アイより高く軽やかに   作:にいづま

21 / 38
『東京ブレイド』
顔合わせ:アクア


 MEMのライブも終わってB小町としての活動に集中していたある日、私とかなはミヤコさんに会議室に呼ばれた。

 

「アクア、有馬さん。あなたたちにオファーが来ているの」

 

 資料を渡される。『舞台「東京ブレイド」』? 

 

「知ってると思うけど『東京ブレイド』は大人気の漫画。その舞台化だから注目度もかなり高いわ」

 

 隣のかなを見ると久しぶりの大きな仕事に目が輝いている。

 苺プロでは人手不足もあってかなの仕事についてあまりサポートが出来ていない。本人はフリーでやるよりよっぽどマシだと言ってくれてはいるが、引き込んだ私としては申し訳なく思っていた。人気漫画原作舞台のメインの役どころという大きな仕事に私も安心する。

 問題は自分のこと。懸念点が二つある。

 

「千秋楽までどのくらいかかる?」

「顔合わせから終わるまでは数か月かかるわね」

 

 一つは拘束時間だ。舞台に集中すれば、その分B小町の活動は制限される。

 初ライブをしてから、B小町は注目のアイドルの一つになっている。二人で定期的にやっている配信は視聴数の桁が増えたり、小さなところでやったライブは満員だったり。その中で活動が制限されるのは痛い。その点はミヤコさんもわかってると思うのだけど。

 

「B小町の活動が気になるだろうけど、断って欲しくはないの。理由としてはまず鏑木プロデューサーからの紹介であること」

「あの人のか……」

 

 それは断りづらい。初ライブのフェスを紹介してくれた人だし、彼からはまた大きな仕事も来そうだ。

 

「あと、あなたたち二人は原作者が推薦したらしいの。『ぜひこの人たちでお願いします』って」

 

 私とかなは顔を見合わせる。何かやったっけ?

 

「あ、確か『東ブレ』の鮫島アビ子先生、吉祥寺先生のアシスタントだったんだっけ?」

「吉祥寺先生って『今日あま』の?」

「そうよ。もしかしたら吉祥寺先生から私達の評判が伝わったのかも」

 

 あんなドラマが回りまわっていい結果に繋がったのだからわからないものだ。あの時本気を出してよかった。

 しかし原作者の推薦ならなおさら断れない。もう一つの懸念点を確認しておく。

 

「ミヤコさん、ちょっと返事は保留で。かな、ちょっと来てくれる?」

「どうしたのアクア?」

 

 かなを連れて事務所のレッスンルームに入る。演技の練習用に置いてあった血糊を持ってきてかなに渡した。

 

「ちょっとこれつけて『鞘姫』が倒れるシーンやってくれない?」

「はあ? 何で私があの」

「お願い」

「……わかったわよ。血糊は口元だけでいいわよね?」

 

 口の端に血糊をつけて、いくわよ、の声でかなは始めた。刀鬼を庇って切られ、目を閉じ、ゆっくりと倒れていく演技。流石かな。即興でも雰囲気が出ている。まるで本当に切られたよう。私はその光景をじっと見つめる。かなの顔がアイと重なる。必死でそうじゃないと自分に言い聞かせる。

 彼女はアイじゃない。ここは玄関じゃない。あの血はニセモノ。これはお芝居。かなは生きている。

 ふっと息を吐く。気分は悪くならない。これなら大丈夫そう。

 

「ありがとう、かな」

 

 私の声にかなは目を開けた。困惑した顔だ。

 

「何だったのこれ。もしかしてアクアって血とかダメなの?」

「そんな感じ。でも今は大丈夫だって確かめてたの」

「何だか不安ね。まあでもアクアとまた共演できるなら嬉しいわ。それに」

 

 かなは資料のキャスト一覧を見つめる。

 

「黒川あかねも出るのよね。ぎったんぎったんに叩きのめすいい機会だわ」

 

 ふふふと怪しく笑うかな。何だか悪役みたいだ。今度の舞台に参加する数少ない知り合いだし、二人には仲良くしてほしいのだけど。

 

 

 

 顔合わせの日になった。かなと一緒に現場に行く。

 

「今更だけどB小町の活動はいいの?」

「ルビーにはちゃんと話したわ。快く送り出してくれた」

 

 『東ブレ』の舞台に出ることを話したらルビーは、おねえちゃんすごい! と喜んでくれた。私がB小町の活動が出来ないことを伝えると、うーんと考えた後、一人でもできることをミヤコさんと考えるね。と言われた。ルビーが頼もしいのと同時に、私がいなくても大丈夫と言われたようで少し悲しい。

 

「ルビーは重度のシスコンだけど、アクアも大概ね。妹の方が先に姉離れするんじゃないの?」

「……そうかも」

 

 道中で『今日あま』の主演だったメルト君と出会って微妙な雰囲気になったりすることもありつつ、顔合わせのスタジオに着いた。集合時間の10分前だったが、もうみんなそろっているようだった。総合責任者の雷田さんからスタッフや共演者を紹介される。演出家の金田一さん、脚本家のGOAさん、あかねを始め劇団ララライのメンバー。最後に紹介されたのが主演の姫川大輝さん。

 

「どしたのアクア。姫川さんじっと見つめて」

「いや、何でもない」

「ふーん? まあでもこの中で一番有名だものね。アンタもしかしてミーハー?」

 

 確証はまだないけど、もしかしたらこの人がそうなのか。外見からではよくわからないな。

 

 

 

 メンバーが揃っているからと準備の後で読み合わせをすることになった。周りが雑談に興じる中あかねがやって来る。

 

「アクアちゃん、おひさ」

「あかね。ひさしぶり。これからよろしく」

「舞台は私の本業だし、今度は私がアクアちゃんの助けになるよ」

「私は舞台の仕事は初めてなの。共演のシーンも多いし、何かあったら相談するわ」

「うん!」

 

 あかねはとても嬉しそうだ。彼女は劇団ララライのエース。私が演技の仕事で出演したのはテレビや映画とかの映像作品ばかりだから、演劇経験豊富なあかねは頼りになる。

 私の役『刀鬼』は、あかね演じる『鞘姫』の婚約者だ。そう、婚約者。私は男性を演じることになる。

 確かに原作の『刀鬼』は線が細く女性のような容姿で、彼の初登場時、読者は皆女性だろうと思っていたキャラクターではあるけれど。

 キャスティングが発表されると、女が『刀鬼』をやるのかと批判で炎上しかけたらしいのだが、ルビー曰く『みんながおねえちゃんの顔を見たら一瞬で鎮火した』とのこと。あと『おねえちゃんは背が高いし声も低めだし胸もぺったんこだからぴったりの役だね!』と言われたから後に残らない程度に力加減をしたデコピンをしといた。 

 

 

 読み合わせが始まる。実力のある役者が集められただけあってただの読み合わせでも本番さながらだ。

 本読みの最中、姫川さんがかなに話しかけると、かなの雰囲気が変わった。

 

 これが天才同士の競演……。

 

 かなとは共演した後も何度か演技の練習に付き合ったことがあるが、その時はまるで本気を出していなかったのだとわかる。いや違う。出せていなかったのか。周りに合わせる演技をしてきたかなも相手が若手トップの俳優だから自分を抑える必要がない。「私を見ろ!」という演技で観客の視線をくぎ付けにする。ステージの上のルビーを思い起こさせる。感化された? いや、これが彼女本来の演技?

 隣のあかねを見ると彼女も呆然としていた。ただ瞳は輝いている。周りの役者も同じ。かなたちに負けられないという気迫を感じる。これは私も気合を入れないと。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。