スマホのアラームが鳴っている。起きないと。
どうにか体を起こして布団から這い出る。ルビーも起こさないと、と思って隣の布団を見ると空だった。もう起きたのか。あるいは眠れなかったか。
「やっぱり、ルビーの前世はさりなちゃんだったのね」
昔からルビーとさりなちゃんが重なるときが多々あった。もしかしたらとは思っていたけど、自分の願望だと思って考えないようにしていた。
さりなちゃんが生まれ変わって、夢だったアイドルになっている。元気な体で歌って踊ってファンを楽しませている。私もアイドルの彼女の姿を見られてとても嬉しい。
私も、前世の名前を明かせば良かったかな。夜のルビーを思い出す。前世で慕っていた人の変わり果てた姿を見つけてひどく悲しんでいた。少なくともその悲しみを癒すことはできたはずだ。
でも言えなかった。
警察署から帰って来たルビーを見て、私は本気で後悔した。どうして前世の最期の日、あの不審な男を追いかけてしまったのか。女の私では追いついたところで何もできなかっただろうに。案の定、返り討ちだ。
私はさりなちゃんに何をしてあげられただろう。医者だったのにあの子を救えず、不用意にあの男を追いかけたせいで崖から落とされて死んで、その死体をあの子が見つけてショックを受けて悲しんでいる。その癖、当の本人はアイに甘やかされて、生まれ変わって良かったなんて思っていた。本当にどうしようもない。そんな私が名乗ってどうなるのか。
それに何より。想像の中のルビーが言う。
『おねえちゃんがお医者さんなら、何でママを助けてあげられなかったの!」
あの事件のことを責められるのが怖かった。あの時何もできなかったことを責められるのが怖かった。前世のさりなちゃんの親とは違って、アイは心からルビーを愛してくれる母親だった。私はそんな母親をルビーから永遠に奪ってしまった。あの時、アイを助けることが出来たのは私だけだった。もっと気をつけておけば。もっと冷静になって処置が出来ていれば。駄目だ。舞台の特訓で乗り越えたかと思ったけど私はやっぱりあの事件から逃れられない。
そろそろ朝食の時間だ。寝不足でまだ重い頭を振る。着替えなくては。どうにか気持ちを切り替えなくては。私はアイドルなのだから。
☆
いろいろあり過ぎて眠れないで、朝になってしまった。おねえちゃんを起こさないようにそっと部屋を抜け出してホテルの周りを歩く。少し一人になって考えを整理したかった。
おねえちゃんがわたしの前世の名前を知っていた。お互いに前世の話はあまりしなかったから、私は前世の名前をおねえちゃんに言ったことはないはず。その名前を知っていたってことはつまり、
「おねえちゃんの前世は、芹那せんせ」
そっか。わたしは芹那せんせにアイドルになった姿を見せられてたんだ。それも一番近くで。アイドルになった目的の一つが達成できていたと知ってうれしくなる。
わたしは芹那せんせにお世話になりっぱなしだ。前世は病気でどんどん体は動かなくなっていって、自分はもうすぐ死ぬんだと嫌でも実感した。死ぬのが怖くて病院のベッドで一人泣いていた。そんなときにせんせに出会った。わたしをずっと励ましてくれて、わたしが死ぬときも泣いてくれた。わたしは一人じゃないって思えた。
生まれ変わってからも、おねえちゃんはずっとわたしの夢を応援してくれた。ダンスや歌、写真の写り方。アイドルに必要なことを全部レッスンさせてくれた。小さいころは下手だった歌も、今は普通のアイドル並みには歌えるようになってる。そして、一緒にアイドルになってくれている。大きなステージでも、テレビのインタビューでも、おねえちゃんが隣にいれば怖くない。アイドルになってドームのステージに立つっていうわたしの夢を叶えようとしてくれている。
そう、わたしの夢。
おねえちゃん自身はアイドルになることをどう思っているんだろう。
遺体からこっそり取って来たネームプレートを取り出す。そこにはわたしが預けたアイのアクキーがある。
いつか、アイのライブDVDを見ながら芹那せんせと話したことを思い出す。
『アイかわいー! わたしもこんなアイドルになりたかったなー。せんせは思ったことない? かわいいアイドルになりたいって』
『私はアイドルになりたいって思ったことはないわね。人前で歌ったり踊ったりなんて出来る気しないし。こうして画面越しでも、欲を言えばステージの最前列で見れたらそれで十分』
『えー。せんせは夢がないなあ』
前世のころも、わたしたちが小さかったときも、おねえちゃんは乗り気じゃなかった。アイドルになると言い始めたのはママの事件の後だ。それからずっとアイドルになるために自分の時間を使っていた。わたしと一緒にダンスや歌のレッスンを受けたり、事務所のPCを借りてアイドルソングを作ったり、カントクの手伝いをしたり。おねえちゃんが自分のために使った時間はあったのだろうか。
おねえちゃんは初ライブでひどく緊張してた。ファンと触れあうイベントだって、最初のころは笑顔がかなりぎこちなかった。黒いパーカーを着た人が握手会に来たときなんて、完全に固まっていたくらいだ。
おねえちゃんがアイドルにあまり乗り気でないのは前世から変わっていない。そうだとしたら、今までアイドルをやってきたのはきっと、わたしがいたから。わたしが一緒にアイドルをやろうって言ったから。
「わたしが、おねえちゃんの人生を縛ってる?」
わたしはおねえちゃんに甘えすぎている。わたしがアイドルになるためにおねえちゃんは何でもしてくれているのに、わたしはおねえちゃんに何もしてあげていない。
芹那せんせは外科医になりたかったと言っていた。もしかしたら生まれ変わった今こそ外科医になろうとしていたのかもしれない。『東京ブレイド』の舞台でおねえちゃんは楽しそうだった。あかねちゃんやかな先輩みたいな役者を本格的にやりたいのかもしれない。でも、アイドルをやっている今はどちらも難しい。おねえちゃんのやりたいことをわたしが潰してる。
おねえちゃんは前世でひどい目にあった。生まれ変わったのならおねえちゃんには幸せになってもらいたい。自由に人生を楽しんでもらいたい。でもどうしたらいいだろう。今すぐ卒業ってわけにもいかないだろうし、何より甘えっぱなしのわたしだけでアイドルを続けられるのか。
「あーあ。いけないんだ」
考えていると幼い声が聞こえた。声のした方を見ると幼稚園くらいの子がいる。長い髪がさらさらと風に揺られてとてもキレイ。どことなく神秘的な感じがする子だ。
「ダメなんだよ。遺体から遺留品を抜き取ったら」
「いりゅうひん? ちっちゃい子なのに難しい言葉を知ってるね」
その子はわたしの言葉にちょっと得意げになった。
「いろいろ知ってるよ。お姉ちゃんが知りたいことも」
「ふーん。じゃあわたしのおねえちゃんの前世とか。ってあなたに言っても仕方ないか」
「もちろん。星野アクアの前世は昨日あなたが見つけたお医者さんだよ。深い仲だったんだよね、星野ルビーさん。いや、こう言った方がいいかな? 天童寺さりなさん」
わたしは目を見開く。
「あなた、何者? 何を知ってるの?」
「言ったじゃないか、いろんなことをって。お姉ちゃんが知りたいことも知ってるよ」
わたしが知りたいこと? 何だろう。考えて思いつく。この先おねえちゃんと離れ、それでもドームへ行く夢を叶えるなら優秀なプロデューサーが必要だ。腕も確かで、業界に詳しい人。思い浮かんだのは一人。ミヤコさんを見捨てて逃げたのは全然許せないけれど。
「じゃあ教えてくれる? あの男がどこにいるか」