「この度は本当にありがとうございました。挨拶が遅れまして誠に申し訳ありません」
「いえ、そんな。顔を上げてください」
あかねと彼女の両親がやって来た。私とルビーとミヤコさんで出迎える。あかねの父親の名刺を見て私たちは慄いた。
「おねえちゃん、警視長ってどのくらいえらい人なの?」
ルビーが小声で聞いてくる。
「場所によるけど、県警察のトップになれる階級だったかな?」
「そんなに」
あかねの父親は背が高く穏やかな雰囲気の人だ。警察の中でも上位の階級の人には見えない。
「しっかりした子だから大丈夫だろうと思ってあまり娘の仕事のことは気にしていなかったのですが、こんな事態になっているとは。気付いてあげられなかった。親として不甲斐ない。アクアさんがいなければ本当にどうなっていたか。改めてありがとうございました」
そう言ってまた頭を下げた。娘を思う普通のお父さんだ。あかねは愛されているんだな。私は前世も今世も父親がいなかったから羨ましく思う。
そういえば戸籍上の父親である苺プロの元社長はどこへ消えたのだろう。そして私達の血縁上の父親はどこにいるのだろう。
「あと、あの後から出番が増えたのはアクアちゃんのアドバイスのおかげだから。本当にありがとう」
あかね本人からも感謝が伝えられる。アドバイスというのは彼女との通話で理想の人をイメージしてみたらと言ったことだろうか。まさか私の理想の人を演じるとは思ってなかった。
彼女が復帰した回はルビーとかなと3人で見た。本当に立ち直ったか不安な私達が見守る中、彼女は眠たげな顔をして口元に手をあてた。
『ふあっ……。眠いんだよね。収録早すぎてさー。あっもうカメラ回ってる?』
画面の向こうにあのころのアイがいた。
「あれって、マ……。アイ?」
ルビーから声が漏れる。私も驚きで口を手で覆っていた。顔も髪型も背格好も違うあかねが本気でアイに見えて私とルビーは呆然と見ることしかできなかった。かなに本気で心配された。
あかねは外から見た人が知りえない『普段の星野アイ』を完璧に演じていた。どうやったのか見当もつかないけどその演技力には驚くしかない。かながライバル視するのもわかる。
雰囲気の変わったあかねは注目度を上げ『今ガチ』全体の人気も炎上前より上昇している。私に感謝していたけど、人気が上がったのはあかね自身の実力によるものでアドバイスなんて些細なものだ。
「確かに助けたのは私だけど、あれから立ち直ったのは間違いなくあかねの力。お父さんとお母さんも、どうかあかねさんを褒めてあげてください」
あかねの両親は目を丸くしている。しまった。産婦人科医だったころの目線で話してしまった。
そんなこともありつつ、その日は和やかに終わる。
はず、だったのだけど。
「どうしても君と話したかったんだ。職務上の話もあるから妻や娘には聞かせられなくてね」
「はあ……」
どういうわけかあかねの父親と二人で話すことになった。話って何だろうか。あかねの件でこれ以上話すことなんて
「人気アイドルだった、アイ。本名は星野アイ。君たちは彼女の娘だったね」
びくりと私の肩が跳ねる。そうだ。この人は警察官。私の家族の秘密を知っていてもおかしくはない。
「怖がらせてしまったね。申し訳ない。私はあの事件に直接かかわっていたわけではないが、事件を担当した者から君の話を聞いていたんだ。母親が亡くなるまで止血を試み、救急や警察への通報を行い、事件のあらましを秩序立てて話す。とても4歳の子供とは思えなかったとね。その話が印象的だったから覚えていたんだ。まさかこういう形で会うとは思ってなかったけどね」
彼は一口コーヒーを飲み、続ける。
「幼いころに犯罪の被害者になってしまった子供は、精神的に不安定なまま成長することも多い。我々もケアに努めてはいるが、中々手が回っていないのが現状だ。気になっていたんだ。この子は凄惨な記憶を抱えたまま、果たしてこの先どうなるんだろうかとね。あかねの事件の時、助けてくれた君の名前を聞いてとても驚いたよ。あの時の子が娘を助けてくれるくらい立派になっていると嬉しく思った。ただ、こうも思った。そんな君に我々警察は何ができただろうとね。あの事件も被疑者を確保できず、事件の動機やどうやって彼が君たちの住所を知ることができたのかもわからず仕舞いだ。そのことが申し訳ない」
「いえ、そんな……。あの犯人はすぐに亡くなったみたいですし、逮捕できなかったのも仕方ないと思います。それに警察の方には私達のことをずっと気遣ってもらいました。黒川さんに謝ってもらうことはありません」
何の話かと思ったら。どうやら私のことが気になっていただけらしい。何事かと身構えていたからほっとする。
「罪滅ぼしというわけでもないが、何か困っていることはないかな? こう見えて私も警察官だからいろいろ伝手はある」
困っていることと言われて最初に思いついたのはストーカーのこと。アイのことを教訓に苺プロも対策はしているけれど、これから有名になっていけば悪質な者も出てくるだろう。ただ、まだそんなストーカーは現れていない。他にはと考えて思いついた。父親のこと。ミヤコさんやルビーの前ではあえて考えないようにしていたけど、避けては通れないことだ。
「手助け、というか、ご相談したいことがあるんです。アイドル活動というか家族のことで困っていることなんですが」
「何かな。できることなら協力させてもらいたい」
「私達姉妹の、血縁上の父親のことです」
以前から気になってはいた。私達の父親は一体どんな人なのか。
「アイは、母は父親のことは何も話しませんでした。母が死んだ後も父親と思われる人の接触もありません。母は私達姉妹の存在を隠していたので、もしかしたら父親は自分の子がいることすら知らないかもしれません。ただ困るのは、私達が有名になったときに現れることです。彼の存在は私達の芸能人生、ひいては苺プロダクションが終わるくらいの致命的なスキャンダルになりうる」
「なるほど。その前にどういう人物か知っておきたいと?」
「そうです。彼を探す手助けをしていただけませんか」
「さすがに警察で捜索は難しいが、知り合いを紹介しよう。元刑事で、退職して探偵になっている人だ。優秀な人だよ」
「ありがとうございます」
あかねたち三人は最後に深々とお辞儀をして帰っていった。
「おねえちゃん。あかねちゃんのお父さんと何話してたの?」
「私のファンだからサインくださいって」
「絶対違うじゃん」
適当に誤魔化す。重篤なアイ信者だったルビーに父親の話はしたくない。
「あ、おねえちゃんがいない間あかねちゃんと話してたんだけど、あかねちゃんすっごくいい人でね。ライブにも絶対行くって言ってたからチケット渡したんだ」
そうだ、もうすぐ私達の初ライブだ。父親のことは今は置いておいてライブに集中しよう。『B小町twins』の今後がかかっている。絶対に失敗はできない。
大丈夫。これまでずっと準備してきたんだから、大丈夫。そう自分に言い聞かせた。