ピピピピピピ。
スマホのアラームで目を覚ました。うるさいな。早く止めたい。どこに置いてたかと枕元を探してようやく止めた。何でこんな時間に目覚まし設定したんだっけ、ぼーっとスマホの画面を見つめて考える。そうだ思い出した。人と約束をしていたんだった。
「まったく、久々の休みなのに。……時間も場所も指定したの俺だった」
適当に身だしなみを整え、最低限の変装をして家を出る。待ち合わせの店は個室があり人目にもつきにくいから芸能人もよく来る場所だ。店に入ると相手はもう予約したテーブルに座っていた。俺に気づくと立ち上がってお辞儀をしてくる。
「姫川さん。今日は時間をとってくださってありがとうございます」
「遅れたか。悪い」
「いえ、まだ5分前です。すみません。私が早く着き過ぎました」
稽古の時と違うよそ行きの服を着た星野アクアがいた。今日の約束相手だ。
星野アクア。この前に千秋楽を迎えた舞台『東京ブレイド』の共演者だ。
主要人物をやるというのに演劇未経験で、しかも原作では男の役をやると聞いて相手役として不安だったが、なかなかに上手かった。周りをよく見ており、出るときは出て引くところは引く見極めが出来ている。一緒に演じていてやりやすい相手だった。というのが演者としての評価。
星野アクア本人への印象は薄い。美人だとは思ったが稽古以外で彼女から話に来ることはほとんどなかったし、星野はアイドルだからスキャンダルになっても面倒だと思って俺からもあまり近づかなかった。
それなのに千秋楽が終わったらひどく固い文面のメールで二人で会えないかと連絡が来ていた。内密な話がしたいとあったが一体何を話すつもりなのか。
「『東京ブレイド』ではいろいろと助けていただいて、ありがとうございました」
テーブルに座ると、また星野が頭を下げる。アイドルって聞いてたからもっと陽キャっぽいのをイメージしてたけど、こいつは恐ろしく固い。業界に10年ぐらいいるプロデューサーとかそういう人種を相手にしてる感がある。本当に高校生なのか。
「俺は何もしてねえよ。お礼なら有馬や黒川にしてやれ。ずっと練習付き合ってもらってたんだろ」
「もちろん二人にはお礼をしましたよ。でも、公演の間はずっと姫川さんを見ていました。舞台での声の出し方、立ち居振る舞い。どうにか自分にも真似できないかと考えながら演じていました。姫川さんはよい手本でした」
「そう言うのなら礼は受け取っておく。で? そんな話をするために呼んだわけじゃないだろ? 一体何だ?」
星野の顔が強張る。少ししてカバンの中に手をやり一枚の紙を取り出して俺に渡してきた。私的DNA型鑑定書? 内容を読んで思考が止まる。
「私達と姫川さん。父親が同じなんです。教えてくれませんか。あなたの父親のこと」
「……なるほど。そういうことも、まあ、あるのか」
星野の顔をまじまじと見つめる。初めて見たときは特に何とも思わなかったが、きょうだいだと言われると確かに似ているところもある、気がする。
「DNA鑑定までしてるってことは、大体目星はつけてた感じか」
「勝手なことをして申し訳ありません」
「いや、いい。けど、事情は聞かせてもらうぞ」
「少し長くはなりますが」
星野は一つ息を吐いて話し始めた。
「私達には生まれたときから父がいませんでした。母も父のことを話さないまま他界して、今の母親に引き取られました」
「引き取られた? じゃあ星野の生みの親って誰だ?」
「それは言えません」
「言えない……。なるほど、タレントか」
「まあ、似たようなものでした。それで、私達は父親を知らず、今まで影すら見たことがありません。ですがもし今、父親が名乗り出たら? アイドルの私達には致命的なスキャンダルになります。そんな爆弾を放置できません。アイドルになってから余裕が出来たので探偵を雇って父親を探していたんです」
水を一口飲み、続ける。
「探偵の調査で、母が私達を妊娠したであろう時期に『劇団ララライ』のワークショップに参加していたこと。そして上原清十郎という人に演技指導を受けていたことがわかりました。それで上原さんの息子である姫川さんのDNAを鑑定にかけたところ」
「ビンゴだったというわけか。どうして俺に知らせに来たんだ?」
「純粋な興味です。私達の父親は一体どんな人だったのか知りたい。それだけです。姫川さんから見て、上原さんはどのような方でしたか?」
「親父は才能あるタレントを引っ掛け回してたみたいだな。星野の母親がどういう人か知らんが、引っ掛けたうちの一人なんだろう。子供心ながら親父は嫌いだった。芸名も母親の名字にしてるし。まあでもあんまり覚えてないんだ。ララライの役者だったから金田一さんの方が詳しいだろう」
「そうですね。上原さんは、いえ、姫川さんのご両親は……」
「調べさせたんだからそりゃ知ってるか。俺がガキのころに夫婦ともども心中したんだ」
俺の、いや、俺達の父親である上原清十郎ははもう死んでいる。星野が危険視している『父親が突然現れる』ことはもう起こりようがない。
「調査報告を聞いたとき、失礼ですが少し安心してしまいました」
「別にいい。俺が星野の立場なら同じことを思うだろうし」
「ですが寂しいのも事実です。私は一生、父親という存在に会えないことが確定したので」
「すまんな、って俺が謝ることじゃないか。嫌な親父だったが、まさか他所に子供作ってるとはな。でも、俺にとっては嬉しかった」
「嬉しい、ですか?」
「両親もいないし親戚縁者もいない。金田一さんとか、育ての親みたいな人はいるがあくまでも他人だ。俺は一人だと思っていた。そんなところに妹がわいてきたんだ。しかもとびきりの美少女が二人も。嬉しくないわけがないだろう」
「そうか。姫川さんとはきょうだいになるんですね」
「今気づいたみたいに言ってるな。気軽に『おにいちゃん』って呼んでいいぞ」
「いや、それはちょっと」
「引くな。冗談だ」
「でも、姫川さんを兄とは呼べないですね。この関係を公はできません」
「まあな。でも兄なのは事実だ。芸能界でも先輩だし、何かあったら頼ってくれ。あ、それとまた今度星野の妹も紹介してくれ」
「いずれ、必ず」
話が終わって星野が店を出て行った。
「妹、か」
実感はわかない。けれど自分と血の繋がった人がいると知ったら少し気力が湧いてきた気がする。
いつかあいつらを憚りなく妹と呼べる日が来たらいいなと思った。