあっという間に出演決まったのね。とにかく顔面至上主義の人なの」
いいことを聞いた。それなら私のお願いも聞いてくれるかもしれない。
1度回切りのリハーサルが始まった。私の役は主人公の元カノ。好意を拗らせてストーカーとなり、邪魔なヒロインを殺しに来た女だ。アイを殺したストーカーみたいな役を演じるなんて、なんて因果だろう。あの時のより少し小さいナイフをくるくる回す。
実際に演技をすると、演出や編集でぎりぎり見られるものに仕上がっていたんだとわかる。想像以上に役者のレベルが低い。
「普通に演技できてるじゃん」
リハーサルが終わって有馬さんと話す。今日は無難な演技をするつもりだった。役者のレベルは有馬さん以外壊滅的で、有馬さんも周りに合わせて抑え気味。主演の子は演技しようとしてるけど、それがかえって不自然に見えてしまう。脇役の私は二人の間で浮かないような演技をすることにしていた。
「これくらい、練習すれば誰でもできる。凄い演技を求めていたなら悪かったわ」
彼女が私を誘ったのは、このひどい現場を何とかしてくれると思ったからかもしれない。私にそんな力はない。彼女との出会いの時は年齢と中身のギャップを利用した演技をした。幼い子供だから出来たことで、あの時みたいな衝撃を与えることはもうできない。
「じゅうぶん。アクアの演技はずっと努力してきた人の演技って感じがして、私は好き」
「……変に気を使ってない?」
「使うわよ。一応これでも座長だし。主演級の仕事なんて私にとっては十年ぶりの大仕事なんだから。そりゃ頑張るし」
「十年ぶりね。ドラマとかCMとか出てたのにいつの間にか見なくなったからどうしてるのかと思ってた」
「うぐう」
有馬さんが胸を抑える。クリティカルなことを言ってしまった。
「確かにずっと闇の時代は長かったけど、こうやって実力が評価される時間が来たのよ。続けてきてよかった」
「そう……」
演技の質は少し変わってしまった有馬さんだけど、かっこいいところは変わっていない。どうにか作品を成立させたいというプロ意識は健在だ。やる気の見えない役者の中で孤軍奮闘している。
そんな有馬さんを見たら無難な演技で終わらせるのは失礼だと思った。私も本気を出すことにした。
――本番入ります。5秒前――
今日の目的は鏑木プロデューサーへの挨拶。それがすんだら後はどうでもよかったけど路線変更。
私の役はストーカーだ。今日の役と同じ、ナイフを持った異常者を10年前に見たじゃないか。思い出せ。あの男を思い出せ。仕草。表情。口調。全てをなぞるつもりで。
『嘘つき! 私だけを見てくれるって言ったじゃない!』
リハーサルからレベルを上げた私の演技に主演の子が呑まれているのがわかる。私に怯えている。それでも台本にあるセリフが話せているのは上出来だ。もう一押し。
「こんなので何怯えてんのブサイク。ダッサ」
「なんつったオメエ!」
彼にしか聞こえない声でつぶやくと激高して掴みかかってきた。棒読みじゃない自然な声。良くできたじゃない。主演の子を乗せたらあとは大丈夫。有馬さんの演技も乗ってきている。最後に有馬さんが得意の泣き演技をしてシーンの撮影が終わった。
「悪い。ちょっと荒っぽくなった。大丈夫か?」
私に掴みかかったのを気にしてか主演の子が謝ってきた。確か、メルト君だっけ? もしかするとけっこういい子なのかもしれない。
「気にしなくていいよ。私こそひどいこと言ってごめん。でも、感情が乗ったいい演技だったよ」
「あ、ああ、ありがと……。って顔が真っ青だぞ。ほんとに大丈夫か」
「気にしないで。ちょっと役に入り過ぎただけだから」
正直限界だ。吐き気がひどい。あの時のことを思い出したからかひどく気分が悪い。どうにか演技に活かそうとしてみたけど乗り越えるにはまだ時間がかかりそうだ。
「それより静かに。すぐ次のシーンだから」
間を置かずに撮られた最後のシーン。有馬さんの恋する乙女の表情を見届けた後、私はトイレへ駆け込んだ。