アイより高く軽やかに   作:にいづま

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救済と因縁:アクア

 黒川あかねの泣く声が警察署の廊下まで聞こえてくる。黒川さんは彼女の母親と一緒に保護してくれた警官から事情聴取されている。私は署内の待合室の椅子に座って黒川さんを待っていた。

 

「ミヤコさん、ありがとう。着替え持ってきてくれて」

「警察から電話があったときは驚いたわ。無茶をして。まだ顔が青いわよ。でも、よくやったわ」

 

 迎えに来てくれたミヤコさんに頭を撫でられる。彼女に撫でられるのはいつぶりだろうか。

 扉が開いて、落ち着いたらしい黒川さんが出てきた。

 

「あかね!」

 

 ちょうどよく『今ガチ』の出演者がやって来た。皆本気で黒川さんを心配しているように見える。MEMから聞いていた通り出演者同士の仲はいいようだ。

 

「アクたん、ありがとう!」

 

 皆の間を割ってMEMが抱き着いてきたので受け止める。私に視線が集まる。

 

「この子は星野アクアちゃん。同じ事務所の子。さっきあかねを助けてくれたのがアクアちゃんだよ」

「え、マジ? すごいじゃん!」

 

 MEMの紹介で出演者から次々とお礼を言われる。私が黒川さんを見つけられたのは偶然だ。お礼を言われるのは何だか胸が痛い。ひと段落してから黒川さんに向き直る。言っておいてって言われたことがある。

 

「それで、黒川さん。これからどうしたい?」

「どうって?」

「あなたには番組を降りるという選択肢もあると思う。部外者からの視線だから実態はわからないけど、『今ガチ』はあなたを悪者にするような演出をしていた。そんな番組で未成年が炎上して追い詰められてる。監督責任を問われる事態よ。降りるという選択をしても番組からとやかく言われることはないわ」

 

 だけど、と続けようとして黒川さんを見る。彼女は目を伏せていたけど両手をぎゅっと握りしめて、そして絞り出すように言葉を紡いだ。

 

「それでも、私、もっと有名な女優になってこれからも演技を続けるために頑張ってきた。皆にもいっぱい助けてもらって、でもこんなことになっちゃって……。怖いけど。凄く怖いけど、続ける。このまま辞めたくない」

 

 ゆきたち共演者が黒川さんの下へ集まる。

 

「一緒に頑張ろう? 私たちもフォローするから」

 

 そんな声を口々にかけていた。

 黒川さんは力強い目をしていた。もう大丈夫そうだ。私は部外者。あとは『今ガチ』のメンバーに任せよう。

 

「MEM、黒川さん。また何かあったら言って。できる限りのことは協力するから。ミヤコさん、帰ろう」

 

 

 事務所に戻るとまだかながいた。

 

「あいつはどうだった?」

「続けるって」

「私からの言葉は?」

「自分から続けるって言ったから、伝えてないわ」

「あっそう。まあいいわ」

 

 黒川さんを保護して警察署にいる間、かなから連絡があった。黒川あかねが番組を辞めると言ったら伝えてほしいことがあると。

『辞めるなら勝手にしなさい。でも、ここで辞めたら全部終わり。何もかも諦めて、私のところまで上がってこれなかったのを一生後悔し続けなさいって。そう伝えておいて』

 結局、伝えることはなかったけど。

 

「かな、黒川あかねと何があったの?」

「昔、舞台で共演したことがあってね。あー、今思い出してもむかつくわ。私ね、あの子が大嫌いなの。自分が絶対正しいって顔して、人の心の中にずかずか入ってきて。ほんと大っ嫌い。だからね、あの子は真正面から演技でぎったんぎったんにぶっ潰してやろうと思ってたの。あーあ。あの子が辞めるんなら手間が省けてよかったのに」

 

 そんな言葉とは裏腹に、かなは黒川あかねが辞めなかったことに安堵しているようだった。伝えてくれと言われた言葉だって彼女なりの発破をかけたものだし。ほんと、何ていうか。

 

「……かなって、ツンデレ?」

「違うわよ! 今の言葉どうとったらそうなるのよ! ああっもう! 帰るわ」

「気を付けてね。弱まったけどまだ雨は降ってるから」

 

 かなが出ていく。有馬かなと黒川あかねは相当複雑な関係みたいだ。

 

「……私も帰ろう」

「ええ、疲れたでしょうからゆっくり休みなさい」

 

 ミヤコさんへ声をかけ、私も家に帰ることにした。

 

 

 家と言ってもすぐそこだ。玄関の扉の鍵を開ける。ドアを開けるときはいつも少し怖い。あの事件を思い出してしまうから。

 

「なにやってんだろ、私」

 

 今回で再確認した。誰かを救うことができたとしてもあの時一番大切な人を救えなかったという事実が消えることはない。むしろ今回はちゃんとできたのに何故あの時できなかったのか、そればかりを考えてしまう。どうして。考えても仕方のないことなのに。

 しばらく玄関で立ち尽くしているとルビーがやって来た。

 

「おかえり、おねえちゃん。どうしたの?」

「……ごめんね、ルビー」

「何言ってんの? それよりご飯作ろ。おなか減ったよ。今日はミンチが残ってたからハンバーグにしよ」

「そうね、一緒に作りましょ」

 

 黒川って子が飛び降りるところ助けたんでしょ? すごいねーおねえちゃん。そんなルビーの声を聞きながら、私はキッチンへと歩いた。

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