「二人ともお疲れさま」
「お疲れー。着いた当日でこんな時間まで収録なんて大変ね」
MVの収録が一段落して休憩に入っていると、どこかへ出かけていたかな先輩とあかねちゃんが来た。二人でいてケンカしなかったかな。
「撮影は順調?」
「まだかかるわ。先にホテル戻っておく?」
「せっかくだから見学しようかな」
「私もそうする。MVってどう撮影してるか興味あるわ」
おねえちゃんと二人が話してる。二人とも撮影につきあってくれるらしい。
二人からもアドバイスを受ける。さすが業界に長くいる人たちはためになるなと思いつつ撮影は続いた。
「今日はここまで。二人はお疲れ様」
監督のアネモネさんの声。夜の10時ごろになってやっと収録が終わった。
「私はちょっと映像見てから帰るけど、ルビーはどうする?」
「うーん。もう疲れたからホテルに戻ろうかな」
「私もホテルに帰るね。かなちゃんは?」
「アクアと残るわ。映像がどうなってるか見てみたいの」
「じゃあ、かなはこっちね。あかね。ルビーをよろしく」
おねえちゃん達と別れてあかねちゃんとホテルに戻る。
ホテルまではすぐだったから道の途中で部屋の鍵を取り出していたら。カラスに持ってた鍵を取られて追いかけるハメになってしまった。
「今日は先輩とどこに行ってたの?」
カラスを追いながらあかねちゃんと話す。カラスの移動はゆっくりだから話す余裕もある。カラスは枝から枝へ飛び移って山の奥へ入っていく。まるでわたしたちをどこかへと導くように。
「丘の上の病院だよ。ルビーちゃん、かなちゃんに頼んでたんだって?」
「そうそう。昔お世話になったお医者さんを見てきてって。それで、雨宮先生はいた?」
「それがもうあの病院にはいなかったの。もう何年も前に辞められてるって。今どこにいるかもわからないって」
「そっか……」
残念。わたしがあの病院にいたのは20年くらい前だから仕方ないかな。
「雨宮先生がルビーちゃんたちのお母さんを担当してたってアクアちゃんから聞いたけど、そのお礼をしたかったの?」
「まあ、そんなこと」
ホントはアイドルになったわたしを見てほしかった。アイドルになる夢を叶えたことをほめてほしかった。あの時わたしを支えてくれたことにお礼がいいたかった。
せんせは今どこで何をしているんだろう。わたしがアイドルになったら絶対推すって言ってくれてたけど、もらったファンレターにはせんせの名前はなかった。もう結婚していて名字が変わっているかもしれない。そもそも、わたしたちはまだ駆け出し。B小町が復活したなんて気づいていないかもしれない。それならもっと知名度を上げて見つけてもらう。今からせんせの推しになればいいんだ。
追っていたカラスは山の中の祠に止まった。近づくと奥にある空間へ入っていく。
「よし追い詰めたぞー」
カラスの入っていった空間へ二人で入る。あかねちゃんがライト代わりのスマホを奥にかざすと、何か白いものが見えた。
「ルビーちゃん。見ちゃダメ。戻って」
あかねちゃんの声がするけど、もう遅い。わたしは見てしまった。
それは骸骨だった。もうほとんど骨だけになったその人は白衣を着ていて、見覚えのある眼鏡をしていた。身に着けているネームプレートにはアクキーが入っている。
『アイ無限恒久永遠推し!』わたしが最期にせんせにあげたものと同じだ。
まさか。まさか。震える手でネームプレートを裏返す。そこには『雨宮芹那』と、あってほしくなかった名前が書いてあった。
「せりなせんせ、なの?」
わたしは呆然と答えてくれるはずのないその人に問いかけた。
★
あかねちゃんが呼んだ警官に連れられて、近くの警察署で事情聴取を受けた。
「あの、わたしが見つけた人は雨宮芹那さんで間違いないんですか?」
「まだ断定はできませんが、所持品などから見てほぼ間違いないかと。何か心当たりが?」
「雨宮先生には母が昔お世話になったと聞いています」
「そうですか。それはお気の毒です」
お巡りさんの言葉にはなんの感情も籠ってなかった。
ホテルへ帰って来たのは日付も変わってだいぶ経ってから。部屋に入るとおねえちゃんが寝ないで待っていてくれていた。どこかぼーっとしているようだったけど、わたしを見ると悲しそうな顔をした。
「おかえりルビー。大丈夫、じゃあないわよね」
「……おねえちゃん」
おねえちゃんに抱き着くとしっかりと受けとめてくれた。
「おねえちゃん、聞いてくれる? 前世のこと」
「……わかった。話してくれる?」
「わたし、前世は小さいころに病気になって、それから死ぬまでほとんど病院にいたの。わたしの病気が治らないってわかったら家族は誰もお見舞いに来なくなったし、ホント最悪だった。そんな中、芹那せんせに会ったの」
「あの、あなたが見つけた人ね」
「お仕事の合間にはわたしのところに来て話し相手になってくれたし、一緒にアイのライブ映像見て騒いだりした。せんせといるときだけ、わたしは病気のことを忘れることができた。わたしが死ぬときだって、お母さんもお父さんも来なかったのにせんせはいてくれた。そんな優しいせんせだった。なのに……」
わたしは見つけたときのせんせを思い出す。森の奥にある祠の裏で、ひっそりと骨になっていったせんせ。その姿を思い出して涙が出てきた。
「わたしを一人にしないでくれてた人が、ひとりぼっちで、あんな暗くてさびしいところで、十何年も放っておかれるなんておかしいよ! どうしてあの優しかった芹那せんせが死ななきゃいけないの!」
おねえちゃんの抱きしめる力が強くなる。わたしはおねえちゃんの胸でしばらく泣いていた。
「あのね、ルビー」
しばらくして、おねえちゃんが話し始めた。
「昔、壱護さん。前の事務所の社長に聞いたんだけど、雨宮ってお医者さんはアイの出産を担当した人で、絶対無事にアイに子供を産ませるって言ってたらしいの。だから、アイの子供の私達が元気に暮らすことが彼女の望みだと思う」
「それでも、芹那せんせは言ってた。わたしがアイドルになったら絶対推すって。きっとせんせならわたしを見つけてくれるって思ってたのに。もうアイドルになったわたしを見てもらえない」
「きっと空から見てるわよ。その人もアイの大ファンだったんでしょ? きっとアイと一緒にさりなちゃんがアイドルになった姿を見守ってくれてるはず。だから、泣き止んで」
おねえちゃんが必死にわたしを励ましてくれる。そんなおねえちゃんの言葉は何だかありきたりに聞こえた。
「とにかく、もう寝ましょう。明日も……もう今日ね。また撮影だから」
「う、うん」
しばらくおねえちゃんに抱きしめられたら落ち着いてきた。わたしが泣き止んだと見たおねえちゃんが布団にもぐる。しばらくすると寝息が聞こえてきた。
寝ないで待っていてわたしをはげましてくれたのはうれしいけど、おねえちゃんは全然わかってない。わたしが芹那せんせにどれだけ支えられたか。そんな人が山の中で寂しく捨てられていたのがどれだけ悔しいか。せんせの死因は頭部外傷。つまりは誰かから殴られたか崖から落とされたかで死んだと聞いた。痛かっただろうな。骨だけになってしまったせんせを思い出してまた涙が出てくる。もうあの優しい声で『さりなちゃん』と呼んでくれることはない。
……あれ? そういえばさっきおねえちゃんは『さりなちゃん』って言ってたけど。
わたし、おねえちゃんに前世の名前を伝えたこと、あったっけ?