手元のマウスに手を伸ばす。ドキドキと心臓の音が聞こえる。
「ルビー。投稿のボタン押すだけなんだからそんなに緊張しなくていいよ」
「わかってるよおねえちゃん! でも緊張するよ!」
「はいはい。さ、これクリックしたら憧れのアイドルデビューよ」
今わたしは事務所のPCの前にいる。わたしを見守るのはミヤコさんと、一緒に動画を作ったMEMちょ。そして隣におねえちゃんが座っている。右手の人差し指を動かせば、わたしはアイドルとしての第一歩を踏み出すことになる。
ママが死んでからわたしとおねえちゃんはミヤコさんに引き取られた。そのときは苺プロの社長もどっかに消えちゃって残されたわたしたちは途方に暮れていたけど、進んでいく道を示したのがおねえちゃんだった。
「ルビーと一緒にアイドルをやる」
最初にミヤコさんに宣言して
「私たち姉妹でモデルをやる。結構需要あると思う」
とりあえずのお仕事としてジュニアモデルを二人でやって
「アイドルソング作ってみたんだけど、ルビー、ちょっと歌ってみない?」
作曲とか作詞とか勉強して
「ルビーはダンスが上手。歌は……。うん。ボーカルレッスン頑張って。本気で」
モデルのギャラでダンスや歌のレッスン費用払ってて
「ぴえヨンさん、私たちを動画で使いませんか? 小さい子の動きのモデルで使えると思うんです」
事務所に所属した人気の配信者の動画に出てみたり
「MEM。配信について教えてほしいんだけど」
人気のインフルエンサーにいろいろ教わったり
「ルビー。かなは業界の大ベテランよ。口は悪いけどいろいろ教えてくれるわ」
入試のときにすれ違った先輩をひっかけてきたり、前のB小町が解散したぐらいからどんどんいろんなことをやって来た。
おねえちゃんがアイドルになるという夢を叶えてくれるって喜んだけど、心配になるときもあった。あの事件からはずっと、どうしたらアイドルで成功するか、それだけを考えてる。滅多に笑顔を見せることがなくなった。ちっちゃいころに見せてくれたわたしを見守るような、あの優しい笑顔が好きだったのに。モデルをやってるときは笑顔だけど、それはすっごく綺麗で完璧な、作り笑顔だ。
それでもおねえちゃんはすごく頑張ってた。そんなおねえちゃんと一緒にやってきたんだから、アイドルだってきっと大丈夫。隣に座るおねえちゃんを見る。いつもの無愛想な顔。でも、よく見ると手が少し震えているのがわかる。おねえちゃんも緊張するんだと思うとちょっと安心した。ふっと息をついて、わたしは『投稿する』のボタンをクリックした。
『わたしたち、『B小町twins』です!』
動画サイトへ投稿したのは自己紹介も兼ねたわたしたちのPVだ。みるみるうちに再生数と高評価が増えていく。姉妹でモデルをやっていたからもうけっこうファンがいて、アイドルをやるってことも話題になってたから注目度は高かったみたい。やったねとわたしが振り向くと、おねえちゃんとMEMちょ、ミヤコさんは安心したような溜息をついていた。
「頑張って動画作り手伝った甲斐があったねえ」
「MEMさん、いろいろ無理を言ったけど本当にありがとう」
「いやいや。お仕事ですから」
大人組がねぎらいの言葉を掛け合ってる中、隣のおねえちゃんはスマホを見ていた。
「じゃあ、今日はこれからSNSへあげる短い動画を撮りだめして、明日はアイドルファン向け雑誌のインタビュー。初動が肝心なんだから忙しくなる……。うれしそうね、ルビー」
スケジュールを告げるおねえちゃんがわたしを見て言った。にやけてたのが顔に出てたかな。
「だって、憧れてたアイドルになれたんだよ!」
おねえちゃんはそんなわたしを見て優しく笑った。作ったものじゃない笑顔を久しぶりに見た。
「せんせ?」
やっぱりあの人に似ている気がする。
「何か言った」
「う、ううん。何にも」
多分気のせいだよね。そんな偶然あるわけないし。
「はやく収録に行こ? あの映画のダンス撮るんだよね」
おねえちゃんの手を引いて立ち上がる。今日この日から『B小町twins』の本格始動だ。