私は激怒していた。私は演劇がわからぬ。けれども『東京ブレイド』の話題には人一倍に敏感であった。
「キャスト見た?」
「見た」
「許せない」
「それな」
『東京ブレイド』の舞台化が発表されてから幾日が経ち、待ち望んでいたキャストが発表されて、私はオタ友に収集を掛けていた。
「問題ない方からキャストを振り返ろう。『ブレイド』はいい。姫川大輝。月9の主演もやれるし、舞台経験も豊富。文句ない」
「それな」
「主な役者は劇団ララライ。良く知らないけど演技派集団らしいし『鞘姫』も黒川あかねっていう劇団のエースって呼ばれてる子が演じるらしいから、まあいい。『匁』の鴨志田朔夜は他の舞台に出てた。見た子は原作のリスペクト感じられてめっちゃ良かったって言ってる。問題ない」
「うん」
「問題はそのほか。まず『つるぎ』の有馬かな。名前聞いたのピーマン体操以来だわ。まだやってたの? っていうか舞台出来るの? 子役の時の泣いてる印象しかないわ。ピーマン投げて攻撃するんか」
「それはないっしょ」
「次、『キザミ』の鳴嶋メルト。こいつ顔売りしてるやつじゃん。雑誌の表紙とかで見た気はするけど。演技経験が半年前のドラマだけって何? そのドラマも演者が下手すぎて話題にもならなかったやつだし。こいつ舞台に上げて大丈夫なの?」
「顔はいいんだけどなー。だいぶ不安だね」
「そして最大の問題! 『刀鬼』の星野アクア! 女じゃん!」
「でもさ、顔はぴったりだね。『東ブレ』界隈もこの顔ならしゃあないかみたいな人多いよね」
「顔はね! そりゃマンガの顔探すの大変なのはわかるけどさあ。何!? 『東ブレ』舞台はヅカの公演なの!? ていうかアイドル!? 過去の仕事も端役ばっかだし、舞台上げて大丈夫なのこいつも」
「アイドルやってる映像見たけど動いても美人だね。あと歌がうまい。妹さんもめちゃカワ。」
「かわいいけどさあ。アイドルと演劇は違うでしょ!」
「じゃ、見に行かないの?」
「行くに決まってんでしょ!? この前別の界隈のやつから『うちらの漫画、舞台になってめっちゃ良かったけど東ブレは?』とか煽られてめっちゃ悔しかったんだから。断固たる決意をもって見に行くわ」
「複雑だねえ。ま、私もそんなに期待してないけど見に行くときは一緒に行くよ」
『東京ブレイド』初回公演が終わった。運よくチケットが取れた私とオタ友は不安に思いながら鑑賞し、終わった後はグッズを買ってから劇場を出た。私も友人も無言である。近くのカフェに入ってテーブルに座り、オタ友と一緒にふーっと息を吐く。長い沈黙を破って私は一言呟いた。
「許した」
「それな」
キャスティングが発表されたときの言葉を撤回しなければならない。
「『ブレイド』とか『鞘姫』とか、演者の前評判が良かった人はもちろんだけど、不安だった人らがマジで良くてさ」
「わかる」
「まず『つるぎ』。かなちゃんは子役の時しか見たことなかったからまずそこで驚いたわ」
「もう高校生かーってなった。かわいさを残しつつキレイになってた」
「『つるぎ』も小柄だからばっちりの配役だったわ。『ブレイド』とタメはれる演技してた。『鞘姫』とのバトルめっちゃ熱かった。あれでメインの役が子役以来ってマジか」
「有馬かなが崖っぷちで生きてる芸能界、修羅の世界すぎる」
「『キザミ』もちょっとアレ? って思うところはあったけどあの大技決めてくれてさあ。必死に食らいついていってるところが『キザミ』感出ててマジでよかった」
「アレ舞台で見れたの一生自慢できる」
「そして『刀鬼』。言っていい? 『刀鬼』を女にするんじゃねえとか言ってマジすいませんでした」
「アレはファン増えるわ。めっちゃかっこよかったし剣技もよかった。やはりダンスは万能」
「なにより『鞘姫』が斬られてからよ。それまで全然表情変えなかったのに殺意むき出しで『ブレイド』に斬りかかったり、『鞘姫』が蘇生したらキレイな顔を涙でぐしゃぐしゃにしながら抱きしめてさあ。わかってるけどぼろ泣きしちゃったじゃん!」
「わかる。タオル必須だわ」
「あれが弱小事務所のあんま有名でもないアイドルってマジ? どっから見つけてきたの? キャスティング神かよ」
「手のひら大回転してて笑う」
「あなたも期待してないって言ってたでしょ。いいものはいいの。あー。もう一回見に行けるかなあ」
「無理っぽい。SNSは絶賛コメントばっかり。これなら様子見の層もチケット争奪戦に参加してくるだろうし、今日見れたのが奇跡じゃないかな」
「円盤早く出して……。収録回は初回がいいかな。いや、出演者の演技が熟されてくる終わりごろの方がいいのか……」
「早速ロス起きてて笑う。でも気持ちはわかる。貯金しないと」
正直期待してなかったけどめちゃくちゃいいものが見れた。あと、星野アクア。この子これから絶対伸びる。今までナマモノには手を出していなかったけど、今から推してもいいかな。
★
平日の公演でも満員なのは流石に大人気漫画が原作だけはある。客席の端の方でもチケットが取れたのは僥倖だろう。座席に座って周りを見渡すと若い人ばかりで少し肩身が狭い。
舞台『東京ブレイド』の公演も初回から半月が過ぎた。ネットの評判では、初回から比較して演者の成長が見られるとあった。顕著なのが『キザミ』で、彼は公演を重ねるごとに演技が良くなっているらしい。もう一人が『刀鬼』。最初のころは当たり外れが大きかった最後のシーンの絶叫も今では安定しているとの評価だ。
さて、今回の『刀鬼』はどっちだろうかと考えていたら思わぬところで心に刺さることがあった。『鞘姫』が斬られ倒れる瞬間、私は彼女に「あの子」を見てしまった。
「気のせい、かしら」
舞台では『刀鬼』が絶叫している。今日は当たりの日のようだ。初ライブではあんなにぎこちなかったのに、今のは感情が乗ったなかなかにいい演技だ。あの子も殻を破れたのかもしれない。
舞台が終わって家に着く。手洗いをしてバッグを開くと、そこには『刀鬼』のグッズが入っている。購入制限もあってあまり買えなかったのがうらめしい。無事に購入できたものを開封して棚に並べていく。アクスタに缶バッジにマグカップに。このアクスタは出来がいい。苺プロにアイドル衣装のアクスタを出すように要望でも送ろうかしら。
一通りグッズを整理して一息つく。アクスタの『刀鬼』に話しかけた。
「これからあなたはどうなるのかしらね」
ジャパンアイドルフェスでの初ライブ。あの場所で初めて彼女達を見てから頭から離れない。
アイとは違う。けれどこれから徐々に大きな光を放っていくであろう妹のルビー。
そして、その隣に立つ姉のアクア。
私は星野アクアに自分を見出してしまっていた。かつてスポットライトを浴びるアイの影に立つことしか出来なかった自分を。
舞台の成功により今は星野アクアの方が知名度は高い。しかしそれも一時的なもの。きっといつかルビーとアクアの人気は逆転する。私とアイがそうだったように。
妹の影にしかなれないと気づいたとき、星野アクアはどうするのだろう。影に徹するのか、別の道を選ぶのか。彼女達の行く末が楽しみだと思った。