高千穂:あかね
ガイドブックを開いて場所を確認する。高千穂って空港から結構遠いんだ。飛行機がこの時間についてそれからレンタカーで移動だから着くのはこのくらい。一日目はあんまり遠くへは行けないかな。二日目からどうしよう。あ、でもかなちゃんの好みも考えないと。ちょっとアクティブなところに行くプランも考えよっか。ふふ、楽しみ。
私はアクアちゃんから誘われた宮崎旅行のプランを考えていた。
誘われたのは『東京ブレイド』の千秋楽が終わって少し経ってから。
「PV撮影?」
『そう。それで宮崎へ行くの』
舞台の時に一緒に特訓をしてから私とアクアちゃんの距離は縮まって、頻繁に電話をしあうような仲になった。
『昔のB小町の曲と私が手慰みに作った曲だけじゃ長丁場のライブで困るから新曲を作ってもらってたんだけど、公演中にやっと完成してね。そのMVを撮りに』
「確かに曲のレパートリーは配信のコメントで言われてたもんね」
『あかねはよく見てるわね……』
B小町twinsはアクアちゃんが舞台に出たことで知名度が急上昇。この前のライブはチケットが完売。そろそろ武道館が狙えるかも、なんて話も出てるとか。いつもやっている配信も視聴者数の桁が増えていた。アクアちゃんはそれ自体はいいことだと言っていたけど、同時に戦慄もしていた。アクアちゃん目当ての視聴者を一瞬で引き付け、箱推しに変えてしまうルビーちゃんのアイドル性に。
「でもアクアちゃんの作った曲って最初のライブも歌ってたから、アイドルになる前から練習してたんだよね。ダンスもルビーちゃんと一緒に練習して。ジュニアモデルもやってたから写真写りもバッチリ」
『どうしたの? あかね』
「前にアクアちゃんは、ルビーちゃんのアイドル力が高すぎるって言ってたよね。ルビーちゃんの才能もあるけど、アイドルに必要なことを小さいころからやってきたからじゃないかなって思って」
『……私が育ててしまってたのか』
そんなことも話題にしつつ、宮崎での撮影について話が進む。
『MV撮影の監督はMEMの友人だから一緒に来てもらって、舞台の慰労もかねてかなも来るの。あかねも一緒にどう?』
「え? でも私は部外者だし……」
『一人くらいなら誘っていいって言われてるの。私達が仕事の間はかなが一人になるし、相手をしてほしい。かなからも『いいんじゃない?』って言われてるから』
「私と一緒がいいって、かなちゃんが!? まだ次の撮影まで時間あるし、一緒に行こうかな」
『良かった。スケジュールはまた連絡する。それじゃあ』
「おやすみ、アクアちゃん」
通話が終わる。宮崎か、行ったことないから楽しみだな。でも、かなちゃんが私も来て良いって言ってたの? 舞台の時もギスギスしてたのに、どんな心境の変化だろう。
旅行当日。宮崎に到着して、私はかなちゃんと一緒にバス停まで歩いていた。
「なんであんたと二人なのよ」
「そう? 私はかなちゃんと一緒で嬉しいなあ」
「寄っかかんな暑苦しい。さっさと行くわよ」
一日目は高千穂に着いて、MEM、かなちゃんと一緒に周辺を散策する予定だったんだけど。
「MEMはこっち。ちょっと人手が足りないから手伝って」
「うえー鬼だ……。ごめんね。二人で行ってきて」
とMVの監督さんに連れ去られてMEMが離脱。私とかなちゃん二人が残されることになった。
「で、どこ行くの? もうホテル行く?」
「うーん。ちょっとこの辺も歩きたいけど、どうしようか」
「それなら病院行きましょう。ルビーから頼まれてるの」
「病院? 何で?」
「お世話になってた医者がいるらしくて、挨拶してきてって」
「お医者さんにお世話? ルビーちゃんって何か病気だったの?」
そんな話はアクアちゃんからも聞いたことがない。
「聞いたことないんだけど、あとでアクアから自分達が産まれた病院だって言われたからそのことじゃないかしら」
「じゃあ二人のお母さんがお世話になったってことなのかな」
バスに揺られて20分ほどで病院に着いた。大きな病院だけどちょっと古ぼけている感じだ。かなちゃんが受付に行く。
「あの、すみません。雨宮芹那という医師はいらっしゃいますか? 昔お世話になったのでご挨拶に伺ったのですが」
「雨宮、雨宮ですか……。すみませんがその名前の医師は当院には居ませんね」
「え? あ、そうですか……。もう辞められたんですか?」
「ちょっと調べますので待っててください。……ここにいたのはもう10年以上前のことみたいです」
「今どうしているかはわかりますか?」
「申し訳ないですが、わからないですね」
ルビーちゃんがお世話になったというお医者さんはいなかった。看護師さんの中にも知ってる人はいないらしい。諦めて帰ろうとしたら待合室に座ってたおじいさんから話しかけられた。
「あんたら、雨宮先生を知っているのか」
「ええと、友人がお世話になったみたいなんです」
「そうか。いやちょっと懐かしい名前が出たもんだから声を掛けたんだ」
「雨宮先生は今どうなされてるか知っていますか?」
「それがな。雨宮先生はまだ若いお産の医者じゃったが、15、6年くらい前かのう。突然病院に来んようになった」
「来なくなった? 何かあったんですか?」
思っても見なかった話に私とかなちゃんは驚く。
「わからん。その時に若い患者さんを熱心に診ておったから、あの先生が放っておいていなくなるはずはないし、よそ者の若い男二人が病院の周りをうろついていたという噂もあって、事件でも巻き込まれたんじゃないかと皆で心配しとった。病院も警察に相談したらしいとは聞いたが、今はどこにおるんかのう」
病院を出るともう日が暮れそうだった。二人きりのバス停でかなちゃんと話す。
「辞めてるとかならまだしも失踪してるなんて。ルビーに何て言おう」
「もう病院を辞めてて、その後はわからなかったでいいんじゃない?」
「それしかないか……。あかね。あんたはあの二人について知ってる?」
「二人のお母さんについてなら、知ってるよ」
「教えてもらったの?」
「ううん。過去にアイさんのことを調べたり、アクアちゃんの言動から推測したよ」
「そう。私はあれだけ近くにいたのにわからなかった。それで『お母さんが死んだらどうする?』なんて言っちゃって……。舞台の稽古でアクアが倒れたことあったでしょ? そのときのことを謝りたいんだけど、どうすればいいかしら」
かなちゃんが頼ってくれてる! もしかして私が旅行についてくるのをOKしたのって、このことを相談するためだったのかな。かなちゃん不器用かわいい。
「人が相談してるのに何ニコニコしてるのよ」
「あ、ごめん。かなちゃんからそんな言葉が出るのが意外で。……アクアちゃんは気にしないでって言ってたけど」
「私が気にするの。自分の言葉が原因で友達が倒れたのに気にしないなんて薄情じゃない」
「うーん。でも難しいよね。謝ったら母親のことを知ってるってことになっちゃうから。アクアちゃんはかなちゃんが気づいてるってこと知ってるのかな」
「わからない。多分知らないんじゃない? あんたの方は?」
「アクアちゃんは知ってるよ。介抱してたときに気づかれてるってばれちゃった。秘密にしておいてって言われたけど」
「二人だけの秘密って? なにそれ。ムカつく」
かなちゃんは不機嫌そうに口を尖らせた。
「あいつはホントに妹ともども私のこと年上扱いしないし、何でも大丈夫って言って弱みを見せないし。もっと世話を焼かせなさいよ。そんなに私は頼りないかしら」
アクアちゃんの態度が不満らしい。かなちゃんは気落ちしてるけど私がアクアちゃんの秘密を知ることが出来たのも頼られたのも成り行きだから気にすることないと思うけどな。
「アクアちゃんの性格だろうね。父親はいない。小さい時に母親も亡くしてる。きっと一人でルビーちゃんを守らなきゃいけないって思ってるんだと思う。秘密を抱えてるならなおさら誰にも頼れない」
「アクアって、ルビーに対してちょっと引く位過保護だしね。じゃあ何であんたには頼ったの?」
「舞台の成否がかかってるから、アクアちゃんにとっては藁をもつかむ気持ちだったんじゃないかな。私に演技特訓のお願いするときも90度のお辞儀してたし。それにアクアちゃん言ってたよ。『男性の立ち振る舞いはかなに見てもらってた。かなの指導は容赦ないけど適格で本当に助かった』って。かなちゃんはしっかり頼られてるよ」
「……ふーん。私に直接言わないのは腹立つけど、まあいいわ」
かなちゃんはちょっとにやけてる。機嫌が戻ってよかった。
「それに、アクアちゃんのこと気にしないといけないかもしれない」
「どういうこと?」
「彼女を担当していた医師は行方不明で、アイさんは殺害されている。アイさんの娘のアクアたちも危ないかもしれない」
「確かにね。これからもっとあの二人が有名になったら危ないストーカーが出てくるかも」
「それだけじゃなくて、もっと何かありそうな気がする。何もないといいんだけど」
遠くでカラスの鳴く声が聞こえる。不穏な気配を感じながら私達は予定より遅れているバスを待った。