アイより高く軽やかに   作:にいづま

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いつもと違う二人:かな

 私が事務所に着くとちょうどルビーが出ていくところだった。

 

「あ、先輩。おはよ」

「おはよ。じゃないわよ挨拶くらいちゃんと言いなさい」

「ごめん。ミヤコさんが待ってるから出るね」

 

 ルビーはバタバタと慌ただしく出て行った。

 宮崎でB小町のMVを撮影してから数か月が過ぎた。あの時撮ったMVは公開されるや否や大バズり。地上波の歌番組で二人を見る機会も増えている。

 事務所に入るとアクアがいた。教科書を広げて勉強している。

 

「今日も別なの?」

「ルビーは今日ネットバラエティ番組の収録。私はこのあとから雑誌の撮影ね」

 

 B小町の人気があがるにつれて、アクアとルビー、二人別れての仕事も増えていっている。特にルビーはあのMVで大きく注目を集めた。単独でバラエティへ出るなど、今までのB小町では見なかった分野で成功している。

 

「アクアの仕事はあんまり変わりないのね」

「ルビーの方が華があるし、親しみやすいからバラエティ向きだしね。それに今日の仕事はあの子が売り込んでいった仕事なの」

「ルビーが!? 企画書とかどうやったのよ。ツテなんてあったの?」

「わからないけど、いよいよ私もあの子のために出来ることがなくなってきたかな。そろそろ時間だし私も行ってくるわ」

 

 アクアも出て行った。出ていくのを見届けて、部屋の片隅で作業していたMEMが話しかけてくる。

 

「ねえねえかなちゃん」

「どしたのMEM」

「このところ二人の様子がおかしい気がするけど、何か聞いてない?」

「何も。そういうMEMも聞いてないの?」

「うーん、やっぱりそっか。ミヤコ社長と居酒屋行ってたときに愚痴られたんだよ。『二人がギクシャクしてるけど私には何も言ってくれない』って」

「おい現役JK配信者。……二人はMEMにも社長にも相談してないのね」

「何だろう。知らないところでケンカでもしちゃったのかな」

 

 MEMが言うようにMV撮影のころから二人の雰囲気が変わった。アクアは舞台の時に見せてた柔らかな表情がなくなった。ルビーは特に変わって、どこかピリピリした空気を纏わりつかせ、業界に自分をどんどん売り込んでいって単独での仕事を増やしている。自分は一人でも出来るって誇示するみたいに。

 

「二人とも無理しちゃって」

「心配?」

「そんなんじゃないわよ。ただあの二人の雰囲気が悪いと、この事務所全体の雰囲気が重くなるのよね」

「確かに。大体二人で事務所にいるからね。最近はあんまり一緒のとこ見ないけど」

 

 そんな雑談をMEMとしてたら時間になった。私も事務所を出る。

 

 仕事が増えたのはあの二人だけじゃない。私の仕事も増えてきている。要因は『東京ブレイド』の舞台だけど。

 増えるのは歓迎したいところだ。少なくとも今までの開店休業状態よりもよっぽどいい。ただ増えていく仕事には問題がある。

 仕事場のビルに着くと、ロビーで見慣れた顔を見つけて思わず顔をしかめる。まあそれでもルビーにあんなことを言った手前、挨拶くらいはしてやる。

 

「おはようございます」

「おはようございます、かなちゃん。今日も一緒だね」

 

 私とは対照的に彼女はにこやかに笑う。

 そう。増えた仕事の問題とは、黒川あかねとの共演ばかりなことだ。

 

「あんたの顔も見飽きたわ。何だってCMまであんたと共演なのよ」

「『東京ブレイド』の演技で次世代のライバルって見られてるからじゃないかな」

「外野の勝手な思い込みでいい迷惑だわ。足引っ張らないでよね」

「それはこっちのセリフ。久しぶりの全国CMで緊張してない?」

「私には出てた経験があるけどあんたは初めてでしょ。憧れの先輩が緊張しない方法教えてあげようか?」

「むー! いつまで擦るのそのネタ!」

 

 掛け合いもそこそこに二人で一緒の楽屋へ入る。セット売りしてるわけでもないのにあかねとの仕事は大体楽屋が同じになる。今日の撮影は制汗シートのCM。私達は海賊に扮して刃を交えるというものだ。台本を読んだとき思わず「なにこれ」と言ってしまった。あまりにも『東京ブレイド』の舞台に影響されすぎてやしないか。

 

「そういえば、アクアちゃんが喜んでたよ。『かなが大きな仕事取れた』って」

「アクアはあんたにまで話したのね。私より浮かれてるんじゃない?」

「そうかも。『事務所へ誘ったのにサポートできてない』みたいに言ってたから嬉しいんだと思う。でもそれだけじゃなかった。元気がないのを誤魔化すみたいにかなちゃんの話題を出してた」

「あー。あんたの前でもそんななのね」

「事務所でもそうなんだ。アクアちゃん、宮崎行ってからどこかおかしいよね。電話かけてくる回数が減ってる」

「アクアもだけど、ルビーもおかしいわ。ピリピリしてて、どんどん一人の仕事を受けてる。それがアクアの調子が悪いことにもつながってそう」

「ルビーちゃんが独り立ちして悲しいとか?」

「何か違う気がするのよね」

「そっか。宮崎で何があったんだろう? あのお医者さん関連? でもお母さんを担当していたってだけでそこまで二人と関係あるわけがない。MVの撮影で何かあった?」

 

 あかねがぶつぶつと呟きながら考え始めた。この子の洞察力はまあすごいと思うときもあるけど、今みたいに考え事に没頭してるところは不気味だ。ちょっと引く。

 

「有馬さん、黒川さん、準備お願いします」

 

 スタッフが私達を呼ぶ声。そろそろ収録が始まる。気持ちを切り替えないと。

 

 

「はー。終わった終わった」

 

 収録はリテイクも無く終わった。あれだけ別のことを考えてたあかねも本番はきっちり切り替えてくる。小憎たらしい。

 

「かなちゃん。お疲れ様」

「お疲れ。共演ももうこれっきりにしてほしいけど、来週にはあんたとのドラマもあるのよね……」

「かなちゃんと演技出来るの、私は楽しみだよ」

「そう。あれからどれだけ上手くなったか。期待しておくわ」

「また上から目線。もうそんな目で見られないようにしてあげる」

 

 しばらくにらみ合って、ふんっと同時に顔を逸らす。

 

「それじゃあね、かなちゃん。アクアちゃんを見てあげてね。私も心配だけど、最近忙しくて直接会えないから」

「言われなくても」

 

 あかねと別れ、事務所へ帰るとルビーが戻っていた。

 

「戻ったわよ」

「お疲れ、先輩」

 

 ルビーはつまらなさそうな顔でスマホをつついている。

 

「アクアは?」

「家。今日はおねえちゃんが夕飯の当番」

 

 ルビーはスマホを見つめたままだ。画面を意味もなくスクロールさせている。

 

「最近ずっと二人で別の仕事してるじゃない。今までずっと一緒だったのに、無理してない?」

 

 私が問いかけるとルビーは溜息をついた。

 

「ちょっと無理してる。こんなことになるなんて思ってなかった」

「こんなことって?」

「今までおねえちゃんに頼り切りだったからこれじゃダメだって思って一人で頑張ってみたけど結構キツくて。それに、おねえちゃんがよそよそしくて。家でもあんまり話してくれないし、何だか避けられてる気がする」

「アクアがルビーを、避けてる?」

 

 あのシスコンが? 事態はかなり深刻なのかもしれない。

 

「おねえちゃんって小さいころからわたしの夢を叶えるため、それだけをやってきてた。アイドルを一緒にやろうって言ったのもわたし。おねえちゃんは人前に出るとか得意じゃないのにステージに立ってくれてる。頭いいからいい学校入れたのにわたしと一緒の学校に入ってくれてる。全部わたしのため。おねえちゃんには自分の人生を生きてほしいのに。だからおねえちゃん離れしなきゃいけないと思ってたけど、一人の仕事はさびしいし、おねえちゃんには避けられるしで、最悪」

「ひょっとして、ルビーが最近ピリピリしてるのって……」

「おねえちゃん不足」

「自業自得じゃない。アクアは何か言ってきてるの?」

「何も言ってこない。やっぱり勝手なことしちゃったから怒ってるのかな……。先輩は何か聞いてる?」

「ルビーに話してないなら私が聞いてるはずないでしょ。まあ、怒ってる、って感じじゃないわね。寂しい、とも違う気がする」

 

 とりあえずわかったことは、どうもアクアが塞ぎ込んでいること。こういう場合はどうするか。宮崎であかねも言っていた。アクアは人に頼るのが苦手だと。だったらこちらから踏み込むしかない。

 私はスマホを取り出してアクアに繋ぐ。

 

「あ、アクア? ちょっと困ったことがあるから今すぐ来て。お願い。そう、すぐ」

 

 通話して2分後にアクアが来た。

 

「かな、困ったことって何?」

「B小町の二人がケンカ? してて事務所の空気が悪くて困ってるの」

「はい?」

 

 困惑しているアクアをルビーともども会議室へ押し込む。

 

「まったく一人で塞ぎこんで。私やあかねはともかく、一緒にアイドルやってる妹にまでそんな態度でどうするのよ。ルビーとちゃんと話し合いなさい」

 

 会議室の扉を閉めた。まったく世話の焼ける。ほんとに弱みを見せたがらない奴なんだから。これに懲りてもっと頼って来てほしいのだけど。

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