おねえちゃんが出演する舞台『東京ブレイド』の初回公演に私とミヤコさんも招待されていた。
「舞台が始まるからわたし一人のB小町も今日までだね」
「公演は今日だけじゃないから、終わるまではまだあなた一人よ」
「あ、そうだった。早くおねえちゃんとアイドルしたいなー」
おねえちゃんが活動できない間は主に苺プロの配信者と一緒に配信したりしていた。中でもぴえヨンさんとは昔お世話になった縁でよくコラボした。週に一回は筋トレ耐久配信をしていた気がする。
反対に、公演が近づくにつれておねえちゃんとの時間がどんどん減っていった。稽古の日じゃなくても特訓だとか言って出かけて行って、夜遅くに死にそうな顔をして帰ってくる。ちょっと前には、深夜に玄関で物音がするから恐る恐る見に行ったらおねえちゃん幽霊みたいな顔で立ち尽くしていたなんてことがあった。そのときおねえちゃんは『演技の特訓してたら役に入り過ぎた』なんて言ってたけどどんな特訓してたんだろう。
ともかくおねえちゃんはすごく頑張ってる。きっとネットにいる『刀鬼を女が演じてるんじゃねえよ派閥の残党』を黙らせてくれるって信じてる。
会場に着いた。想像していた劇場と全然違ってミヤコさんと一緒にびっくりする。
「わたし演劇って見るの初めてだけど、どんなふうになるんだろう」
「今の舞台ってこんなところでやるのね。ライブに転用は、ちょっと難しいかしら」
席は客席の後ろの方。関係者席がこのあたりみたい。周りは雰囲気ある人がいっぱいいる。何だか自分も偉い人になったみたいで気分がいい。
あ、MEMちょがいた。わたしに気づいたみたいだから手を振っておく。MEMちょの周りには『今ガチ』で出てた人たち。あかねちゃんが呼んだのかな。他に知ってる人は、五反田カントクさんだ。
「カントクさん、おねえちゃんが呼んだのかな」
「自分の演技を見てもらおうなんて、アクアらしくないことするのね。その位にはこの舞台に入れ込んでるって事かしら」
カントクさんはいつも通りの怖い顔。だけど、どこか不安そうに見える。どうしたんだろうと考えているとアナウンスが流れた。そろそろ舞台の始まりだ。
『東京ブレイド』は、マンガは累計五千万部、劇場アニメは興行収入百億突破の超人気作品。もちろんわたしも読んでて、単行本も全部持ってる。今回の舞台は物語の序盤の山場。新宿クラスタと渋谷クラスタの抗争をやるみたい。
主演の人はこの前の月9の主役やってた人。改めてみるとすごく豪華な舞台だな。あ、ロリ先輩出てきた。
……ホントに先輩? いつもと全然違う。『つるぎ』がマンガから出てきたみたい。主演の人と演技で渡り合ってる。天才子役ってのウソじゃなかったんだ。
あ、おねえちゃんとあかねちゃん出てきた。いつもより低い声と男の人っぽい立ち振る舞い。先輩と練習してたもんね。おねえちゃんかっこいい。
この人、『今日あま』でダイコンだった人だよね。大丈夫かな。……すごい! 原作にあった技だ! これができるんだったら『今日あま』ももっといい演技見たかったなー。
あかねちゃんだ。前に会ったときは優しいおねえさんって感じだったけど、結構違う感じの『鞘姫』も雰囲気ばっちり。この人もマンガから出てきたみたいだ。天才役者てホントなんだ。先輩バチバチに意識してたな。
劇も終盤。ここからおねえちゃんの本格的な出番だ。おねえちゃんやっぱり器用だな。台詞も立ち回りも自然な感じ。
「うーん」
おねえちゃんは『刀鬼』になり切ってるからあたりまえだけどあまり表情が変わらない。でもわかる。おねえちゃんは楽しんでる。わたしと一緒にやったライブよりも。周りがすごい人ばかりだから思い切り出来るのかな。悔しいな。わたしももっと頑張らないと。
劇は進む。『刀鬼』をかばって『鞘姫』が『つるぎ』に斬られる。崩れ落ちる『鞘姫』。一瞬だけ『鞘姫』があかねちゃんとも違う別の懐かしい人に見えた。大切な人を斬られた『刀鬼』が戦う。辛そうに、苦しそうに。見ているわたしも心が痛い。そしてラスト。剣の力で『鞘姫』が息を吹き返す。
『うああああ! 鞘姫! 鞘姫……!』
子供みたいに泣きじゃくりながら『鞘姫』を抱きしめるおねえちゃん。その光景を呆然と見ていた。
おねえちゃんの泣くところをわたしは初めて見た。
☆
「つかれたー。早く家買って靴下脱いで寝っ転がりたーい!」
「かなちゃんおつかれー。」
劇も終わり、舞台衣装を着替えた私は楽屋のソファで転がっていた。周りには社長とルビーとMEMという身内しかいないから気持ちも楽だ。
社長とMEMがすごかったと感想を述べる中、妙に静かなルビーが気になった。
「ルビーどうしたの? やけに静かじゃない」
「先輩もおねえちゃんも凄くて圧倒されちゃった。先輩って本当に役者なんだね」
「何を今更」
「わたしはよくわかんないけど、今日はすごい演技だったと思う。演技の天才なんでしょ?」
「まーね。私は……。私は天才なんかじゃないわよ。本当の天才っていうのは……」
斬られたときの黒川あかねの演技を思い出す。あの時の彼女は異質だった。『鞘姫』だけじゃなく別の何かも乗っていた。私には真似できない技術。途轍もない存在感。それを切っ掛けにアクアの演技が振り切れる程の。
「あー、悔しい! むかつく! 絶対に公演中見返してやるから!」
なんかルビーが、さっき見たあかねちゃんと同じこと言ってるとか言ってるのは気にしないでおく。
「で、先輩。疲れてるとこ悪いけどこれから帰ってB小町の動画とるからね。『東京ブレイド』初回振り返りってことで。ゲストはもちろん先輩」
「そういえば撮るって聞いてたわね。うぇー。何でOKしちゃったのかしら。……そういえばアクアは?」
「あれ、どこだろ。廊下にもいなかったし」
「……ちょっと探してくる。ルビーは待ってなさい」
アクアの居る場所は心当たりがある。気分を悪くしていた『今日あま』の撮影の時みたいにトイレにこもってるのだろう。
「アクア、居るんでしょ。入るわよ」
トイレに入ると洗面台の前で俯くアクアがいた。
「ほら、B小町の動画撮るんでしょ。ルビーも待ってるし、早く帰るわよ」
「かな」
アクアは俯いたまま聞いてきた。
「かなの人生で一番辛かったことって何?」
「何で今そんなこと聞くのよ。……そうね。両親のことかしら」
「その辛かった感情を演技に使ったことある?」
「あるわ。何度も」
「そう。やっぱりかなはすごい。いや、私の覚悟が足りないだけか」
アクアは俯いたまま呟く。
「劇のラスト。『鞘姫』が斬られて蘇生するところ。そこで人生で一番辛かったことを思い出してた。それがまだ辛くて、苦しい」
役にのめり込み過ぎたの? いや。これが黒川あかねが引き出したアクアの感情だ。一番辛かった記憶というのはそれほどアクアの心に影を落としているらしい。
「アクアの人生で一番辛かったことって何なの?」
「……」
彼女は答えない。けれど思い当たる節はある。気分を悪くしていた『今日あま』のときも今回も舞台も刃物を使う芝居。苺プロで過去に起こった事件。母親のことを『ミヤコさん』と呼ぶアクア。そしてアクアが倒れたときの私の言葉。自分の迂闊さに腹が立つ。
とりあえず今は置いておこう。演じたときの感情からアクアを開放してあげないと。
「アクア、ありがとう」
「何でかながお礼を言うの」
「あなたの辛かった記憶を私達のために使ってくれたから。挨拶の時お客さんの顔を見なかったの? みんな満足そうだった。最後にアクアが感情を爆発させた演技をしてくれたから舞台は成功した。その立役者がそんな顔してどうするの」
「よかった。舞台は成功したのね。自分のことに必死で周りを見る余裕なんてなかったわ」
アクアは顔を上げてぎこちなく笑った。
「かなに演技のことで褒められるのは初めて。ちょっと驚いた」
「私だっていいものはいいっていうわよ。でもね、次からの公演、今日のクオリティが出せなかったら容赦しないから」
「わかった。でも耐えられるかな」
「耐えなさい。ほら、帰るわよ」
厳しいなと苦笑するアクアの手を引いて私たちは扉を開けた。