代わり? さあ……
「そろそろ時間ね」
「MEMちょが出る番組ってけっこう有名なシリーズだよね。楽しみ」
「18歳って設定で出るなんてメンタル化け物ね。大丈夫かしら」
MEMが出る番組『今からガチ恋始めます』の初回が始まる日。私とルビーとかなは事務所に集まって一緒に見ることにしていた。純粋に楽しそうなルビーの横で、私は祈るような気持ちで見ている。MEMがチャンネルの登録者を増やすために番組出演を決めたことは知っている。恋愛リアリティショーは注目度も高いがリスクも高い。下手に炎上騒動など起こってしまえば計画しているMEMのライブも考え直さなければならない。MEMのライブはB小町のライブのモデルになる予定だ。衣装やグッズの発注先やライブ演出など流用していこうと考えている。私たちのためにも失敗させるわけにはいかない。どうにか無事に撮影が終わってほしい。
番組が始まった。出演者の紹介でスタートする。
「あ、ゆきちゃんだ」
ルビーが声を上げる。鷲見ゆき。モデル仲間だ。前に現場で会ったときは私達姉妹が仕事をかっさらうのを愚痴られた覚えがある。
「女の子はあとはMEMちょと、この子か。なんか暗くて地味」
黒川あかね。顔は整ってるけど確かに少し地味に見える。何故か、かなが舌打ちしてる。
「知り合い?」
「ちょっと因縁があるの。まあ昔の話よ」
何だろう。黒川あかねの自己紹介では、彼女は子供の時から演劇をしていたらしい。どこかで共演でもしたのだろうか。
番組も3回が終わった。MEMは番組の中で上手く立ち回っている。恋愛をするというよりは盛り上げ担当のおもしろお姉さんといったところ。MEMも7・8歳も下の子と付き合う気はないだろうし。ともかく年齢サバ読んでることが最後までバレないようにMEMの童顔に祈るしかない。
「かな、番組が進むごとに顔が険しくなってない?」
「アクアの気のせいよ」
それはないと思う。黒川あかねが出たときに苦い顔をする。ほんと、どんな因縁があるんだか。
「でも、この人あんまり目立ってないね」
「そうね。どうすればいいか悩んでる感じ」
「ま、台本がないならあいつはこんなものよ」
かなのセリフは精々したって感じなのに顔は険しいままだ。彼女の境遇を苦々しく思っているのだろうか。二人の関係はなかなかに複雑そうだ。
4回目の回も、黒川あかねの出番はほとんどなかった。
「ちょっとマズいかも」
MEMから相談を受けたのは6回が終わったころだった。
「黒川あかねのこと?」
「うん。見せ場がないのをすごく気にしてる。自分のキャラじゃないことをやり始めてりして、何だか思い詰めてる感じ」
黒川あかねが迷走しているというのは番組を見て感じていた。この間の回で熊野ノブユキと鷲見ゆきの二人の間に割って入る悪女ムーブをしていたときは、かなの顔が芸能人としてやっちゃいけない顔をしていた。
「SNSの反応も過激なものが目に付くようになってさ。爆発一歩手前な状態なんだ」
「そうね……」
MEM個人の炎上はもちろんだけど、MEMへ飛び火しかねない番組内の炎上も避けたい。けど、部外者でしかない私は何ができるわけでもない。
「私としては気にしてあげてくらいしか言えない。ごめん。でも、私の手を借りたいときはいつでも言って」
「……そうだよね。話聞いてくれてありがと」
祈ることしかできないのは歯痒い。
「見事に炎上してるわね」
かながスマホを見ながらつぶやく。とうとう爆発した。黒川あかねが鷲見ゆきに手を挙げてしまったシーンが放映されるとSNSは一斉に黒川あかねのバッシングを始めていた。収まる気配もなく、むしろ日を追うごとに炎上は激しさを増している。
「おねえちゃん、なんとかできない?」
「私だって何とかしたいけど」
出来ることと言ったらMEMのフォローくらいしかできない。彼女も炎上で心を痛めているようでよく話を聞いたりしている。MEMでさえ心労がひどいのに、直接悪意に晒される黒川あかねの状況は想像に難くない。
そのとき私のスマホが鳴った。MEMからの電話だ。
「もしもし」
「アクアちゃん助けて! あかねがコンビニに出かけてから帰ってないって」
「え? 今、台風来てるのに?」
「そうなの。家から傘だけもって部屋着のまま出て行ったって」
外は大雨で風も強いのに。前世医者だったときの経験からわかる。もう黒川あかねは正常な精神状態ではない。最悪の事態が思い浮かぶ。
「MEM、コンビニがどこかわかる? 私も探す!」
「ありがとう。場所は……」
ここから近い。私はレインコートを着て事務所を出た。
コンビニに着いたが黒川さんはいない。あたりを見渡すと歩道橋があって、その上に人影が見えた。あれか!? 手すりの上に立っている彼女を見て私は走り出した。間に合えと願いながら。
階段を登り切り、手すりの上に立つ黒川さんを抱きとめる。
「いやあ、はなして!」
見知らぬ女に抱きしめられて暴れる黒川さんをどうにか抑え込む。
「落ち着いてください! 私はMEMちょの友人です。MEMに頼まれてあなたを探していました」
「MEMの?」
「そうです。みんなあなたを心配してます。だから落ち着いて」
私の呼びかけに黒川さんはどうにか大人しくなった。間に合ってよかった。あと少し遅かったら、そのときは。
「うぷ」
あの時のことを思い出してしまった。
「あ、あの、大丈夫ですか?」
「大丈夫。いきなり走って気分が悪くなっただけだから」
そのすぐ後警官が私たちを見つけて保護してくれるまで、私はどうにか吐き気をこらえることができた。